97.計画変更
「いや~、すまぬすまぬ! ワッハッハ!」
狭い部屋の一室で、大男の笑い声が響く。
アッシュたちは、ハリスに一度戻るように言われ、今はギルド長室にいる。
教王から何やら伝言が届いたそうだ。
「よもやギルドの者であったとは! これは失礼したまんねん」
現在部屋の中には、ギルド長のプラス、側近のハリス、出張3人組、それにちょんまげと大変密になっている。
「まだ若い衆というのに大したものゾ! ワッハッハッハッハ!」
ちなみに、先ほどから一人で騒いでいるこのちょんまげ。
彼の名前は、スゴクハガ=イダイル。
中央教区出身のハンターで、教王直属の部下の一人である。Bランクだ。
この度は教王からある命を受け、遥々中央からやって来た。
「いや、先にオーブ出したのこっちだからさ、悪かったさ」
アッシュとティゼットがペコリと頭を下げて謝罪する。
しかし、横にいたヘルナは興味がないのか、そっぽを向いたままだった。
「もうよいもうよい。それにこのご時世ゾ、あれくらい警戒心のあった方が良いまんねん」
「は、はあ……」
さっきと言ってることがまるで違う。
教王もまたおかしな人を寄越してきたものだ。
アッシュは小さくため息をつく。
「久しぶりねイダイル。元気だったかしら?」
中央教区の人間ということもあり、やはりプラスとも知り合いだ。
「はいお嬢、久方ぶりまんねん」
ずっと年上なはずのイダイルが、なぜか礼儀正しく挨拶を返す。
「またさらに美貌が上がりましたなお嬢、母君にクリソツですゾ」
「フフッ、ありがとう。父さんは元気かしら?」
「ええ! とても元気まんねん!」
「……そのお嬢ってなにさ?」
違和感を覚えたアッシュが口を挟む。
プラスの父は、今は引退しているが、昔は優秀なイービルハンターであった。
引退した後も独自にハンターの道場を開設し、後続の育成に励んでいる。
イダイルはその道場の門下生。
Cランクの頃からお世話になっていた。
なので、師匠の娘であるプラスには頭が上がらないというわけだ。
「へえ~、中央には道場なんてあるのか。プラスのパパって凄いんだな」
父親は道場、娘はギルド……。
流石は親子だとアッシュは感慨深くなる。
「うちの師匠はとても凄いまんねん! どれどれ? 試しにおんどれも弟子入りしてみるか?」
「えっ……?」
イダイルは見込みのありそうな人材を見つけては、こうやって声を掛けてくる。
道場を拡大させるために一人張り切っているのだ。
老後の趣味でやっているプラスの父にとっては良い迷惑なのだが……。
なので、さっそく若いアッシュにも目をつけた。
「なあに、遠慮せんでいいゾ! おいドンが推薦するまんねん!」
と言ってアッシュの肩をバンバン叩く。
えらく気に入られてしまったみたいだ。
「なに勝手に話を進めてるのよイダイル! アッシュはギルドの一員よ。それに今どき道場なんて……古臭いったらありゃしない。アンタもそう思うでしょ? ねっ?」
「う〜ん……」
アッシュは微妙な顔をした。
ギルドに入ったつもりはない。
でも、そのプラスのパパとやらに稽古をつけて貰えれば、今の伸び悩み状態から脱却できるかもしれない。
それに、そろそろご挨拶にも行きたいところだ。
「……今は新しい師匠とかはいいかな、また落ち着いたら見学してみるさ」
「ぬう、そうであるか……まあよい! ならば気が変わったらいつでもお越しになれゾ! ワッハッハッハッハ!」
再びイダイルの笑い声が室内を反響する。
「それにしてもここは男ばっかりね。あ〜、むさ苦しくて嫌になっちゃうわ」
「うん、イヤだ」
プラスがわざとらしく手で顔を仰ぐ。
ヘルナも賛同して同じ動きを見せた。
「何いきなり女の子ぶってるのさ……」
「フンッ、私は女の子よ。あなたがいてくれて助かったわ、ありがとねヘルナ」
「うん、助かった」
と言って女子2人がアイコンタクトを取る。
いつの間にか仲良くなっていた。
それを見たアッシュはなんだか気持ちがモヤモヤする。
「……まぁいいさ。それで、話ってなにさ?」
中央教区の人間が集まるとつい話が長くなる。
アッシュが世間話を切り上げて、ようやく本題に移した。
