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童話 

命の匂い

作者: くろたえ

ノアのばか。

ノアのばか。

お母ちゃんにデレデレ猫。

威厳ゼロよ


アタチは違うわ。

高貴な血を引いているって、お医者様がむかし言っていたもの。

アタチは美人な子。

だって、お母ちゃんが毎日言うの。


「ベスパちゃん。今日も美人さんね」


そう言いながら、朝日の中でアタチの黒くて少し長い毛を撫でるの。


「奇麗な毛並みね」


そうよ。

知っている。アタチは奇麗な猫だって。


その次に言うの


「ノア。ノアル。今日も男前ね」


ノアはなんだか、もっさりしている。

お母ちゃん、あいつは男前じゃないわ。

男後ろよ。アタチより少し短くて黒い毛。

ノアルはお母ちゃんに呼ばれて、尻尾をピンとさせている。

足元にぬるぬるしている。お口もむっふーって四角くなっている。

簡単にグルグルするのよ。


ぜんぜんクールじゃないわ。


お母ちゃんは、アタチを呼んで撫でなければいけないけれど、アタチはそれにゆったり尻尾を振ってお返事するだけなの。

それがクール美人なの。


ご飯を食べるのだって、音はさせないわ。

静かに少しずつ食べるの。

ノアはあるだけガツガツ食べる。

一度言ってやったわ。


「美しい猫は、ごはんは適量を食べるのよ。

なによ。あんた、お腹のたぷたぷ。みっともないわ」


そうしたら、ノアが言ったの。


「ご飯を俺のために用意してくれるの嬉しい。

俺は、お母ちゃんが大好きだ」


分からないでもないわ。

アタチだって、お母ちゃん大好きだもの。


ついでに言っていたわ。

あいつは年上だからって、アタチに指図した。


「ベスパ、お前、ちゃんとお母ちゃんに「好きだ」ってやるんだぞ。

何嬉しいくせに出すの我慢しているんだよ。

「好きだ」って気持ちは、素直に出すと、お母ちゃんも喜んでくれるんだぞ。

すると「嬉しい」が何倍にもなるんだ」


なによ。

ノアのくせに。

アタチはつんとすまして無視してやったの。


アタチ達は仲良しじゃないの。じゃれ合うなんてまっぴらよ。

でも、大人だから怪我するようなケンカはしないわ。

たまにノアだって夜の運動会に参加してくれるし。

ただ、舐め合うとかベタベタは嫌なの。


ノアは月に一度くらいお母ちゃんを独り占めする。

キャリーケースに入って、一緒にどこかに行くのだ。

帰ってきたノアは少しぐったりしていて、お母ちゃんはそれを心配している。


なによ。ノアのくせに、お母ちゃんを心配させて。


「ノア、あなた、どこか悪いのかしら?お母ちゃんが心配しているわ」


「ああ、俺は病気だ。針を刺して水を身体に入れている。

その後、痛くて辛い。体もゴロゴロする。

喉が渇く。でも、水は俺の身体を通り過ぎてしまう。

お母ちゃんが心配してくれる。嬉しいけれど、悲しい。

撫でてくれているけれど、お母ちゃんが悲しんでいるのが悲しい」


「ノア。あなたの病気は死ぬの?」


「そのようだ。それまで長ければ良いのか、短ければ良いのか俺はわからない」


「バカね。ノアのくせにバカ。ちゃんと生きなさいよ」


「ちゃんと生きている。でも、多分そろそろだ」


「そろそろって・・・」


ノアは答えない。横を向いてため息をついて眠ってしまった。


そっと、お母ちゃんがアタチを撫でた。


「ベスパ。ノアがね。もう、死んじゃうかもしれないの。どうしよう。

私が早く気付いてあげれば良かった」


お母ちゃんがアタチを抱いて鳴いている。

アタチの声に似た高い声。

お母ちゃん。どこか痛いの?ノアがいじめたの?

なんだか、今はお母ちゃんの腕から逃げれないわ。


アタチは高貴で自由な猫なのに。



ノアは、しばらくして寝床から動かなくなった。


「ノア。あんた少し動きなさいよ。遊びましょうよ」


「ベスパ。俺はもうトイレ以外は動かない。動いたら命の灯が揺らいでしまう」


「なによ。それ。意味わかんない」


「分からなくていいよ。ベスパ。

この間はお母ちゃんの抱っこを我慢していたな。

いい子だ。お母ちゃんの傍に居るんだぞ」


お母ちゃんがトイレとご飯の器の場所を移動した。

ノアの近くに移動した。

そのトイレは新しい、低くて広いものだった。


新しくて、細かい砂のトイレ。

嬉しくて、サカサカ砂をかき混ぜた。

少しおしっこもした。大きいのは、目隠しされた方が良いかな。


ノアはゆっくりトイレをしていた。


「まだ、しっこなの?」


「見るなよ」


したか分からないけれど、ノアはお尻を舐めてベッドに戻った。

そういえば、ノアは最近、お尻を舐めなくなった。

今見たのは久しぶりかもしれない。


ある夜、


ノアの叫び声で起きた。


いつもは、静かに寝ている時間だ。


「ベスパ!ベスパ!ちゃんと、お母ちゃんに好きって伝えるんだぞ!

