六. 始まりのパラドックス
「率直に言おう。お主の魔力容量、魔力量はどちらもゼロという結果になった。従って魔素も判定不可能であった」
口調こそ優しかったが、それに付いてくる意味はレイにとって心を鈍器で殴打するようなものであった。
すぐに理解できた分、重く突き刺さり、がっくりと面に影が落ちる。
「そ、そうですか。。」
笑わない笑みをレイは顔に浮かべた。
覚悟はしていたことだ。しかしその覚悟こそあれ、いざ現実を突きつけられると、一縷の希望も手から零れる砂のように再び拾うことは叶わなくなる。
腑に落ちていないわけでもなかった。どうして頑なに雀兎が魔法を教えてくれなかったか、戦いを教えなかったわけではない。体術などは念入りにレイに教えていた。
雀兎は気が付いていたと、そう考えるとレイは合点がいった。
おそらくレイの流れる川のような魔法への無邪気な好奇心を知っていたから雀兎は真実を伝えられなかったのだろう。
(―でも・・・)
「覚悟はしていましたけど、実際に突きつけられると意外と苦しいものなのですね」
「儂らもいろいろな可能性を考慮はした。しかしどう結論づけてもこのような結果しか導かれなかったのじゃ。じゃが完全に望みが消えてしまったとはまだ言い切れない。人の魔素が何かの拍子に変わることがあるように、その何かの拍子に魔力を得るかもしれない。それにお主には誰にでも誇れる天賦、素晴らしい学才と体術、そして勇気がある。魔物と素手で闘うなんて儂でも無理じゃ。はっはっは。だから一切気に病む必要はないんじゃぞ」
とは言っても魔素が変質することは滅多に無いのだが。
しかし薄い励ましでも精一杯の忠恕には応えるべきだとレイは考え、感情を初めて取り繕う。
「はい。僕も僕でどうやったら魔法が使えるようになるか考えてみます。とりあえず学校ではやれることを精一杯やっていこうと思います」
「うむ。それがよい」
シャルルは優しく安心した。
その後も暫く談話をし、レイは学長室を退出した。そしてその頃には心もすっかり切り替えられていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「校長先生。どうでしたか?」
「うむ、君がいうように危険ではなさそうであったぞ。少し特殊ではあるが至って普通の生徒にしか見えんかったぞ」
「その琥珀の魔眼にも同じように映ったのですか?」
「そうじゃ。この眼を通してもそう映ったのじゃ」
シャルルは目を開いた。両眼とも琥珀色をしていたが、左眼には六芒星が浮かんでいた。
「では、本当に魔力もなかったのですね?」
「ああ。そうなるのぉ」
「未知の人間兵器の可能性は?」
「完全に否定はできんじゃが、それも薄弱なところじゃろう」
しかしこの時シャルルには一つの大きな懸念が残っていた。
「とりあえず海部内教諭には引き続き、逐次連絡は絶やさぬように伝えておいてくれ。潤女くんは切り替えられたとは言ってはいたが、彼もまだ若い。何か彼に変化があればすぐに儂に伝えよと」
あくまでもレイのため。そう言い訳を添えることにシャルルは後ろめたさを覚える。シャルルが昔そうであったようにどんなに装飾しても見えないところから監視をしていることに変わりはない。
だがあの懸念は棄て去ることもできなかった。あの男が言ったあの言葉が現実に現れたのだから。
「承知いたしました。伝達しておきます」
(―愬彌、貴様はなぜ儂に伝えたのじゃ。どうして儂に……。じゃがあの約束は一旦反故にさせてもらうぞ)
シャルルの琥珀の眼には眼前にいない誰かがしっかり映っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
生命の魔力依存説。全ての生物には魔子が循環しており、逆に無生物は循環していない。この説の大事な点は循環することであり、無生物にも魔子は存在していることがある。たとえば刀剣など、魔法で作られたものには魔子が残留していることが多い。他にも魔石にも勿論魔子が含まれているし、魔道具にも含まれてる。
しかしこの定説、この世界のこトわリの一つを逸脱してしまった者が潤女玲である。彼には循環どころか魔子そのものさえ体内に観測されない。
かなりの大事ではあるはずだが、シャルルはレイの情報は公式には秘匿した。人体実験の虞があったからだ。それに異変の一種とも考えられる為、ここは慎重に対応したのだ。
これは世界で唯一魔力を持たない少年レイが世界を紡ぐ物語。その緞帳がいま、引き上がる。