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~お姉さんと進むギルド王国~  作者: 二月ふなし
第2章 ヴァリアード強襲 編
132/142

126.残念な二人

 最後に、場所は変わって。

 ここは第四教区正門エリア。


「…………」


 ティゼット=アールシー、声に出てはいないがその息は荒い。

 苦しいと言っている。

 今にも倒れそうだ。


「ハア……ハア……クソッ」


 レクス=レオストレイト、彼女も同様に息を切らしていた。

 顔をゆがめ、いつもにまして不機嫌だ。


 現在、一人逃げ遅れたティゼットは、引き続きレクスとの戦闘を行っていた。


「チッ、手間取らせてくれたな」


 しかし、それも終わりを迎えようとしていた。

 ティゼットはとても疲弊しており、もう戦える状態ではない。

 立ってるのが奇跡だと言っている。


「チョコチョコと逃げ回るな。アイツといい、もううんざりだ」


 周りの至るところに氷が張り巡らされていた。

 ティゼットが氷刺分離アイスランチャーを撃ちながら、ずっと逃げ回っていたのだ。


 戦い方があの男にそっくり。

 ここ最近は、面倒な相手ばかりさせられるため、レクスは辟易している。


「──爆殺光撃バーニングクラッシュ


 だが、ようやくこれで終わる。

 両拳に真っ赤な光を纏う。


「…………」


 ティゼットは片目をつむったまますごく苦しそうにする。

 もう一ミリも動く体力は残されてなかった。

 絶体絶命だと言っている。


「死ね!」


 レクスが破裂バーストで突っ切った。


 ──サッ、サササッ


 しかし、


「──浮遊分離ホーミングクラッシュ!」


 突然、2人の間に、緑色に輝く光が落下した。

 

 衝撃で煙が発生し、2人もろとも爆発に巻き込まれた。


「っ⁉」


 レクスはすぐに後方に身を引いて躱す。


「くっ、このオーブは!」


 そのまま体制を立て直し、前を向く。


「──ティゼット! おい! 大丈夫か⁉」


 煙が引いて姿を現したのは、アッシュだった。

 ボロボロの部下を抱えたまま必死に呼びかけている

 どうやら後輩を助けに来たみたいだ。


「っ! ティゼット!」


 ティゼットは震えながら指を向ける。


「ん?……っ!」


 アッシュが目を向けた先には、息の荒くなったレクスがいた。


「ハア……ハア……」


 両腕を凍結させられたのだろう。

 オーブで無理やり溶かした痕跡がある。

 腕の皮膚が焼けただれており、見るに堪えない状態だ。


「ティゼット……お前」


 ティゼットはコクリとうなづいた。

 先輩に言われた通り、相手の腕を奪っていたのだ。

 こんなにボロボロにされながらも、格上相手に任務を遂行したのだった。


 優秀な部下だと言って褒めてほしい。


 コ、コテッ……。


 その言葉を聞く前に、ティゼットは意識を失ってしまった。

 後はご自由にどうぞと言っていた。

 

「よくやってくれたさ。さあ、オレたちも帰ろう」


 アッシュは優秀な後輩を肩で支え、ここから離れようとする。


「──待て! 逃げ切る気かアッシュ!」


 しかし、レクスが呼び止めてきた。

 ここまで苦労して相手を追い詰めたんだ。

 そう易々と逃がすわけにはいかない。


 それに……


「どうした、ワタシを監禁するんじゃなかったのか! 今がそのチャンスだぞ!」


 今の自分は両腕に多大なダメージを負っている。

 捕まえるのなら今が絶好の機会。

 そう言って、腕を抑えながら相手を挑発する。

 戦いで熱くなっているのか、言動が少しおかしくなっていた。


「……そうしたいのは山々だけど、今は仲間が最優先さ」


 早く戻って後輩を治療しないといけない。

 一人しか運べないため仲間を選ぶのは当然。


「その傷なら簡単には治らないはずさ、だからまた今度にするさ」

「なにっ⁉」


 近いうちにまた攻める手筈になっているので、モノにするならその時でいい。

 別に今すぐお縄をかける必要はない。

 アッシュは余裕たっぷりに答えて見せた。


「……フンッ、また随分とナメられたモノだ。だがそうだな、確かにお前の言うことも一理ある」


 相手の言う通り、この状態で戦うのは得策ではない

 レクスは途端に冷静さを取り戻す。


「フッ、せいぜい治療に専念するがいいさ!」

「なんだそれは……まあいい、だが次は殺してやる。覚悟しておけ」


 今回は見逃してやる、命拾いしたな。とさらに付け足した。


「それはこっちのセリフさ! 今度は必ず連行してもらうからな」

「……今日はやけに強気だな。変な夢でも見たのか?」

「フンッ、こっちも色々あったのさ」


 アッシュはフンスとした。

 色々と乗り越えたので自信に満ち溢れている。


「敵とこれ以上なれ合う気はない、もう行け」

「……ああ、分かってるさ」


 そのまま背を向けて引き返そうとした。


「あっ、そうだったさ」


 ところが、


「最後に聞きたいことがあるんだけど」


 お別れする前に、アッシュから質問があるそうだ。


「なんだ、相変わらず締らない奴だな。そういうのは顔だけにしろ」

「…………」

「まあいい、特別に聞いてやる。言ってみろ」


 アッシュが恐る恐る口を開く。


「……どうしてあの時コレを、ペンダントをオレに渡したのさ」

 

