2.オーブ
ここはプラスの家。
ただいまの時間は正午。
アッシュは与えられた部屋で、寝音を立てて眠っている。
──バンッ!
バンバンバンッと、急にドアが激しく音を立てた。
「う、う~ん……」
アッシュは布団を被って丸くなるが、
ドアが勢いよく開き、中に誰か入ってきた。
「──アッシュ! 早く起きなさい! いつまで寝てるのよ!」
入ってきたのはプラスだ。
いつまでも下りてこない寝坊助さんを呼びにきた。
「ほら起きなさい! 今日から特訓って言ったはずよ!」
「う~ん、明日から……」
布団にくるまって音を遮断。
「いい加減にしなさい!」
しびれを切らし、ふわふわの布団を思いっきりめくりあげた。
ふわふわがないと眠れない。
アッシュは温もりが身体から消え、不安になり飛び上がる。
「なにするのさ!……あっ」
すぐに取り返そうと手を伸ばした。
しかし、目の前に恐いお姉さんが立っている。
「……おはよう、プラス」
そのままお昼のあいさつ。
「おはようアッシュ、いい朝ね。お昼できてるから下りてきなさい」
「それ返せよ」
「ダメ! いつまでも寝てる悪い子は没収よ!」
どうやら本気で没収するようだ。
ふわふわを人質にするとは、人間のやることではない。
でも没収されるのはとても困る。
だから従うしかない。
「わかったさ」
仕方ない。
アッシュはふわふわにさよならをして食卓へ向かった。
「──あっ、おはようございます。ただいまお昼をお持ちしますね」
アッシュはあくびで返事をする。
「フフッ、昨夜はよくお休みでしたね」
目をこすりながら食卓に行くと、メイド服を着たお淑やかな少女、ステラがお昼の支度をしていた。
彼女はこの家で雇われているメイドさん。
料理家事が一切できないプラスのお世話をしている。
まだ13歳というのに自分の仕事をしっかりこなす、素晴らしいメイドさんだ。
「──ようやく下りてきましたか。あいかわらず遅いお目覚めだ」
背が高くて長い髭を生やした男、ハリス。
彼が下りてきたアッシュに悪態をついた。
このおじさんはプラスの執事をやっている。
同時にイービルハンターでもある。
また、先日のイービルとの戦いで負傷したらしく、右腕を包帯でグルグル巻いていた。
この近くの宿で暮らしている。
このハリス。
ここに来た当初からアッシュに対して感じが悪い。
なので、アッシュはこの執事が恐くて仕方がない。
最低限のあいさつだけして、テーブルの一番遠い席に避難する。
「アッシュ! 早くご飯食べて特訓に行くわよ」
「プラスのお昼は?」
「とっくに済ませたわ。あとはあなただけよ!」
プラス=スターバード。
代々ハンターを生業とする名門スターバード家のお嬢さま。15歳。
13歳で一人前のハンターになると、親元を離れて一人暮らしを始めた。
それではいけないと両親が心配したため、ハリスを執事として同行させた。
家主のプラス、メイドのステラ、通い執事のハリス。
そして新しく迎え入れたアッシュの4人で暮らしている。
「ちょっと待って」
「だめよ、待たないわ」
ゆっくり食べたい。
しかしプラスがそれを許さない。
名残惜しいが急いで食べた。
ご飯を食べ終え、家を出る準備をした。
玄関で靴を履く2人をステラが見送る。
「それじゃ行ってくるから。夕飯までには戻るわね」
「行ってらっしゃいませ。アッシュさんもお気をつけて」
「あら、ハリスはどこかしら?」
「さあ、どちらに行かれたのでしょうか?」
こわい執事の姿が見えない。
少し気になるもアッシュは外に出た。
──2人は街の中を歩いていた。
プラスたちの住むこの第一教区は、先日の巨大イービル襲撃による復興作業で騒がしい様子だ。
死者も出ている。
アッシュはこの光景に見慣れておらず、壊れた民家を見るたび心が痛む。
「別にあなたのせいじゃないんだから」
そうは言いきれない。
アッシュは素直に受け取ることができない。
街を正門から出て森の中に入り、少し歩くと開いた場所に出た。
周りは木々で囲まれ、それ以外は特に何もない空間が広がる。
「なんでオレたち、森にいるのさ」
アッシュが不満そうに尋ねた。
「街の中じゃ特訓できる場所がないのよ。でもここなら動き回るのに十分な広さだわ」
