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~お姉さんと進むギルド王国~  作者: 二月ふなし
第2章 ヴァリアード強襲 編
136/142

130.決着のM

 アッシュはただいま入会中。

 尋問で受けた心の傷、敵との戦闘で負ったケガなど諸々治療中だ。

 一番の原因は、クロスオーブの反動なのだが……。

 

「…………」


 アッシュはボーっとしながら、窓の外を眺めている


 とある少女のことが頭からずっと放れない。

 今までもそう、一時だって忘れたことはなかった。

 でも、この気持ちは一体なんなのか。

 以前にも増して胸の奥に切なさが流れ込んでくる。

 きっとあの真っ赤に染まる夕日のせいだ。


「…………」


 アッシュは枕元に目をやった。

 昔、本で読んだことがある。

 枕元に、その人に関する物や情報を置いておくと、夢でその人物を見ることができると。

 試しに彼女の写真を置いてみたのだが、一度も夢に出て来てはくれなかった。

 

 夢でも良いからまた会いたい。

 というか、夢で見た彼女は中々に刺激的だっため、むしろ大歓迎である。

 これもきっとあの薬の副作用のせいだ。


 ……いや違う。

 この気持ちは本物、間違いなく自分のモノだ。

 何にも変えられない、とても大切な気持ち。

 そう言い聞かせ、少年は部屋の片隅で一人悶々としていた。


 ──コンコン、コンコン


「……っ!」


 そんなよく分からない妄想に浸っていると、突然ドアがノックされ、アッシュは現実に引き戻された。


「──まだ寝てるのかな。まっ、いっか! 入っちゃおう!」


 外から明るい声が聞こえる。


 ガラガラ、そして、


「よっ! 体調はどうかな、アシュ君!」


 それは魔法使いを意識した格好の、アッシュのルームメイト、マリコ=キャパスティだった。

 室内のため、ヘンテコな帽子は取っている。

 同居人のお見舞いも兼ねて、久しぶりに会いにきたのだ。


 マリコは近くの椅子を置いて座る。


「はあ、マリーか。ああ、久しぶりさ」

「うん、久しぶりだね! 思ったより元気そうで安心したよ」

「そっか、マリーも第一教区に来てたんだっけ」

「そうだよ、今は休暇中なんだ!」


 ずっと同じ屋根の下で暮らしていたといえ、再会するとやはり嬉しくなる。

 マリコもそうだが、アッシュから自然と笑みがこぼれた。


「ジャックおじさんから聞いたよ! 大活躍したんだってね!」

「そんな、別に大したことはやってないさ」


 アッシュは謙遜して見せた。

 ヘマをこいて敵に捕まってしまい、皆に迷惑をかけたのもまた事実。

 でも、そのおかげでレクスの写真が手に入った。

 報酬としては十分過ぎる。

 これ以上何かを望むのは贅沢だろう。


「ふ~ん、そうなんだ! きっと師匠も喜んで──あっ……」


 マリコ、急にだんまり、マリコ


「マリー、どうしたのさ?」


 身体を小さく震わせている。

 アッシュが心配していると、


「~~~~っ! アシュ君!」


 いきなり飛び込んできた。


「っ⁉」


 言動とは違って成熟した大人の身体。

 その豊かな肉付きにギュッとされ、アッシュはビクッとなる。

 思春期の再来だ。


「うえええん! 師匠お~~! 師匠が死んじゃったよお~~!!!」

「ちょっ、ちょっと待ってマリー!」

「うえええん! アシュく~~~ん!!!」

「わ、分かったから! ヤバいから放れてさ!」


 師匠の死に、マリコは感極まって抱きついてしまう。

 とにかく同居人の温もりを感じたかったのだ。

 