 ずっと気になっていた。

 このペンダントは、大切な人から大切な人へと受け継れていく、大変ロマンのある品だ。

 それを自分に渡したということは、つまりそういう風に受け取っていいのか。

 アッシュはペンダントを服から取り出した。


「勘違いするな。なにを勝手に思い上がっている」


 だが、そんな甘い話などあるはずがない。


「アレはお前との決別のため……そう、ワタシの決意の証だ。お前が欲しがってたからとか、下心があったとか、決してそういうわけではない」


 もう必要ない、邪魔だから捨てた、だそうだ。

 ご丁寧にアッシュの首に引っ掛けてまで。


「まだ持っていたのか。フンッ、お前のことだ。とっくにあの女に渡してるとばかり思ってたぞ」

「……なに言ってるのさ」

「それをワタシの前に出すな、目障りだ。誰かに渡すなり処分しておけ」

「いいや、ずっと持ってるさ」


 渡す相手はとっくに決まっている。

 いや、返却すると言うべきか。

 ロマンチストなアッシュは、大事そうにペンダントを胸のそばに抱えた。


「それを聞けて安心したさ」

「くだらん、やはりお前は頭のおかしな奴だ。とっとと失せてしまえ」

「そ、そんな言い方……もういいさ」


 酷すぎる。

 アッシュは濡れたお顔を手で拭い、後輩を支えたまま帰ろうとした。


「──待て、ワタシからも話がある」


 ところが、


「悪かったな、ビッチで」


 急に風向きが変わった。


 ピトッ、アッシュの動きが止まる音。


「な、なんのことさ……?」


 ガタガタ、ガタガタ……。


 動揺しているのが丸わかりだ。


「とぼけるな。今朝言ってただろ、ビッチがどうとか」


 監視役であったレクスは、捕虜の寝言の内容をしっかり聞いていた。


「どうやらお前の中のワタシというのは、相当淫らな女らしいな」

「い、いや、それは薬のせいで──」

「薬? 一体何のことだ、さてはこの期に及んでまだ誤魔化すつもりだな。フンッ、お前のことだ、どうせ日頃からそうやって別の女に取り繕ってるんだろ」

「話を聞いてくれよ……」


 厄介なことに、本物のレクスは薬のことを知らないようだ。

 話をうまく説明できず、アッシュは悲しくなる。

 また目から冷たいモノが流れてきた。


「悪かったな。自分からキスをするような淫乱女で」

「だから違うって言ってるさ」

「それに、お、お前だって……そ、その、入れてきた癖に……」

「はあ、どう説明したら……ん?」


 レクスの様子がおかしい。

 なぜ急にしおらしくなる。


「フンッ、なにも初めから分かっていたことだ……だが、やはりその、経験豊富なんだな。お前……」


 心なしかションボリしているように見える。


「ちょ、ちょっとレクス、えっ? どういうことさ?」

「なッ⁉ アッシュお前、まだ白を切るつもりか⁉ 昨夜のことだ! 本当は起きてただろ!」

「うん? 昨夜は確か、夢でレクスにビンタされて……」


 珍しく夜中に受けた尋問で、他のに比べてやたらリアルな夢であった。

 アレはとても痛かったし凄い音だってした。

 改めて思い出すとまたほっぺが痛くなってくる。


「夢だと⁉ まさか寝ぼけていたのか⁉ 寝ぼけてワタシにあんなことをしたのか⁉」

「あ、あんな、こと……?」

「なにっ⁉ 覚えてないのか⁉ あんなことはあんなことだ! やはりお前はアレだ、本当に救いようがない奴だな!」


 何かおかしい。

 ここは現実世界で、目の前にいる少女は紛れもなく本物だ。

 言動に違和感は全くない。

 だから薬によって見せられた夢の内容は、絶対に知らないはず。

 なのに、どうしてそのことについてお話しているのか。

 アッシュは頭をフルに回転させ、

 

「……あっ!」


 ポンッ! キュウウゥゥゥ……


 一気にお顔が真っ赤になった。

 頭から湯気が出ている。


「あ……ああ……あ……」

 

