114.Mの暗躍
さらに、場面は変化に変化を重ね、
ようやく教王陣営の野営地へ戻ってきた。
ここでは、身体がピクリともしないアッシュ。
と、そんな彼を厳重に見張るヘルナがいた。
「…………」
動けないご主人様をじっくり鑑賞するヘルナ。
心ゆくまでそのお顔を堪能している。
「……っ!」
突然、彼女の寝ぐせによって誕生したアホ毛がピョコンと反応。
すぐに第四教区の方へ顔を向けた。
「──あのさ、もう怒鳴ったりしないからさ、これ解いてくれよ」
一方、彼女の不思議な力によって封印されたアッシュが、そうお願いした。
あれから大分落ち着いたみたいだ。
「…………」
「おい、どうしたのさ?」
アッシュが数回呼びかけるも、ヘルナは遠くの見たまま微動だにしない。
愛しのご主人様に名前をお呼ばれしたというのに。
見ての通り反応なしだ。
「無視するなよ、おい」
「……ガルス」
「っ⁉」
アッシュの顔が険しいものに変わる。
「あっ」
しまった。
今のご主人様に彼のことは禁句であった。
ヘルナは自分のやらかしを珍しく自覚する。
「アイツが、いるんだな」
ヘルナは何も言わない。
「どこにいるのさ、おい!」
ご主人様をガン見したまま無言を貫いている。
堂々と黙秘するつもりだ。
「くそっ」
みんなが危ない。
クロスオーブを使ってもどうにもならないほど、あのガルスロードは強い。
アイツがいたら教王どころか全滅の危険だって十分あり得る。
自分が戻って少しでも引きつけなくては。
アッシュは先ほどヘルナが見ていた方向、第四教区のある方角に目を向けた。
「こんなのっ! くっ!」
身体に力を入れ、封印を無理やり解こうとした。
「っ! ダメ」
ヘルナが瞳の奥を光らせ、即座にアッシュを抑え込む。
「うぐぐぐ……」
「動かないで」
「ぐぐぐっ……は、放せよ」
「……っ」
人間の力で無理に解こうとすると、肉体に強烈な負荷がかかり、やがて最悪死に至る。
このままではご主人様の身体が耐えられない。
かと言って封印を解除するわけにも。
仕方ない。
「ッ⁉」
ヘルナがご主人様の顔の前に、スッと手を出した。
「……うっ」
すると、手の平から不思議な光を放ち、それを目に押し付けた。
「な、なに……を」
「寝て」
暴れていたアッシュは途端に大人しくなる。
急激な眠気に襲われ、身体の力が抜けていく。
「うん、良い子」
「ヘ……ル……ナ──。」
そのまま意識を失ってしまった。
「すぅー……すぅー……」
ヘルナはご主人様の頭をナデナデする。
何か思うところがあるのか、しばらくして、
「行ってくる……んっ」
柔らかい頬に数回チュッチュし、テントから出て行った。
──一方その頃、はるか遠くに場所が変わる。
ここは第一教区の真ん中に建つ教会。
二階のすみっこにあるギルド長室。
「はあー、今頃どうしてるかしら……」
室内には大きなため息を吐く一人の女性がいた。
第一教区支部長兼ギルド長、プラス=スターバード。
机にポツンと座り、戦場に送り出した部下たちを心配している。
「……アッシュ」
小さな声でボソッと呟いた。
あの子は元気だろうか、酷い目に遭っていないだろうか。
無茶なことはしていないだろうか。
誰かさんの事となると、途端に周りを見なくなるのがあの子の良くないところ。
今は帰りを待つことしか出来ないのがとてもむず痒い。
落ち着かない、心配でたまらない。
あの子のことだと尚更そう。
「はあー……」
もう子供扱いしないって言ったのに、自分から送り出した癖に、どうしても気になってしまう。
頭から放れてくれず、お仕事に手がつかない。
親とはそういうモノなのか。
プラスは、自分とギルド長の狭間で思い悩んでいた
「──心配してるのかな? ダメだよ、ボスなんだからボーンと構えてないと!」
陽気な声が聞こえ、突っ伏していたプラスは顔を上げた。
「……マリー」
「おはようプラちゃん! また遊びに来たよ!」
それは彼女の親友、マリコ=キャパスティだった。
アッシュが懸念した通り、あれから第一教区に移動していた。
早急に確保しなければ。
「えへへ~、宿舎にいても暇だから会いに来ちゃった〜」
「うっさい」
いつ何時もハイテンションであるこのマリコ。
気分の下がっているプラスはうっとおしく感じてしまう。
さらに今はお仕事中である。
遊んであげる暇など一切ない。
「今忙しいのよ、悪いけどまた後にしてちょうだい」
「えぇ~! うっそだ~、プラちゃんいま寝てたよね?」
「寝てない。あと気が散るからあっち行ってて」
シッシッ、
プラスはそう言って、机にある膨大な書類へと目を通し始めた。
「なっ⁉ その言い方はちょっとどうなのかな! ヒドイ! ヒドイよプラちゃん! グスンッ、ここに来るのがどれだけ大変だったか知らない癖にぃ~!」
どうやらこの迷子は、ここに来るまでの道に迷ったみたいだ。
マリコは手を振って喚き散らす。19歳
「はあー……少し静かにしてよ、もう子供でもあるまいし」
プラスは深くため息をつき、怪しい書類にサインした。
「っ⁉ うええ~ん! すっかり社畜さんになってるよお~!」
仕事熱心な友人の姿に、マリコは海よりも深い大量の涙を流す。
昔はこうやって駄々をこねれば、『仕方ないわね~』と言って構ってくれた。
自分を甘やかしてくれた。
チラッ
「う〜ん、経費がかさむわね〜。どうしようかしら」
それが今ではどうだ。
これを見ろ! この有り様だ!
