過去と未来②
③アッシュ(14) & レクス(10)
「…………」
大人アッシュと子どもレクス。
2人はお互いに無言だった。
というか……、
「レ、レクス……っ」
アッシュの様子がおかしい。
目の前の少女をみて今にも泣きそうになっている。
フルフルフル……
まるで昔のトラウマが蘇ったかのよう。
あの頃の、自分を放置したレクス、その彼女がいま目の前にいる。
なるほど、これは相当重症。
「なんだ? 人の顔をじーっと見て。昔のワタシがそんなにおかしいのか?」
「いや、おかしくはないさ……ただ……っ」
「チッ、うっとおしい。勝手にしろ」
早くも後悔と感傷に一人勝手に浸り出す。
そんな大人アッシュの首元に、キラリ、何か着いている。
チラッ
例のペンダントだ。
子どもレクスはソレを見逃さなかった。
一度腕を組み直し、
「ふん。見た感じあんまり変わってないな」
「そ、そんなことないさ、プラスはすごい大人っぽくなったって。それにほら、背だってちゃんと伸びてるさ」
「年を取ったら誰でもそうなるだろ。何を当たり前のことを言ってるんだ」
「ああ、なんたって未来のレクスより大っきいからな!」
フンス。
子ども相手に背が高いアピールをするアッシュ。
確かにあまり変わってないかもしれない。
そして、
「一応言っとくけど、まだ許してないからな」
あの日のことは未だに根に持っている。
「だろうな、それはお前の様子から見て取れる。意外と未練がましい──いや、元々そういう奴だったな。お前は」
「だったって何さ? そっちからしてみればつい最近のことだろ」
「黙れ。アレだな、お前は女々しい奴だな」
「好きに言ってろよ。ただ4年後、絶対に後悔させてやるからな」
せいぜいそれまで自分を捨てたことを悔いるがいい。
自分のことを一時たりとも忘れるな。
さもないと……
アッシュがそう忠告した。
「なんだそれは……まあいい。お前が何をどうしようがお前の勝手だ。今のワタシには微塵も関係ない」
もう済んだこと。
この執念深い男とは別の道を行く。
レクスはあくまで突き放すスタンスであったが、
「へえ~、そんなこと言っていいのか? ホントはオレがいなくて夜泣いてるんじゃないか?」
「ッ! バカなのかお前は。お前と一緒にするな!」
「またまた~、別に隠さなくても分かってるさ~」
何も照れる必要はない。
なぜなら未来のレクスは夜中にこっそり尋問室に来て、自分に……。
つまりそういうことなのだろう。
自分たちは相思相愛。
未来ではお互いの写真を交換し、キスまで交わした仲なのだから。
もっと素直になっていい。
「チッ、やはりうっとおしい。そう言えばあの時、次に会ったら殺すと言ったな。何なら今からヤッてもいいが」
「ふ~ん。まあ、オレは別に構わないけどな。何なら未来ともども監──返り討ちにしてやるさ」
「ふん、いいだろう。覚悟しろ!」
オーブを出した。
ファイッ! ドンッ!
…………
「──なんだ? あっちは何やら騒がしいな」
④アッシュ(10) & レクス(14)
「過去のワタシが心配だ。あの男に変なことでも吹き込まれていないか……ん?」
大人レクスはふと斜め下辺りに目を向けた。
するとそこには、
「…………」
アッシュがいた。
何やら真剣な顔持ちで、レクスの方を見上げる、まだ小さな子どもアッシュがいた。
じっと見ている。
しかめっ面ずっと見てくる。
「…………」
レクスもそれに合わせ、同じように顔を向ける。
2人は少しの間、お互いを見合っていたが、
プクッ
アッシュのほっぺが若干ふくらんだ。
「なんだ? それで怒ってるつもりか? フッ、あいにく全然怖くないぞ」
見ているとなんだかゾワゾワする。
ただ変な気持ちにさせられるだけ。
むしろ全くの逆効果である。
「そうやっていつまでも拗ねているだけか? 悔しいならやり返したらどうだ? ん?」
