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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第三章 魔法校戦
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16. 自信

 会場では、準決勝が始まっていた。魔法公学校と光燈国国立魔法学校の試合で、実質の決勝戦という扱いだった。

 この魔法公学校というのは、レイたちのチームで、もう一つの蓮歌たちがいる魔法公学校も準決勝に進んでいるので、ひょっとすると、決勝戦が魔法公学校vs魔法公学校ということもあり得る。

 もしくは共倒れし、3位決定戦が、魔法公学校同士ということもあり得るのだが。


 試合はすでに始まっているが、魔法公学校側ベンチには三人しか人がいなかった。三人というのは、ヒメナとアレイと壹臣で、ピルグリムはいま試合に出ている。つまり、レイがいない。


 そんな折、三試合目をピルグリムが収めていた。


「むむむ……」

「来ないな。あいつ……。俺、探してこようか」

「探しても今更だろう。ここは潤女が来るのを待つ他ない」

「……まぁ、別に不戦敗でも変わらないか」


 アレイは元も子もないことを言った。だが、事実ではあるので、壹臣も特に諌めることはしない。

 扉が勢いよく開け放たれる。 


「間に合った……」


 息を乱したレイがやってきた。


「お前、どこで何してたんだよ。危うく不戦敗になるとこだったぞ」

「ごめん。ちょっと外せない用事が」

「ほら、早く行ってこい」


 レイは押し出されるように会場に出た。


「レイ、勝敗に関係ないからって、手は抜くなよ」

「もちろん。未来の騎士団長相手に手加減なんてできないよ」


 他愛のない会話だったが、審判は二人を目で制止した。先程にもタルシュの暴走があったばかりである。


 二人は相対して、剣を抜く。構えの合図でただ抜剣しただけであるのに、レイはヴァンローシャーからただならぬ気迫を感じ取る。それはまるで、鬼のような。


「始め!」


 同時に、ヴァンローシャーが地を踏み抜く。振り上げられた剣は二人の間にある空間を薙ぎ倒す。レイは後ろに跳躍して回避するが、剣から放出された風圧をひしと感じた。

 ついで、ヴァンローシャーが間合いを詰める。レイは下がらずに応戦した。

 一つ、二つ、三つと切り結ぶ。レイはすぐにこれでは勝機がないと覚る。


 ヴァンローシャーの剣は一見、がさつそうに見える。特に力強く振り抜いたあと、身体のバランスがやや崩れている。しかし、リーチやパワーはレイを大きく凌ぎ、下手に剣を合わせるといつかこちらが崩される。

 レイは自分とヴァンローシャーの剣が重なるタイミングで真上に跳躍した。


「なッ!?」


 ヴァンローシャーから見ればレイは消えたようにみえた。

 直後、頭上から反りのある刃が振り下ろされる。ヴァンローシャーは辛うじて合わせるが、大勢が大きく後ろに仰け反る。


「グッ………!」


 転びかけているところを、すかさず、レイが斬り上げる。ヴァンローシャーはその斬り上げを身体を反らせつつ剣で受け流し、器用に対処する。

 が、反らしすぎた身体は、背中が地面につきかけるほどに崩れていた。これはレイにとって完全な勝機だったが、


「「オラァァァァ!!」」

 

 雄叫びとともに、ヘッドギア諸共粉砕せんとする強力な一撃が跳ね返ってくる。

 あの不安定な姿勢からこれほどの剣撃を可能とするのは、彼のその体幹と靭やかな肉体だ。純粋に基礎体力をここまで鍛えている者は非常に稀だ。いまの一撃も魔法的な補助で可能とすればいいものなのに、ヴァンローシャーは素の肉体で可能とさせた。


 レイは初めて、自身より物質的な肉体を鍛えている同年代の人間に会った気分になった。


 もちろん、個々の能力であれば、レイより秀でた学生はいる。壹臣の方が見るからに握力や膂力は強いだろう。だが、すべての能力を総合的に見た時、レイは壹臣に劣っているとは思っていなかった。


 レイの身体能力は何か一つに特化しているわけではない。むしろ平均的なものが多い。が、それらの能力を統一する能力が非常に優れいている。そのために見た目以上の能力を発揮できる。


