104.もう一人の使い
画を漁るのにすっかり夢中になり、敵の接近に気づけなかった。
途中までは完璧だった潜入任務。
だが、あえなく発見されてしまう。
「君たち、そこで一体何をしている」
何者だ、侵入者を問いただす。
「くっ、罠だったか」
アッシュは立ち上がり警戒した。色々と遅い。
「坊ちゃん、あの仮面……まさか⁉」
マルトンはギョッとする。
2メートルはあるスラッとした長身。
腰近くまで伸びた綺麗な白髪。
不気味な表情をした悪趣味な鉄仮面……間違いない
「ああ、例の男さ」
『ガルスに気をつけて』
出発前、ヘルナに耳打ちされたことを、アッシュは思い出す。
耳元でそれとなく、それっぽく。
しつこく何度もしてくるため、話半分に冷たくあしらっていた。
しかし、彼女の言うことが本当なら、いま目の前にいる男はヘルナと同じく神の使い。
戦神ガルス。
彼の、クロスオーブの番人だ。
「客人かな、見知らぬ顔だ」
アッシュの額から冷たいモノが流れる。
仮面のせいだろうか、男から発せられる禍々しい雰囲気。
とても人間とは思えない。
穏やかなヘルナとは真逆の、荒々しいオーラを放つ
彼の立つ空間が歪んでいるように見える。
「…………」
戦いの神、ガルスの使い。
一目見ただけでわかる。
生物としてのランクが違う。
悪魔がイービルの上位的存在である事と同様に、自分たちの上に君臨する存在。
アッシュの人間としての本能がそう感じ取っていた
「黙ったままか。よろしい、ならば攻撃するしかあるまい」
「あっ、いや、ほ、ほら! 掃除しようと思ってさ!」
この場はなんとか切り抜けるしかない。
アッシュは苦しまぎれの嘘をつく。
「……っ! そうっス! あっしたちは清掃員っス! いま流行りの特殊清掃員でさあ!」
マルトンもそれに乗っかった。
しかし、調子づいてしまい、さらに嘘を盛り付けてしまう。
ヤバい、これではバレる、殺される。
「せいそう、いん……?」
2人は高速で首を縦に振る。
生きるのに必死、死に物狂いでうなづいた。
「…………」
ガルスロードは少し考える仕草をみせ、
「なるほど、この部屋の有様。確かに君たちの力が必要みたいだ」
特殊清掃員。
人間たちの間ではそんなモノが流行しているのか。
非常に興味深い。
「……えっ?」
「どうやら邪魔したようだ、私の非礼を許してもらいたい。引き続きお願いしよう」
と言ってペコリとお辞儀した。
意外に礼儀正しい男だ。
「い、いや、今日は下見に来ただけだからさ、もう帰らせてもらうさ」
「そ、そうでやしたね! あ~、もうこんなに時間でさあ、旦那に怒られてしまいやすよ!」
「そういうことだからさ! オレたちはこれで失礼するさ、ハハ、ハハハハ」
「ではまたっス~」
普通に信じてもらえた。
命拾いした2人は、そのまま男の横を通り過ぎようとしたが、
「──君から神聖な力を感じる」
男が、
「それは彼女、ラズラだね?」
アッシュの耳元で撫でるように囁いた。
「っ⁉」
アッシュは身体の芯から凍りつく。
「図星か、フッ、君はとても分かりやすい」
「…………」
「う~ん、特にここから強く感じる……」
ペロッ
「──彼女の残り香を」
ゾクッ⁉ ゾクゾクゾクッ⁉ ゾクッ⁉
「くっ⁉」
突如、爆発が起きた。
危険を察知したアッシュが、至近距離からオーブを放ったのだ。
室内が緑の煙で充満する。
「逃げろ! マルトン!」
とっさに距離を取り、アッシュが叫ぶ。
マルトンだけはこの場からなんとしても逃がさなければならない。
「っ⁉ 無茶っスよ! 坊ちゃん!」
