成長の遅い拳士の俺は、彼女とともにマイペース ~彼女は『頭なでなで』で仲間になってくれた魔王~
露骨にステータス制・スキル制の話を書いたことがなかったので書いてみました。
「ソルティ、お前はクビだ」
唐突にそんなことを俺に言い渡してきたのは、ギルド長のドーガスさんだった。
薬草と薬用魔物の採集任務を済ませて所属ギルドである『冠の山』の本部に戻り、精算を済ませたところだったんだがな。
「え?」
「聞こえなかったのか? クビだ、と言ったんだ」
「つまり……解雇、ということですか?」
「言い方を難しくすりゃえらく見える、とでも思ってんのか」
いや、一応確認のためなんだけど。てか、たった今精算済ませてくれた経理係のミオットさんに視線向けるとあーあ、って呆れ顔してるし。これ、どっちに向けたものなんだろう。
というか、クビって、解雇って、一体どういうことだよ!
「ど、どうしてですか! 理由を教えて下さい!」
「あぁん?」
思わず口調が強くなったけれど、でもドーガスさんのひと睨みに怯んでしまった。いやだって、怖いもん。
歴戦の冒険者だっていうのはわかるけれど、顔についた傷も大したことないけれど、その眼光が鋭すぎて。
「お前のジョブは何だ? 言ってみな」
「は、はい。『初級拳士』です」
「そう、五年もやってるくせに未だに初級ってのがまず問題だ」
「……はい」
そこの指摘は、正直言われたとおりだ。
俺が持つジョブ、つまり生まれながらにして与えられた職業適性は『拳士』だ。要は、敵は殴って蹴って倒す系である。
生まれたときに持っていた『初級拳士』のスキルを持って、俺はここに入会した。普通なら五年も依頼をこなしていれば、最低でも『中級拳士』にクラスアップしているはずだ、というのがドーガスさんの言い分。
ジョブというものは、その適性に合わせた行動……俺の場合は肉弾戦をすることでクラスアップする、はずなのだ。いやまあ、これには事情があるんだが……言っても聞いてくれないしなあ、この人。
そうして、まず問題というからには他にも問題があるんだろう。多分アレだな、と推測はつくけれど。
「んで、スキルは何だ。ああ、ジョブ絡みでないやつな」
スキル。特技とか特殊能力、とも言えるそれらは、ジョブに付随して与えられるものとそうでないものがある。
俺の場合、前者は『弱点看破』とか『一点集中』とかいろいろある。それ以外のものとなると……だ。
「は、はい。『識別』と…………………………『頭なでなで』、です」
「それだよ! ひゃっははは!」
やっぱりか。
言われたから答えただけなのに、いきなり笑うなんてひどい……でもまあ、理由はわかるけど。これが自分事でなかったら、俺も笑うかもしれないし。
それと、ギルドの建物内にいる他の人たちも、くすくす笑ってるの聞こえてるからな。ミオットさん、ぶふうっと勢いよく吹き出してあわてて口を手で隠しても分かるから。
「『識別』はともかくとしてよお! 『頭なでなで』、ってなあ何だそりゃ! 撫でてもらったところで特に何の効果もなかったしな! 笑うじゃねえか、ええっ!」
「…………」
「ぷぷっ」
「あはははは!」
いやもう、大声でスキル名呼ばわれて爆笑されるなんて俺くらいのものだろう。自分でも思うよ、何このスキル名って。
『識別』は、その名の通りアイテムを識別するものだ。俺の場合、薬草や魔物に関しては問題なく使える。ほかは……そう言えばあんまり使ったことないなあ、今度試そう。
そして。
『頭なでなで』。
文字通り……というか、俺が目標の頭を撫でることで発動するスキルである。撫でるためのスキルではないんだよな。
ドーガスさんを撫でても発動しなかったのは、相応の前提条件があるからだ。それを満たさなければ、このスキルは発動できない。
それに、正直ドーガスさんには発動させたくなかったから、まあ良かったんだけど。良くないか。
「はーはー……あー笑った笑った」
ひとしきり笑ったところで、ドーガスさんは目をこすりつつ俺を睨んだ。ああ、これはもう何を言っても無駄だな。
「ま、そういうわけだ。悪いがな、我が『冠の山』には五年もやって育ちやしない、役立たずの居場所はねえんだよ。何でお前にくっついてるのかわからねえカリンちゃんや、東の山の魔王を狩ったっつう勇者様ならまあ大歓迎なんだけどな!」
はっきりと言われてしまった。そりゃまあ、少なくともドーガスさんや他の人たちにしてみれば、俺は役立たずだよな。
だから最近は大人数の討伐依頼に誘われることもなくなって、一人でぼちぼち薬草を集めてたりしてたんだけど。でも、ちゃんと小さい討伐依頼なんかはクリアしてたんだけどなあ。
それに、『カリンちゃん』に『魔王を狩った勇者様』……か。うわあ、虫酸が走る。さすがに、これは無理だ。
「……わ、分かりました」
ただ、ここで言い訳するとまたややこしくなる。てか、多分フルボッコにされて叩き出されるだろうというのは想像がつく。ドーガスさんは『上級拳士』で、俺にはとても太刀打ちできない相手だから。
くそ、いい加減こういう扱いは慣れていたのに、悔しいなあ。
「分かったなら、とっとと出ていけ。今の依頼達成金が、退職金だ」
「………………お世話に、なりました」
ぎゅっと目をつぶって、それから深く頭を下げる。そのままくるりと身を翻して、俺はギルド本部を飛び出した。ああ、後ろから「達者でなー」「長生きしろよー」なんて、あざ笑う声が追いかけてくる。その中の一つが、俺の肩に触れた。
「よう、役立たず。達者で、なっ!」
「っ!」
そいつが人の肩を掴んだまま拳を振り上げてきたから、俺もとっさに拳を突き出した。そうしてお互い、顔面に一撃が入る。
ぱんっ、という何とも情けない音を上げて手が離れたそいつはギルド本部の中に、俺は外にそれぞれ倒れた。
『クラスアップ条件を満たしました』
ばたん、と閉じられる扉よりも俺は、自分の脳裏に響いた声の方に気を取られる。え、クラスアップしたときって、こんな声聞こえるんだ?
