132.お茶会③
一方その頃、ここは第四教区教会。
ヴァリアード軍の本拠地。
2階の端っこにある寂れた支部長室、ザイコールというご老人の部屋。
試しに中を覗いてみると、席につく2人の男が見受けられた。
「ザイコール、茶だ」
参謀、グレン=レオストレイトがお茶を差しだす。
「ほう、気が利くな。グレンよ」
首領、ザーク=ザイコールがそれを有難く頂いた。
ズズズ、お茶を飲む音。
「うまい! やはりお主の淹れる茶は美味い!」
控えめにして奥行きのある味わい。
やはりお茶というのはこうでなくては。
久しぶりの味にザイコールは歓喜した。
「フッ、世辞はいい」
絶賛されたグレンはまんざらでもなさそうだ。
こぼれた笑みを隠せていない。
「やれやれ、娘もこれくらい出来ればいいのじゃが……」
「どういうことだ?」
「なに、老人のたわごとじゃ。気にするでない」
「……? そうか」
淹れ方を教えようにも、いかんせん反抗期なため無視される。
よって独学となるのもまた致し方ない。
我流にしたってあの味はひどいモノがあるが……。
「してグレンよ、娘の様子はどうじゃ?」
戦闘の負傷により、現在治療中のレクスはどうなっているのか。
お茶と言えばそうだ、ザイコールがキリッと尋ねた
「ああ。良く分からないが、ずっと窓の外を眺めていた」
「そうか、やはり深手を負わされショックなんじゃろう」
「いや、そうは見えなかった。ただ少し熱がある」
「はて? 風邪を引くとは珍しいな。じゃがそれも仕方ない、なんせ両腕を凍らされたのじゃからな」
「ああ」
グレンがお見舞いに行くと、レクスは窓をただぼーっと眺めていた。
お顔もほんのりと赤いのような、心ここにあらずといった感じだ。
手には何やらプロテクトされた紙切れを持っており、グレンがそれを見ようとすると急いで隠された。
挙句の果てに舌打ちまでしてきたそうだ。
「相変わらずお主も大変じゃな」
「…………」
「今はソッとしておくのが一番じゃろう。そう気を落とすでない」
「……ああ」
早くに母親を亡くし、男で一つで育てている。
父親にとっては今が一番大変な時期。
当の娘がしっかりしている分それはなおさらだ。
ザイコールは励ましの言葉をかけた。
「ところでお主、その腰にぶら下げてる剣はなんじゃ?」
前までそんなモノは所持していなかったはず。
「ちと言いづらいんじゃが……お主にはあまり必要なかろうて」
何げに気になっていたので質問した。
「ああ、これか」
シャキンッ!
よくぞ聞いてくれた。
グレンは剣を鞘から抜いて見せた。部屋の中で。
「これは強敵から譲り受けたモノだ」
敵から貰ったそうだ。
「ほう、奪ったではなく?」
「そうだ」
一見ただのバスタードソードに見える。
だが、剣士の端くれである自分には分かる。
「これには剣豪の魂が宿っている、もはや並みの白物ではない」
それを自分に託してくれた、託すに値する相手だと認めてくれた。
同じ剣士としてこれほど名誉なことはない。
グレンは誇らしげに語って見せた。
「そ、そうじゃったか」
「ああ」
シャキンッ! 刀を鞘に納める音。
グレンはたまにこうやって、唐突に剣を出し入れしていた。
「……話がだいぶ逸れたわい。してグレンよ、侵入者は何か吐きおったか?」
逃げ遅れた侵入者を捕縛し、その何人かを拷問にかけた。
役は当然、このグレンがかって出ている。
「少し苦労したが問題ない。洗いざらい吐いてもらった」
「流石じゃな、グレン」
ユースタント側の兵士も結構粘っていた。
しかし、グレンが偽りの聖剣を見せると、途端に情報を吐き散らしたそうだ。
貫通して剥き出しとなった空が決め手となった。
グレンはいかにもな感じで首を縦に振る。
「吐かせた情報によると、ゴー=ルドゴールドが死亡したそうだ」
「なんじゃと⁉ それはまことかグレン!」
ゴー=ルドゴールドが正体不明の敵と交戦し、相打ちになった。
ガコッ! 椅子が抜ける音。
それを聞いて目ん玉が飛び出そうになるザイコール
そのくらい衝撃的なことだった。
「そ、そんなことがありうるのか⁉」
「ああ、俺もにわかに信じられん。だが事実と見ていいだろう」
「ぬっ! なぜじゃ⁉ 答えい!」
現に、今回の襲撃では姿を見せなかった。