よって、レクスは目の前の子どもをからかい出した。
「くっ……」
しかし、アッシュは挑発に乗らない。
というより、その絶対的な身長の差を前に何もできないでいる。
「……ふむ」
そんな子どもに、グイッ
レクスが突然背を少し丸め、アッシュの身長に合わせた。
そして腕を組み、至近距離からお顔をジロジロ見てくる。
まるで品定めでもするかのように。
「な、なにさ?」
いきなりなんだ。
アッシュが警戒していると、
「……うりゃ!」
「うぶっ⁉」
ほっぺに手をかけた。
そのまま、グリングリン。
会ったらやはりまずこれだろう。
いつも通りアッシュの良質な頬をこねくり回す。
「うぅ~~~~!!!」
「ほうほう、なるほど。そういうことか」
若い分柔らかさが違う。
大人レクスが好き放題やっている。
「この感触……ふむ、やはり興味深いほっぺだな」
「ふぁふぁへえ~~~!」
これにはアッシュも激おこ。
抵抗できないながらに、頑張ってその手を引き剥がそうとしている。
「試しに引っぱたいてみたいところだが、流石にそれはワタシの良心が痛む。どれ、今回はこれくらいにしといてやろう」
子どものほっぺを一通り堪能した意地悪な大人。
パシャ、パシャパシャ、パシャ
連続フラッシュ音
今度はどこから持ってきたのか分からない超技術カメラで、アッシュの写真を撮り始めた。
「さっきからなにしてるのさ? それに、ま、まぶしいさ」
「動くな。標準がズレる」
アッシュが何か言っているが、レクスは構わない。
様座な角度から子どもを撮影する。
「よし、これだけあれば十分だろう。さて、こいつをゲリードマンに……死んだんだったな。チッ、使えない。仕方ない、コイツは自分で復元するか」
手間は掛かるがそんなことは言っていられない。
また、もうやることはやったのでここに用はない。
レクスは何食わぬ顔で立ち去ろうとした。
が、
「…………」
アッシュが、
……ギュッ
アッシュが、去り行くレクスの袖を掴んできた。
「……なんだ?」
アッシュは無言。
何も言わず、袖を掴んだままレクスを見上げている
「何をしている。これでは帰れないだろ」
グイグイ、グイグイ
アッシュは放さない。
ただ無言のまま、相手を見つつも放さない。
「お前は何がしたいんだ? 早く放せ。シワになるだろ」
そして、
「…………」
もう、こっちでいいかもしれない。
アッシュは子どもながらにそう思う。
「……っ!」
それを表情から感じ取ったのか。
大人レクスも動きを止める。
こ、これは……
スッ
レクスはもう一度、アッシュの背丈に合わせ、顔を低くした。
今度はほっぺが目的ではなさそう。
目の高さを同じにし、そして、
「来るか?」
肩にポン、アッシュを誘う。
子どもはピコン!
「あっ、でもみんながいるさ……」
そうだった。前もそれで断った記憶。
「なに、少しの間だけだ。すぐに返してやる。それに、いつかのために見学していおいて損はないはず」
「で、でも……」
「なに、所詮ここは夢の中だ。ここではワタシたちが何をしようと、外の世界に一切影響はない。そうだろ?」
だから何も問題はないと、大人レクスが暴論で納得させようとする。
「どうする? まあ、ワタシとしても、やぶさかではないぞ」
「う~ん……」
どうしたモノか。
アッシュは頭を悩ませていたが、
やがて、
「……行く」
あっさり承諾。
この子ども、またもや屈してしまった。
「よろしい、では手をつなごう。途中ではぐれたら困るからな」
良い返事だ。
レクスはまず頭を2、3回ほど優しくなでると、次に手を差し伸べる。
「わかったさ」
アッシュもそれに応じ、2人はお手てをギュッ
「よし、帰ったらまず一緒に風呂に入ろう。最新の泡つきお風呂だ」
アッシュ、ピコン!
「そして、今夜はワタシが添い寝をしてやる。当然、ワタシがいつも寝ているベッドで、だ」
ピコン! ピコン!