「そうね……コホンッ、じゃあハリス、説明してちょうだい」
「かしこまりました」
執事兼側近が説明する。
これからアッシュたちは中央教区ではなく、敵の本拠地である第四教区に向かって欲しい。
ただちに向かえ、だそうだ。
「やられっぱなしは性に合わないまんねん、って教王も言ってたまんねん」
ずっと防衛に備えてもキリがない。
攻め込まれる度に撃退しても、ザイコール本体を逃しては意味がないと。
そのため、こちらからも攻撃を仕掛けるというわけだ
「ええ、これ以上中央に被害を出すわけにはいきません」
今回の襲撃で、中央教区はかなりの被害を受けた。
多くの建物が破壊され、付近の住民含め死亡者も多く出た。
教王はかなり責任を感じているようで、これ以上大切な国民たちに恐怖を与えるわけにはいかない。
「Aランクを2名失ったのも非常に痛いそうです」
「そうでまんねん、あの伝説と呼ばれたゴー=ルドゴールドが……にわかに信じられんゾ」
加えて自軍の戦力もかなり低下してしまった。
次、襲撃されたら厳しいモノがある。
「おまけに新手の敵……あの男の強さ、異常まんねん」
今まで未確認の敵がヴァリアード軍にいた。
その男が驚異的な戦闘力で自軍を蹂躙し、おかげで大損害を被ってしまった。
「ふ~ん、新しい敵、ね……そんなに強かったの?」
「お、お嬢……あのコッティル殿が一方的にやられたまんねん、おいドンではとても太刀打ちできんゾ……」
例の敵と交戦したイダイルが言うには、Bランク、ましてやAランクでも歯が立たないほど強かったそうだ。
アレがまた街に侵入したらまずい。
早急にその男を排除しておきたいところだ。
「なるほど、でもオレたちだけで敵の本拠地に?」
「そんなわけないでしょ、アンタなに言ってるの?」
「…………」
ただちに向かえというのはそういう事ではないか。
3人で攻め込むなんていくらなんでも無謀過ぎる。
隣のティゼットも素早い速度でうなづき、無理だと主張した。
「大丈夫です、教王たちも先に向かいました。アッシュさんも合流してくれとご連絡が」
「だからおいドンが向かいに来たまんねん、感謝するまんねん!」
今すぐにでも出発して欲しいと教王から連絡が来た。
一応、道案内のためにイダイルを付き人として送ったそうだ。
「…………」
こんなのを使いとして寄こしてくるとは、教王もまたどうかしている。
もう少しマシな人がいただろうに。
アッシュは早くも不安に駆られ始めた。
「ジャックおじさんも急ね。まあその考えには同意見だわ」
ずっと敵を見張り続けるのも大変だ。
可愛い部下たちも疲れている。
ギルド長としてはそろそろこの状況ともおさらばしたい。
「というわけで行って来なさいアッシュ! 2人とも! この子を頼んだわよ!」
なので出動命令を下した。
「わかったさ、了解」
アッシュはすぐ承諾し、お供の2人も同様にうなづく。
もう世間話をする時間はない。
駄々をこねる暇だって一切ない。
「ワッハッハ! 話が早いゾ、いざ敵陣へ! 若人ら、おいドンについて来い!」
そして、イダイルが笑いながら部屋を出て行き、それに続いて皆ゾロゾロと部屋を後にする。
しかし、
「──アッシュ、ちょっと待ちなさい」
最後に出ようとしたアッシュが呼び止められた。
「ん? なにさ?」
アッシュは振り返る。
「フフッ」
プラスはニコッとして、
「頑張ってね……えいっ!」
パチッ!
とても可愛らしいウィンクを投げた。
お姉さん渾身の一撃。
あれから夜な夜な一人で練習していたのだ。
「フッ」
ウィンクが炸裂したにもかかわらず、アッシュは一切動じていない。
「ああ、行ってくるさ」
そして、目に込めたオーブで器用にハートを作り、
「っ!」
相手にパチッ♡と投げ返す。
「っ⁉」
キュン♡
プラスはそれをモロに直視してしまう。
「もう〜〜っ! どうやってるのよそれ~~!」
一瞬ハート目になったかと思うと、すぐ机に突っ伏してバタバタ悶えだす。
またもアッシュに落とされてしまった。
「アッシュさん、どうかお気をつけて。無事を祈っています」
「ああ、すぐ戻るさ」
清々しく部屋を後にした。