27.ジャックおじさん
それから一週間後。
プラスはすっかり元気になっていた。
この日プラスは、アッシュを連れて教会へ向かう。
第一教区を訪れた教王にお呼ばれしていたからだ。
「あら、結構戻ってるじゃない」
「ホントだ。地面が塞がってる」
ボロボロだった教会も修繕が進んでいる。
元の状態にかなり近づいていた。
あれほど大きく空いていた穴も、ゴーの尽力あってか完全に塞がっている。
感心する2人はハンター支部へ向かう。
「あっ、ゴーだ」
支部に入ると、さっそく発見した。
首に大きなタオルを巻いていて、一仕事終えたようだ。
「おう、アッシュ。久しぶりだな」
教会に滅茶苦茶こき使われているはずだが、疲れた様子は微塵もない。
「そっちはもういいのか。元気になったようで安心したぞ」
「そっ。あなたの方は相変わらずね」
「で、どうだ。傷も回復したんなら、このあと一戦──」
教会の人に呼ばれ、ゴーは連行された。
それを見届けた2人は支部へ向かう。
「──来たか」
支部へ着くと、すでに2人の男がいた。
一人はガタイがよくて貫禄のある男。
もう一人はキッチリとした格好をした壮年な男性だ。
貫禄のある方は椅子に腰を掛けている。
隣の男はそばで立ったまま。
その壮年な男が頭を少し下げる。
「お久しぶりです」
落ち着いている。
この男はトテモカッタ=コッティル。
教王の側近でAランクハンター。
Aランクの試験官をやっている人だ。
プラスが前に言っていた強い試験官とは、この人のことだ。
「プラスか! 大きくなったじゃないか!」
対して、テンションの高い貫禄ある男。
机を突いて立ち上がる。
「この前会ったばかりじゃない。でも久しぶり、ジャックおじさん」
プラスとは親しい様子だ。
この男が現在の教王、ジャック=ダイアス。
20年前、ヴァリアードを壊滅に追いやった張本人だ。
その素性とは裏腹に、大変な人格者であり国民からの信頼も厚い。
子どもたちからもジャックおじさんとして親しまれており、プラスも中央教区にいた頃はよく遊んでもらっていた。
「で、その子どもはどうした? どこかで見たような……」
「あのね、この子は……」
アッシュのことを説明する。
「なるほど、イービルから」
興味津々と言った様子でアッシュを見た。
貫禄があるせいか、その視線がかなり重い。
「記憶がないのか。そいつは大変だな」
アッシュは返事をしない。
顔を逸らすので精一杯だ。
「……嫌がってないか?」
「嫌がってるわね。大丈夫よアッシュ。こう見えても全然恐くないから」
「そうだぞ。子どもは元気よく返事をしないとな!」
頭をわしゃわしゃわしゃ。
思ったよりフレンドリーなおじさんだ。
アッシュはさらに緊張する。
そんな子どもはさて置いて、久しぶりということもある。
プラスと教王が世間話に花を咲かせた。
「教王、そろそろ」
側近、コッティルが耳打ちする。
「ん? ああ、そうだな」
本題に移ることにした。
「えっ? わたしに会いに来たんじゃないの?」
「そうだった。お前に会いに来たんだったな! ハッハッハッハッ!」
「もうおじさん、ダメじゃない。しっかりしてよ」
見ての通り、中央教区の人間はお話し好き。
集まると話が進まない。
「今回プラスさんをお呼びしたのは、逃亡したザーク=ザイコールの件についてです」
コッティルが強引に切り出した。
「先日、第四教区の支部長が彼に殺害されました」
「えっ……」
衝撃の内容が語られた。
ゴーの強襲時ちょうど、第四教区支部長の死体が発見された。
死後から数日は経っていた。
教会の調べによると、支部で誰かと争った形跡があり、支部長に会っていたと言う目撃証言や、オーブの痕跡が残っていた事で、ザイコールの犯行と断定した。
「計画的な犯行では無いでしょう。痕跡からしてやむを得ず、と見るべきかと」
「慎重な爺さんのことだ。よっぽど焦っていたのかもな」
話を続ける。
「他のヤツらを仲間に加えようとしていたんだろう」
