123.協力プレイ
アッシュは一度破裂で距離を取る。
はなれ際に分離を放ち、相手をけん制した。
移動する彼のかたわらには、浮遊分離が漂っており、ご主人様をサポートする形で、後ろにピタリとくっついている。
一方のガルスロードは、高速で移動し、相手のオーブを突っ切る。
緑の弾幕が、瞬く間に彼の背後へ過ぎていく。
はるか遠くで爆発。
「っ! 行ってこい!」
それを確認したアッシュ。
今度は浮遊分離を先行させた。
自身は安全地帯からオーブを撃って加勢する。
「フンッ!」
ガルスロードは足を止め、光撃で一つずつ叩き落す
浮遊分離も潰そうと思えば可能だが、そうした場合ダメージは免れない。
これ以上の被弾は避けたいところ。
それに、こういうのは本体を直接叩いた方が良い。
よって無理に落とそうとはせず、躱しながら接近を試みようとする。
「くっ」
が、近づけない。
相手との距離が一向に縮まらない。
浮遊分離の執念深い追跡を振り切ることができない。
意思があるの如くしつこく追い回してくる。
まるで、ご主人様のために張り切っているみたいだ
「くらえ!」
その間にも、アッシュが次々と撃ち込んでくる。
一定の距離まで接近すると、また身動きが取れなくなってしまう。
あのガルスロードが遠距離で躓いていた。
「──光撃!」
アッシュは一度分離を中断させ、今度は両腕に光を纏う。
そのまま自ら不利な接近戦へと突っ込んでいく。
遠くから撃ち続けても、ラチが明かないと判断し、急遽、接近戦に切り替えた。
完全に相手を倒しに行く戦い方だ。
「っ⁉」
オーブの相手をしていたガルスロード。
向かってきたアッシュへと瞬時に視点を変えた。
両者は衝突、拳にオーブを乗せて打ち合い出す。
いつもならここでアッシュが押し負けてしまう。
しかし、今回は比較的互角の戦いを繰り広げていた
それもそうだ。
ガルスロードは接近戦を行いつつ、浮遊分離を警戒しなければならない。
中々思うように攻められない。
マルチタスク、集中すればするほど色々疎かになってしまう。
「ぐはっ⁉」
やがて、アッシュの拳が相手をとらえ始めた。
正確に言えば、浮遊分離に直撃するくらいなら、少年の低威力な光撃を受けた方がマシだと、ガルスロードが判断しただけであった。
少し悲しいような気もする。
しかし、そう選択せずを得ないほど、追い込まれているのもまた確かだった。
現状、アッシュが押していた。
接近戦、遠距離、そのどちらも制していた。
──アッシュは現在、浮遊分離を操作しながら、分離、光撃の両方を繰り出している。
いわば、同時にオーブを使用している状態だ。
浮遊分離とは元来、指の小さなオーブでリモコンのように指示を出し、遠隔操作をするモノ。
そのため、使用中は破裂以外、他のオーブを一切使えない。
にもかかわらず彼のオーブは今、敵を補足して、精密な動きで襲い掛かっている
それも正確に、だ。
まさかオート、自動で追尾しているのだろうか。
残念ながら、そんな芸当が出来るほどオーブは万能ではない。
いくら神様の力を借りているとはいえ、それは不可能である。
なら一体どういうことなのか。
それはラズラだ。
クロスオーブに宿るラズラの意思を、浮遊分離に埋め込み、彼女の意思で動かしていた。
インストール。
つまり彼女に丸投げの状態である。
これによって、アッシュ自身がオーブを操作する必要はなくなり、空いた手で難なく戦えるように。
事実上、オーブでの自動追従を可能にしたというわけだ。
それを駆使して相手を追い詰めていた。
「っ!」
やがて、ガルスロードの顔面に、アッシュの拳が直撃。
装着していた仮面が吹き飛ばされてしまった。
そして、彼の素顔が公衆の面前で晒された。
「っ⁉」
アッシュは慌てた様子で距離を取る。
そのままお顔をサッと両手で隠す。
「……どうした? 少年よ」
相手が急に止まり、ガルスロードは疑問を浮かべた。
私を倒すチャンスだったではないか、とでも言いたげだ。
「い、いや、だってさ……」
「……?」
ゴーから昔聞いたことがある。
仮面やら何かをつけてる相手と戦う時は気をつけろ。