 だが、いま相対すヴァンローシャーはレイの個々の能力すべてに於いて、上回っているように見えた。握力、膂力は宛ら、体幹や脚力、速ささえも。


 身体能力でディスアドバンテージを負っている以上、ヴァンローシャーを出し抜くためには剣技で上回るしかない。


 レイは着地と同時に、神速の剣を放った。


 レイが距離を取ったのを見計らい、ヴァンローシャーも構え直す。直後、眼前にレイが現れた。

 金属音が鳴る。つまり、ヴァンローシャーはレイの神速の剣を受けることができた。

 ついで、レイはヴァンローシャーの身体に巻き付くように旋回し、背後に回る――斬。


「え」


 レイの斬撃は空を斬った。ヴァンローシャーはその場に居ない。残されたのは、彼の足跡。

 直後、神速の剣が()()()()()()()突き進んでいた。


 先程より一層甲高い金属音が鳴り響いた。凄まじい速さと大木を彷彿とさせる毅さにレイの両足は地から剥がされた。


「「ラァァァァァ!!」」

 

 ヴァンローシャーは剣を振り抜く。レイは後方に子供に投げ飛ばされた玩具のように吹き飛ばされる。

 レイの両足は地面を掠りもせず、その勢いのまま訓練場の壁面に激突した。土で固められた壁面に亀裂が走る。そこから発生した砂のベールはレイを掩蔽してしまう。

 普通なら、ここで意識を失うようなものだが、ヴァンローシャーは抜かりなく剣で詰めにかかる。その目には昂奮が、期待が宿っていた。


 が、その前に勝敗が宣言されようとしていた。武技競戦と違い、魔法校戦は勝敗より武技の舞としての側面を評価される。実際に、両者に戦う意志が残っていても審判の裁量で勝敗を決定させることができる。

 つまり、ヴァンローシャーの剣は勝ちに値する一撃だったということだ。


――眼が開かれる。青の、空から海を貫くような色が。


 審判が宣言をしようとした直前、砂埃が、その砂粒の一粒一粒が莫大な斥力によって無限遠に飛ばされるように霧散した。

 双眸をマリンブルーの宝石のように輝かせた少年が……眼の前から消える。


「ッッ!」


 ヴァンローシャーは一刹那、彼を見失った。が、本能的に持つ剣で身を守っていた。

 レイの剣撃は先までと全くの別物と言っていい。もはや一学生の剣ではない。それとはディメンションが違う。

 ヴァンローシャー不敵に笑った。その笑みは感情が顔面を覆う皮膚の内側から滲み出したようだった。


「レイ。お前がそこまでしてくれるなら、こっちも応えなきゃな!」


 ヴァンローシャーが纏う気が須臾の間に変質する。

 橙色の眼が開かれる。獣の持つそれに近い。


「魔眼!?」


 レイは強くヴァンローシャーを見た。奥底の本能の内側で警鐘が鳴る。


「行くぜ!!」


 ドンッ! と巨大な何かと何かがぶつかった音が轟いた。それがヴァンローシャーの地面を蹴撃した音であると気づく前に、白の剣がレイを両断しようとしていた。

 対し、レイは紙一重で躱し、牽制も兼ねて刀を振ってから、距離を取る。が、その距離もすぐに潰される。ヴァンローシャーの猛追は止まらない。体勢を立て直す余裕がない。


 魔眼が開かれてしまった以上、体力面で劣っていたレイは視力面でも劣勢となる。剣技もほぼ互角。詰まるところ、レイはヴァンローシャーに勝てる道理も道筋も見つけられていない。むしろ、その存在を否定しようとする方向に脳内の細胞は動いていた……。



 

 ライはため息をついた。ため息ばかりをついている。

 目の前で繰り広げられているのは、実戦、魔法戦闘だ。実際に魔法が行使されていなくとも、そう見えてしまう。


「ロー。やりすぎだ……」


 会場も予想以上の白熱した試合に湧いている。ヴァンローシャー家は一応、西方の小国の貴族の家だが、世界的に有名な家ではない。だのに、魔法なしでここまでの動きをされれば嫌でも印象に残ってしまう。

