126.残念な二人
最後に、場所は変わって。
ここは第四教区正門エリア。
「…………」
ティゼット=アールシー、声に出てはいないがその息は荒い。
苦しいと言っている。
今にも倒れそうだ。
「ハア……ハア……クソッ」
レクス=レオストレイト、彼女も同様に息を切らしていた。
顔をゆがめ、いつもにまして不機嫌だ。
現在、一人逃げ遅れたティゼットは、引き続きレクスとの戦闘を行っていた。
「チッ、手間取らせてくれたな」
しかし、それも終わりを迎えようとしていた。
ティゼットはとても疲弊しており、もう戦える状態ではない。
立ってるのが奇跡だと言っている。
「チョコチョコと逃げ回るな。アイツといい、もううんざりだ」
周りの至るところに氷が張り巡らされていた。
ティゼットが氷刺分離を撃ちながら、ずっと逃げ回っていたのだ。
戦い方があの男にそっくり。
ここ最近は、面倒な相手ばかりさせられるため、レクスは辟易している。
「──爆殺光撃」
だが、ようやくこれで終わる。
両拳に真っ赤な光を纏う。
「…………」
ティゼットは片目をつむったまますごく苦しそうにする。
もう一ミリも動く体力は残されてなかった。
絶体絶命だと言っている。
「死ね!」
レクスが破裂で突っ切った。
──サッ、サササッ
しかし、
「──浮遊分離!」
突然、2人の間に、緑色に輝く光が落下した。
衝撃で煙が発生し、2人もろとも爆発に巻き込まれた。
「っ⁉」
レクスはすぐに後方に身を引いて躱す。
「くっ、このオーブは!」
そのまま体制を立て直し、前を向く。
「──ティゼット! おい! 大丈夫か⁉」
煙が引いて姿を現したのは、アッシュだった。
ボロボロの部下を抱えたまま必死に呼びかけている
どうやら後輩を助けに来たみたいだ。
「っ! ティゼット!」
ティゼットは震えながら指を向ける。
「ん?……っ!」
アッシュが目を向けた先には、息の荒くなったレクスがいた。
「ハア……ハア……」
両腕を凍結させられたのだろう。
オーブで無理やり溶かした痕跡がある。
腕の皮膚が焼けただれており、見るに堪えない状態だ。
「ティゼット……お前」
ティゼットはコクリとうなづいた。
先輩に言われた通り、相手の腕を奪っていたのだ。
こんなにボロボロにされながらも、格上相手に任務を遂行したのだった。
優秀な部下だと言って褒めてほしい。
コ、コテッ……。
その言葉を聞く前に、ティゼットは意識を失ってしまった。
後はご自由にどうぞと言っていた。
「よくやってくれたさ。さあ、オレたちも帰ろう」
アッシュは優秀な後輩を肩で支え、ここから離れようとする。
「──待て! 逃げ切る気かアッシュ!」
しかし、レクスが呼び止めてきた。
ここまで苦労して相手を追い詰めたんだ。
そう易々と逃がすわけにはいかない。
それに……
「どうした、ワタシを監禁するんじゃなかったのか! 今がそのチャンスだぞ!」
今の自分は両腕に多大なダメージを負っている。
捕まえるのなら今が絶好の機会。
そう言って、腕を抑えながら相手を挑発する。
戦いで熱くなっているのか、言動が少しおかしくなっていた。
「……そうしたいのは山々だけど、今は仲間が最優先さ」
早く戻って後輩を治療しないといけない。
一人しか運べないため仲間を選ぶのは当然。
「その傷なら簡単には治らないはずさ、だからまた今度にするさ」
「なにっ⁉」
近いうちにまた攻める手筈になっているので、モノにするならその時でいい。
別に今すぐお縄をかける必要はない。
アッシュは余裕たっぷりに答えて見せた。
「……フンッ、また随分とナメられたモノだ。だがそうだな、確かにお前の言うことも一理ある」
相手の言う通り、この状態で戦うのは得策ではない
レクスは途端に冷静さを取り戻す。
「フッ、せいぜい治療に専念するがいいさ!」
「なんだそれは……まあいい、だが次は殺してやる。覚悟しておけ」
今回は見逃してやる、命拾いしたな。とさらに付け足した。
「それはこっちのセリフさ! 今度は必ず連行してもらうからな」
「……今日はやけに強気だな。変な夢でも見たのか?」
「フンッ、こっちも色々あったのさ」
アッシュはフンスとした。
色々と乗り越えたので自信に満ち溢れている。
「敵とこれ以上なれ合う気はない、もう行け」
「……ああ、分かってるさ」
そのまま背を向けて引き返そうとした。