傍に居るんだぞ!」


「お母ちゃん。お母ちゃん。俺。大好きだ!お母ちゃん。ありがとう!」


「何を言っているのよ。ノア。あんた変よ」


上から降りてノアのベッドに近づく。

ノアは荒い呼吸をしていた。


部屋がバッと明るくなった。

お母ちゃんがベッドから起き上がったのだ。


「ノア?どうしたの?」


お母ちゃんはノアを覗き込む。

ノアの目は遠くを見ている。息が荒い。


あんた、逝くの?

ノアの虚ろな目と合った。

ああ、もう逝く。

そう目で言って、お母ちゃんを見た。かな。見れたかな。


ノアの息がとまった。


「ノア。ノア。ノア。ああ、の、あ」


「ああああああーーーーーー!!!」


お母ちゃんの声が痛い。でも傍に居なきゃ。


アタチは人の何十倍も良い耳で、お母ちゃんの声が痛いけれど、ノアと約束したから、傍にいたの。


お母ちゃんは、アタチを抱えたまま、朝まで動かなかった。


お母ちゃんはしばらくぼんやりしていた。


でも、奇麗な箱にノアとお花を入れた。

お花は窓からしか見たことがない。


匂いを嗅ぐと、お花と、ノアの死んだ匂いがした。

ノアの生きている匂いを探そうと、顔やのどやお腹まで探した。


ノアの生きている匂いはなくなっていた。


それを見て、またお母ちゃんが泣いた。

そう。アタチ達の何かして欲しくて鳴くのとは違うのね。

お母ちゃんは、悲しくて声が出ちゃうのね。

そして、しょっぱい水を目から出すのね。


ノアを入れた奇麗な箱は、次の夜も一緒に居たけれど、開けた朝に箱と一緒にお母ちゃんが外に出て、夕方に、小さなツボに入ったのを


「ベスパ。ノアが戻ったわ」


って言った。


違うよ。お母ちゃん。それはノアじゃない。


お母ちゃんは、ノアって呼ぶ小さなツボをぼんやり見ていた。

次の日も、次の日も。


ご飯はちゃんとくれる。お水も奇麗。


でも、お母ちゃん。


アタチが見えなくなっちゃったの?


お母ちゃん。アタチを奇麗って言って。

優しく撫でて。


お母ちゃん。鈴のような声で笑って。


お母ちゃん。お母ちゃん?


アタチはもういらないの?


「お母ちゃん!おかあちゃん。おかあちゃんー」


アタチは叫んでいた。

寂しいの。ノアが居ないの。それはノアじゃないの。

お母ちゃんが、アタチが透明なの。

寂しいの。悲しいの。


「ベスパ・・・」


ああ、お母ちゃんが、アタチを呼んでくれた。

もう透明じゃない。


「お母ちゃん。アタチ。寂しかったの」


尻尾が高く上がり、震えた。


「ベスパ」


少し穏やかな声でアタチを抱っこしてくれた。


ああ、嬉しい。お母ちゃんが戻ってきてくれた。

嬉しい嬉しい。


「ベスパ。ああ、いままで無視しちゃっていたわね。ごめんなさい。

寂しい思いをさせちゃったわね。まあ、こんなにグルグルして、

甘えたかったのね」


アタチはお母ちゃんの優しい声が嬉しくて、グルグルいっていた。

でも、恥ずかしい事じゃないわ。

だって、そうノアが言っていたんだもの。


甘えても良いのよね。

アタチのお母ちゃんだもの。


部屋着のガウンはフカフカで、アタチは赤ちゃんに戻ってモミモミをした。

だって、寂しかったの。透明なのが悲しかったの。


「あら、この子ったら、モミモミして。こんなに甘えっ子だったのね」


お母ちゃんが、しょっぱい水を顎から伝わらせながら、笑った。

ああ、お母ちゃんが笑ってくれたわ。


ちょっと寂しかっただけよ。

思ったけれど、抱き留められた腕と、フカフカのガウンが赤ちゃん返りを止めれなかった。

ノアが言うわ。

「それで良いんだ」って。


お母ちゃん。ノアは窓の向こうの落ちない夜空に行ったのよ。

悲しまないで。ノアは、ずっとお母ちゃんが大好きだったわ。


だから、生きている匂いを探して。

その小さい壺はノアじゃない。


命の匂いを探して。


ノアは生まれる前の場所に戻ったわ。



いつか、お母ちゃんの匂いを辿って、戻って来るわ。


ノアはちゃんと最後にお母ちゃんの顔を見れた。


満足だ。もう満足だ。


ベスパもちゃんとお母ちゃんの傍にいたな。

良かった。お母ちゃんも寂しくても悲しまないで。

俺は生きたのだから。


・・・少し眠って、もう少し眠ったら、お母ちゃんに逢いに行こう。

お母ちゃんの匂いを探しに・・・行こう・・・

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― 新着の感想 ―
[一言] うちにも今2匹の猫がいます。両方とも甘えたさんですぐにグルグル言うしモミモミしてくれるのです。猫ってアタチって言ってそうだな、お母ちゃんって言ってそうだなと思っていたのもあり、以前飼っていた…
[一言] 死んで骨になってしまったノアに対して、「もうノアじゃない」「命の匂いを探して」というコメントが、ああ、猫だなと思いました。 猫だなというか、生命としての当たり前の姿といいますか。 死んだらそ…
[一言] もっと遊んであげればよかった。 もっと甘やかしてあげればよかった。 私たちの人生は後悔ばかり。仕事や家事が忙しくて、相手をするのが後回しになることもありますよね。可愛い彼らを養っていくため…
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