129.お嬢様のお見舞い
この度、色々戦果をあげた教王率いる遠征部隊。
彼らは一度隊を解散させ、各々が中央教区、第一教区へと帰還した。
旅の疲れを癒す者、家族との一時を過ごす者、また、名誉ある傷の治療に専念する者。
そう遠くない未来に備え、各自束の間の休息を取ることになる。
それから2日が経っていた。
教会にある病室の一部屋。
ここでは、戦いで負傷したために入会している、プラス=スターバード。
と、執事のハリス=ハロウズがいた。
「珍しいわね。アンタがわたしのお見舞いに来るだなんて」
お嬢様のプラス。
わざわざ来てくれた執事に対して、心許ないセリフを吐く。
今は完全にオフモードのようだ。
落ち着かないのか、たまに身体をユラユラさせており、こういう所はまだお子様っぽく感じられる。
「そうですね。以前お嬢様が入会した時は、私もそうでしたから」
対して、静かにお花を入れ替える執事のハリス。
粗暴なお嬢様の取り扱いにはもう慣れている。
「すっかりお元気になられたようで、少し安心しました」
「当ったり前よ! ご心配には及ばないわ! はあーあ、今回も余裕だったわね~」
エッヘン!
お嬢様があまり大きくないお胸張って浮つく。
「…………」
「なによ? 何か言いたそうな顔ね」
「いえ、そのご様子でしたら、もう大丈夫そうかと思いまして」
「ええ、明日から復帰してもいいそうよ!」
侵入者を排除したプラスは、いち早く教会に戻っていた。
彼女が帰った時には、すでにイービルは殲滅されており、街に受けた被害を見積もっている所だった。
プラスはそれを確認した途端、力が抜けてその場に倒れてしまった。
余程その侵入者とやらに苦戦したのだろう。
教会についた頃にはフラフラで目も当てられない姿だったそうだ。
「みんな少し大袈裟なのよね、もう大丈夫だって言っても聞かないのよ。そんなにわたしって信用されてないのかしら?」
それから丸2日、今日まで眠っていたというわけだ
おかげですっかり元気になっていた。
あれだけ負傷していたのにこの驚異的な回復力。
部下たちも恐怖で震えあがっていたそうだ。
「きっとお嬢様、いえ、ギルド長が心配なのでしょう」
「そうかしら? だといいのだけれど……」
すぐお仕事に復帰しようとしたところ、医者たちに取り押さえられ、今日まで一応安静にしておくことになった。
「そういえば、今ジャックおじさんが来てるんでしょ? どこいるのかしら?」
教王は、遠征部隊が解散したあと、中央ではなくこの第一教区について来ていた。
国民たちの様子も気になる。
なので、ついでに寄って行くことにしたのだ。
「ええ、今は街の子供たちと遊んでいます。ああいう所は未だ健在で何よりです」
「そう、相変わらずね」
「何か用があるのでしたら、私がお連れしますが」
「いいえ、後でいいわ。もうおじいちゃんだし!」
「はて、お子さんの間違いでは……?」
子供と全力で戯れる50代男性。
ジャックおじさん、この国の最高権力者だ。
「いいのよ。話は大体カールから聞いてるし、今はゆっくりさせてあげましょう」
ハリスがここを訪れる少し前、鎧を着たカールが報告がてらに訪ねてきた。
そのため、プラスは今回のことを大方知っている。
「聞いたわよ、手柄をあげたそうじゃない」
「はい、例の敵を撃破したそうです」
「ええ! これは凄いことだわ!」
敵陣の調査、例の装置の破壊、強敵ガルスロードの排除。
これら全てがアッシュによる功績が大きい。
ちなみに教王からの謝礼や報酬は一切なかった。
みんな頑張ったので、一人だけ贔屓にはしないとのことだ。
代わりに頭を目一杯ナデナデしてあげたそうだ。
ともあれ、子供が良い結果を出すのは、大人たちにとっても大変喜ばしいこと。
2人の熱気が高まってきた。
「フッ、やはり例の品をアッシュさんに持たせて正解でしたね」