プラスと会うのは実に半年ぶりだが、会うたび仕事人間へと変貌していく。
時の流れというモノは非常に残酷である。
この現実を、世界を、到底受け入れることは出来ない。
「そんなあ~! 私の可愛いプラちゃんに戻ってよお~!」
「…………」
「うええ~ん! プラちゃ~ん!!」
「…………」
「うええええん!!!」
必死に身体をユサユサする。
しかし、プラスは書類から一切目を放さない。
「あっ! そうだ!……ねえプラちゃん、息抜きも大事だよ。少し休憩しないかな?」
もう泣き脅しは通用しない。
なので新たな作戦を開始した。
ダルがらみしつつその巨大な胸を押し付ける。
「フフンッ、休んじゃないよ」
「別に、いい」
怪しい書類にハンコ押した。
「うんうん、よ~く分かったよ。とりあえずそこのソファで横になろうね。どれ、特別にこの私が添い寝してあげようではないか!」
流れで押し倒してしまえば、もうこっちのモノ。
マリコは大きな胸を張り、お昼寝を提案した。
目を向けた先には、純白の綺麗なソファがある。
2人で寝るには少々狭い気が……一体何をするつもりなのだろうか。
プラスは怪しい書類にサイン、そしてハンコを押す
「だからいいって言ってるの、それに昨日一緒に寝てあげたじゃない」
「えぇ~、あれだけじゃ全然足りないよ~」
「胸を押し付けないで、暑苦しいったらありゃしない」
ずっと絡まれていたら仕事が進まない。
このマリコは大人しくさせる手段は何かないか。
「……分かったわ。ならアレで手を打ちましょう」
そう言ってマリコの方へ顔を向けた。
「ん? なにかな?」
「はい、チューしてあげるから。代わりに大人しくしてちょうだい」
ここはキスをして静かになってもらおう。
プラスは目を閉じて、相手が来るのジッと待つ。
「本当はあの子に禁止されてるんだけど今回は特別」
「えっ、あの子?」
親友同士とのキスは、アッシュに禁止されているそうだ。
「あ、アシュ君……」
「んっ、しないならいいわよ? 出て行ってもらうだけだから」
「ぐぬ、ぐぬぬ……」
アッシュ=スターバード、覚えていろ。
秘密を知られてしまった。
加えて干渉まで行ってきた。
もはやルームメイトとは思うまい。敵だ。
「あとでちゃんと構ってあげるから、はい」
「うぅ……」
だが、目の前にある欲求に抗えるほど、マリコの意思は固くはなかった。
「……わかったよ。でも今日も一緒に寝て欲しい、かな」
「フフッ、マリーはまだ子供ね。はい」
「うん……」
マリコも目を閉じて、ゆっくりとプラスの顔に迫る
「…………」
互いのお口が触れようとした時、
バンッ!
「──大変ですギルド長! 街に大量のイービルが……あっ」
部下が駆け込んできた。
「あっ」
2人は固まった。
──場所は少し離れ、ここは第一教区正門前。
「フハハッ! ハーッハッハッハッハッ! ショーの始まりです! いま開催しました!」
大変不快な笑い方をする一人の男。
第四教区支部長、裏切り者のゲイリー=ゲリードマンだ。
無謀にも、単独で敵地に攻め込んできた。
現在、例のイービル発生装置を使って街を混乱に陥れ、その様子を遠目から眺めている。
中では多く観客たちがイービルと応戦しているのが見える。
しかし、当のゲリードマンは戦いを妨害しようとはしない。
ただ薄気味悪い声をあげながら見ているだけだった
「素晴らしい! 最高の特等席だ!」
一緒に来たはずのガルスロードは、途中どこかへ行ってしまった。
だがそれがどうだと言う。
別にどうってことはない。
元々一人で向かうつもりだったのだ。
むしろ彼がいなくて好都合まである。
なぜならあの男はかなり好戦的。
自分の標的まで取られてしまうのではないか、とずっと危惧っていたからだ。
クイッ!
予め用意されていた自分の分と、ザイコールからコッソリくすねていた分のイービル発生装置を、全てこの街に投可した。
簡単に被害は抑えられないだろう。
そのスキに自分は標的に復讐する。
我ながら完璧だ、完璧過ぎて吐き気すらある。
必ず成し遂げてみせる。
目的のためなら苦労や手段、この命すら厭わない。今考えた。
それが自分、それこそが悪の天才科学者、ゲイリー=ゲリード──
「──見つけたわよ! ゲリードマン!」
プラスが空からスタッと着地した。
「……主役のご登場ですか」
ゲリードマンはニチャる。




