9.事件
「たっだいま〜! 2人とも良い子にしてた〜?」
「お帰りなさいませ。プラス様」
家主のプラスが中央教区から3日振りに帰ってきた。
久しぶりにアッシュに会える。
とても嬉しそうにしている。
「ただいまステラ」
お行儀よく靴をそろえていると、
「おかしいわね。アッシュのお迎えがないのだけど」
「アッシュさんならまだお部屋でお休みです」
「もうお昼なのに、またあの子は……」
「そう言わないでください。昨日は大変だったみたいですよ」
「ん? 何かあったの?」
昨日イービルが出現し、アッシュが撃退したことを伝えた。
話をするメイドさんは、なぜかニコニコしている。
「あら、すごいじゃない! また倒したのね!」
プラスはとても嬉しそうだ。
目を輝かせている。
「ですから今は起こさないほうが」
「なるほどね。残念だけどそれはできないわ、ステラ」
「はい?」
「わたしが我慢できないからよ。アッシュ~! いま行くからね〜!」
一刻も早く会いたいようで、ダダダと2階に駆け上がる。
「あらあら~、ウフフッ」
メイドさんはなぜかニコニコしていた。
「アッシュー! 入るわよー!」
プラスがガサツなノックをし、返事も聞かずにドアを開けた。
「フフフ……」
布団が盛り上がっている。
アッシュの大切なふわふわの毛布を掴み、思いっきりまくりあげた。
感動のご対面かと思いきや、
「おっはよーう! ひさしぶりぇえッ!?」
布団をまくったポーズのままプラスはびっくり。
「スー……スー……」
そこにはすやすやと眠るアッシュ。
と、その横で寄り添うように眠るレクスの姿があった。
人肌が恋しい年頃なのか。
2人は身体をくっつけて眠っている。
「う~ん……なにさ、プラスか」
大切な毛布を取られたことでアッシュが起きてしまう。
プラスは固まったまま動かない。
状況を呑み込めず、頭の中が真っ白だ。
「返せよ」
まだ眠たいのか。
目をこすりながら、すぐに毛布を掴んで奪い返す。
「な、なんでレクスが隣に……」
「レクスがなにさ?」
プラスの知る限りでは、ついこの間までケンカ越しだった。
それが今では一緒に寝ている。
確かに仲良くしろとは言ったが、これは仲良くなりすぎだ。
自分がいない間に何があったのか。
プラスは思考が追いつかず言葉を失う。
「なんだ、うるさいぞ」
横にいたレクスも目を覚ました。
「おい、こっちに来い」
まだ寝ぼけているのか、隣の子どもに甘えようとしているのか。
くっつこうとする。
プラスと目が合うと動きが止まる。
「アッシュ! これはどういうことなの⁉︎」
「なにがさ?」
「なんでレクスと寝てるのってことよ!」
「いいだろ、別に」
「そうだ、貴様には関係ない」
「全然よくない!」
イービルを無事撃退した2人。
アッシュがフラフラだったためレクスが家まで送ってあげた。
そのお礼にとステラが夕飯に誘う。
レクスは最初断っていたが、メイドさんの笑顔という名の圧力に負けてしまい、夕飯を頂いた。
そのまま流されてお泊まりすることになった。
レクスはいつも使用人と一緒に寝ているそうで、一人では寝れないからとアッシュが一緒に寝てあげた。ということだ。
「ならステラと寝ればいいじゃない!」
「フンッ、誰が貴様のベッドで寝られるか」
「なんですって⁉」
「なんだ、文句があるのか!」
プラスは普段ステラと一緒に寝ているためベッドは2つしかない。
それが完全に仇となってしまった。
「アッシュだって! 最近わたしと全然寝てくれないじゃない!」
「プラスは寝相が悪くてイヤだ」
「な、ななっ⁉」
プラスは本日2度目のショックを受けた。
自分の寝相が悪いことを知り、かなりショッキングだ。
「そ、そんな……う、嘘よ……」
ショートしてその場にへたり込んでしまう。
「──ご飯できましたよー!」
一階からステラの声。
昼食の準備ができたらしい。
アッシュはお姉さんを置いて一階に下りる。
──お昼も終え、レクスがそろそろお暇するようだ。
「じゃあなアッシュ。それと世話になったなメイド」
「はい、また遊びにいらしてください」
「もう来なくていいわよ」
レクスは靴を履いて家を出ようとした。
「おっと、忘れていた」
ふと何か思い出したようで、アッシュの方を振り向く。
「おいアッシュ、今度ちゃんと礼をしろ」
「お礼? なんのお礼さ?」
「決まってる、おつかいの礼だ。まだしてもらってないぞ」
「いや、それはイービルの件で」
「あ、あなたたち、いつの間にそんな……」
さっきからプラスの様子がおかしい。
レクスは気づく。
何か察したらしく、ニヤッとする。
「そうか、そういうことか。おいアッシュ、こっちに来い」
「なにさ?」
レクスが手招きする。
アッシュは言われるがままに少女の元へ向かう。
すると、レクスはいきなりアッシュの胸倉を掴む。
そして、その柔らかいほっぺにチューをした。
「まあ!」
「なっ⁉ ななななな!」
ステラはお口を手で隠す。
横にいるプラスは激しく動揺する。
「フッ、またな!」
と最後に、勝ち誇った顔で家を出た。
「あ、ああ……あ」
プラスは言葉を失っている。
この日、レクスに初めて敗北したのだった。
あうあう言うお姉さんに「子ども同士ですから」とステラがなだめている。
「……ねえ、ステラ」
しばらくして、落ち着きを取り戻したか。
「はい、なんでしょうか」
暗い顔をしたプラスが尋ねた。
メイドさんは相変わらずニコニコしている。
「わたしって、その、寝相悪いのかしら?」
深刻な疑問。
メイドさんは笑顔を崩さない。
「ねえ、ステラ……お願い」
「いえ、そんなことはありません、よ?」
一瞬ひきつった。
「ス、ステラぁ……」
希望は打ち砕かれた。