「そうね! これもわたしのおかげ、やっぱりわたしって天才⁉」
プラスは目をキラキラさせた。
ちなみに、最初に提案したのは部下のティゼットである。
「でも説得したのはわたしよ! だからぜ~んぶわたしの手柄! フフッ」
両手を顔の前に組んで、とても嬉しそうにしている
終いには自分をべた褒めする保護者のお姉さん。
手柄も自分のモノだと本気で思っている顔だ。
本当にどうしようもない。
「あの子の様子はどう? 一時は敵に捕まっていたって……大丈夫なの?」
無事に救出したとは聞いていた。
でも心配なことに変わりない。
敵の言っていた話では、ひどい拷問を受けていたはず。
プラスは不安そうに尋ねた。
「それが、私も何度かお見舞いには行ったのですが、放心状態でして……」
試しにハリスがお見舞いに行ってみたところ、アッシュは窓の外を眺めたままボーっとしていた。
話をする中でも、どこか無理しているような、そんな感じだったそうだ。
「よっぽど酷いことされたのね、可哀そう……」
「おいたわしや、早くお元気なってくれることを願うばかりです」
「…………」
プラスは斜め下の辺りを見ている。
「アッシュさんが心配ですか、お嬢様」
少し間をおいて、
「そうね。わたしが早く癒してあげないと……それでどの部屋にいるのかしら? 今から会いに──」
プラスはベッドから出ようとしたが、
「お嬢様、それはいけません」
執事に止められてしまった。
「ちょっと、どきなさいハリス! あの子が可哀そうだわ!」
「どきません、今のお嬢様にはギルドから外出禁止令が掛かっています」
「えっ、ギルド長のわたしが? なんでよ?」
「それです」
病室の外に出すと、また仕事に取りかかる可能性が高い。
今回倒れたのは過労のせいでもあると医者が断言した。
なので、今日はしっかりと休んでもらうために、部屋から一歩も出さないようにと、ギルドから通達があったのだ。
「隣の部屋くらい行ってもいいじゃない!」
「お気持ちは分かります。ですが彼らのことも分かってあげてください」
部下たちは皆、ギルド長のことが心配だ。
それを言われたらプラスは言い返せない。
「見張りの方も数名おります、良かったですね」
「えぇっ⁉」
交代制で厳重に監視しているそうだ。
少しやり過ぎな気もする。
「やっぱり信用されてないのね、わたしって……」
なんてリーダー思いの部下たちなのだろう。
ギルド長は感激のあまり涙を流してしまう。
決してアッシュに会えないからとか、そういうわけではない。
「アッシュさんが心配です、少し様子を見てきます」
やがて長い話も終わり、面会終了のお時間だ。
ハリスは椅子から立ち上がる。
「そう、お願いするわね。きっとあの子、わたしに会えなくて今ごろ泣いてるんじゃないかしら……でもお生憎この有り様だし」
今日は我慢して明日にするそうだ。
お姉さんはシクシクと涙を拭う仕草をし、悲しいアピールをしている。
「はい、それがいいです。くれぐれも抜け出そうなどとは考えないように」
「そ、そんなことしないわよ。失礼しちゃわね」
ハリスはドアを開き、部屋から出ようとした。
「──お嬢様」
ところが、
「なによ? まだ何かあるわけ?」
執事がギロリと目を光らせた。
「これは一つ借りです」
今日は自分がお見舞いに来たのだ。
なので、もしまた自分が入会した時は、必ずお見舞いに来てもらう。
「絶対に忘れません」
ギギギー、パタッ
ハリスはそう言い残して去っていった。
「……ホント、いけすかない執事だこと」
お花を見た。
──そして、少し時間が経ち、ここはアッシュのいる病室。
「…………」
アッシュは天井を見たままどこか遠い目をしている
「はあー……」
何か思い悩んでいるのか、時折大きなため息を吐く
よく見るとその頬が紅潮している。
そして、
「はあー……レクス……」
敵に骨抜きにされていた。