ソイツがその素顔を晒した時、激昂して驚異的なパワーアップを遂げる、と。
現実世界でも、頭皮の寒いカールが鎧を装着すれば、戦闘能力が格段にアップする。
実際にそういう事例だってある。
なので、ガルスロードもそれ該当すると思い、アッシュは顔を見ないようにしたのだ。
ゴーのただの冗談とも知らず、真面目に受け取っていた。
「そんなことか。フッ、安心したまえ。見ての通り私は怒ってなどいない」
壊されたことに対する怒りはある。
だが、その程度で別に気を立てたりはしないそうだ
「だから顔をあげたまえ」
チラッ、恐る恐る顔を手を外すアッシュ。
鼻先がシュッとしていて、整った綺麗な顔立ち。
お肌は色白だが、どこかヘルナの面影がある。
かつてないほどのイケメン。
イダイルの予想はものの見事に外れていた。
その表情を見るに、本当に怒ってないっぽい。
アッシュはホッと息をついた。
「アレは私にとっての戦闘装飾のようなモノ。戦いに身を置く者なら一度は聞いたことがあるだろう」
アッシュは首を横に振った。
ガルスロードいわく、仮面をつけた方がテンションが上がり、戦いにも精が出るそうだ。
なので戦闘時は欠かさず装着している。
こういうのは、何も鎧にこだわるカールだけではない。
白衣を着るゲリードマン。
魔法使いのコスプレをするマリコだってそう。
意外と馬鹿にできない。
「君にはそう言った物ないのか? 少年よ」
「いや、特にはないさ」
「そうか。ならばこれを機に考えてみるのも、また一興ではないか」
「ふ~ん。よく分からないけど、そうしてみるさ」
歴戦の戦士からのちょっとしたアドバイス。
アッシュは良いことが聞けてなんだか嬉しくなる。
大分話が逸れてしまった。
「彼女の意思をオーブで具現化してみせるとは、大したモノではないか」
ガルスロードが皮肉を込めずに素直に感心した。
今まで数多のクロスオーブ所有者と戦ってきたが、こういう取り組みを行ったのはアッシュが初めてだそうだ。
「この私が手も足も出ない、まさしく手詰まりだ」
と言う割に、全然落ち込んでるようには見えない
「フンッ、協力してるのさ!」
アッシュはフンスとした。
喜び方がどこかのお姉さんと酷似している。
また、隣に浮いているオーブもポンッと跳ね、ご主人様に同調した。
「なるほど、それが彼女に対する君の答えというわけか」
「全然違うんだけど、もういいさそれで」
「クククク……ハハハハハッ!」
急に頭を抱えて笑い出すイケメン顔。
「おい、なにがそんなにおかしいのさ」
別に面白いことを言ったつもりはない。
爆笑する相手を見て、アッシュはムッとくる。
「これは失礼。あまりにも愉快であってな。つい笑ってしまったではないか」
「…………」
「非常に面白い。よろしい、このガルスロード、全霊を持って君の相手をしよう」
ガルスロードが構えた。
それに合わせ、アッシュも浮遊分離を前に出す。
ジャキンッ!
先ほどのお茶らけムードはどこ吹く風。
両者共、戦闘モードに切り替えた。
「互いに消耗している、早々に決着をつけようではないか」
「お前に言われなくたって……」
アッシュは大地を強く踏みしめ、
「そのつもりさ!」
破裂で一気に突っ込んだ。
ガルスロードも同じく破裂で急接近。
直後に互いの拳がぶつかり、光の破片が散りばめられた。
そのまま接近戦となる。
ラズラも愛しのご主人様に加勢した。
3つの光が空に急上昇し、幾度となく交差する。
白銀に輝く二体、黄金の一体が縫い合わさり、煌びやかな2色の線を描く。
衝撃波が巨大な輪となって周囲に広がっていく
鳴り止むことのない轟音、唸りをあげる大地、絶えず軋み続ける空、まるで神の怒りを彷彿とさせるかのよう。
光たちの指し示す方向、神々の待つ領域、もはやどこにも存在しえ──
「がはっ⁉」
アッシュの低品質な光撃が直撃。
相手が怯んだところに、ラズラがさらに追撃する。
しかし、間一髪でかわされ、即座に態勢を整えてきた。
再び敵とご主人様が格闘、すかさず彼女も援護に入る。
「くっ!」
ガルスロードの表情には焦りが見えた。
やはり2人を同時に相手するのは、辛いモノがあるようだ。