 そのままショートしてしまった。


「大体、悪いのはお前だ。ワタシだって一応は年頃の女なんだぞ、ずっとあんな声を聞かされる身にもなってみろ」


 一体どんな夢を見たらあんな寝言が出てくるだと、レクスは心底呆れた。


「勘違いするな。近くに手頃な相手がいなかっただけだ、これはそう……仕方なくだ」


 アッシュは相変わらず戻ってこない。

 脳に深刻なダメージが入り、修復に時間が掛かっている。


「そうだ、全部アッシュが悪い……って、おい、ちゃんと聞いているのか!」

「ん?……っ! き、聞いてるさ!」


 ようやくアッシュが帰ってきた。

 その場しのぎの空返事をする。


「人の名前を何度も喘ぐな、こっちまでその気になってしまうだろ。そういうのは一人の時でやれ、分かったか!」

「はあー…………」

「どうした、返事はどこへ行った!」

「はい、分かったさ……」

「よろしい。ならもう帰れ」 

「はい、失礼するさ……」


 なんか色々と散々な目に遭ってしまった。

 もうトホホである。

 アッシュは部下を支えたまま、背を向けようと──


「──ああそうだ、もう一つ思い出した」

「へっ?」

「おい、まだ帰るな」


 またまたレクスに呼び止められた。本日3度目。


「もう、今度はなにさ……」


 これ以上何を蒸し返すつもりなのか。

 少年の心のMPはとっくにゼロであった。


「試しにお前の身体を調べてみたら、こんな物が押収されてな」


 と言って、レクスは胸ポケットから小さな紙きれの束を取り出した。

 結構分厚い。デッキみたいだ。

 

「っ! それは!」


 アッシュは目をギョッとさせた。


 それは、ゲリードマンの研究室で見つけた、如何わしい女性の映る写真だった。


「ふむふむ、やはり胸の大きな女ばかりだな」


 レクスは一枚一枚丁寧に確認する。公開処刑だ。


「まあ今更だな。お前の好みは周知の事実、別に気にはしない」

「レ、レクス……」

「この際はそれはどうでもいい。ワタシが言いたいのは……」


 ギロッ 


「っ⁉」


 レクスの顔が怖くなる。


「確かファーマが怪しい機械を持っていたな。おそらくアレがそうなんだろう、ワタシのも何枚かあるはずだ」


 アッシュはあわあわあわ。


「状況から察するに、50枚近くはあると見ている。半分はアイツの部屋で見つけて即刻処分した。で、残りは一体どこにある?」

「さ、さあ……?」


 チラッ、


 アッシュは不覚にも、自分の内ポケットに目をやってしまった。

 不自然に膨らんでおり、何かあることは明白だ。


「出せ」


 当然こうなってしまう。

 レクスが手を前に出し、写真を要求した。


「っ! こ、断るさ!」


 アッシュは後輩ティゼットを盾にして内ポケットを守る。

 死守するつもりだ。


「ふざけるな、いいから早く出せ」

「イヤさ! 絶対イヤさ!」


 アッシュが早く帰りたがっていたのはコレが理由みたいだ。


「汚らわしい、どうせ変なことに使うつもりなんだろ!」

「するわけないさ! そんなこと!」


 また変なところでムキになるアッシュ。

 この写真たちは宝物として、大事に大事に飾っておく予定だ。

 絶対に汚したりしない、だから見逃してほしい。

 少年は必死に訴えた。


「ダメだ、監禁魔の言うことなんて信用できん」

「これは貰ったのさ! だからもうオレのモノさ!」


 誰になんと言われても自分のモノだそうだ。


「なるほど、そんなに死にたいのか。よーし、やはりお前はここで始末するしかないようだな」

「そ、そんなのってあんまり──」

「殺す! 絶対殺す!」


 レクスが殺気立つ、とても逃げられそうにない。

 

「どうすれば……」


 何かこの場を乗り切る手段はないか。

 アッシュは考えていると、


「っ! そうだ! レクス! 代わりにコレをあげるさ!」


 何か思いついたようだ。

 懐から写真を取り出し、レクスに向けて飛ばした。


 プロテクターが貼られてるため思いのほか良く飛んでいく。


 パシッ、受け取った音。


「っ! こ、これは!」


 レクスが受け取った写真、そこにはアッシュが映っていた。


 椅子に縛られてまま動けないアッシュの写真。

 半裸にされた状態のモノや、目隠しをされたモノ、寝顔などよりどりみどりだ。

 

 ゲリードマンから記念に貰っていたのだ。


「…………」


 レクスは写真を凝視した。


「今だ!」


 スキを見て、アッシュが後輩を抱えて逃亡を図る。


「なッ⁉ おい! 卑怯だぞ!」

「──じゃあレクス! またさ!」

「待てアッシュ!」


 そのまま森の中へ消えていった。


「チッ、逃がしたか……ん?」


 チラッ


 レクスは手元にある写真を見た。


「…………」



 また凝視した。

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