「イービルが出るんじゃ」
「そうね。たまに出るわね」
「えっ?」
「冗談よ。ここに来て2年経つけど、イービルは一度も見てないわ」
ため息をつく少年を横目に、プラスが隣にいる執事に目を向ける。
「それよりハリス、なんであなたもいるのかしら?」
「決まっています。私はお嬢様の護衛役ですから」
「怪我してるんだから休んでなさいよ」
「問題はないです」
ハリスはこっそり2人の跡をつけていた。
この怪しい少年とお嬢様を、2人だけにするわけには行かないと見張っていたのだ。
「怪我人の癖によく言うわね。まぁ好きにしなさい。それじゃアッシュ! 待たせたわね。特訓を始めるわよ!」
プラスによる特訓が始まった。
さっそく何かするみたいで、手の平をアッシュの方に広げる。
「まずイービルと戦う方法なんだけど、これを見なさい」
そう言ってポッと光る青い球を出した。
丸い球は手の平をゆらゆら漂っている。
「なにさ、これ?」
アッシュは不思議そうに見る。
「フフッ、これはオーブって言うの。イービルは普通に戦っても効果が薄いから、このオーブを使って攻撃するの」
「どうやって?」
「例えば、こうするの!」
すると手を前にかざし、前方に発射。
放たれたオーブは30メートルほど進むと、スッと薄くなって消える。
「これは出したオーブをそのまま発射する『分離』。これでイービルを遠くから攻撃できるわ」
アッシュは、ほう。
「それで、もう一個の攻撃方法は……」
今度は拳を握り込み、青い光が手に纏わりついた。
プラスの右手からはバチバチとスパーク音がなっている。
ほう。
アッシュが不思議そうに見ていると、
「フンッ!」
いきなりその光る拳を、アッシュに向けて撃つ。
「わっ!?」
顔の前でピタッと止めた。
まだ眠そうな顔をしていたので脅かしてあげたのだ。
アッシュは驚いて尻もちをつく。
「なにするのさ!」
「フフッ」
プラスが見下ろしたまま説明。
「これは拳にオーブを集めてぶつける『光撃』。近づかないと当たらないけど、威力は『分離』より高いわ。この『分離』と『光撃』が基本的な攻撃手段ね」
アッシュは光撃がおっかなく思えた。
「一応だけど、これもあるわ」
次にプラスが思い出したようにオーブを出し、それをうすーく広げて丸い盾のようなモノを作る。
青に光る丸い盾。
得意げな顔でアッシュに構えた。
「この『丸盾』は、イービルからの攻撃を防ぐ時に使うの。わたしはあまり使ってないけれど」
「どうしてさ?」
「一々『丸盾』をするのも面倒なのよ。避けたほうが早いし」
そう言って丸盾を引っ込めると、腕を組んで少年を見上げた。
そのまま指をさして言う。
「とにかく! これからあなたにはこのオーブの基本『分離』、『光撃』、『丸盾』をマスターしてもらうわ!」
難しそう。
そんな超能力みたいなことが果たして自分にできるのだろうか。
アッシュは少々不安になる。
そんな不安とは裏腹に、プラスは話を進める。
「まずはオーブを出さないことには始まらないわ。オーブは体内にあるエネルギーを集めて手の平から出すの。イメージは身体の神経を全て、手の平に集中させてポッと。こんな感じに」
ポッと、オーブが出た。
「はい! あなたもやるのよ」
アッシュは自分の手の平を見た。
そんなこと言われても困る。
オーブなんて得体の知れないものを出せるのだろうか。
手の平に集中してポッと出すか。
「ポッ!」
そうイメージするが、オーブなど出ない。
「何も起きないけど……」
「いきなり出ないわよ。しばらく練習しないとダメね。そうね、大体一カ月くらいかしら?」
ポッ、ポッ、ポッと。
こんなことを一ヶ月も。
そう思い、アッシュはひたすら「ポッ」、「ポッ」と言いながらオーブを出そうとした。
「あっはははっ! 可愛いっ! 」
プラスがその必死な姿を見て大げさに笑う。
「フンッ! フンッ!」
そんな風に笑われると余計ムキになる。
しばらくは無意味な動作が続いてた。
だがある時、力いっぱい「ポン!」と言うと、
ポッ、と。
緑色のオーブが出た。
「あっ、出た……プラス! 出た!」
「まあ、このわたしをもってしても一週間はかかったん……えぇっ⁉」
飛び上がった。