彼らの無駄に良い連携に、苦戦の一途を辿っている
相手の考えが読めない。
というより、ラズラが非常に厄介。
少年の方はまだどうにでもなるのだが、彼女に至っては動きが全く掴めない。
彼らは一見、相性が良いように見える。
しかし、その実態は協力などとはまた程遠いモノであった。
これは、ラズラの貢献的なサポートのおかげで成り立っていることだ。
当のご主人様は何も考えておらず、ただ全力で戦っているだけ。
機転の効く彼女に全て任せている。まさに神頼み。
協力しているのではなく、ただの丸投げ。
よく言えば、それほど信頼しているという見方もできる。
一方、ラズラはラズラで、伸び伸びと動いていた。
このようなずさんな扱いにもかかわらず、ご主人様の役に立てて嬉しそうなのが良く伝わってくる。
「ハハハハハッ! 素晴らしい、素晴らしいではないか! この私が劣勢を強いられている!」
しかし、こちらも負けてはいない。
やられそうになっているのに笑みを浮かべる始末。
黙っていれば男前の良い例だ。
「防戦一方、圧倒的不利! 私の力を優に超えている! 認めよう、認めようではないか!」
むしろ勝ち筋の見えないこの戦い、この逆境を楽しんでいた。
「っ! しつこいさ!」
何十発もの拳を叩き込んでいるのに、敵は一向に倒れようとしない。
ラズラの方は警戒されており期待できない。
決定打に欠けている。
相手のタフネスさに、アッシュは次第にイラだっていく。
──すでに、お互いの手の内は全て出し尽くした。
短期決戦。
終わりの時は刻一刻と迫っている。
「ぐっ⁉」
アッシュが破裂で加速し、体重を乗せた拳をぶち込んだ。
ガルスロードは左腕でガードするも、少しよろけてしまう。
「っ!」
バランスを崩したところにアッシュが大きく足払い
ベルル直伝、必殺体術。
これを食らえば相手は無防備な状態で宙に浮く。
そこにもう一撃、クルッと回し蹴りを食らわせた。
当たる直前に破裂を放ち、その噴射力でぶっ飛ばす
「おい! そっちに行ったさ!」
ガルスロードが地面にワンバンドした、その先にラズラが待ち構えた。
ご主人様に言われなくてもちゃんと分かっている。
「フンッ!」
ガルスロードはとっさに光撃を地面に突き刺し、流れる身体の動きを止める。
そのまま空中へ退避し、オーブの突進を回避。
それを確認したアッシュとラズラ。
彼らも空へと登り、すぐさま追いけた。
「行け!」
先にラズラを先行させ、相手の注意を引く。
アッシュはそのスキに、さらに高いところへ昇り、両腕に光を集中させた。
そして、
「くらえ! 分離!」
上空からオーブを広範囲にわたって拡散させた。
白銀に発色する緑のオーブが、流星のように降り注ぐ。
ラズラごと巻き込んだ範囲攻撃だ。
「なにッ⁉」
見惚れている暇はない。
ガルスロードは破裂で縫うようにして、オーブの雨を避けまくった。
「──ガルスロード!」
しかし、それではアッシュへの注意が散乱になる。
真上から強襲する彼の対応に遅れた。
「っ⁉ ふがっ⁉」
そのままぶん殴られ、地表まで一直線に落とされてしまう。
「くっ……」
地面とゴッツンコしたガルスロード。
「っ⁉」
当然、その先には気の利くラズラが待ち受けている
彼女が標的に飛びかかる。
ガルスロードは身をひねってギリギリのところで躱した。
がしかし、
「──浮遊分離」
背後から白銀の輝き、
「っ⁉」
ラズラをその右手に装備する少年。次の瞬間、
「武装!」
直接叩きつけた。
ガツンッ!
ガルスロードはとっさ両腕に光を纏い、相手の奥義をその身で受け止めた。
「うぐぐぐ……」
両者はそのまま競り合う形となる。
ガルスロードの身体が少しずつ後ろに追いやれていく。
アッシュはグッと身を乗り出し、さらに圧力をかけていく。
──浮遊分離・武装……。
偶然にも誕生してしまったアッシュの奥義。
浮遊分離をその手に持ち、相手に直接ぶつけるという技。
あまり意味のない行為だが、ロマン技としては十分
それに、これはラズラとの初の共同作業。
まさに愛の成せる技である。
「うおおおお!!!」
押し込んだ。