「早く教王のところへ! 悪いけど時間は稼いでやれそうにないさ!」
そう言い残し、煙の中に突っ込んでいく。
「坊ちゃん!……うぐぐ、わかりやした、すぐ助けを呼んで来るっスよ!」
マルトンが擬態迷彩を発動し、姿をくらました。
「いきなり撃ってくるとは、酷いではないか」
「耳舐め男よりマシさ、ガルス」
「違う。私はガルスロード、間違って貰っては困る」
「そんなの、どうだっていいさ!」
アッシュが敵から離れた。
「くらえ!」
そして、背後にあるイービル発生装置に向け、オーブを放つ。
金属の破片が辺りに飛散し、その一部がアッシュの頬をかすめた。
「──行け! 浮遊分離!」
破壊したのを確認。
今度は真上に放ち、天井を突き破った。
そのまま破裂を使い、天井の穴から脱出を図る。
「……フンッ、逃げたか」
ガルスロードは不気味な笑みを浮かべた。
──教会の外に出たアッシュ。
急いでその場を離れ、近くの建物に身を隠していた
「ハア……ハア……」
心臓の動悸がすごい。
あの男を見ると恐怖もそうだが、とんでもない不快感に襲われる。
瞳の奥に宿る暗闇………。
まるで全てを見透かされているような、そんな気さえした。
「…………」
敵陣の調査はまだ不十分ではあるが、例の装置の破壊は成功した。
まだ別の場所に保管している可能性は拭えない。
しかし、これ以上は危険だ。
なにせ、敵に見つかってしまったのだから。
「…………」
マルトンは無事に教会を脱出できたのだろうか。
早く合流したいところだが、ガルスロードの包囲網から逃げられる気がまるでしない。
自分がもう少し注意を惹くべきなのか。
いや、このことを早く教王に伝えるのが──
「──仲間を心配しているのだろうか?」
は、背後に、
「安心したまえ、私の狙いは初めから君だけだ」
あの男の声が……、
「怖がることはない、君にとても興味がある……君は彼女と」
ペロッ、耳をねっとりなめる音。
「──どういった関係だろうか?」
ゾクッ⁉ ゾクゾクゾクッ⁉ ゾクッ⁉
「っ⁉ 浮遊分離!」
またも爆発が起きる。
アッシュが潜伏させていたオーブを、敵に向けて発射したのだ。
自分を巻き込んででも、相手にダメージを与えるつもりだ。
「──無駄だ、君のオーブは私には届かない」
煙の中から、ガルスロードが姿を現す。
片手でそれを、容易くかき消していた。
「っ⁉」
アッシュは破裂で、空中に避難する。
「……っ!」
そして、今度は目を閉じ、体内にある力を呼び覚ました。
主人の命令に呼応し、眠っていたクロスオーブが慌てて飛び起きる。
次の瞬間、アッシュの身体が銀色の輝きを纏い、慈愛の光に包まれていく。
それは神々しい光を放ち、夜の街をひときわ明るく照らし出す。
「っ! 美しい! 会いたかったよ、私のラズラ」
やがて、光が周囲に散らばり、新たな神が降臨した
「…………」
敵を冷たく見下ろす銀色のアッシュ。
その輝く瞳、たたずまい、まるで別人、いや神だ。
神にあがなう不届き者には天罰を下さん。
「フッ、よろしい……行くぞ!」
そのまま敵に向かって、一気に急降下する。
対してガルスロードも飛び上がり、神を向かい打つ
「ッ!」
2つの光源が中央で衝突し、衝撃が散りばめられ、流星のように降り注ぐ。
夜空に白銀と黄金が幾度となくぶつかり、混ざり合い、一つの幻影を見出す。
衝撃波と爆音が唸りを上げ、街全体を瞬く間に覆っていく。
それは少し離れた野営地からでも十分に観測できる
神々が起こす事象、人では到底理解できない領域。
それはこの場所に存在した(?)
