108.お茶会②
翌日、ここは第四教区教会。
その2階に位置する、あまり人気のない支部長室。
室内にはザイコールとレクスがいて、2人でまったりとお茶を飲んでいる。
「……不味い、コイツはどうにかならんのか」
ザイコールが顔をしかめた。
「フンッ、失礼な爺だ。せっかくワタシが淹れたんだ、ありがたく思え」
続いてレクスもお茶をすすり、同じく顔をこわばらせた。
「お主の淹れる茶はこの老体にちと響く。見てみい、濁りで酷いことになっておるぞ」
「そうか、なら丁度いい。教会の墓が一つ余っている、明日にでも手配してやる」
その減らず口を黙らせてあげるそうだ。
「……してレクスよ、あやつの様子はどうじゃ?」
侵入者の少年について何か進展はないか。
その問いに、レクスは足を組みなおし、
「ダメだ、全く口を割ろうとしない」
と首を横に振った。
「そうか、やはり例の自白剤とやらは期待できんか」
「知らん、ワタシに聞くな」
自白剤というのは、ゲリードマンが趣味で開発したとされる、対象を素直にさせるという特殊な薬だ。
尋問の時などに使用すると有効らしい。
「じゃが検証はあまりやってないと言っておったし……うむむ、やはり普通にやった方が良い気がするわい」
ザイコールが髭を伸ばしながら思いわずらう。
こうなると多少手荒くなるが、本格的な拷問にシフトするべきだ。
拷問ならグレンがそれっぽい。
奴にやらせておけばいいだろう、と言葉を添えた。
「いや、おそらく変わらないだろうな」
しかし、レクスはまたも頭を横に振る。
「ほう、なぜじゃレクス。言うてみい」
「アイツは少し頭のおかしいところがある、おそらく普通の拷問では口を割らないだろう」
「ほうそうか。お主が言うのなら間違いないな」
「ああ、前より酷くなっている。相手するこっちの身にもなってみろ」
「フッ、そうかそうか」
「そうだ」
いかにも感じでウンウンとうなづく少女。
ザイコールもとりあえず同調しておく。
「ところで爺、街の周辺に異常はあったのか?」
「そうじゃな。特にはなかった。じゃがある箇所に、野営した痕が残っておったな」
「野営? サバイバルでもしてたのか?」
今回、刺客を送って来たということもあり、ユースタント側もいよいよ本格的に動き出したようだ。
他に仲間はいないか周辺区域を探索した。
しかし、特に怪しい者はいなかった。
唯一見られたのが、大所帯で野営したらしき痕跡で、それもまだ比較的新しいモノだったそうだ。
「ソイツが敵だとして、撤退したということか?」
「そう見るのが妥当じゃな」
「……離れてこちらの様子をうかがっている?」
「残念じゃがその可能性は限りなく低い」
「なぜだ」
ザイコールは眉間にしわを寄せた。
教王の性格からして、仲間一人を救出するためにわざわざ兵を送るような、リスクの高い行動はとらない。
必要以上の戦力消費は可能な限り避けるはず。
今回送り込んできた少年は単なる捨て駒に過ぎないと。
「教王は人望に厚いと聞くが、アイツを見捨てるのか」
「フッ、それは表の顔じゃ。よいかレクス、戦場での奴は誰よりも狡猾、決して油断してはならん」
教王は戦闘力もそうだが、指揮官としてもかなり優秀だ。
必要であれば非常な手段をも厭わない。
10年前のヴァリアード大戦では、尽くこちらの裏をかいてきた。
おかげでかつての友、ハンレッド=ヴァリアードを失った。
「もしあの少年が上手くやっておれば、攻められていたやもしれん。今回ばかりはガルスロードに感謝じゃな」
「フンッ、街に出た被害は見過ごせないな、ガキ共も恐がってたぞ」
「そうじゃな、前言撤回じゃ」
教王の目的が何なのかは不明。
おそらく偵察と言ったところだろう。
仮に、あの少年にこちらの情報を持ち返られていたら、被害はさらに大きかったかもしれない。
逆に失敗したため今回は撤退した、とザイコールは踏んでいる。
ちなみ全部グレンの受けよりだ。
「アイツの他に侵入者がいた可能性は?」
「ガルスロードの報告では、あやつだけだったと聞いておるが」
「フンッ、どうだか。アイツは信用できん、ヘボ科学者よりもだ」
レクスは、ガルスロードに対して不満を持っている。
たかだがBランク程度の侵入者を相手に、街をあれほどまで破壊する必要があったのか、些か疑問だった。
例の装置も破壊されてしまい、まさに踏んだり蹴ったりである。
「…………」
「どうしたんじゃ? 顎に手なんぞ当てて、レクスよ」
「いや、少し思うところがある」
「ほう」
いくら潜入は単独行動が鉄則とはいえ、あの少年が真夜中に一人で動くとは思えない。
きっと他にも誰かいたはず。
心当たりがあるとすれば、あの小汚い男──いや、考え過ぎか。
もう14だ、夜が怖いとか流石にあり得ない。
レクスは考えを改めた。
「……ガルスロードと言えば、ゲリードマンは今どこにいる? 見かけないが」
「なんじゃ? 奴ならついさっき出て行ったぞ」
「はあ、行かせるなと言っただろ……少し頭が痛くなってきた、どうしてくれる」
「す、すまん」
ゲリードマンが、ガルスロードを連れて第一教区へ向かった。
まだ敵が潜んでいる可能性があるというのに。
味方が自分勝手な馬鹿ばかり。
レクスは軽くめまいを起こす。
「出来れば同時に襲撃した方が良い、ワシらも明日には出発するぞ」
予定を早めて明日に侵攻する。
あらかた準備は出来ているため、明日の昼頃には出発するそうだ。
「フッフッフ……」
ユースタント側が疲弊している今が絶好の機会。
余計なチャチャは入ったが、流石にこのタイミングで攻めてくるとは向こうも思わないだろう。
今度はこっちが裏をかく番だ。
完璧な作戦だとザイコールは自負した。
「あいつはどうする? このままにはしておけないだろ」
「フッ、気になっておるのか? やはりなんだかんだ言って──」
「──違う、時間の無駄だと言いたいだけだ。一々詮索するな」
「ほう、すまんすまん」
あの侵入者はどうするのか。
「そうじゃな。今日中に口を割らぬのなら……。レクス、お主に任せる」
レクスの好きにして良いそうだ。
「……ああ」
今日の話はこれで終わり。
レクスは席を立ち、部屋を出ようとした。
「……レクスよ」
しかし、ザイコールが呼び止めた。
「なんだ」
レクスは振り向かずに返事だけする。
「……本当に頼んでよいのか?」
珍しく真剣な顔つきのザイコール。
その問いに、レクスは少しを間をおいて、
「無論だ、女神とやらに誓ってやる」
と言って部屋から出て行こうとした。
「──お茶は飲んでおけ、捨てるんじゃないぞ」
ビシッ! バンッ!
乱暴に扉を閉めた。
「やれやれ、たくましく育ったものじゃな……ズズズ」
ザイコールは冷めたお茶を飲みながら感傷に浸る。
「……不味い」
不味かった。