「ええ。そこでうまくいかず、口封じのために殺した」
「そんな……」
ザイコールは、教王を倒すべく各支部長を仲間に引き入れようとしていた。
うち1人が抵抗したため殺害したと言う。
「それで我々は、この第一教区に急遽向かったと言うわけです」
「逃げられたけどな」
話を続ける。
「ザイコールは元々ヴァリアードでな。改心したと思っていたんたが……」
「今回のことは、彼を見抜けなかった我々の責任です」
「ああ。それで2人とも、すまなかった」
と言い、大人2人が深く頭を下げた。
「そんな、おじさんは悪くないわ。謝らないでちょうだい」
偉い人たちからの急な謝罪に、プラスは恐れ多くなる。
2人が顔をあげたのは少し後だった。
「だが、あのグレンが賛同するとは思わなかったな」
「ええ。彼は無口ですが勤勉な方だとばかり」
「これで支部長が全員消えたな」
この数日で第一、第二、第四教区の支部長がいなくなってしまった。
一人消える事は何度かあった。
しかし、一度に全ての支部長が消えたのはこれが初めてのことだった。
異例の事態に、中央教区を含め各教会は大混乱となる。
「第三教区はどうしたのさ?」
ふと、アッシュが口を挟む。
全部で第四教区まであるのなら、当然三もあるはず。
三の支部長はどうした。
至極真っ当な疑問を投げかけた。
「あっ! その話はダメよ!」
「なんでさ?」
プラスが止めようとする。
「いいぞ。コッティル、説明してやれ」
「はい。では一度しか言いません」
10年前のイービル襲撃により壊滅してしまい、現在、第三教区は封鎖されている。
教王ですら食い止める事が出来ないほど大量のイービルが発生し、止むを得ずと言う判断だった。
教王はこの事にかなり責任を感じている。
「中央教区は教王自らが統治しています。つまり現在全ての支部長が不在という事に」
「こんな事は前代未聞でな。こっちも候補を探すのに大変なんだ」
支部長はその教区のシンボル的な存在。
それが不在となると国民が不安になる。
教王は頭を抱えている状態だ。
「そこでプラス、それをお前に頼みたいんだが」
「えっ、うそっ!? わたし!?」
魚のように食いついた。
「ホントにいいの⁉」
「ハッハッハッ! 前からなりたいって言ってたもんな!」
その反応に教王も満足げ。
「やったわ……ついにわたしが、支部長に!」
長かった。
手を顔の前に組み、目をウルウルさせる。
そんなお姉さんのキラキラ具合を、アッシュは一歩引いて見ていた。
プラスはこの第一教区では守護神と言われている。
多少勝手なところもあるが、教会からは信頼されており、街での知名度もかなり高い。
まだ若いが適任だと判断した。
「無論、うちの試験官を倒せたらの話だ」
「望むところよ! 今度こそ倒してみせるわ!」
「前回はこっぴどくやられたからな」
実はプラスは2年前、教王に無理言ってAランク試験を受けていたのだが、あえなくコッティルに惨敗してしまった。
「当時はわたしも若かったのよ」
その雪辱を果たすべく、この第一教区で特訓していた。
もう仕上がっているので準備万端である。
「ですが教王、15歳の少女が支部長など聞いたことがありません」
「そこはお前次第だ。俺は知らん」
責任転嫁する教王。
頑張れと、部下の肩を笑顔で叩く。
「近いうちに試験を受けてもらう。準備しておいてくれ」
「わかったわ!」
「また勝手な……」
決まったようだ。
コッティルは肩を落とす。
目の前の少女が、あのゴー=ルドゴールドと互角に渡り合ったことを聞いている。
その相手をしろと言うのだ。
堪ったモノではない。
「話は以上だ。2人とも、もうお家に帰っていいぞ」
「え~、もうちょっとお話ししない?」
久しぶりのジャックおじさんともう少しだけお話しがしたい。
おじさんの前ではプラスも子どもだ。
「いいぞ。ここでの話も聞いておきたかったしな」
「やったー!」
「はあ、教王……ほどほどにしてください」
お話しした。




