22.神と悪魔
しばらくして。
何かに衝突したような、鈍い音が響く。
「──クソッ、なにが起こった」
頭を押さえるアッシュとレクス。
2人とも目が回ってピヨピヨしている。
「レクス……」
「ああ、問題ない。お前はどうだ」
「平気さ。うぅ、でもちょっと気持ち悪いかも……」
うまく立つことができない。
起き上がるのに苦戦していると、
「──フッフッフッ」
ザイコールの笑い声。
「おいアッシュ! あれを見ろ!」
「なにさ、まだ頭がくらくらして……なっ⁉」
アッシュは言葉を失った。
見上げた先には、こちらに不敵な笑いを向ける黄金の存在。
光を放つ怪しげな老人が宙に浮いていたからだ。
ザイコールだ。
しかし先ほどとはまるで別人。
そこに神がおられる。
姿がザイコールでなければ拝んでいたところだ。
「やはりダメじゃな。ガルスは力を持て余す」
神様がちとぼやく。
「まあよい」
目を少し左に向けた。
そこにはアッシュのペットである、例のイービルが転がっている。
おそらく再起不能。
見るも無残な姿で倒れている。
ザイコールの存在感が凄すぎて全く気付かなかった。
「あ、ああ……なんてことさ……」
飼い主がペットのもとに駆け寄る。
ユサユサと揺らしても全く反応がない。
ザイコールにやられてしまい、飼い主をかくまう力が無くなったのだ。
約束は力及ばす果たせなかった。
それでも飼い主を守るために必死だったのだろう。
庇っていた翼は比較的綺麗なままだった。
「うぅ、どうしてこんなことに……」
ついさっき生まれたばかりだったのに。
これが片付いたら一緒に暮らそうと約束したではないか。
アッシュは涙を流さずにはいられない。
「考えられんわい」
イービルの死を悲しむ少年。
その奇妙な光景に、ザイコールは額にしわを寄せた。
「安心せい。お主もすぐにあの世に送ってやる」
時間をかけ過ぎた。
上の様子も気になる。
「今のワシは慈悲深い。そういう神じゃ。痛みも感じず一瞬で……ん?」
アッシュが静かに立ち上がった。
悲しみを力に、自身の底に眠る力を呼び起こす。
「──悪魔の左腕」
左腕が黒く変化。
アッシュが異形の力を解放した。
名前は昨日、ゴーが考えてくれた。
ザイコールに構える。
「やめろアッシュ! 無理に決まっている!」
あれは自分を神と名乗っているヤバい人間。
相手にしない方がいい。
レクスが黒くない方の手を握ってそう説得した。
「いいから逃げるぞ!」
「放せよ、コイツをこのままにしておけないさ」
「バカか! もう死んでいる! それにコイツは」
イービルだろうと何だろうと、もう大切なペットだ。
もう家で飼うって決めた。
毎日お散歩にも連れて行くし、ウンウンの時はお掃除だってちゃんとする。
プラスだってきっと許してくれるはずだ。
「許すワケないだろ! やはりお前はアレだ、 本物のバカだ!」
「アイツの狙いはオレだけ。レクスは逃げろ」
「いつまでふざけている!」
「嫌だ! オレは絶対ここから離れないさ!」
しばらくワーワー言い合っていたが、
「チッ、仕方がない」
レクスが手の甲からオーブを出した。
「──爆殺光撃」
両手に真っ赤な炎を纏い、戦闘態勢に入る。
「勘違いするな。ワタシの面子がないだけだ」
自分より弱いヤツを見捨てて一人助かるくらいなら、死んだ方が遥かにマシ。
「レクス」
「ふんっ」
彼女はそういう人間である。
「神に挑むか」
愚かなり。
嘲笑うかのようにザイコールが見下した。
「構えるでない。子ども相手に力を使うほどワシは……ん?」
ズズ、ズズズ……
「まだ立つか、悪魔め」
かなり痛めつけた。
動ける肉体ではないはずだ。
アッシュが呼びかけるも、相変わらず反応はない。
イービルは翼を広げ、自身の大きさを誇示する。
今までは飼い主たちを守りながら戦っていたため、全力が出せなかった。
しかし今は違う。
大きな翼でバッサバサとそうアピっている。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
すごい勢いで標的へ向かう。
ザイコールは構えた。
両者は再び衝突し、接近戦が始まる。
ザイコールの方が何枚かうわてのようだ。
的確な攻防で相手を攻めている。
一方のイービルは、駆け引きなどヘッタクレもないと言った様子。
がむしゃらに攻撃していた。
先程受けたダメージをまだ引きづっており、動きがあまりよくない。
「ぐはっ⁉︎」
突然、翼でザイコールをぶん殴った。
そういう使い方なのか。
そのまま両翼を含めた4本の腕で、怒涛の連撃を繰り出した。
「うぐっ⁉︎」
流石の神でも、これは厳しいみたいだ。
やや防戦気味になってしまわれる。
「図に乗るでない!」
ザイコールはスキをみて、うっとおしい翼を掴み、
無理やり根本からちぎり抜いた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