 当のアッシュはそれどころではないようだが……。


 しばらくして、


「うぅ……ごめんよ、ビックリさせちゃったね」


 マリコの瞳がまだうるうるしている。

 今にも抱き着いてきそうだ。


「はあ……はあ……別に、どうってことないさ」


 アッシュは途切れ途切れな返事をした。

 耐えた、なんとか耐えた。


「エリーさんの前でも泣いちゃったんだ私、やっぱりアシュ君の前でもダメだったよ……」


 アッシュと同じく泣いたそうだ。


「エリーさんが一番悲しんでるのに……うぅ、うええええん!!!」


 と言って、マリコはまた盛大に泣き出した。

 ベッドに顔をうずめて号泣している。


 どうやらマリコも慰めてもらっていたようだ。

 2人はとっくにエリーの立派なペット要員。

 アッシュは複雑な思いに駆られてしまう。


「そっか、師匠、天国に行っちゃったんだね」

「……だといいけど」


 行けるかどうかは正直微妙なところである。

 彼は教会で破壊の限りを尽くした極悪人。

 こればかりは神の審判に委ねるしかない。


「なあマリー」

「むっ、何かな?」

「あのさ、マリーはこれからどうするのさ?」

「うん? どういうことかな?」

「いや、だってさ……」


 アッシュが言いにくそうに尋ねた。

 マリコが第二教区に来た理由は、強くなるため、Bランク試験に合格するためだ

 今ではそれも叶い、誰もが認める優秀なイービルハンターである。


「あのゲリードマン弟を打ち取ったって話も聞いたさ」


 マリコが倒したロドリー=ゲリードマン。

 あれでもBランクの中では指折りの強者に入る。

 その彼との対マンで勝利したのだから、マリコも普通に強い部類だ。

 もうその大きな胸を張って、プラスと肩を並べても良いはず。


「それに、ゴーだって、もういないしさ」


 なので、もう第二教区にいる理由がない。 

 お別れの時なのか。

 アッシュのお顔は少し切なげに見えた。


「フフン! アシュ君はなにを言ってるのかな!」


 しかし、マリコの明るい表情で、その不安は一気に吹き飛ばされた。


「私はもう第二教区の人間だよ。それに師匠がいない今、私とアシュ君で頑張らないと!」


 第二教区はギルドなんてないので、未だに人手不足。

 まともなBランクは、アッシュとマリコくらいしかいない。

 2人には頑張ってもらわないと困る。


「……ああ、そうだったさ」


 アッシュは小さく笑った。

 澄ました顔ではあるが、内心ホッとしていた。


「そうだよ! だからまた一緒にお風呂に入ろうね! どれどれ~、特別に背中を流してあげよう〜」

「またってなにさ、それに一人で入れるさ」

「何を言う〜、たまにはいいではないか~。ホントはアシュ君だって入りたい癖に~」

「もう子供じゃないって何度も言ってるだろ」

「え~、まだ子供だよ~」

「はあ……どっちが子供さ」


 何はともあれ、アッシュは安心した。

 あの家に一人で住むのは怖──広すぎる。

 また、すでに地下に監禁室まで作っており、離れることはできないのだ。

 

