21.ペット
場所は少し変わって。
上の階へきたザイコール。
逃げたアッシュを探している。
「完全に見失ったわい」
見ての通り捜索は難航していた。
「ちいと不味いな」
老人はちと嘆く。
どうしてあの小僧がここにいたのかは不明。
だが、これはうれしい誤算だ。
現在、間抜けなゴー=ルドゴールドは、地上で部下のプラス=スターバードと戦っている。
ヤツがいない今が絶好の機会である。
同時に問題も生じていた。
それは、この秘密研究所を見られてしまったことだ。
あの小僧はここで始末するとして、すでに一匹逃がしてしまった。
さらに厄介なことに、もう一匹のネズミがあのレオストレイトのお嬢さんだ。
「どうしたモノか」
もう歳だ。
あまり考えたくない。
「ぬっ?」
そんな風に考えていると、左側の壁から何やら破壊音が聞こえてきた。
こちらに近づいている。
耳が遠いザイコールは壁に寄ろうとした。
とその時、
突然、左の壁が粉々に吹き飛んだ。
「な、なんじゃ⁉」
真っ黒な手が現れ、巨大な塊がズンムリと出てきた。
イービルだ。
ザイコールは目を大きく見開いた。
なぜここにイービルがいるのか。
しかもこの威圧感、見るからにヤバめな個体である。
「もしや、じゃがアレは失敗作のはず」
心当たりはある。
だが、アレは不完全な存在であったため、実験の過程で石になってしまった。
仕方なく研究所の一室に保管していたモノだ。
それがどうして今になって元気に起動しているのか。
その答えはすぐに出てきた。
「──ふう。どこさ、ここ?」
綺麗に折りたたまれた翼がパカッと開く。
中から子どもが顔を出した。
「──知らん、まだ地下のようだ」
もう一人出てきた。
「やはりダメだな、何も分かってないぞコイツ」
少女がイービルの頭をパシッと引っぱたく。
「う~ん、オレの言葉には頷いてたし。意思疎通はできると思うんだけど」
少年が叩かれた部位を優しくなでた。
「だから言ったんだ。人の言語を理解できるワケがない」
「きっと道が分からないだけさ。よしよし、レクスのことは気にしなくていいからさ」
アッシュとレクスであった。
あれからなぜかイービルとお友だちになっており、ちゃっかり後ろにまで乗せてもらっていた。
背中はフサフサで意外と快適そうだ。
「全く、お前はいつも変なことばかり……ん?」
レクスが先ほどから置いてけぼりのザイコールの存在に気付いた。
「おいアッシュ……んっ!」
隣にいる少年の肩を叩き、老人を指さした。
「なにさ?……あっ」
アッシュも気がつき、
「んっ!」
同じく指をさす。
ズズズ……。
イービルが向きを変えた。
敵を補足したようだ、狙いはもちろん、
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」
ザイコールだ。
禍々しい咆哮を放ち、空間が大きく振動する。
子どもたちは背中に隠れると、翼が綺麗に折り畳まれていく。
飼い主は避難した、準備完了。
イービルがものスゴイ勢いで襲い掛かる。
「なんじゃとっ⁉」
色々と頭が追い付かないザイコール。
ただ一つだけ言えることがある。
そう、これは歳のせいではない。それだけだ。
「ぬう、丸盾!」
通路が狭くて躱せない。
老人はとっさに盾を展開して身を守る。
しかし、振り上げた腕にいともたやすく破壊され、容赦なく吹っ飛ばされた。
壁を貫通し、隣の部屋に勢いよく入室する。
「おのれ、無茶苦茶やりおる」
今の一撃、腰に来た。
老人は瓦礫を払い、ヨロヨロと立ち上がった。
突っ込んだ部屋は何も置かれてなく殺風景。
人を襲うには十分な広さだ。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」
イービルも部屋に入り、標的を見るや否や、再度突っ込んできた。
ザイコール。
今度は破裂を使って、紙一重で避ける。
イービルは進路を変え、再び標的に食らいつく。
