110.変わらないモノ
翌日の早朝、場所は特別尋問室。
優美な小鳥のさえずりが、鉄格子の窓から聞こえてくる。
そんな中でも例の尋問は行われていた。
今日も今日とて、朝からおっぱじめる2人。
こっちはこっちでチュンチュンしているようだ。
今、彼らを見張る厳しい大人たちは誰もいない。
こうなるのもまた、致し方ないと言える。
「……はっ」
レクスが一度離れた。首が疲れたそうだ。
「ふーっ、いい加減に吐いたらどうだ」
「はぁー……はぁー……」
今回を含めて尋問は、通算6度目となる。
もうとっくに堕ちていてもおかしくない頃合いだ。
だと言うのに、アッシュは頑なに口を割ろうとしない。
「……これ以上は無理、か」
レクスがぼんやりぎみに呟く。
「時間切れだ、残念だが貴様の勝ちみたいだな」
「えっ」
「フンッ、貴様はワタシに尋問に耐えた。そこは褒めてやる、感謝しろ」
いや、なに勝手に終わろうとしている。
まだまだこれからだ。
アッシュは目でそう食い下がってくる。
「なんだその目は? 終わりと言ったら終わりだ。欲張りな奴だな」
「そ、そんな……」
声を漏らさずにはいられない、といった様子か。
残念なのがバレバレだ。
「悪いがこうなった場合、貴様を始末することになっている。で、今から殺すわけだが……」
品定めするかの如く斜めから相手を見るレクス。
「な、なにさ」
「いや、このまま息の根を止めるのは簡単だと思ってな」
「…………」
「しかし負けたままだとなにか癪だ。う~ん、どうしたものか……」
レクスはじっくり考え、
「やはりアレがいい。アレをやるしかない」
何か思いついたらしい。
アッシュを見ながら笑みをこぼす。
またとんでもないことを始める予備動作だ。
「おいアッシュ、殺す前にせっかくだ。尋問に耐えたご褒美をやろう」
「ッ⁉ ご、ごほうび⁉」
「ああ、ご褒美だ。嬉しいか?」
殺す前にせめてもの情け、最後に何かしてくれるそうだ。
その内容とは一体。
「フフフッ」
レクスのニヤニヤが加速する。
「……?」
ちょっと気持ち悪く感じるアッシュ。
「どうして黙ったままなのさ?」
「わかってるくせに。ここまで来てやることと言えば、もう一つしかない」
「だから何がさ?」
「とぼけるな、もうお互い限界のはずだ」
と言って、レクスがいきなり上着を脱ぎ出した。
「っ⁉ レ、レクス⁉」
「貴様はそれでも一応は男だ。色々溜まっているのは見て取れる、だから最後に処理してやる」
「なっ⁉」
「フフッ、やはり初めてか? 可愛い反応だな」
やがて、上半身はオーブスーツだけとなる。
ピッチリしたスーツから、レクスの身体のラインがくっきりと浮かび上がる。
「それにワタシとしても、興味がないわけではない」
そのままアッシュの膝に跨り、首に優しく腕を回す
「ただ少し問題があってな、無理やりするのはワタシの趣味じゃない」
今さらなにを言う。
「犯罪になってしまうからな、こういうのは互いの合意が必要だ」
野蛮なヴァリアードにも法があったか。
これは驚きだ。
「どうする? 決めるのは貴様だ」
「…………」
「まただんまりか。まあワタシとしてはこのまま殺した方が手間が省けていい、さあどうする?」
アッシュは首を縦に振ろうとはしない。
どうせ死ぬのなら、最後に楽しい思いをした方が悔いは残らないというモノ。
選択肢は一つのはず。
だが、アッシュは頷こうとはしなかった。
「これでもダメか、意外と堅物──いや、単にワタシとする勇気がないだけか。臆病な貴様のことだ、そんなトコだろうな」
このヘタレアッシュ。
と、レクスが言葉で追撃した。
「これはもう一押し必要みたいだな。ふ~む、どうしたものか」
この甲斐性なしの男をどう観念させるか。
レクスは再び長考する。
男の子の首に腕を回し、身体を密着させながら、斜め上方向に目を向ける。
「……っ!」
やがて名案を思いついたようだ。
アッシュの方に向きなおして微笑みを見せた。
「そうだ。もし貴様が合意すると言うなら、特別に縄を解いてやる」
「っ⁉」
そんなことをしたらアッシュが逃げてしまう。
それに今この少年は、色々と爆発寸前。
野に放った瞬間、襲いかかってくるかもしれない。