「あ〜〜〜っ!」


 突然、マリコが飛び上がった。


「今度はどうしたのさ」

「どうしたじゃないよアシュ君! 支部長、支部長だよ! 今いないよね⁉」

「当たり前だろ、それがなにさ?」


 ゴーが殉職したのだから当然だ。

 何を分かりきったことを言うのか。

 アッシュが不思議に思っていると、


「次の支部長、ひょっとして私かも!」

「は?」


 どうしてそうなる。

 あまりに急なことで、アッシュからおかしな声が漏れた。


「マリーはまだBランクだろ、さすがに無理な話さ」

「フフン、それはどうかな?」

「ん?」

「チッチッチッチ……少し見立が甘くないかね、アシュ君よ」


 マリコは人差し指を振って自信げに言う。

 教王の側近、トテモカッタ=コッティルが戦死したため、現在Aランク試験官は不在である。

 それに今は戦時中。

 新しい試験官など用意してる暇はない。


「だからジャックおじさんに頼めばきっと許可してもらえるよ!」


 これは千載一遇のチャンス。

 そのスキに乗じて、今回の功績を教王に売り込んで、支部長に任命してもらう。


「フッフフ〜ン! プラちゃんにも推薦してもらうんだ~!」


 親友のコネまで。

 利用できる物はなんでも利用する

 マリコは意気揚々と作戦を語っている。


「…………」


 このマリコ、狡猾すぎる。

 支部長の席が空いた途端すぐこれだ。

 アッシュはドン引き、返す言葉も出ない。


「ムフフフ……ついにプラちゃんと同じAランク!」


 このルームメイトにはもう何を言っても手遅れだ。

 すでに支部長になった気でいる。


「フフンッ、そうと決まればさっそく──」


 マリコは部屋から出ようとしたが、


「──待てよマリー」


 アッシュが引き留めた。声のトーンが少し低い。


「なにかな? 急いでるから手短にお願いしたいな」

「プラスの件さ」

「ん? プラちゃんがどうしたのかな? さっきも会って来たよ!」

「…………」


 間を置いて、ゆっくりと話し出す。


「うちのプラスに、変なことを吹き込んでるだろ」


 ボカすつもりはない、単刀直入に切り出した。


 ピシャッ、空気が張り詰めた音。


「答えろよ、マリー」


 言い逃れはできない。させない。

 アッシュの静かな気迫からそう感じ取れる。


「言っとくけどプラスにはもう忠告済みさ」


 たび重なる悪行はこれまで、もはや観念するしかあるまい。


 が、しかし、


「……知ってるよぉ」

「っ⁉︎」

「フフフ」


 マリコの口元からうっすらと笑みが。


「フフッ、フフフフフフフ……」


 先ほどの脳天気とは打って変わり、狂ったように笑い出した。

 

「なにがおかしいのさ」


 ついに正体を現したか、アッシュは警戒する。


「そっかぁ、知っちゃったんだね。アシュ君」


 アッシュを見ながら、ゆっくり病室の中央へと移動する。


「ダメだよ、まさかアシュ君がこ〜んなにも悪い子だったなんて……プラちゃんもきっと悲しんじゃうだろうな」


 バッ! そのままドアの前に立ち塞がった。


「プラちゃんはねー、将来私のお嫁さんになるんだよ? 約束だってちゃんとしたからね……邪魔立ては許さないよ」

「なにを世迷言を。おママごとはもう終わりさ、マリーの野望は今日ここで潰える」

「え〜、私は本気だよ〜。それにアシュ君じゃ絶対に無理だと思うな〜」

「その言葉、そっくりそのままお返しするさ」


 純粋なお姉さんをこれ以上、間違った方向には行かせられない。

 アッシュも本気だ。


「……一つ、君は勘違いしているんだな」

「なにっ⁉︎」

「別にプラちゃんじゃなくてもいいんだ、お嫁さんに来てくれるなら……」


 マリコは不気味に微笑む。


「アシュ君、キミも範囲内だよ」

「…………」


 全ての黒幕、マリコは語り出す。

 

 仮にアッシュとそういう関係になれば、その先にいるプラスとだってさらに親密になれる。

 もっと濃厚な関係になれる。


「元々そうするつもりだったから、先にアシュ君からにしようかな」


 手駒にすれば今後、色々と楽になる。


「大丈夫だよ。プラちゃんに似ててとっても可愛いし、素っ気ないところも大好きだよ」


 ガコンッ!


 ドアに可愛い杖マジカルステッキを挟んでロックした。


「私、知ってるんだ。アシュ君がお風呂上がりの私を見てソワソワしてるっこと」

「っ⁉︎」

「ベッドの下──じゃなくて、本棚の裏に大人の本を隠してることだって知ってるよ」

「くっ⁉︎」


 マリコがジリジリと迫ってきた。


「私たちってお互いのことをよく理解してるよね? 今までも仲良くやってきたし、と〜っても相性が良いと思うんだ」


 ボンッ、巨大な胸を揺らす音。

 無意識でやってる分、余計にタチが悪い。


「子供は何人にしようかな? やっぱり女の子がいいよね、プラちゃんに似てきっと可愛くなるよ!」


 いや、男の子でも良いかもしれない。

 マリコが目前までやって来た。


「疲れてるんでしょ? もう楽になっちゃいなよ」


 少年の肩を掴み、ゆっくりと押し倒した。

 そのまま寝かせて、ふわふわを優しくかけてあげた


「大丈夫、なんにも怖くないよ。お姉さんにぜ〜んぶ任せちゃいな」


 マリコが甘い言葉を囁いてくる。万事休すか。


「……マリー」

「なにかな? 最後に聞いてあげよう。ほら、言ってごらん」

 

