表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
~お姉さんと進むギルド王国~  作者: 二月ふなし
第2章 ヴァリアード強襲 編
134/142

128.超越者

 しばらくして、


「ふうー……で、俺に聞きたいことってのはなんだ?」


 教王がキリッとした顔つきで尋ねた。


「…………」


 アッシュは何も答えず、頭を押さえたまま川を見ている。

 まだ拗ねていた。


「おっ、なんだなんだ? ご褒美でもねだりに来たのか? 一人先に抜け駆けかぁ~? この卑しん坊さんめっ!」

「違うさ」


 これでも自分は熱心なユースタント教の信徒。

 そんな罰当たりなことは、女神ピタ様に誓って絶対しない。

 アッシュは川を泳ぐお魚さんを眺めながら即答する

 

「ほーう、コイツは珍しいこともあるもんだ。律儀に女神を崇拝する奴がまだこの国にいたなんてな」

「なにさ、その言い方」


 なんか含みにある言い方だ。

 アッシュはムスッとしてフィッシュウォッチングをやめた。


「そう言う教王は違うのか? 制定したのは教王だって聞いたさ」


 ユースタント教を国教にしたのは、何を隠そうこの男だ。


「ああ、まあ形式だけだ」


 教王は顔を触りながら言う。

 自分はただ、当時内乱を起こしていた欲深いヴァリアード共を駆逐していただけ。

 だが、気づいた時にはもう手遅れで、いつの間にかお国のトップに成り上がっていた。


「それで、お偉いさん方(神父さん)に話を勝手に進められてな」


 大戦も無事に終結したことだし、これを機に新たな国家を作ってしまおう。

 それはそれはもうノリノリだったそうだ。

 建国するのに必要になってくるのが国教。

 そこで、当時主流だったユースタント教が選ばれた。

 というわけで何やかんやあって、誰もが認める平等で平和な国、ユースタント教国が誕生した。


「最初は真面目にやっていたんだが、もう30年近く前の話だ。女神なんてすっかり形骸化してるな」


 なので、教王はこれっぽちも信仰してないそう。

 やりたいのなら各自で勝手にやってくれという感じだ。


「…………」

 

 アッシュはそれを聞いて言葉を失った。

 このままでは他の神様と同じく、ピタ様までも消えてしまうではないか。

 まだ若いというのに、早くもこの国の行く末が心配になる。

 

「で、こんなどうでもいい話を聞きに来たんじゃないよな?」


 その通りではあるが、どうでもいいなんてひどい言い草だ。

 でもこれ以上この話をするのは嫌だ。

 そう思ったアッシュはさっそく本題を切り出した。


「例の男、ガルスロードと戦った時にさ……」


 話をするアッシュの表情は沈んでいた。


 自分はあの時、確かにガルスロードを瀕死にまで追い込んだ。

 もう戦うことは愚か、ロクに動ける状態ですらなかったはすだ。

 しかし、彼の雰囲気が変わっていき、やがて蘇ったかの如く動き出した。


「えっと、上手く説明できないんだけどさ……」


 攻撃が一切通用しなかった。

 正確に言えば、身体の損傷は確認できるのに、当の本人は何も感じないようであった。

 これまでのダメージがまるで嘘のように向かってきた。


 それに、あの仮面のような無機質な笑み。

 生きた人間のできる顔ではなかった。

 しかも、ずっと同じだったため、表現にできないほど不気味であった。

 

「アイツ最後に、”時間切れだ”って言ってたさ」


 ”私の肉体はとうに滅びていた”

 結局相手が先に力尽きてくれたおかげでなんとか助かった。

 でも、この言葉がずっと頭にこべりついて離れない

 どうにも気がかりだった。


 なので、この不可解な現象について、教王は何かご存知ないか。

 アッシュは言葉にできる範囲で聞いてみた。

 その手は震えている。


「……そうか」


 彼の問いに、教王は難しい顔をして、


「俺も似たよう経験が何度かある」


 と、眉間にしわを寄せながら言った。


「たまにいるんだよ、俺みたいに色々やってるとな」


 戦いに明け暮れていると、極まれにそのような相手と遭遇する。


「奴ら、殺したと思った矢先、突然バカみたいに元気になる。なんなんだろうな、アレは」

「……やっぱり笑ってた?」

「いや、もう随分と昔の話なんでな。悪いが相手のツラまでは覚えちゃいない」

「そっか……」

「ただ異様な感じではあったな。あの時の寒気は今でも覚えている」


 マジもんの幽霊を見てしまった。

 みたいな感覚、この世の者とは思えない、異質な恐怖を味わったそうだ。

 話を聞くに、アッシュの体験とほぼ合致する。


「一流の戦士ってやつは、戦っているうちに神経が研ぎ澄まされ、驚異的な力を発揮する……というのがあるらしい」

「……らしいってなにさ?」

「いや、話に聞くだけで俺自身、実際になったことがないんでな。正直良くわからん」


 何か物事に取り組んでいる際、集中力が急激に高まっていき、本人でも予想だにしない結果を生み出す。

 極稀にそういうことがある。

 俗に言われるゾーンという奴だ。

 

