120.もう遅い
一方その頃、遠く離れた第四教区付近の森にて。
戦場と化している街から、少し落ち着いたところ。
ここでは、シェリーとイダイルの2人が協力して、暗殺対象であるガルスロードとの戦闘を行っていた。
「む、無念……まん……ねん」
しかし、それももう限界であった。
イダイルは力尽き、その場に崩れ落ちる。
「イ、イダイルさん……」
シェリーもすでに戦闘不能に追いやられていた。
地面にちょこんっと横たわっている。
「2人がかりでこの程度か。所詮は人間、これが限界のようだ」
ガルスロードが動けない2人にゆっくりと近づく。
「ついて来られると後々面倒。まずはデカいの、お前から消してやろうではないか」
息の根を止めるべく、イダイルにオーブを向けた。
「な、仲間が……ごはっ」
「ん?」
「仲間が……貴様の首を、必ず跳ね飛ばしてくれるゾ」
「さ、さっさと、し、死んでください……クソ野郎」
「ほーう、一応期待しておこう」
拳を振り下ろす。
次の瞬間、
──バシュンッ! 一閃の光
ガルスロードの腕を背後から貫いた。
「っ⁉」
ガルスロードは即座に振り向くも、後ろには誰もいない。
「このオーブ、この感覚……まさかっ!」
一時たりとも忘れたことがない。
彼女の力を感じ取る。
「くくくっ、会いたかったよ、私のラズラ!」
このオーブから漂う香り、間違いない。
彼女、ヘルナ=ラズラールのモノだ。
目標を補足し、直ちに地上を離れた。
前方およさ300メートル先に見える大きな高木。
そこからオーブと思わしき光が観測された。
──バシュンッ!
超密度で発射された光の弾丸。
「……っ」
今度はガルスロードの左肩を貫いた。
「この攻撃……フム、本気のようだ」
こちらに向けて放たれる一点、彼女の殺気。
ひとまず動きを止め、空中で静止する。
高木から光が集中、
──バシュンッ!
左耳タブが削られた。
首を反らさなければヘッドショットを食らっていた
「っ……だが急所に当たりさえしなければ問題ない、このまま直進するのみ!」
破裂で急発進し、高木まで最短で向かう。
瞬く間に風と一体化していく。
周りの木を遮蔽物にして進むという手段もある。
だが、この男はそうしようとはしない。
このスリリングな状況を楽しんでいるように見えた
──バシュンッ!
ガルスロードの左腹部をかすめた。
致命傷にならないよう、ギリギリの所で避けている。
速度が衰える様子は全くない。
やがて、あっという間にたどり着いた。
そのまま襲おうとはせず、一旦木の下で待機する。
「どれ、一度下りてきてはどうだろうか。ラズラ」
「…………」
その言葉に観念したのか、高木から狙撃主のヘルナが現れた。
「手荒い歓迎だ。危ないではないか」
「……ガルス」
無言で互いを向かい合う。
2人は番人同士。
久しぶりの再会に何か思うところがあるのだろう。
良く分からないが不穏な雰囲気が漂ってきた。
「まさか君の方から会いに来てくれるとは、珍しいではないか」
中々喜ばしいではないか。
ガルスロードは仮面越しに笑みを浮かべた。
「そんなわけない」
勘違いしないで欲しい。
ヘルナが即訂正した。
2人はクロスオーブの番人、つまるところ同僚である。
しかし、仲はあまり良くないらしく、特にヘルナの方はピリついている。
「では一体何の用だろうか?」
「……注意しに」
「ほーう?」
「これ以上、彼に危害を加えないで」
「彼……とは?」
彼というのは、愛しのご主人様のことだ。
その大切な少年をひどく傷つけたこの男に、ヘルナは大変ご立腹であった。
「何を言い出すかと思えばそんなこと。フンッ、くだらないではないか」
「ムッ」
「私にも主がいる、あくまで命令に従ったまで」
「嘘つき、そんな気ない癖に」
ガルスロードはヘルナと違って、ご主人様絶対主義ではない。
本人いわく守ってやる義理はないそうだ。
現に、今この瞬間も敵と戦っている主の助けに入ろうとはせず、自分の好きなように暴れている。
なぜザイコールの下についているのか。
「彼がこの戦いの中心にいるからだ。あの老人は戦いを引き起こすいわば動力源、私にとってこれ以上の原動力があるだろうか」
主としては色々不満がある。
お年寄りではなく若い、出来れば女性が好ましい。
美人であることに越したことはない。
そこに気の強さが加わればなお良い。100点満点。
「ちなみに、あの老人は甘めに採点したとしても0点。フッ、辛いではないか」
でも、そこにさえ目を瞑ればさほど悪くはない。
ザイコールの近くにいれば、嫌がおうにも戦いの渦に呑まれていく。
それは、このガルスロードにとっては願ってもないことだ。
「……もういい」
相変わらずの戦闘厨……。
ヘルナはあきれ果てた。
言いたいことはもう言ったし、これ以上口は聞きたくない。
クロスオーブの番人は互いに不干渉が望ましい。
これからご主人様の命令である、標的の少女の狙撃作業に移らなければ。
忙しいため、ヘルナは背を向けて立ち去ろうとした
ところが、
「──忠告の件だが」
まだ用がある。
ガルスロードが絶妙な間をおいて、
「破棄する、と言ったらどうなる?」
仮面の奥から覗かせる不気味な光。
周囲が殺気立つ。
「っ!」