とても正気とは思えない。
「大丈夫だ、信用しているから問題ない」
なんということだ。
やることをやった後、アッシュが自ら椅子に戻り、ノコノコと殺されるのを待ってくれる。
と、この少女は本気で信じている。
このレクスはバカなのか。
アッシュはそう思わずにはいられない。
「ワタシを、この身体を、貴様の好きにしていい」
レクスが耳元で囁いた。
「こういう言い方のほうがいいか? 好きだアッシュ、今だけは貴様の所有物になってやる」
アッシュは黙秘を貫く。
「そうか、なんならワタシを連れて帰ってもいい」
「っ!」
「フフフッ、どうだ? ワタシが欲しくないのか?……まあワタシとしても、やぶさかではないぞ。アッシュ」
甘い声がアッシュの耳にこべりつく。
「──レクス」
「ん? フフッ、なんだ?」
ようやく観念したか、アッシュが静かに口を開く。
「もういい」
「ん?」
「もういいって言ってるのさ」
しかし、それは合意の返事ではなかった。
今度は目を逸らさず、相手と真っすぐ向かい合う。
「お前はレクスじゃない」
いま目の前にいる少女は、彼女の精巧な偽物だとアッシュは言う。
その根拠は一体どこにある。
レクスは無言のまま問いかけた。
「レクスは簡単に好きとか、オレに気持ちを出したりしない」
勘違いするな、というセリフの方が良く似合う。
「自分からキスを迫るような、服を脱ぎだすような、ビッチじゃない」
せいぜいほっぺをつねる。
チューくらいが良いところだ。
「あの時レクスはオレじゃなくてアイツ、父親を選んだ」
自分だってそう、プラスやみんなを選択した。
「そのレクスが、自分からオレのところに行くなんて……言うわけがない」
天地がひっくり返ってもあり得ない。
「だから一緒には居られない。そんなの、オレだって分かってるさ」
だから無理やりにでも自分のそばに置く。
レクスと一緒にいるためには、監禁して、所有物にして、モノにするしかない。
それがアッシュの悩み抜いた末に出した、一番マシな答えだった。
「レクスにとっては家族、父親が何よりも大切なのさ、悔しいけど仕方ない」
「…………」
「だからオレの所有物になることなんて絶対にない」
だからお前は偽物だ。
アッシュがそう突き付けた。
しかし、
「フンッ、それは4年前のワタシであって今のワタシではないはずだ、勝手な理想を押し付けるな」
見当違いも甚だしい、レクスが反論する。
「くだらん。全部貴様の想像、妄想も良いところだ。たった半年一緒にいただけでワタシの何がわかる」
「…………」
「結局、貴様は4年前と何も変わらない、ワタシの気持ちを何一つ理解していない。分かった気になって満足しているだけだ。貴様は──」
「──その通りさ」
「なに?」
「全部オレの身勝手な想像、正直ホントのとこは何も分からない。フッ、好きなのに情けない話さ」
「なにを言っている、だったら尚更──」
「──でもこれだけは分かる、レクスは……」
ズイ、今度はアッシュが顔を近づけた。
「オレを呼ぶ時、“貴様”なんて言ったりしない」
これだけは変わってない。
不変の事実、それを幻影に叩きつけた。
「消えろよ、偽物」
バリッ、バリバリバリッ、バリッ
突如、空間に大きな亀裂が入る。
世界の色が蒼白に変わり、破片のように散りばめられていく。
ジュワァ……。
レクスも煙のように姿を消す。
「っ!」
アッシュの身体がフワッと宙に浮いた。
バリンッ、バリバリバリバリッ
やがて、雪崩が起きたような揺れと共に、ガラスのように崩壊した。
「──はっ!」
アッシュは目を覚ました。
ここは先ほどと同様の尋問室。
相変わらず縛られて動けない。
「やっぱりアレのせいか」
今までのは全て悪夢。
ゲリードマンに打たれた注射による影響だ。
薬でレクスの夢を見せられていた。
確かに悪くない薬であった。だがもう懲り懲り。
アッシュは感想用紙にそう記入しようと、一度室内に目を向けた。
監視役であるレクスはおろか、人の気配すらない。
もうすっかり日が昇っている。
「ん? なんだか騒がしいさ」
鉄格子の窓から何やら騒音がする。
何か事件でもあったのだろうか。
頑張って音を拾おうとしていると、
バンッ!