アレを敵軍に投下してこないのは不自然である。
死んだとみて間違いない。
「なるほど、それは何よりの情報じゃな! 余裕があれば宴を開きたいところじゃ! わっはっはっはっはっ!」」
ザイコールの笑い声が、第四教区中に──
最も厄介な相手の一人が、勝手に片付いてくれた。
予期せぬ吉報に、老人は若返りそうなほど嬉しくなる。
「…………」
そんなご機嫌な老人とは裏腹に、グレンは無言のままだった。
「……他には奴らの戦力についてだが」
グレンは敵戦力について大まかに説明した。
「うむ、ご苦労。やはりちと厳しいな」
老人はちと嘆く。
今回の襲撃で、こちらはかなりの被害を受けた。
戦力を著しく失い、出撃を中止せざるを得なくなった。
また、街中での大規模戦闘により教会は半壊。
近隣の住民たちも巻き添えを食らい、何人か犠牲者も出している始末。
これまでやって来たことが全て跳ね返ってきていた
「本来はアイツを見捨てて、撤退する手筈だったそうだ」
「なるほど、しかしワシらが出撃すると分かった途端に舵を切り変えた。フンッ、如何にも奴の考えそうなことよ」
「ああ、セコいな」
警備が手薄になっているところを狙われ、我が軍は対応できなかった。
教王に出し抜かれ、ザイコールは苦汁をなめる思いだ。
「して、奴らの狙いがまさかガルスロードじゃったとはな」
「ああ、素直に驚きだ」
捕虜はそこまで喋ったのか、吐かせ過ぎだ。
やはり偽りの聖剣の威力は絶大である。
「まあよい、あやつは十分に貢献してくれたわい」
「こちらの損害も計り知れんがな」
「…………」
ともあれあの問題児がいなくなり、大分やりやすくなった。
これだけは感謝してくれてもいい、ザイコールはそう思った。
「ゲリードマンの奴も帰ってこない、やはりやられたか」
「そのようじゃな。悲しきことよ」
こちらの命令を無視してばかりの身勝手な男であった。
しかし、それでも仲間だったことに変わりない。
教王ではなくこちら側についてくれたことには、感謝してもしきれない。
「あやつとは長い付き合いじゃ。どれ、一人の友として弔ってやるとするか」
「ああ、俺は茶を供えてやる」
毎日欠かさずお供えするそうだ。
借金については、ファーマ=ダストリラが肩代わりしてくれるとのこと。
なのでグレン的には、彼女に一刻も早く復帰して貰いたいところだ。
何はともあれ、彼が第一教区の軍勢を足止めしていなければ、ここまで成しえなかっただろう。
散っていった仲間たちは決して帰らない。
それでも語り継いでいくことはできる。
第四教区支部長、ゲイリー=ゲリードマン。
例え皆が忘れたとしても、自分たちだけは彼のことを留めておこう。
2人は心の中で追悼した。
「どうするザイコール、たださえあった戦力差がさらに拡大している」
あまり考えたくはないが、この絶望的な戦力差。
攻めることはおろか、次襲撃を受けたらもうお終いだ。
「おまけにレクスもあの状態……どうする気だ」
正直、ヴァリアード軍は窮地に立たされていた。
壊滅待ったなし。
なにかは打開策はないのか、グレンが助け舟を求めてきた。
「心配はいらん。な~に、策はちゃんと用意しておる」
なんと、まだ手はあるそうだ。
案ずるでない、ザイコールは得意げに答えた。
「っ!」
グレンは意外そうな顔をする。
この老人のことだ。
てっきり逃げる手筈を整えてるとばかり思っていた
「戦力の補充じゃろ、当てはある」
「なんだ、あるのか」
「そうじゃ、お主にもまだ言ってなかったな……フッフッフッ、第三教区じゃよ」
「なに? 第三教区だと」
またして驚くグレン。
第三教区といえば、14年前のイービル大量襲撃により壊滅した街。
もう人なんて住んでいないはずだ。
「表向きはそうじゃな、じゃが未だにゴロツキ共がわんさかしておるわい」
真の無法地帯とはまさしくあのような場所を言う。
その街を拠点として牛耳っている、とある組織がいるそうだ。
そこに力を貸してくれる者たちいるとザイコールは説明する。
「ちと若いがそろそろ実っておる頃合いじゃろう」
とりあえずは彼らをヴァリアードに引き入れる。
「じゃが問題もある。ワシは奴らから大変嫌われておってな、そう簡単に応じてくれるとは思えん」
「ならどうする気だ」