 アッシュは真っ直ぐ相手を見て、


「──本当にオレで良いのか」


 いつもより数段引き締まったお顔、それがふわふわから顔を出していた。


「えっ……?」


 次の瞬間、


「今だヘルナ! 確保しろ!」


 ボコッ!


 突然、天井板が外され、中から人が降りてきた。


「なっ、なにかなっ⁉︎……うっ」


 一瞬でマリコの背後を取り、腕を掴んで拘束した。


「っ! 痛いよ! あなたは誰なのかな!」

「動かないで」


 それはアッシュの公式従者、ヘルナ=ラズラールだった。


 ご主人様の命令でマリコをずっと見張っていた。

 標的に怪しい動きがあったため、天井を裏に潜伏していたのだ。


「良くやったヘルナ、おかけで助かったさ」

「うん、お安い御用」


 このくらいなんてことない。簡単。

 従者として公認されたヘルナはイキイキとしていた


「2対1なんてズルだよ! 狡猾だよ!」


 マリコ、悔しそうにバタバタ、マリコ


「さて、どうしようか、マリー」

「うっ……」


 このマリコの処遇は一体どうするか。

 アッシュはふわふわから出て、身体を起き上がらせた。


「じょ、冗談だよアシュ君! さっきのはほらっ! 寝かせてあげようとしただけだよ!」

「…………」


 半分本音だっただろうに。

 自分のことはともかく、プラスに関しては間違いなく本気で言っている。

 アッシュは騙されない。

 それに、あの程度の誘惑に負ける程、この少年の気持ちはヤワヤワではないのだ


「そういえばさ、ヘルナはずっと抱き枕を欲しがってたよな?」

「うん、欲しがってた」

「へっ……?」

 

 話の通り、現在ヘルナは抱き枕を欲していた。

 快適な眠りを過ごすためには必須である。

 本当はご主人様がいい。

 でも、たまにしかダメだそうで、しかも、今はこの通り入会中。


 何か変わりになる、人肌に良い、良質な物はどこかにないか。


「そこでさ、マリーが良いんじゃないか?」


 マリコのわがままな身体を見てそう言うアッシュ。


「うん! 言ってることが全く分からないかな!……ん?」


 ヘルナがじ〜っと見ている。


「な、なにかな?」

「……確かめる」

「へっ?」


 さわさわ、さわさわ


「んっ……ちょっ……やん……なに、を……んんっ」


 マリコの全身をくまなく触り始め、抱き枕をとしての感触を入念に確認した。


「そ、そこは……あんっ……も、もうやめてよぉ」


 くすぐったいのか瞳にうっすらと涙を浮かべている

 

 やがて、厳しい審査を終え、


「うん、いいかも」


 お目に叶ったようだ、新しい抱き枕が決定した。

 ヘルナは気持ち良さそうにスリスリする。


「そっか、良かったさ」

「ハア……ハア……さ、触り過ぎだよぉ……」


 どうして初対面の女性に、こんな恥ずかしめを受けなくてはならないのか。

 マリコは息を荒げながらにそう思う。


「……行こう」

「えっ⁉︎」


 さっそくその性能を堪能すべく、ヘルナは抱き枕を掴んで部屋から出ていった。


「そ、そんなぁ〜! 今日はプラちゃんと寝るはずだったのに〜! ふええええん! イヤだよおお〜〜!!!」


 ズルズル、音声付き抱き枕を引きずる音。


「プラちゃあああん! 助けてええ〜〜!!!」


 カーンッ!


 

 鐘の音が響き渡る。

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