「どうした、君の力はそんなものか。彼女が選んだ男はこの程度なのか」
「くっ⁉」
アッシュが押されていた。
「力の使い方を知らないようだ、まるで出来てない」
「うぐっ⁉ クソッ!」
接近戦は分が悪い。
アッシュは分離を乱射しながら、一度間合いを取る
破裂を駆使し、敵から離れていく。
そのまま屋根伝いを移動し、まだマシな遠距戦に持ち込もうとした。
「──無駄だ」
が、逃げられない。
同じく破裂で、一瞬の間に距離を詰めてきた。
相手を嘲笑うかの如く、再び接近戦を強制する。
「君は彼女を振り回している、それは従えるより太刀の悪いことだ」
「ッ⁉」
アッシュの攻撃が全て空を切る。
当たらない、当たらない、全く当たらない。
「それは正しい力の使い方ではない」
「ふぐっ⁉」
アッシュは躱せない。
動いた先々に、ことごとくガルスロードの拳が待ち構えていた。
「彼女があまりにも不憫だ、そうは思わないか?」
「思わな──がっはッ⁉」
アッシュの表情が苦痛に変わる。
ガルスロードに全ての行動を読まれ、一つ一つ摘み取られていく。
可能性を粉々に打ち砕かれていく。
「ぺっ、なにさ! お前に何が分かるのさ!」
「フッ、分かるさ」
ガッ!
「っ⁉」
ガルスロードに光撃を素手で抑え込まれた。
アッシュはそこから一ミリたりとも動けなくなる。
「私が恐いか、少年?」
「なっ⁉」
「今の君には闘士がまるでない、私との戦いを恐れている」
違う、お前が気持ち悪いだけだ。
「その証拠に見たまえ、私でも簡単に止められる安い拳だ」
「…………」
違う、それは自分の光撃が弱いからだ。
敵の意図せぬ一言が、少年の心にダメージを与える
「恐怖と戦え、少年」
「ッ⁉」
「乗り越えろと言ってるのではない。恐怖こそ至上の原動力、平等に授けられし生の力」
「…………」
「光撃は心の強さ、強靭な精神をその拳に纏え」
言ってる意味が良く分からない。
敵のそれっぽい言葉が、少年の頭を惑わせる。
「フッ、例えそうだとしても、この私には敵わないがね」
「はっ⁉……がはっ⁉」
ガルスロードが相手の軽い腕を引っ張り、盛大に蹴りをお見舞いした。
「くっ……」
アッシュはもう片方の腕で辛うじてガードする。
だが、衝撃を殺せず、大きく後方に吹き飛んでいく
「うがっ⁉」
そこにガルスロードは破裂を使い、さらなる追い打ちをかけた。
アッシュの軽い身体が宙に浮いた。
今度は真上から叩きつけ、地面に激突する前に、再び高く蹴り上げる。
右方向に飛ばし、さらに追撃。
さらに左方向、右、左、右、右、右右右…………
それを永遠に繰り返す。
少年の軌道が一本の線となり、夜空に星座が描かれていく。
アッシュ座の誕生だ。
また光り輝く球体が、一人でに高速回転しているようにも見えた。
未確認飛行物体だ。
「っ⁉」
教区を囲う堅い壁に叩きつけ、サンドバックにしてひたすら殴りつけられた。
アッシュは諦めず必死に撃ち合っている。
しかし、辺りはみるみる内に鮮血で染まっていく。
「がはっ……うぐ……くっ」
やがて、抵抗虚しく、力尽きたように地面に座り込んでしまう。
「フム、彼女が守っているな。でなければ君の肉体はとうに滅びている」
「…………」
アッシュが睨んでいる。
もう小指一つまともに動かせない。
目だけで最後の抵抗を見せていた。
「その目はなんだ? これほどまで愛されていると言うのに、なぜ彼女を受け入れようとしない」
「……い……い……」
アッシュは震えながら、
「良い迷惑……さ」
レクスの一枚絵がポロリ。
「ほざけ」
視界が真っ赤に染まる。