「ッ⁉ な、なにさ⁉」
突然、部屋の中が大きく揺れる。
バンッ! バンバンバンバンッ!
アッシュは軽くパニックになる。
慌てて周りをキョロキョロした。
上からホコリが落ちて、少年の頭部に蓄積する。
その音は天井の方から強くなっており、段々こちらに接近している。
ピキッ!
天井にひびが入った。
「いっ⁉ こ、こわいさ!」
アッシュはビクッとなる。
逃げたくても逃げられないという恐怖。
ただただ怯えることしかできない。
次の瞬間、
ババンッ!
天井の一部が突き抜け、目の前に板が落下した。
そして、大量のホコリと共に、何か大きな物体がズドンと落ちてきた。
「ゲホッ、ゲホッゲホッ、な、なんなのさ⁉」
アッシュがむせていると、
「──無事かアッシュ、待たせたな」
「ん?……っ⁉」
それは教王、ジャック=ダイアスだった。
あのジャックおじさんが助けに来てくれた。
「すまん、少し遅れた」
「っ! なにが少し、さ! 今まで一体なにしてたのさ!」
任務に失敗したアッシュが何か喚いている。
「まあそういうな。おっ? その様子だとまだ元気そうじゃないか!」
と言い教王は、怒っている子供の頭を力いっぱいナデナデしてあげた。
「ハハハッ! ちゃんと生きてて偉いぞ~」
ポヨン、ポヨンポヨン
「痛い! 痛いさ教王!」
そのままガシガシしていると、天井の穴からもう一人降りてきた。
「──見つけた」
それはヘルナだった。
アッシュの従者であるヘルナも助けに来てくれた。
「おっ、やっと来たか」
「……勝手に行かないで」
「す、すまん。つい」
きっと置いて行かれたのだろう。
神の使いに睨まれた教王は、腰が引けてしまう。
「どうしてここが分かったのさ?」
「ああ、こちらにいらっしゃるお嬢さんに案内してもらった」
「ヘルナが?」
ヘルナはうんと言ってうなづいた。
なんでも、現在の持ち主、つまりアッシュとは軽い契約状態になっているため、ご主人様の居場所が分かるそうだ。
「でも詳しくは分からない」
これは主人の危機をいち早く察して、お護りするために備わっている、番人としての特殊能力だ。
「愛の力……」
だそうだ。
自分で言って勝手に顔を赤らめている。
「で、ここまで来たっていうわけだ。いやしかし、やっぱりお前を行かせて正解だったな!」
「うん、だから褒めて」
愛しのご主人様と再会できて、ヘルナは嬉しそうだ。
さっそく目を閉じて、腕を広げながらご褒美を要求した。
「知らないさそんなの、いいから解けよ」
ご主人様は相変わらず冷たかった。
ヘルナは命令通り、アッシュの腕に巻かれた縄を解いてあげた。
「歩けるか?」
「ああ、行けるさ……うっ」
アッシュは立とうとしたがグラついた。
薬の効果がまだ残っているのか、まだ上手く歩けそうにない。
副作用はないとゲリードマンは言っていたのに。
やはり欠陥品であったか。
「まだ無理か。まあ仕方ない、お前らはキャンプに戻れ、俺たちは後で追いつく」
「俺たち? 教王はどうするのさ?」
フラフラのアッシュが、ヘルナに支えられながら疑問を投げた。
すると、教王は不敵に笑い、
「俺はこれからザイコールに会いに行く。なに、軽く世間話をするだけだ」
話だけでは絶対に終わらない。
教王の様子から見て取れる。
「互いの無事を祈る。また会おう」
そう言い残し、ドアをぶち破って出て行った。
破壊音が遠ざかっていく。
「…………」
脱出した。




