28.誠意の証
保護者の世間話が終わらない。
アッシュは抜け出すことを決意した。
教会を歩いていると、休憩中のゴーを発見する。
さっそく声をかけた。
「アッシュか、どうした」
ゴーが反応した。
ずっと働いていたみたいだが、こき使われた後には見えない。
普通に座っている。
「いや、プラスがさ」
こっそり抜け出して来たことを伝えた。
「そうか。そいつは大変だったな」
「笑いことがじゃないさ。2人が話し出したら止まらなくて」
「中央教区の人間は話が長え。気にすんな」
中央教区は一番の都会であるが、その割に他所の教区にはそっけない。
教王がそういう性格だから、みんなもそうなるのだろうか。
仲間内ではみんなおしゃべりだ。
「おっさんは子ども好きだからな。俺もガキの頃は遊んでもらったもんだ」
「へえ~、ゴーも」
「ああ。おっさんもまだ若かったけどな」
子どもの頃のゴーなんて想像もできない。
きっと生意気で傲慢で大変だったはずだと、アッシュは勝手に納得する。
「ああ見えてかなり強んだ。ぶっちぎりで最強だな」
たしかに貫禄はある。
だがプラスと話す時は気の良いおじさんに見えた。
「それって、ゴーやプラスよりも?」
「俺も何度か襲ったんだが、全部返り討ちにあってな」
教王を相手にやることではない。
ヴァリアードと疑われるのも納得の所業だ。
「教王はこの国の象徴みてえなもんだ」
しばらくそんな話をしていた。
「そういえばさ、ゴーは支部長に誘われなかった?」
プラスに声がかかったのだから、ゴーに来てもおかしくないはずだ。
「ああ、誘われたな」
「どうするのさ」
「断らせてもらった」
「だと思った」
「なんだ、わかってるじゃねえか」
ゴーはこれからどうするかを悩んでいた。
疑いも晴れた。
教内で暮らすのもいいが、洞窟生活を続けるのも悪くない。
「支部長は大変でな。正直言えば二度とやりたくねえ」
そういうモノなのか。
「ずっと洞窟暮らしだったからな。今さら戻れるか分からねえしよ」
「ならエリーさんと暮らせば」
アッシュが機転を働かせ、名案を繰り出した。
エリーのもとでスローライフ。
彼女なら喜んで賛成してくれるはずだ。
ゴーは少し考えるも、
「そうだな。悪くねえかもな」
悪くない反応で、アッシュは笑みがこぼれる。
「ここに入ればお前をいつでも鍛えてやれるしな!」
が、真っ青になる。
ゴーの修行はハードだ。
墓穴を掘ってしまった。
「俺はそろそろ行くからよ。お前も戻れ」
「あっ、ちょっと」
「あん? なんだ、急に改まりやがって」
「助けてもらったし、その……」
握る力が強く、
「ありがとう、ゴー」
ゴーにはかなり感謝している。
命の恩人であることもそうだが、色々な事を教えてくれた。
おかげであの3日間、寂しくなかった。
上手く言えないが、いま言える精一杯の気持ちを伝えた。
ゴーは笑う。
「俺も楽しかったぜ。じゃあな」
作業に戻っていった。
アッシュも目的を果たし、教会を後にした。
──次に向かった場所。
それはレクスの家だった。
家の門を叩くと、使用人が中へと迎え入れてくれる。
この順序にアッシュはもうすっかり慣れていた。
部屋の前。
ノックをしても、やはり返事はない。
ほぼ毎日来ているのだが、ずっとこの調子だ。
使用人もとても心配している。
しかし、今日は違った。
鍵が開いている。
「お邪魔するさ」
中に入ると、レクスはいない。
姿は見えないがそこにいるようだ。
ベッドの布団が盛り上がっている。
「これ貰ったから一緒に食べようと思って」
と言って、アッシュが大量のお菓子を展開した。
さっき修道女のお姉さんから貰ったモノだ。
どれにするかとか。
これがおすすめだとか、微妙だとか。
一度散りばめたお菓子を綺麗に並べている。
「レクスが好きなのだって、ほら」
しかし、出てこない。
出てこないと食べられない。
かと言って、自分だけ食べるのもまた考えモノ。
仕方ない。
「そのままでいいから聞いてほしい」
布団の前に正座した。
アッシュは言う。
この数日、色々考えた。
どう励ましたらいいのか、どうしたら出てきてくれるのか。
今みたいにお菓子で釣ったり、レクスの好きそうな本とか、話題を吹っ掛けたり。
色々やってみたが効果はなかった。
自分にも親はいたのかもしれない。
だが記憶がないので、レクスの気持ちを汲むことは難しいのではないか。
自分が何を言っても、それは表面上の励ましにしかならないのではないか。
結局なにも分からなかった。
こうやって毎日押しかけることしかできそうにない。
何の力になれない自分を情けなく思う。
無理に出てこいとは言わない。
もう10日経っている。
いくら押しかけても変わらないだろう。
これ以上は嫌われてしまうし、すでに嫌われているのかもしれない。
来るのも今日で最後のつもりだ。
でも最後に一つだけ、これだけは言いにきた。
「レクスには色々助けられたし。だからさ、その……ありがとう」
目の前の布団を見つめながら、できる限りの気持ちを込めた。
返事はなかった。
これ以上は迷惑だろう。
そう思い、アッシュは去ろうとしたが、
「1人にしておいてくれと言ったはずだ」
布団から顔を出してきた。
まぶたがひどく腫れている。
「でも……」
「それをお前は毎日欠かさず、無神経にも程がある」
この一連のアッシュの行動に対して怒っているようだ。
「悪かったさ。でも……」
謝罪しつつも、相手の顔をうかがう。
「悪いと思っているなら誠意を見せろ」
「誠意って、どうすればいいのさ」
「ワタシに聞くな。自分で考えたらどうだ」
アッシュは考える。
「一つだけ何でも言うことを聞くとか」
「一つで済ます気か」
「今度、お昼をおごるとか」
「弱ってる女を誘うのか。卑しいヤツだ」
「最近できたアイスクリーム屋さんがあって」
「お前が行きたいだけだろ」
全て切り捨てられた。
残るはもう、なにか物を渡すくらいしか。
レクスが喜びそうなモノ。
何を献上すべきか考えていると、
「そうだな。ワタシとデートがしたいって言うなら考えてやらんでもない」
目を閉じ、腕を組みながらそんなことを言う。
「デート?」
「そうだ。デートだ」
レクスからの提案。
許してほしければ一日デートをしてもらう。
一緒にアイスクリームを食べる。
デート中は何でも言うことを聞いてもらう。
お昼は当然アッシュのおごりだそう。
ちょっとおかしい気もしなくはない。
だがレクスとのデート。
したくないのかと言われれば、したい。
「分かったさ。それでいいなら」
「何を言っている。お前がしたいんだろ」
「えっ?」
これはあくまでアッシュからのお誘いにより始まるデート。
この10日間、迷惑をかけたことの誠意の証だ。
すでに始まっているのか。
「その、レクスとデートしたい、です……」
アッシュは顔がとても真っ赤になる。
まともに相手を見れなくなっていた。
「いいだろう。デートしてやる」
デートした。




