15.ゴーからの刺客②
洞窟から少し離れた所にある小川。
アッシュはそこで、修行で汚れた服を洗っていた。
「終わった」
ゴーはここで半原始的な生活を送っている。
捕まえた魚や動物を食べて過ごしているそうだ。
それでは栄養が偏ってしまうとエリーが心配し、たまにエサを持ってくる。
なので食べる物には困っていないと言う。
そんな生活をもう7年ほど続けていた。
アッシュ自身もここに来て3日経つ。
すでに適応し始めていることに恐怖を感じていた。
「戻ったさ」
洞窟に戻ると、地面に寝そべる熊がいて、のそりと起き上がる。
「おう、今日も行くか」
「少し休みたいんだけど」
「うるせえ! 行くぞ!」
元気に修行に向かう。
「──よし、じゃあいつも通りかかって来い」
荒野についた2人。
修行と言っても組み手をしたり、ゴーをサンドバックにしてひたすら撃ち込むくらいで、特別なことはやっていない。
基礎を徹底的に叩き込みたいのだろう。
それがゴーの修行だった。
ただ、ずっとオーブを使っていたからなのか。
分離と光撃を出す速さが格段に上がっていた。
「そろそろ切り上げるか」
今日の無事終了。
修行を始めて3日、アッシュの攻撃は未だゴーに通ることはない。
ふと思う。
もしかするとこの男には、あの黒い腕で撃つ分離も効かないのではないか。
じっと大男の顔面を見る。
「どうした? 漏れそうなのか?」
視線に気がついたゴー。
アッシュは好奇心に負けてしまい、
「ちょっと新しい技を考えて。試してもいい?」
嘘をついた。
「あん? 技だと?」
新技なんて作る暇は無かったはずだ。
ゴーは首を傾げるが、面白いと言ってあっさりと承諾する。
「さあ、いつでも良いぞ」
さっそくいつもの仁王立ちで構えた。
「じゃあ……」
アッシュは目を閉じる。
身体に宿るオーブとは別の力を集め、一気に左腕に流した。
次の瞬間、左腕が黒く染まる。
やはりそうだ。
力がみなぎってくる。
まるでこちらが本来の姿だと錯覚するかのように。
「おい! なんだそれ⁉︎ おい!」
まだ見せた事がなかった。
さすがに驚きを隠せないようだ。
「ちょっと待て! おい!」
驚いているゴーは無視。
アッシュは光を吸収するように、手の中でオーブを作る。
すぐに発射準備は整った。
「──分離!」
光線が発射された。
それはビーム状に広がる黒い分離だ。
「うおっ⁉︎」
ゴーの顔が歪む。
これは予想だにしない攻撃のようだ。
流石に避けるかと思われた。
しかし、意地っぱりなこの男はその場を離れない。
「オラッ!」
生身で光線を受け止めた。
いつもとは違う。
その表情はとても必死に見える。
「うおおおおお!」
雄たけびをあげ、光線を受け続けるが、少しずつ後ろに流されていく。
「うおおおおおおお!!!」
流石に危ないかとアッシュは焦るが、もうどうすることもできない。
意地張って避けないのが悪いのだ。
少年がさらに出力を上げる。
「なめるなよッ! 小僧オオオオオ!!」
ゴーがさらに大声を張り上げた。
そして、光線を右に投げ飛ばした。
行き場を失ったオーブは遠くの方まで行き、やがて見えなくなる。
「ハア……ハア……」
息が絶え絶えのゴー。
今のを弾くのか。
「あれ?」
アッシュは驚いていたが、同時にあることに気づく。
一度撃ったらヘロヘロになるはず。
だが、今は疲労感は残るもののまだ全然動けそうだ。
しばらくオーブは使えそうにない。
だが、身体の負担が見違えるほど軽い。
修行のおかげでアッシュの使えるオーブ量が増えていた。
「おいアッシュ! 殺す気かてめえ!!」
感動して目をキラキラさせるアッシュだったが、ゴーの怒号で我に返る。
まずい、忘れていた。
すごい勢いで迫ってくる。
「いきなりぶっぱなしやがって!」
「ゴーが遠慮するなって」
「限度があるだろッ! なんなんださっきのは⁉」
「それが……」
黒い腕のことを説明した。
「ほう、イービルの力を……最高だな」
ゴーは感心する。
良いか悪いかは抜きにして、素晴らしい力だと賞賛している。
「……って、もっと早く言いやがれ! 危うく死にかけたじゃねえか!」
アッシュの頭をバチンッと引っ叩いた。
「痛い! うぅ……なにするのさ!」
シバかれた少年は目に涙を浮かべ、極悪人を恨めしそうに見上げる。
頭を押さえてわんわん泣いていると、
「そういえば、名前はなんて言うんだ?」
「へっ、名前?」
あっさり泣き止んだ。
「必殺技だろ? 名前くらいあんだろ」
名前なんてない。
「う~ん……」
何も浮かばない。
適当に答えることにした。
「リーブ」
「はあ? 考えてないのかよ」
「リーブでよくない?」
「ダメだ。これは少しお説教だな」
「えっ、なんでさ」
この後、技名の大切さとやらについて、耳にタコができるほど聞かされた。
──2人が洞窟に戻ると先客だろうか、珍しく人がいた。
「──よお、旦那。戻りやしたぜ」
あまり覇気のないふやけた声。
子どものアッシュと同じくらいの身長で、猫背のせいか余計に小さく見える。
おまけに小汚い恰好をしており、見るからに怪しい人物だ。
「おう、マルトン。準備はできたのか?」
「へい! ばっちりでさあ!」
「ゴー、だれさこの人?」
この男はマルトン=ジャンマイカ。
ゴーの数少ない仲間で、前に言っていた教会の地下室が怪しいと睨んだ張本人だ。
隠密行動が得意なこのマルトン。
何かと目立つゴーの代わりに、教会にコソコソ潜入しているそうだ。
「へえ~、坊ちゃんがアッシュさんですかい。エリーさんから聞きやしたよ。よろしくっス!」
握手を交わす。
いつもなら初対面の相手に緊張するのだが、不思議とそれはしない。
小さいせいか、接しやすそうだ。
2人を見てゴーがニヤッと笑う。
「いよいよ明日決行だ」
「えっ、なにがさ?」
イヤな予感がするアッシュ。
「とぼけんじゃねえ。乗り込むんだよ! 教会になあ!」
ゴーはとても嬉しそう。
ザイコールに恨み晴らすのが楽しみで仕方がないといったご様子。
「おっ、旦那! 遂にやるんスね! いや~、長かったでさあ」
マルトンが急に泣き出した。
今まで無理やりゴーに付き合わされていた。
だが、それもようやく終わると感極まってしまう。
そんな大人たちと違い、アッシュの顔は暗い。
プラスたちやレクスには会いたい。
でもそれ以上に不安の方が大きい。
「ゴホン、ところで作戦についてだが……一度しか言わねえ!」
大きな男は自分の考えた作戦に自信がある。
猫背の男もワクワクしている。
「俺が教会で暴れる、そのスキにお前らで地下室を調べてくれ。以上だ!」
以上だった。
「へい、了解しやした!」
勢いについていけない。
エリーもそうだが、変人の周りにはやはり変な人しか集まらないだろうか。
アッシュは深くため息をついた。
「というわけで坊ちゃん! 明日はよろしくでさあ」
「はあ……よろしく」
心配になる。