その巨体からは考えられないほどの俊敏な動き。
しつこくピタッと張り付いてくる。
「ちぃっ、うっとおしい!」
中々振り払うことができない。
「いい加減にせい!」
大振りしてきたところを狙う。
ザイコールはかわして、オーブを乗せた拳を放つ。
しかし、身体に触れた瞬間、拳の光がろうそくの火のように消失した。
「なんじゃと……ぐはっ⁉」
うろちょろするハエをはたき落とすかの如く、イービルが腕を大きく薙ぎ払う。
ザイコールは吹っ飛ばされ、壁に腰から激突した。
ぶつかる寸前、丸盾を出して腰を守る。
すぐ立ち上がり、破裂で向かっていく。
拳にオーブを纏い、光撃で攻める。
が、やはり通ようしない。
撃ち込んだところで全てのオーブが無に返っていく。
イービルはそっぽを向いたままお座りしている。
興が失せたのか。
相手の攻撃にまるで無関心だ。
「がはっ⁉」
またハエをはたき飛ばした。
ザイコールは壁に腰から激突する。
この老人は曲がりなりにも第一教区の支部長である。
だというのに全く歯が立っていない。
「──よっと!」
スポンッ、アッシュが顔を出した。
今どうなってるのかが気になり、様子を見に来たのだ。
「ザイコールはどこさ? もうやっつけたのか! えらいさ! よーしよし」
素晴らしい。
アッシュはご褒美に頭をナデナデしてあげた。
飼い主が可愛がってくれている。
だと言うのに、ペットは相変わらず微動だにしない。
側から見ると笑顔でナデナデする子どもと、されるがままのイービル。
控えめに言ってかなり異様な光景だ。
「ぶはっ!」
瓦礫の中からザイコールが飛び出てきた。
まだまだ元気だ。
アッシュはそれに気が付くと、頭を優しくトントンして、
「んっ!」
また老人を指さす。
自分はすぐ翼の中に入っていった。
どうやらこのイービルは、こうやって定期的に指示を与えないと動いてくれないらしい。
ボーッとしやすい所がネックな性格だ。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」
ただし一度指令を出せばこの通り。
腕を上げて襲い掛かる。
「フンッ!」
突っ込んでくる時は、事前に雄たけびを上げてくるので非常に分かりやすい。
ザイコールは上に飛んでかわした。
「おもちゃじゃないんじゃぞ!」
こういう時の子どもほど恐ろしいモノはない。
無邪気な分余計に太刀が悪い。
何をしてくるのか想像もつかないからだ。
現に今、信じ難いことにイービルを操っている。
やはり子どもに色々と触らせてはならない。
老人はしみじみに思う。
だが、とりあえず目の前の敵をどうにかしなければ。
ザイコールは両手から大量のオーブを放つ。
直撃しても爆発はなく、全て蒸発するように溶けていく。
やはり効果がない。
「まさか、こやつは!」
オーブによる攻撃が通用しない。
というよりオーブそのものに効果がない。
元来イービルは物理攻撃に強く、普通の武器では傷をつけることすら困難だ。
だからオーブが必要になってくる。
人間が対抗できる唯一の手段である。
しかし、コイツにはそれさえも通じない。
──シュンッ
突然、イービルが視界から消えた。
「なっ⁉」
今のは破裂だ。
それもザイコールが見失うほど精度の高いやつだ。
急にザイコールの視界が真っ黒に染まる。
イービルが容赦なく叩きつけた。
「ぶはっ⁉」
攻撃をもらい過ぎだ。
このままでは身体が、腰が持たない。
飼い犬にかまれるとはこの事か。
「イービル風情がなめおって! そんなに死にたいようじゃな」
もうただのイービルとは思うまい。
倒してしまうのは惜しい気もする。
だが、いま最も重要なのはあの少年の息の根を止め、この場所を隠蔽すること。
そう思うザイコール。
ふと、懐から丸い玉を取り出し、それを胸に押し当てた。
吸収されるように胸に溶け込んでいく。
そして、突如として身体から黄金の光が発せられた。
「神の力、とくと受けるが良い」
神々しい輝きを放つ。