「だが、アレはそういう状態でもない。さして強くなったようにも感じなかった」

「オレの時もそうだったさ」


 あくまで本人が、本人のままに戦っていた。

 痛みに異常なほど耐性があるだけで、戦闘能力そのモノは特に変わらなかった。


「俺が思うに、アレは”ゾンビ”と言ったところだろう」

「ゾンビ? それってあの?」

「ああ、本に出てくる空想上の魔物だな!」


 ゾンビとは、死してなおその肉体だけが活動し、ひたすらに血肉を喰らう亡者のことである。

 空想上の存在であるため、実際にいるわけではない


「んで、奴らは血肉ではなく、戦いそのモノに飢えている。戦うこと以外にまるで興味がない」

「……ゴーもそうだったさ」


 アレも戦闘ゾンビだったのか?

 戦いと言えば、彼のことが勝手に浮かび上がってくるアッシュ。


「ハハハハハ! そういえばそうだったな! だがアイツとは違うぞ」

「なにが違うのさ?」

「ゾンビはあくまで一時的なモノ、でもアイツは常時そうだ。なあ、全然違うだろ?」

「ハハハッ! ゾンビより酷いさ!」


 アッシュが滅茶苦茶はしゃいでいる。


「……まあ、なんだろうな、俺が言いたいのはつまり、どこか浮世離れしている印象、俺たちの頭では到底理解できない場所に、奴らは立っているってことだ」


 世の理から一時的に外れた者。

 人の常から逸脱した上がり人。


「俺はそいつを”超越者”と呼んでいる」


 勝手にそのように命名したそうだ。

 ジャックおじさんの顔はちょっと得意げに見える。


「……超、越者」


 アッシュはその言葉を聞いて、不思議と心がざわついた。


 ガルスロードの言動からして、彼はこのことを知っていた。

 理解した上で超越者となっていた。

 自ら受け入れたのかと思うと、途端におぞましくなる。


「原因は分からない。ただ、誰もが発現できるモノではない、ということは確かだ。第一、あんなのばかりだとこっちも溜まったもんじゃない」

「……何か条件があるとか?」

「さあな。分かってることと言えば、死にかけの状態から発現するってことだ。あとは好戦的な奴がなりやすいかもしれないな」

「えっ、それって……」


 アッシュは、教王を見たかと思うと、わかりやすく身体を後ろに引かせた。


「フッ、俺は絶対ああはなりたくない。ダメージがないんじゃ戦いにならない、それじゃ白けてくるだろ? なる方もなられる方だってごめんだな」


 第一、なんか気持ち悪いじゃないか、と教王は言う

 アッシュもその意見には賛成だ。

 

「それで、どうすればいいのさ?」


 もしまた、その超越者とやらに遭遇したら、どう対処すればいいのか。

 アッシュが訪ねた。


「まあ、滅多にないことだ。無用な心配だとは思うが、一応言わせてもらうと、アレを倒すのはおそらく不可能だろうな」


 教王いわく、手っ取り早く逃げるか、くたばるのを待つのが得策とのこと。

 元々は瀕死状態なので、そう長くは持たないそうだ

 

「あとは肉体を完全に破壊してしまえばいい! まあ、手足を砕いたところで奴らは普通に動いてきそうだけどな!」


 彼らに生物としての常識は当てはまらない。

 理性的に見えるが、おそらくそれは持ち合わせていない。文字通りゾンビ。


「つまりだな、真面目に相手するだけ馬鹿を見るってことだ!」


 自分はめんどくさいから、相手がくたばるまで破裂バーストで逃げ回る。

 鬼ごっこは得意、チビたちにも評判だった。

 だから逃げる。

 と、教王はさも自信げに対策を述べた。


「……そっか」


 アッシュは浮かない顔で返事をした。

 あの時、超越者と戦って、もうダメかと思った。

 勝てたことよりも、助かった気持ちの方が大きかった。

 あの暗闇にゆっくりと引き込まれていく感覚。

 最後は死を覚悟した。

 

