100.坊やの悩み
翌日、アッシュたちは朝早くに起床した。
朝食はギルドが独自に開発したという、いつもの簡易保存食。
前回のクロスオーブ奪取作戦の頃から、少し改良を加えたそうだ。
しかし、あまり変わっておらず、同じく質素な味わいで、なんだかおじいちゃんが好きそうな感じだった
そんな味気ない朝食を終えると、各自テントを畳み、さっそく準備をする。
やがて出発。
……しばらくして、なんやかんやでようやく目的地である、第四教区付近の教王軍が建てた野営地に到着した。
「おんどれら! 到着ゾ! 成し遂げたまんねん!」
案内人のイダイルが両手を上げて、一人達成感に入り浸る。
まるで百年山の登頂に成功したかのような、大げさなリアクションだ。
「はあ~……眠いさ」
「全くっス」
「ふわあ~~」
一方、ティゼット以外の約3名はまだ寝足りないようで、同時にあくびをした。
日が昇る前に、イダイルに叩き起こされたのだ。
軽く寝不足である。
「おお~! やっとるまんねんな!」
イダイルが額に手を乗せ、辺りを見渡しながらまた一人で感心する。
野営地では、パッと見て三十名程のハンターと思わしきハンターたちがいた。
彼らはこれから第四教区に襲撃する準備の最中だ。
とても忙しそうにバタバタしており、誰もアッシュたちに気が付いていない。
せっかく来てあげたというのに。
これでは帰りたくなってくる。
「まずは教王に会うゾ! おいドンについて来るまんねん!」
到着したことをボスに報告しなければならない。
なので、とりあえず教王の元に向かう。
「っ⁉ きょ、教王がここにいるんスか⁉」
しかし、教王と聞いて、マルトンの顔色が急に変わる。
「ん? どうしたのさ? 顔色が悪いけど」
テンパる小さな男を気にかけるアッシュ。
「教王がいるなんて聞いてないっスよ!」
「いや、オレだって教王がいるなんて知らなかったし……」
この作戦は教王が独断で決め、教王が強引に実行したものだ。
教王による教王のための襲撃。
あの性格からして、本人がいても別に不思議ではない。
何か問題でもあるのだろうか。
「い、いえ、ないっス、なんにもないっスよ!」
だというのにマルトンは挙動不審、明らかに怪しい
「あっ、あっしはちょっとお腹が痛くなってきたっス! 気にせず先に行っててくだせえ! そ、それでは!……ひえええええ!!!」
その場に凌ぎに見える言葉をぶちまき、アッシュたちから逃げるように去って行った。
「…………」
「あのちっこいおんどれはどうしたまんねん」
「いや、分からないさ」
「そうか、まあよい。早く教王に会うゾ」
よくわからないが、アッシュたちは進み出した。
3歩ほど進むと、
「──おや? よく見ると坊やではありませんか?」
右方面から声をかけられた。全然進めない。
「ん?」
アッシュは振り向いて、誰かを確認する。
「……あっ! カールさん!」
それはカール=メルメルトだった。
一瞬謎の間があったものの、寂しい頭皮と対照的なたくましい鎧を見て、カールだとハッキリ認識した。
知り合いに会えて、アッシュは少しだけ安堵する。
「久しぶりです」
「お久しぶりさ!」
「おや? あれから大きくなりましたね、見違えましたよ」
「カールさんもまた一段とハゲ……元気そうで良かったさ!」
カールと会ったのは、アッシュが第二教区にお引越しして以来、実に4年ぶりだ。
それでも一度は共闘した仲だからか、はたまた試験官と受験生の間柄だったからか、お互いのことを良く覚えていた。
「おや? 隣にいるのはイダイル殿では? これは珍しい組み合わせですね」
「おお~、メルメルト殿! 久方ぶりまんねん!」
2人は普通に知り合いみたいだ。
親しい感じで世間話を始めた。
そのまま話の流れで、道場に勧誘しようとするイダイル。
カールがそれを慣れた素振りで受け流す、という構図だ。
「…………」
一方、ティゼットは礼儀正しくコクッと挨拶した。
カールは職場の上司にあたる存在。
当然といえば当然だ。
「ティゼットさんもご一緒ですか。坊やのところは賑やかで羨ましいですね」
ティゼットもコクコクとうなづいた。
賑やかだと言っている。ちょっと嬉しそう。
「……ん?」
ここでアッシュは違和感を覚えた。
自分は4年前と同じく坊や呼ばわりされているのに、なぜか年下のティゼットは名前呼びだ。
ちょっぴり不公平に感じてしまう。
「カールさん、あのさ……」
「おや? どうしかしまたか? 坊や」
「いや、オレはもう坊やじゃないし、できれば名前で……」
アッシュが言いにくそうに訴えるも、
「おや? 何を言いますか。坊やは坊やですよ、永遠に、坊やです」
カールに言わせてみれば、この坊やは、ずっと坊やだそうだ。
坊やはそれ聞いて、言いようのないため息を吐く。
「坊や、フフフ……」
坊やの横にいるヘルナは口を押えて、クスクスと笑っている。
「おい、なに笑ってるのさ」
「坊や、君にピッタリ」
ウケる。
「……もういいさ。そういえばマリーは? どこにいるのさ?」
勝手にツボっている従者は放っといて、アッシュは別の話題にシフトした。
あのマリコはどこにいるのか。
久しぶりにルームメイトの顔を見たい。
あと、プラスの件についてお話しなければいけないことがある。
「おや? そのマリーとは一体どなたですか?」
「あっ、そっか。えっとさ……ほら、魔女みたいな恰好をした──」
アッシュは説明した。
魔法使いを意識したかのような、最近はそれっぽい帽子も購入してさらにそれっぽい。
その割に雰囲気は全然ない、中々に残念な女性だと
「ああ、あのお嬢さんですか。彼女ならここにはいませんよ」
「え? いないのか?」
今回の作戦にマリコは参加しておらず、お留守番だそうだ。
今頃、お友達のいる第一教区へ遊びに行っているのではないか。
カールは東の方向を見ながら言う。
「……まずいな、早く帰らないと」
先を越されたか。
もうあのルームメイトを野放しにはできない。
早急にお説教しなくては、プラスが危ない。
アッシュは早めに帰還すると心に固く誓った。
「教王ならあちらにいますよ」
カールは一際大きくて派手なテントに指を差した。
「ありがとうカールさん、それじゃ、またさ」
「ええ、また」
「よし、聞いたかよ。ついて来い、イダイルさん」
「なぜおんどれが指揮を執るッ⁉」
テントの中に入った。




