26.つかまえた
「ん~……」
プラスは目を覚ました。
見渡すとそこは自分の寝室でベッドだ。
頭が全然動かない。
ぽけーっとしながら天井を見ている。
ふと、すぐ隣から誰かの寝音が。
横に目を向けると、
「えっ……」
アッシュだ。
ベッドに顔を埋めて眠るアッシュがいた。
看病をしていたらしい。
手には水で濡らしたタオルを握っている。
起こそうと手を伸ばすが、一瞬動きを止めた。
今はそのままにしておくべきなのではないか。
そう思ったのだが、自分の意志とは無関係に腕が勝手に動いてしまった。
真顔で小さな身体を揺らした。
アッシュも起きた。
目を擦りながらゆっくりと顔をあげる。
「プラス、起きてたのか」
「あ、ああ……あ」
「プラス?」
「アッシュ!」
勢いよく飛びかかった。
「いぎぃ⁉」
しかし、突如として全身に痛みが走る。
ガッチリ痺れて動けない。
「しばらく安静にしておけってさ」
「フンッ! フンッ!」
すぐ目の前にいる。
だが触れられない。
「フンッ! フンッ!」
世界はなんと無常なのか。
どんなに頑張ってもたどり着くことができない。
どうしても我慢できないらしい。
今度は腕をバッと広げた。
「んっ!」
全力で目で訴えかけた。
「なにさ?」
「こっちに来なさい!」
「急にどうして」
「お願い!」
アッシュはやって来ない。
病体のプラスを気遣っての判断だ。
そんな少年の気遣いに感動しているのか。
お姉さんは涙が止まらない。
しばらく落ち着くのを待ち、アッシュが話し出す。
「あれから3日、寝たきりだったんだ」
「えっ、そんなに⁉」
余程疲れていたのだろう。
つい昨日の出来ごとのように感じていた。
アッシュがいなくなってから、あまり寝ていなかったというのもあるが。
「あの後どうなったのよ?」
「それがさ」
ザイコールには逃げられてしまったこと。
地下室はつぶれて無くなったこと。
教会は崩壊。
壊地には大穴が空き、現在立ち入り禁止となっていることを伝えた。
「そんなー! 将来わたしのギルドにしようと思ってたのにー!」
プラスがキーッと悔しがる。
あれほど綺麗で広い空間は中々ない。
結構気に入っていたのだが、綺麗に埋まってしまったそう。
「ゴーはどうなったのかしら?」
地盤沈下が原因だと教会の調査で判明した。
穴を掘りまくっていたゴーがその責任を問われ、現在は復興作業に駆り出されている。
今も教会にこき使われているそうだ。
「疑いが晴れてよかったさ」
「きっとわたしに絡んだ報いね。いい気味だわ」
ゴーの処遇に満足のようだ。
ザイコールの悪事がバレたことで、ゴーの罪が解消された。
晴れて街中を歩くことができるようになった。
まだ周囲から恐れられてはいるが、それは時間が解決して、難しいかもれしれない。
一方、支部長のグレンがいなくなったことで第二教区は大騒ぎ。
街を守るシンボル的存在が消え、不安になる者も多い。
ここ第一教区も同様に。
一度に2人の支部長が消えたのは初めてのことで、各教会は対応に追われている。
「レクスは大丈夫なの?」
「それが一人にしてくれって、部屋に入れてくれなくて」
「まあ仕方ないわね。お父さまがいなくなっちゃったんだもの」
アッシュは暗い顔になる。
グレンのことを思い出していた。
娘を見るあの冷たい目は親のする目ではない。
レクスのことを考えると自分まで苦しくなる。
「今あなた、部屋って言ったかしら?」
「レクスの部屋がどうしたのさ」
プラスは少し間をおいて、
「えっ、もしかしてあなた、レクスの家に行ったの? えっ、わたしの看病をサボって?」
「いや、だって心配だし」
「もうっ、なによそれ! ひどいじゃない!」
プラスは頬をあからさまにむぅ~っと膨らませた。
表ではこういう反応をして見せる。
だが、自分が知らない間に仲良くなっていく2人に、ちょっぴり悲しいような、寂しいような、そんな気持ちになってしまう。
「まあいいわ。今回はレクスも大変だったし許してあげる」
「さっきから何を言ってるのさ」
「そういえばあなた、ゴーのところで何をしていたの?」
アッシュはこれまでのことを話した。
ゴーに助けてもらったことや、一緒に修行して破裂ができるようになったこと。
エリーやマルトン、洞窟で半野生生活をしたこと。
色々お話しした。
プラスもよく頷いて聞いていた。
「そう、あなたも色々あったのね。それにしても……」
プラスの顔が険しくなる。
「ゴーのヤツ! 破裂なんて危険なことをやらせていたのね! わたしの大事なアッシュに!」
この過保護っぷり、アッシュは苦笑い。
実際、破裂ができたおかげで助かった場面は多い。
ゴーには感謝している。
そんなことを知る由もないプラスはプンプンである。
「でも無事でよかったわ。もうホントに心配したんだから」
優しい笑みを浮かべてそう言った。
「悪かったさ」
「なんで謝るのかしら」
今回ばかりは心配をかけた。
アッシュは申し訳ない気持ちで一杯になる。
自分だけではどうにもならないことが多かった。
色んな人に助けてもらったし、迷惑もいっぱいかけた。
でも助けに来てくれたことはすごく嬉しかった。
アッシュは素直に言う。
「ありがとうプラス。本当に助かったさ」
「と、当然よ! なんたってわたしはあなたの保護者なんだから!」
一瞬照れたかと思われた。
が、すぐ自信ありげに胸を張ってみせる。
「これからもどんどん頼っていいからね!」
プラス、エッヘン。
鼻が伸びそうな勢いだ。
「じゃあ、そろそろ横になって」
「えっ、もっとお話したいわ」
「怪我人なんだし、今は身体を休めないと」
「イヤよ!」
寝かしつけようとするも、プラスがプープー言ってそれを拒む。
「あっ! そうだわ……フフフ」
ふと、何かを思いついたらしい。
お姉さんがとても悪い顔になる。
「そうね。ならアッシュがわたしを寝かせなさい」
「なんでさ? それくらい自分で」
「あー、身体が痛くて動かないー」
棒読みのプラス。
チラチラとアッシュを見ている。
「さっ、早く寝かせなさい」
ベッドをバンバン叩いている。
呆れたアッシュはため息をつき、寝かせようと近づく。
が、
「はいっ、つかまえたっ!」
ガバッと、アッシュに抱き着いた。
「わっ⁉︎」
そのまま思いっきり抱きしめてあげた。
「ん~、アッシュ~!」
「な、なにするのさ……」
これは紛れもないアッシュの温もり。
そう思い、プラスは幸せに包まれた。
ここにいる事をようやく実感し、アッシュへの愛が止まらなくなる。
「フフッ、もう放さないわ」
「苦しい……」
このままでいた。