 教王は逃げろと言うが、状況的にそれは無理だった。

 逃げてはいけない時、または逃げられない時、やはり向き合うしかないのか。

 またアレと……。

 そう考え、アッシュはうつむいた。

 

「フッ、思えば誰かと超越者の話をしたのは、これが初めてだ」


 アッシュが初めてだそうだ。


「今回の件もそうだが、もしかするとお前になら任せられるかもしれん」

「なにがさ?」


 その問いに、教王はニヤリとし、


「ああ、俺の後釜、未来の教王だな!」

「……へっ?」


 アッシュは固まった。

 なんでも、教王は近頃引退を考えており、自分の後任となる者を密かに探しているそうだ。


「そこでアッシュ。どうだ、やってみる気はないか?」


 ちょうどいいことに、この少年はユースタント教有数のガチ信徒。

 ピッタリではないか。

 教王が直々に指名した。


「…………」


 そんな簡単に決めてしまっていいのか。

 アッシュは話についていけない。


「なにも今すぐにと言ってるわけじゃない。お前はまだガキンチョだ! 子供に国を丸投げするほど落ちぶれちゃいない!」


 将来の選択肢として、頭の隅にでも入れておいて欲しい。

 と、教王は言葉を加えた。


「…………」


 アッシュは黙りこくる。

 そうなるのも当然、14の少年には荷が重すぎる。

 何より、これから少女を監禁するという重罪を犯す予定がある。

 だから素直に「ハイ、なります」とは言えなかった


 それに、どこかのお姉さんが許してくれないだろう

 支部長になった方がきっと喜んでくれる。

 なるとしたら今のところ、実力ではなくコネでになりそうだが……。

 そう考え、アッシュは無言を貫いた。


「さて、ダベるのはここら辺にしてそろそろ戻るか。早くお家に帰らないとな!」

「……わかったさ」


 アッシュは戻る。







 ──休憩を終えた遠征隊。 

 彼らは歩みを再開していた。

 今度は遅れる者が出ないように、しっかりと隊列を組んで進む。

 この短期間で部下たちを思いやる、素晴らしいトップへと成長を果たしていた。

 気分とか、気まぐれとか、そういう理由では決してない。

 

 彼らはやがて、二方向に広がる分かれ道へと差しかかる。


「では! おんどれらとはここでお別れまんねん!」


 イダイルが道のド真ん中でそう言った。


 それぞれの道が、中央と第一教区へと続いている。

 これからは二手に分かれることになる。

 解散だ。


 各々が戦友たちとの別れを告げた。

 例え、帰る場所は違えど、共に一つ国を守る、大切な仲間であることに変わりはない。

 涙のお別れだ。


「世話になったさ! イダイルさん!」


 アッシュは感謝の言葉を述べ、最後に握手を求めた


「おおう! おいドンも退屈しなかったゾ!」


 色々語り合えて楽しかったそうだ。

 イダイルも握手に応じた。


「いつでも中央へ遊びに来て欲しいまんねん! おんどれなら大歓迎ゾ!」

「ああ、そうさせてもらうさ」

「銀髪のおんどれにもそう伝えておいて欲しいゾ!」

「わかったさ!」


 ここ数日の記憶が泡のように溢れていく。

 今度暇ができたら、道場へ見学に行こうと思うアッシュであった。


「……アッシュ君、また、ね」


 イダイルに抱えられたシェリーが、今にもくたばりそうな声で言った。

 まだ疲れていた。

 その小さな身体で、最後の力を振り絞っている。


「ああ、お大事に。帰ってくるのをエリーさんと待ってるさ」

「うん、ありがとう。エリねえ……姉さんにも、よろしく……。」


 ガクリ、意識を失ってしまった。


「まったく、情けないゾ! だがこれでも一応同僚、仕方ないまんねん!」


 イダイルの笑い声が大地をとどろかせた。

 これも最後かと思うと、アッシュは清々し──とても寂しくなる。

 

「よーし! おんどれら! 別れの挨拶は済ませたまんねん! 帰るゾ!」


 そして、イダイルの野太い合図で、中央組は帰路へと歩み出した。


「…………」


 アッシュを含むギルドの者たちは、彼らの背中を見届けた。

 国の中枢を守る、偉大なる背中。

 初めは少しお堅い印象だった。

 でも、いざ話しかけてみると、みんな気の良い人たちばかりであった。

 共に戦えたことを誇りに思う。


「…………」


 都会住み。

 尊敬と羨望の眼差しで見送った。


 やがて、彼らの姿も見えなくなり、


「──よし、じゃあ俺たちも帰るとするか!」


 隣にいる教王がそう言った。


「……どうしてこっちにいるのさ?」



 アッシュは首をかしげた。みんなも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