「フフッ、そうか。そんなに嬉しいのか。よろしい。では、行くとしよう」
アッシュがコクリとうなづくと、レクスが手を引いて、2人は進み出した。
彼らがどんどん小さくなっていく。
そんな男女の背中からは、何かよからぬ雰囲気が漂う。
行けない組み合わせ、それはこの場所に存在──
「──ストーップ! ストップストップ! なにやってるのさ!」
良いところで、急に大人アッシュが割りこんできた。
その横には子どもレクスもいる。
「おい、レクス! これはどういうことさ⁉」
まず大人レクスを強めに問い詰める。
「なんだいきなり、うるさい奴だな。なに、ちょっとコイツを借りようとしただけだ」
「借りる⁉ 借りるってなにさ!」
「ああ。それにコイツも行きたいと言っているぞ」
と言って、大人レクスはそばにいる小さな子どもに目を向ける。
「うっ……」
そこには同じ顔の小さい自分が。
すっかり飼いならされている過去の自分を見て、大人アッシュは顔をひきつかせた。
この頃の自分は立ち直ったばかりで、精神的にはまだ弱っていた。
なので気持ちは十分に理解できる。
だけどここは、なんとか踏みとどまって欲しかった。
気持ちは非常に分かるが。
……って、違う。そうじゃない。
大人アッシュは首をぶんぶんぶん。
「いや違う、そういう問題じゃない! これは誘拐! れっきとした犯罪さ!」
「ふん、あいにくここは夢の中、一体誰がワタシを捕まえるって言うんだ? お前か?」
ん? ん? と、レクスが顔を近づけて煽りだす。
「うぅ……」
「まあ、例え現実だとしても、ワタシはヴァリアードだ。法があろうと守る義理なんてない」
嘘だ、このレクスは嘘を言っている。
アッシュは知っている。
ああ見えて、第四教区は意外と治安が良い。
ザイコールの謎の対抗心のおかげか、中央にも引けを取られないほど発展している。
いや、あれはもう超えている。
「今のお前みたいにならないよう、ワタシが教育する。そうすればワタシのためにもなるからな」
文句はない、そのはずだ。
と言って、大人レクスは、ギロッ
過去の自分に目を向けた。
「……っ」
子どもレクスは怯む。
こ、恐すぎる……。
未来の自分に気圧されてしまう。
あとなんか大人げない。
これが未来の自分なのか……。
子どもながら色々と衝撃を受けていた。
「それに、おい、これを見てみろ。この純粋で無垢なさまを。今の無残に変わり果てたお前とは大違いだ」
時の流れというのは残酷である。
大人レクスが子どもの方と比べだした。
「なに言ってるのさ。似たようなモノだろ」
アッシュの反論。
よく見て欲しい、この少年の真っすぐな瞳を。
先を見据えた、覚悟の決まった目。
もう手遅れな顔だ。
今さら何をしようが、4年後、必ず100%今の自分みたいになる。
「黙れ、お前はエロアッシュだ。エロアッシュの言うことなど一切信用できん」
「そ、そんな言い方って……」
「コイツもお前なんかと一緒にされて可哀そうだ。な? そうだろ?」
と言って、子どもアッシュの頭をヨシヨシヨシ。
「……っ」
う、うらやま……
いや違う。
大人アッシュは一瞬乱すも、すぐに持ち直した。
「とにかく! そんなの認めないさ! ぜーったい認めないからな!」
「チッ、いい加減にしろ! お前の意見なんて関係ない! お前が何と言おうがワタシはコイツを連れて行く!」
「良いわけないだろ! 絶対ダメだからな!」
「第一、お前は人の名前を何度も呼びながら喘ぐド変態だろ!」
「だから! あれは薬のせいだって言ってるさ! そういうレクスの方だって夜中こっそり……」
ああでもない、こうでもない。
ワーワー、ワーワー
大人たちが子どもアッシュの生末について言い争っている。
「──エロアッシュ!」
「──なにさ! この! むっつりレクス!」
一方、先ほどからずっと置いてきぼりな子どもたち。
10歳児の2人といえば、
「おい、お前もだアッシュ! なに未来のワタシについて行こうとしている! しっかりしろ!」
ようやく動きが見れた。
子どもレクスがやや強めな説得に入る。
「ふん……」
しかし、ツーン。
子どもアッシュは、腕を組んでそっぽをむいた。
昔のレクスなんて無視。
無視だ無視。それがいい。
「なッ⁉ 貴様ッ!」
なんだその生意気な態度は⁉
怒ったレクスが胸倉を思いっきり掴みあげる。
アッシュはツーン。
目を閉じたまま明後日の方角を向いている。
その表情はどこか得意げに見えた。
「──くっ、こうなったら力づくで止めてやるさ!」
「──ほう、いいだろう。やるか!」
これは……修羅場?
4人ともずっと騒いでいた。
⑤アッシュ(10) & ヘルナ(?)
「なにさ?」
返事がない。
ヘルナは無言で子どもアッシュを見ている。
「なんでずっと見てくるのさ。ていうかお前だれさ」
じ~っ
やがて、
「……うん、可愛い」
ずっと見ていた。