インクのような血が大量に噴き出し、悲痛な叫びをあげる。
「どれ、少し軽くなったか」
たまらず反撃するも、破裂でかわし、瞬時に背後を取る。
左も頂く。
もう片方も強引に根元からもぎ取った。
またインクのように噴き出る。
辺りはその返り血で染まり上がる。
そのまま背中から光撃で殴り抜き、壁際まで吹っ飛ばした。
「フッ、みすぼらしいモノよ。のう、悪魔や」
グッタリとしたまま動かない。
翼が無いせいか、随分と小さく見える。
「うわあああ! やめろおおお!」
「よせ! 行くな!」
「放せよ! オレのっ、オレの友だちがああああ!」
駆け寄ろうとするアッシュ。
「なんじゃあヤツは。まだやっておるのか」
ザイコールは呆れた。
イービルが現れた。
飼い主の言葉には相変わらず反応がない。
禍々しくお座りしたまま、老人の方を向いている。
突然、口が裂けるほど大きく開いた。
黒い光が浮かび上がり、質量が集まっていく。
密度を高め、徐々に大きくなっていく。
「ぬっ、この気配……まさか分離か」
次の瞬間、一気に解放。
ビーム状のオーブを放射した。
それはアッシュの黒い腕から放たれるアレにそっくりだ。
「いかん!」
ザイコールは破裂で素早く身をひいた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
首を捻らせると、それに応じて光線も角度を変え、薙ぎ払うように追尾する。
ザイコールは縫うように移動してかわす。
「おのれ! 建物ごと破壊する気か!」
やたら滅多らに光線を振り回している。
世界の終わりを連想させるような光景。
お座りをしていた時とは想像もつかない、世にも恐ろしい怪物へと変貌していた。
このままでは建物が破壊され、生き埋めになってしまう。
ザイコールは避けながら光を集中させた。
黄金に光り輝く巨大なオーブを作り出し、
「死ねい!」
全力でぶつけた。
互いのオーブが衝突し、激しく火花を撒き散らす。
競り合っていたが、やがて黒い光線が打ち負け、
巨大なオーブが直撃。
身体ごと押し潰された。
衝撃の余波が部屋全体を覆い尽くす。
オーブのエネルギーが消えた時には、周りは火の海に包まれていた。
「ア゛ア゛、ア゛ア゛……」
決したようだ。
風前の灯。
イービルは地面に這いつくばったまま動かない。
「生命力だけはいっちょ前じゃな」
ザイコールがスタッと着地し、ゆっくり近づいた。
「どれ、完全に消滅させてやろう。これもハンターの務めじゃからな」
次の一撃で葬るべく、手のひらのオーブを圧縮させる。
「終わりじゃ」
とその時、
「──やめろおおおお!」
真上から叫び狂ったアッシュが、
悪魔の左腕を構え、
「うわああああ! 魔王分離!!!」
例のごとく、ビーム状のオーブを至近距離からぶっぱなした。
ザイコールの身体は一瞬で飲まれ、床にボッカリと穴があく。
少年の容赦のない一撃が、殺意が、老人に向けて放たれた。
ペットを殺された恨みは何よりも深い。
ちなみに技の名前は、昨日ゴーが考えてくれた。
「ハア……ハア……」
光線は消えた。
全てを出し切ったのか、アッシュはヘトヘトだ。
貫いた穴が、その凄まじさを物語っている。
「ど、どこさ……」
よろよろとペットの元へ駆け寄った。
すでに消滅してしまい、その残骸が灰となって積もっている。
アッシュが灰をすくおうとする。
しかし、砂のようにサラッと抜け落ちていく。
目の前の現実に、大粒の涙が溢れてくる。
非常に短い間であったが、それでも大切なペットだったことに変わりない。
お別れは突然やってくるモノ。
悲しい現実を受け止めることができず、一人号泣した。
「そういえばお前……」
横で達観していたレクス。
泣き崩れる少年を見て何かに気がついた。
「平気なのか?」
「うぅ、なにがさ?」
「いや、前にそれを使って倒れただろ」
レクスの指摘。
前回、魔王分離とやらを使用したとき、しばらく動けなくなるほど消耗していたはず。
あの時は家まで送るのにとても苦労した。
それが今では何ともないご様子で、しかもワンワン喚く元気まである。
「そんなこと、どうだっていいさ」
それよりも今は一緒に泣いてくれ。
アッシュは泣きながらに懇願した。
「くだらん」
レクスは舌打ちする。
「まあいい。それより早くここから出るぞ。ザイコールがまた──」
突然、近くの床が抜け、上に吹き飛んだ。
そこからザイコールが上がってきた。
服が全体的に焼け焦げているものの、致命傷にはなっていない。
「ええい! もう許さん! 絶対に許さんぞ!!!」
黄金の輝きはもう失っている。
神ではない、普通の老人に戻っている。
代わりに顔がとても怖くなっていた。
「あれでダメなのか⁉ 逃げるぞ!」
「うぅ……」
「いつまでメソメソしている! しっかりしろ!」
「うわあああああん!!!」
逃亡した。