『ジョブ「初級拳士」が「中級拳士」にクラスアップします。また、保持スキル「頭なでなで」の効果が拡大されます』
「は?」
いや、今の一撃殴ったのでジョブのクラスアップができたのならいいんだけど。でも、何で『頭なでなで』にまで影響が出るんだ?
「それで、どういうことじゃった?」
目の前で焼き鳥の串をくわえながら、友人のカリンが尋ねてくる。草原の色の髪を持つとってもきれいな女の子。俺よりも頭半分背が高くて、細身だけど出るところは出ている。ドーガスさんがちゃん付けで呼んでいたのは、この彼女のことである。
彼女がカリン、と名乗ってくれたのは俺が頭撫でた直後だったっけなあと思い出す。当時はもうちょっと、姿が違ったけど。
「スキルの発動条件が絡んでたらしい。『中級拳士』の付随スキルにある『気合砲』でも発動するってさ」
「なるほどのう。これまでは、直接一撃食らわせねばならなんだからな」
彼女の疑問に答えると、カリンはうんうんと深く頷いてくれた。
『頭なでなで』のスキルを発動させる条件は、その直前に俺自身が相手に一撃食らわせること。また、さっきのやつみたいに俺がスキルを発動させたくなければ発動はしない。もちろん、頭撫でなきゃいいだけなんだけどな。
「だけど、今更なあ……」
「いやいや、ソルティが強くなることは儂にとっても喜びじゃぞ。正妻は儂じゃがな?」
にやり。餌を見つけた獣みたいな表情で、カリンは笑う。彼女の正妻発言は今に始まったことじゃないし、俺も悪い気はしないから否定することもない。
「それはそれとして。ソルティよ、今までそなたをこき使った挙げ句に叩き出したクソバカギルドに、誠に制裁を食らわせずにおいて良いのか?」
「カリンに頼んだら、あの辺一体が整地されちゃうだろ……周囲の人達に迷惑だから、やめてくれ」
「ソルティは優しいからのう。しかし、愚か者をのさばらせておいてはそなたらのためにならぬぞ?」
カリンは過激なことを言うけれど、俺にしてみたら関係を断ち切ってもらえただけで万々歳なんだよな。正直、もう二度と関わりたくないし。
「まあ、大丈夫であろ。儂もあの愚かなギルドからは抜けた故、人の王に知らせが行くはずじゃ」
「……あー」
俺が『冠の山』を抜けた以上、カリンがそこに在籍する意味がない。故に彼女も、直後に脱退手続きをとったとのことだった。
……ドーガスさん、王家から何言われても知らないぞー。
なので、当然というか俺たちは知らなかった。カリンは薄々、そうなるだろうなとは予測してたんだろうけど。
「拳士ソルティと、カリン殿が脱退したというのは本当だな?」
「ソルティについては、スキルの成長が見込めないため解雇しました。カリンちゃ……カリンは、なぜか脱退届を」
「当たり前じゃ! カリン殿は拳士ソルティにより人の味方となった、『東の山の魔王』殿であるぞ! 何と無礼な!」
「えええええ!?」
そんな大声が、『冠の山』ギルド本部を揺らしていたことを。いやだって、いつまでも自分をクビにしたギルドのある街にいたくないじゃん? だから俺、カリンと一緒にもう街出てたんだよ。
だって、『頭なでなで』が条件さえ整えば例え魔王でも仲間になってくれるスキル、なんてこと『冠の山』にバレたくないし。
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