16.侵入開始!
翌日、早朝。
ここは第一教区の、人気の少ない裏門。
そこに怪しい男が3名いた。
一人はまだ幼い少年、もう一人は熊のような大男、最後に小汚い男だ。
これから盗みを働くつもりだろうか。
3人は固まってコソコソと話をしている。
これはアッシュ、ゴー、マルトン。
予定通り第一教区に潜入していた。
「これか? お前が見つけた地下通路ってのは」
「そうっス。ここから行けば教会まで一直線ですぜ」
下水道。
ここから教会へ侵入すると、マルトンは言う。
確かにここからなら誰にも見つからないはずだが、
「うえっ……臭い、ホントにこの中に入るのか」
あまりにもひどい。
アッシュは鼻を押さえてしまう。
「坊ちゃん、隠密行動に汚れは付きもんですぜ」
マルトンがアドバイスと言わんばかりにチッチッと指を振る。
「いや、でもこれは……」
「そうか? 俺は何も匂わねえが」
「あっしもです」
この2人の鼻はもう手遅れだ。
アッシュはここに来たことを早くも後悔した。
「中を説明するっス」
現在教会は、ゴーと言う間抜けな男の宣戦布告により、人はおらずガラガラだ。
何人かのハンターがまだ巡回している。
とは言っても、例の巨大イービルの件で動けるハンターはほとんどいない。
「要注意人物はなんと言っても、プラス=スターバードっスね。第一教区の守護神ですぜ!」
「プラス!?」
アッシュが反応する。
「おや? 坊ちゃん知らねえんですかい。イービルのほとんどは彼女が殲滅してるんス。その姿はまさに雷神と噂ですぜ!」
「ら、雷神……」
「見つかったら終わりっス。気をつけやしょうね」
前にあったという巨大イービル襲撃事件。
標的を仕留めたのは、何を隠そう彼女だ。
今の自分たち不届き者にとって、相当な危険人物。
マルトンは付け加えた。
話を聞いたアッシュは複雑な気持ちになる。
「ほう、そいつは楽しみだ。で、ザイコールの野郎はどこだ」
「それが、近ごろ見当たらないんスよね。どこに居やがるんでしょうね」
「フンッ、まあ暴れていればそのうち出てくるだろう」
今の自分たちは完全に悪者だ。
アッシュは大男の発言でそう思う。
「じゃあ、俺が先に行く。お前らは後から来い」
ゴーが先に下水道に入っていく。
不安な表情でその背中を見送るアッシュ。
みんな無事で終わるのだろうか。
もしかしたら今日死んでしまうかもしれない。
嫌なことばかり考えてしまう。
「そろそろ行くっスよ、坊ちゃん」
「……わかったさ」
覚悟を決める。
マルトンが先に下りた。
それに続こうとしたが、
「うぇ~、やっぱり臭い……」
一瞬で失せた。
──アッシュとマルトン。
2人が下水道を走っていると、広い空間に出た。
やっと悪臭から解放され、アッシュは思いっきり息を吸う。
「ささっ、もう少しで教会ですぜ!」
「下水道にこんな広い空間が……」
「そうっスね。一体何のために作ったんでしょうねえ」
辺りを見回した。
いくつもの空洞を柱で支えているのか、不思議な構造になっている。
「これからどこに行くのさ?」
「それが、ちょっとここから自信無いんスよね」
「えっ?」
「少々複雑でして、あんまり覚えてないんでさあ」
マルトンのいい加減さには呆れるしかない。
この調子だと先に行ったゴーもダメだろう。
「はあ……」
もうダメなのかもしれない。
アッシュがガックリしていると、
「しっ、坊ちゃん。誰か来ますぜ!」
──コツ、コツ
小さな音が辺りに響き渡る。
2人の緊張が高まる。
やがて、思ったよりも小さな人影が現れた。
「──そこにいるのは誰だ! 両手を上げろ!」
それはアッシュのよく知る人物だった。
「あっ、レクス」
「アッシュか⁉ なぜお前がここにいる⁉」
レクスだった。
下で変な音がするので確認しにきたレクスだった。
「あれ? ゴーは?」
先に行ったゴーとは合わなかったのか。
どこに行ったのか。
あの熊は一体何をやってるんだとアッシュは不信に思う。
「答えろ! 場合によっては攻撃するぞ!」
「待って! 話を聞いてほしい!」
「答えろ!」
久しぶりにレクスに会えて嬉しい。
だが、彼女はそれどころではなく、容赦ない敵意を向けてくる。
悲しくなる。
アッシュは手短に説明した。
ザイコールに襲われてゴーが助けてくれたこと。
今から教会の地下室に行くと必死に伝えた。
「なに? そんな話が信じられるか!」
「ホントなんだって」
「そこの男はなんだ! 汚らしい……見るからに怪しいだろ!」
「ひどい言いようっスねえ」
しばらく3人は口論になり、このまま戦闘になるかと思われたが、
「信じてやる」
「えっ」
「信じてやると言ったんだ。二度は言わん」
おつかいの時といい、レクスは意外と話がわかる。
そのまま仲間に加わり、3人で地下室に向かい走り出した。
「ところで坊ちゃん、このお嬢さんとはどういったご関係で? ずいぶん仲が良さげじゃねえですかい。もしかしてコレですかい?」
変な指の形。
「いや、違うさ」
「そうだ、誰がこんなヤツと」
「そうですかい。ならどういったご関係で?」
ちゃかしているのだろう。
マルトンが聞いてきた。
短い間ではあったが、レクスとは結構遊んでいる。
一緒にランチも食べたり、動物園にも行ったりしている。
お互い他に相手がいないというのもあるが、もう友だちだと思っている。
なので、アッシュはそう言おうとしたが、
「ただの同僚だ」
レクスがそう言いきった。
「えっ、友だち……」
「そんなわけないだろ。甘えるな」
「坊ちゃん、フラれやしたね」
言い切られた。
「──遅いわね。何かあったのかしら」
一方その頃。
教会を警備するプラス。
階段に座り、足をプラプラさせていた。
レクスが地下を見に行くと言ったきり戻ってこない。
自分も確かめに行こうか迷っているところだ。
「はあ、ホントに来るのかしら」
もう4日が経つ。
この場所でずっと警備しているが、本当にゴーが現れるのか疑心暗鬼だった。
「アッシュ、元気だといいんだけど」
そんな独り言を呟いていると、
──バン!
教会の床にひびが生えた。
「えっ? なにかしらこの音」
──バン! バンバンバンバンバン!
すごい破壊音が聞こえる。
その音は次第に大きくなっていく。
こちらに徐々に接近しているようだ。
プラスが慎重に床へ向かうも、
突然、バコンッと抜けて吹き飛んだ。
「きゃあ⁉ なによもう⁉」
恐る恐る穴の開いた床を覗こうとする。
すると、穴の中からゴツい手がぬるりと出てきた。
「クマさん⁉」
熊が現れた。
そう思ったが、それは大きな人間であった。
「──ふぅ、やれやれ。ようやく出られたな」
プラスは茫然とした。
いきなり床から大男が出てきたからだ。
「おっ、ここは教会じゃねえか! すげえなおい! ツイてやがる!」
ゴー=ルドゴールドだ。
案の定、下水道で迷子になっていたが、勘を頼りにここまで掘り進めてきた。
「ガハハハハハッ!」
力技でたどり着いてしまった。
これは高らかに笑うしかない。
プラスは唖然とするも、侵入されたことを理解した。
「あん? なんだお前?」
ようやく少女の存在に気がつく。
「こっちのセリフよ」
敵を認識した。