その質問に、ザイコールは薄っすらと笑みを浮かべ
「そこであの少年の出番じゃ。アッシュ──いや、イーナス=スターバードを交渉材料に使う」
「……奴は確か、第三教区の出だと前に聞いたな」
「そうじゃ、奴らはイーナスと深~い関係があってな。これを引き合いに出せば食いついてくるじゃろう」
「いいだろう、そこまで言うのなら当てにしてやる」
グレンも納得してくれたみたいだ。
スッ、右手に出していた偽りの光を引っ込めた。
──アッシュの情報こそが、彼らを引き込むための良い餌になる。
ザイコールが言うに、戦力としては申し分ないそうだ。
ことがうまく運べば、この劣勢を一気に巻き返せる
まだ全然終わってない。
むしろこれからが本番だ。
ザイコールはなんだか気分が良くなってきた。
つまり、
「待っておれ教王! 必ず王座から地へと引きずり下ろしてくれる! 貴様の墓にワシの偶像が立つ日は近い! わっはっはっはっは!」
「…………」
「わっはっはっはっはっ!」
ザイコールの笑い声が、第四教区中に響き渡る。
──ここは中央教区、教会にある大聖堂の間。
ただいまの時刻は真夜中。
もう人は誰もおらず、建物としての静けさだけが漂っていた。
また、真っ暗な屋内で、「女神ピタ像」だけが薄っすらと見える。
「…………」
そんな広い空間で、女神像の前に一人たたずむ、大柄の男がいた。
こんな遅い時間にも関わらず、祈りを捧げに来たのだろうか。
素晴らしい、とても熱心な信徒だ。
暗闇でその姿を視認できないのが少々悔やまれる。
しかし、男にそのような雰囲気はなかった。
ただ無言で女神像に目を向けており、地面にひざまずこうとはせず、その身一つで荘厳さと向き合っている。
崇拝しに来たわけではなさそうだ。
ということはこの男、別の神を信仰しているのか。
ピタ以外にも神はいるにはいる。
しかし、そのほとんどが認知されていない。
神と言えば誰もがピタ様と答えるほどで、その存在を知る者は極々少数である。
さらに言うならば、ここは女神信仰の総本山。
異教徒がいるのは明らかに不自然だ。
「──なるほど、やはりあなたがそうでしたか」
突然、背後から何者かに声を掛けられた。
爽やかな男性の声だ。
「また随分と待たせてくれたな」
大柄の男は声の聞こえた方角に身体を向けた。
彼と同様に、その姿を確認できない。
そのまま大柄の男が続ける。
「まさかお前が天使で、しかも生きていたとはな。せっかくの弔いが無駄になったぞ。ちなみにお前の葬儀は明日だ」
「それはお互い様でしょう。最後があなたで、さらに記憶までお持ちときた。あなたには生前から驚かされる一方です」
「こちらにも事情があってな。それよりお前がここに来たということは、準備が完了したと受け取っていいんだろうな」
「はい、あとは発動するだけです。タイミングはいつ頃に?」
「いつでもいいぞ、お前の好きにしてくれて構わん。両軍ともすでに虫の息だ。もう俺たちと戦う力は残されてないだろう」
「フッ、あなたもつくづく嫌なお方だ。戦の時もそうですが、初めからそのおつもりだったとは」
「ハハハ! なに、お互い様だ」
「アークジョットはどうします? 彼が我々に手を貸すを思えません」
「心配するな、この俺が直々に相手をしてやる。聖戦については他の奴らだけで十分だろう」
「……これから始まりの地、第一教区へ向かいます」
「くれぐれも油断するんじゃないぞ。あの街は変人ぞろいだからな、ガキ共も含めて何をやってくるか想像もつかん」
「分かってます。私に託された最後の役目、失態は犯しません」
「ああ、頼む」
「はい」
「…………」
「……女神像、ですか」
「いつ見ても忌々しい像だ。俺たちを地に堕とした醜女、コイツを信仰する国の行く末などたかが知れている」
「──女神に汚染された地上、私欲に塗れなお争い続ける邪教徒、破壊のかぎりを尽くす混沌たる悪魔」
「全てを無に返す、そして新たに再構築する。一神が創造した世界など、この手で容易にひねり潰してくれる」
「悪魔の封印が解かれるその前に、我ら天使が再び降臨し、この地を支配する」
「復活の時は来た」
「今こそ、報復の時」
「健闘を祈る、スカイフリード」
「ええ。では、アストロゼロ」




