13.プラスとしては
「──なんですって⁉」
一方、ここは第一教区の教会。
支部長に呼び出されたプラスは、衝撃な知らせを聞かされていた。
「さよう。お主が引き取った少年、アッシュ=スターバードは昨夜、突如として教会を暴れ回り、こつ然と姿を消したのじゃ」
「そんな、なにかの間違いよ!」
お見舞いに訪れた時、病室は滅茶苦茶であった。
アッシュはどこにもいない。
その光景に固まるプラスだったが、すぐ支部長に呼び出された。
そこでアッシュがイービルだと聞かされた。
「元々イービルから出てきたんじゃ、普通の人間なら生きてはおらん。しかしなんともない。これはイービルと言ってるようなモノじゃろ」
老人は髭を触る。
「ルドゴ-ルドの元へ向かったという報告もある」
プラスは酷く困惑していた。
アッシュがイービルでゴーの元に向かった。
どうしてそんなことを言うのか。
支部長の言ってることがまるで理解できない。
「これは何かの間違いだわ! そうよ、だってアッシュが……」
「下がれ。ヤツがどこに潜んでおるかわからん。お主も警戒しておれ」
支部長命令だ。
「くっ、わかったわよ!」
ハンター支部を飛び出した。
「やれやれ。扱いに困るお嬢さんじゃ」
ザイコールは椅子にゆったり腰をかけた。
何やら考える。
あの時、ゴーに邪魔をされ、アッシュを取り逃がしてしまった。
記憶が戻る前に始末しなければならない。
しかし、あのゴーの存在がとても厄介。
保険をかけた方が良いのかもしれない。
「しょうがない。ヤツを呼ぶか」
小さく笑みを浮かべた。
──教会の休憩室。
支部長室を出たプラスは怒っていた。
それは相当なようで、周囲の物に当たり散らしている。
「もうっ! なんなのよ! あのクソジジイ!」
やり場のない怒りを花瓶にぶつけた。
ガシャンと割れ、破片が辺りに飛び散る。
真っ黒に焦げ上がり、一瞬、青い光が流れた。
「落ち着け」
近くにいるレクスは、身体を壁に預けている。
アッシュがいなくなったと聞き、急いで駆けつけた。
「アイツ、こっちの話を全然聞こうとしないのよ」
「ああ、ワタシも信じられん」
「一体どうなってるのよ。昨日まで何もなかったじゃない」
アッシュが突然いなくなってしまった。
あの惨状は絶対に何かあったはず。
支部長の言うことにも納得できない。
怒りが収まりそうにはなかった。
「あの子はイービルじゃないわ!」
「分かっている」
「なんでよ、なんでこんなことに……っ」
急に虚しさが流れ込んできた。
床に座りこんで膝を抱えた。
「わたしのせいだわ。やっぱりあの時連れて帰るべきだったのよ」
残るのは後悔だけ。
「いやよ、これでお別れだなんて……」
うずくまり、瞳に涙を浮かべる。
「なんだ、泣いてるのか?」
レクスからの気遣いの言葉。
「なによ、あなただって泣いてたじゃない」
「なっ⁉︎ あれは貴様が!」
昨日プラスと帰ったレクスは、その圧力に耐えられず泣いてしまった。
まだ10歳の少女なので仕方がない。
その場にアッシュがいなかったのが唯一の救いであった。
「昨日は悪かったわ」
「やめろ! その話はやめろ!」
しばらくして、少し落ち着いてきた。
それを察したのか、レクスが新たな話題を吹っ掛ける。
「ところで、お前はアイツのことが好きなのか?」
「へっ? なによいきなり」
「いや、気になっただけだ。どうなんだ?」
少し考えていたが、落ち着いた様子で答える。
「ええ、好きよ。だけどあなたの思ってるのとは少し違うわね」
「なに? 好きだから引き取ったんじゃないのか?」
「違うわ。あなたはわたしをどう思ってるのよ」
少し間をあけて、
「そうね。あの子に限っては、不思議とそんな気は起きないのよね。まだ子どもだって事もあるけれど……あっ、もちろん可愛いし大好きよ」
「なんだ、ハッキリしないな」
「子どものあなたには、まだ早いかもしれないわね」
「お前だって子どもだろ」
「あら、わたしはもう立派な大人よ。最近は子どものお世話だってしてるもの。あなたと違ってね」
これが大人の余裕というモノだ。
プラスは自信ありげに胸を張る。
アッシュを初めて見た時、どこか他人とは思えない何かを感じていた。
兄と似ているというのもある。
だが、それ以上に自分と近いものがあると。
レクスにとっては意外だった。
ほっぺにチューをした時のあの動揺っぷりは、てっきりそうだと思っていたからだ。
「そうか。ならワタシがもらっていいのか?」
「それはダメ!」
なんだコイツ。
レクスはそう思ってしまう。
「あの子、死んだ兄さんに似てるの。まだ5つの時だったけどよく覚えているわ」
「昔、父さんから聞いたな。宿敵とかなんとか」
「そう。大好きだったのに突然いなくなっちゃったの」
プラスが遠くを見ている。
「わたし、あの子は兄さんじゃないかって思ってるの」
「正気か?」
「ええ本気よ。だって兄さんが死んだのは10年前、あの子は今10歳。可能性は十分あるわ」
いきなり話が飛躍した。
レクスはそんなバカな話があるか、と否定する。
「ならその兄がなぜ子どもの姿なんだ?」
「さあ? 転生でもしたんじゃない? 知らないけど」
プラスの返事に呆れてしまう。
「兄の隠し子とかはどうだ?」
「うーん、それも良いかも」
「どっちなんだ、ハッキリしろ」
しばらくアッシュの素性で盛り上がっていた。
「あなたのおかげで元気が出たわ。ありがとね、レクス」
「勘違いするな。お前は頭がおかしくなったみたいだな」
「フフッ、そうみたいね」
雰囲気が明るくなった。
まさかレクスが励ましてくれるなんて。
少しは可愛いところもあるのかとプラスは思い直す。
お礼に今度は絡まれたらわざと負けてあげてもいいかな、なんて考える。
レクスの方も、プラスが元気になってくれたみたいで安心していた。
絶対顔には出さないが。
「これからどうする? アイツを探すのか?」
「いいえ。向こうから来るのを待つわ」
「それでいいのか?」
「ええ。ゴーをボコボコにして居場所を吐かせるの」
「そうか、お前らしい」
全部ゴーにぶつけるそうだ。