「あっ、そうだったさ」
ところが、
「最後に聞きたいことがあるんだけど」
お別れする前に、アッシュから質問があるそうだ。
「なんだ、相変わらず締らない奴だな。そういうのは顔だけにしろ」
「…………」
「まあいい、特別に聞いてやる。言ってみろ」
アッシュが恐る恐る口を開く。
「……どうしてあの時コレを、ペンダントをオレに渡したのさ」
ずっと気になっていた。
このペンダントは、大切な人から大切な人へと受け継れていく、大変ロマンのある品だ。
それを自分に渡したということは、つまりそういう風に受け取っていいのか。
アッシュはペンダントを服から取り出した。
「勘違いするな。なにを勝手に思い上がっている」
だが、そんな甘い話などあるはずがない。
「アレはお前との決別のため……そう、ワタシの決意の証だ。お前が欲しがってたからとか、下心があったとか、決してそういうわけではない」
もう必要ない、邪魔だから捨てた、だそうだ。
ご丁寧にアッシュの首に引っ掛けてまで。
「まだ持っていたのか。フンッ、お前のことだ。とっくにあの女に渡してるとばかり思ってたぞ」
「……なに言ってるのさ」
「それをワタシの前に出すな、目障りだ。誰かに渡すなり処分しておけ」
「いいや、ずっと持ってるさ」
渡す相手はとっくに決まっている。
いや、返却すると言うべきか。
ロマンチストなアッシュは、大事そうにペンダントを胸のそばに抱えた。
「それを聞けて安心したさ」
「くだらん、やはりお前は頭のおかしな奴だ。とっとと失せてしまえ」
「そ、そんな言い方……もういいさ」
酷すぎる。
アッシュは濡れたお顔を手で拭い、後輩を支えたまま帰ろうとした。
「──待て、ワタシからも話がある」
ところが、
「悪かったな、ビッチで」
急に風向きが変わった。
ピトッ、アッシュの動きが止まる音。
「な、なんのことさ……?」
ガタガタ、ガタガタ……。
動揺しているのが丸わかりだ。
「とぼけるな。今朝言ってただろ、ビッチがどうとか」
監視役であったレクスは、捕虜の寝言の内容をしっかり聞いていた。
「どうやらお前の中のワタシというのは、相当淫らな女らしいな」
「い、いや、それは薬のせいで──」
「薬? 一体何のことだ、さてはこの期に及んでまだ誤魔化すつもりだな。フンッ、お前のことだ、どうせ日頃からそうやって別の女に取り繕ってるんだろ」
「話を聞いてくれよ……」
厄介なことに、本物のレクスは薬のことを知らないようだ。
話をうまく説明できず、アッシュは悲しくなる。
また目から冷たいモノが流れてきた。
「悪かったな。自分からキスをするような淫乱女で」
「だから違うって言ってるさ」
「それに、お、お前だって……そ、その、入れてきた癖に……」
「はあ、どう説明したら……ん?」
レクスの様子がおかしい。
なぜ急にしおらしくなる。
「フンッ、なにも初めから分かっていたことだ……だが、やはりその、経験豊富なんだな。お前……」
心なしかションボリしているように見える。
「ちょ、ちょっとレクス、えっ? どういうことさ?」
「なッ⁉ アッシュお前、まだ白を切るつもりか⁉ 昨夜のことだ! 本当は起きてただろ!」
「うん? 昨夜は確か、夢でレクスにビンタされて……」
珍しく夜中に受けた尋問で、他のに比べてやたらリアルな夢であった。
アレはとても痛かったし凄い音だってした。
改めて思い出すとまたほっぺが痛くなってくる。
「夢だと⁉ まさか寝ぼけていたのか⁉ 寝ぼけてワタシにあんなことをしたのか⁉」
「あ、あんな、こと……?」
「なにっ⁉ 覚えてないのか⁉ あんなことはあんなことだ! やはりお前はアレだ、本当に救いようがない奴だな!」
何かおかしい。
ここは現実世界で、目の前にいる少女は紛れもなく本物だ。
言動に違和感は全くない。
だから薬によって見せられた夢の内容は、絶対に知らないはず。
なのに、どうしてそのことについてお話しているのか。
アッシュは頭をフルに回転させ、
「……あっ!」
ポンッ! キュウウゥゥゥ……
一気にお顔が真っ赤になった。
頭から湯気が出ている。
「あ……ああ……あ……」
そのままショートしてしまった。
「大体、悪いのはお前だ。ワタシだって一応は年頃の女なんだぞ、ずっとあんな声を聞かされる身にもなってみろ」