次の瞬間、ヘルナがオーブを乗せて襲いかかる。
しかし、ガルスロードに素手で止められた。
周りの小鳥たちが一斉に飛び立った。
「邪魔しないで」
グググググ……
ヘルナが睨みつけた。
珍しく怒りを露わにしている。
「フッ、気に触ったか。私の可愛いラズラよ」
「その名前で呼ばないで」
掴まれた手をグッと振りほどく。
再び両腕に光を纏い、相手に飛びかかった。
「冷静には見えないな、その戦い方は君には似合わない」
ガルスロードは攻撃を軽くいなす。
仮面越しからでもその余裕っぷりが伝わってくる。
「なぜそれほどまで彼に入れ込む? どこにでもいる普通の少年ではないか」
「っ!」
スカッ、避けられた。
「あまり良い扱いは受けてないだろう、彼と拳を交えて良く分かる」
「喋らないで」
スカッ、当たらない。
「その首のアザは一体なんだ? 彼にやられたのか」
「っ! あなたには関係ない」
ガルスロードは決して手を出そうとしない。
大事な娘の反抗期を見守るかの如く、相手の攻撃を躱し続けた。
ヘルナではまるで相手になっていない。
番人同士と言っても、その力量にはかなり差があるようだ。
「っ⁉︎」
パシッ、またしても簡単に止められた。
「っ、放して」
「一つ、君は勘違いしている」
ガルスロードが鼻先まで顔を近づけ、
「私は君を傷つけない……とでも思っているのか」
「っ!」
激しい悪寒が全身に走る。吐き気もだ。
「うっ⁉︎」
突如、ガルスロードの放った強烈な蹴りが、ヘルナの腹部に突き刺さった。
内蔵がメキメキと嫌な音を立てる。
軽い身体は吹っ飛び、後ろの木に背面衝突した。
「君がここまで男を見る目がなかったとは、悲しい話ではないか」
「うぅ、けほっ、けほっ……っ!」
「やはり弱みを握られているな、そうとしか考えられん。どうだろうか、この件は一度私に預けてみては。すぐ解決に導いてみせよう」
ガルスロードは一歩ずつ近づきながら、ヘルナについた悪い虫を引き剥がすべく説得を試みる。
「……イヤ」
ヘルナは首を一心にブンブンする。
「私が助けてあげよう、君の騎士になってあげよう」
「絶対、イヤ」
キモすぎる。
ヘルナは顔をあげて全力で否定する。
張り付いているのはむしろ自分の方だし、脅迫されてるわけでもない。
その澄み切った瞳で主張した。
「……それほどまで浸透していると言うのか、あの少年に」
「うん、すごく大事」
いてくれないと困る。
ヘルナは頬は赤らめた。
もう完全にアウトだ。
「…………」
思ったよりずっと根が張っている。
なぜここまであの少年にゾッコンなのか理解に苦しむ。
ガルスロードの仮面と心がピシリと軋む音がした。
「……どうやら口で言っても無駄みたいだ」
「うん、意味ない」
ヘルナがやっとうなづいた。調子づいてきた。
しかし、
「ならば仕方がない。ラズラよ、あの少年との契約を直ちに破棄しろ」
「っ⁉」
突然何を言い出すのか、そんなこと出来ない。
ヘルナは分かりやすく目をギョッとさせた。
「これは命令だ。言うことを聞かなければ……」
ボワッ!
拳に光を集中させた。
「これで少しの間眠ってもらおうではないか」
神の使いは死んでも一年経てばまた復活する。
例え、身体が消滅しようとも、肉体そのものが再構築される。
今回はその性質を利用していく。
悪い男の口車に簡単に乗せられてしまう頭の弱い子には、お仕置きも兼ねて一度眠ってもらう。
その間に、ヘルナをたぶらかすあの悪い少年をゆっくり始末する。
「なに、君は安心して眠っていればいい。君にかけられた呪いを解いてやろう」
次に起きた時、お姫様は2つの意味で目を覚ます。
ただの悪い夢、全てが元通り。
これまた結構な強硬手段である。
「いや……っ」
ご主人様がいない、もう会えない。
そんなの堪えられない。
しかし、必死に動こうとしても身体に力が入らず、まるで拘束されたようにビクともしない。
キュピン!
ガルスロードの瞳から怪しい光が放たれた。
ヘルナがここへ来る前に、ご主人様を黙らせるために向けた、あの目だ。
「別れが辛いかラズラよ。安心したまえ、またすぐに会える……私とだが」
ガルスロードが拳を振り上げた。
「い、いや……いやっ」
ヘルナの顔が絶望に変わる。
身体の震えを隠せない。
──サッ、サササッ
「っ!」
突然、目の前に背中が現れた。
まだどこか頼りない、よく知ってる少年の背中だ。
「…………」
そうだ、これは幻、最後にご主人様の幻影が見えた
「……っ」
触れないと分かっていても、ヘルナは手を伸ばす。
しかし、
「き、君はっ⁉」
幻影が相手の手首を掴み、攻撃を阻止した。
「──浮遊分離」
背後から緑のオーブが現れ、進路を変えて襲いかかる。
「っ⁉」
ガルスロードは手首を掴まれて逃げられない。
そのままオーブが衝突。
3人もろとも爆発に呑まれてしまう。
「ゴホッ、ゴホッ」
ガルスロードが煙から脱出した。
オーブの直撃を受けたため、背中が焼け焦げ、肌が露出してしまっている。
「──丸盾」
やがて煙が晴れ、中から盾を張って姫を守る、銀色の騎士が登場した。
「……っ!」
ヘルナは大きく目を見開いた。
それは愛しのご主人様、
「…………」
アッシュだった。