一体どんな夢を見たらあんな寝言が出てくるだと、レクスは心底呆れた。
「勘違いするな。近くに手頃な相手がいなかっただけだ、これはそう……仕方なくだ」
アッシュは相変わらず戻ってこない。
脳に深刻なダメージが入り、修復に時間が掛かっている。
「そうだ、全部アッシュが悪い……って、おい、ちゃんと聞いているのか!」
「ん?……っ! き、聞いてるさ!」
ようやくアッシュが帰ってきた。
その場しのぎの空返事をする。
「人の名前を何度も喘ぐな、こっちまでその気になってしまうだろ。そういうのは一人の時でやれ、分かったか!」
「はあー…………」
「どうした、返事はどこへ行った!」
「はい、分かったさ……」
「よろしい。ならもう帰れ」
「はい、失礼するさ……」
なんか色々と散々な目に遭ってしまった。
もうトホホである。
アッシュは部下を支えたまま、背を向けようと──
「──ああそうだ、もう一つ思い出した」
「へっ?」
「おい、まだ帰るな」
またまたレクスに呼び止められた。本日3度目。
「もう、今度はなにさ……」
これ以上何を蒸し返すつもりなのか。
少年の心のMPはとっくにゼロであった。
「試しにお前の身体を調べてみたら、こんな物が押収されてな」
と言って、レクスは胸ポケットから小さな紙きれの束を取り出した。
結構分厚い。デッキみたいだ。
「っ! それは!」
アッシュは目をギョッとさせた。
それは、ゲリードマンの研究室で見つけた、如何わしい女性の映る写真だった。
「ふむふむ、やはり胸の大きな女ばかりだな」
レクスは一枚一枚丁寧に確認する。公開処刑だ。
「まあ今更だな。お前の好みは周知の事実、別に気にはしない」
「レ、レクス……」
「この際はそれはどうでもいい。ワタシが言いたいのは……」
ギロッ
「っ⁉」
レクスの顔が怖くなる。
「確かファーマが怪しい機械を持っていたな。おそらくアレがそうなんだろう、ワタシのも何枚かあるはずだ」
アッシュはあわあわあわ。
「状況から察するに、50枚近くはあると見ている。半分はアイツの部屋で見つけて即刻処分した。で、残りは一体どこにある?」
「さ、さあ……?」
チラッ、
アッシュは不覚にも、自分の内ポケットに目をやってしまった。
不自然に膨らんでおり、何かあることは明白だ。
「出せ」
当然こうなってしまう。
レクスが手を前に出し、写真を要求した。
「っ! こ、断るさ!」
アッシュは後輩を盾にして内ポケットを守る。
死守するつもりだ。
「ふざけるな、いいから早く出せ」
「イヤさ! 絶対イヤさ!」
アッシュが早く帰りたがっていたのはコレが理由みたいだ。
「汚らわしい、どうせ変なことに使うつもりなんだろ!」
「するわけないさ! そんなこと!」
また変なところでムキになるアッシュ。
この写真たちは宝物として、大事に大事に飾っておく予定だ。
絶対に汚したりしない、だから見逃してほしい。
少年は必死に訴えた。
「ダメだ、監禁魔の言うことなんて信用できん」
「これは貰ったのさ! だからもうオレのモノさ!」
誰になんと言われても自分のモノだそうだ。
「なるほど、そんなに死にたいのか。よーし、やはりお前はここで始末するしかないようだな」
「そ、そんなのってあんまり──」
「殺す! 絶対殺す!」
レクスが殺気立つ、とても逃げられそうにない。
「どうすれば……」
何かこの場を乗り切る手段はないか。
アッシュは考えていると、
「っ! そうだ! レクス! 代わりにコレをあげるさ!」
何か思いついたようだ。
懐から写真を取り出し、レクスに向けて飛ばした。
プロテクターが貼られてるため思いのほか良く飛んでいく。
パシッ、受け取った音。
「っ! こ、これは!」
レクスが受け取った写真、そこにはアッシュが映っていた。
椅子に縛られてまま動けないアッシュの写真。
半裸にされた状態のモノや、目隠しをされたモノ、寝顔などよりどりみどりだ。
ゲリードマンから記念に貰っていたのだ。
「…………」
レクスは写真を凝視した。
「今だ!」
スキを見て、アッシュが後輩を抱えて逃亡を図る。
「なッ⁉ おい! 卑怯だぞ!」
「──じゃあレクス! またさ!」
「待てアッシュ!」
そのまま森の中へ消えていった。
「チッ、逃がしたか……ん?」
チラッ
レクスは手元にある写真を見た。
「…………」
また凝視した。