 それに、このあと大将として戦う自分は庶民の出自だ。


 ライは頭を悩ませながら、レイを見る。

 思えば、レイも庶民のはずだ。なのに、ヴァンローシャーにやや劣勢であるものの、充分に戦えている。しかも、ヴァンローシャーは魔眼を開いた。この状態ではライでも勝ち目はない。


「しかし、魔眼保有者だったか」


 ライは【セシャト・ソフィア】でレイを見るが、やはりどうしてかレイの魔力を見ることはできない。一体どうしてここまで自分の魔力をひた隠しにするのか、ライには甚だ疑問だった。逆に、この状況で未だに自身の魔力を隠蔽するリソースを割いているということはまだ余裕があるということなのか。


 もし、レイがどこかの貴族とか士族の出自だとして、それを平生は偽っているのだとしたら、こんなに目立つような戦いは避けるべきだ。ただ、それは自分にも言えることで、ライは吹き出しそうになった。


「ライ、あの二人すごくね?」

「ああ。だが、これは武技だ。ローもムキになりすぎだ」

「やっぱほんと冷静だよな、ライは」

「冷静……まぁ、そうかも知れないな」


 冷静……、自分はそう見えているのか。ライは僅少に口角を上げた。




 レイは何度か反撃を試みたが、尽く凌がれ、ヴァンローシャーの強く速い剣に苦しめられていた。


「すげぇよ、レイ! ここまでやれるやつは初めてだ!」


 ヴァンローシャーの気は一層昂然とし、リミッターを一つずつ破壊していくように、力と速さが増していく。レイの剣は均衡を失ったやじろべえのようだった。


「うわッ!!」


 そして、とうとうヴァンローシャーの剣に耐えきれず、レイは転ばされる。翻って前を見ることはできたが、すでにそこにヴァンローシャーの姿はない。

 彼は、レイの真後ろで剣を振り上げていた。


「おい! まじかよ!」


 その剣が振り下ろされるよりも早く、レイが身体を捻って、横一文字、ヴァンローシャーの首を刈ろうとした。

 完全に死角に入ったはずなのに、レイが冷静に見えていたかのように斬撃を繰り出してきたことに、ヴァンローシャーはややたじろぎ、そのことに口の端が上がる。


「ふぅ………」


 レイは自分の息が少し上がっていることに気がついた。ヴァンローシャーは明らかに格上だ。いま、自分には魔法を封じる手段があるが、倒す術はない。だから、魔法が禁止された条件下では負けてはいけない。だが、目の前のヴァンローシャーは全ての点に於いて、自分を凌いでいる。

 でなければ………。でなければ………………。


 レイはここに来て冷静を欠いた。論理が排され、潜水していた感情が圧力勾配に従って、そして、境界線を越える。

 見ろ! 見なければ勝てない! 見るんだ! 全ては観測から始まる!!


「「ハァァァァァァァァ!!!!」」


 レイはヒートアップしていた。殺気が剣に乗っている。太刀筋もややぶれている。我武者羅だ。

 その殺気を感じ取って、攻撃を躱す。ヴァンローシャーにとって、相手の殺気は攻撃の合図他ならない。

 ヴァンローシャーはこの時点で少し幻滅していた。レイの剣は度々変貌したが、これは良くない。他の学生なら、殺気でやり込めるのかもしれないが、それが通じるのは程度の低い相手だけだ。

 そのような小手先の技術なんて剣を究めんとする者に通用するはずがないじゃないか。

 レイは自分のことを見くびっているのか? そう思うほどだ。


 だが、その感情を押し込める。感情も刃だ。刃は隠すものだ。


 ヴァンローシャーは軽くレイの剣を躱し、止めを刺す……つもりだった。


「えッ!?」


 ヴァンローシャーの剣が通る先にレイはいない。初めからいない。

 ある意味、ヴァンローシャーの油断だったのかもしれない。冷静を欠いた相手が力まかせに剣を振るった。未来のない剣が、自分の剣を避けられる道理はないと。

 だが、避ける避けない以前に、端から相手は剣の先にいない。剣が届かないという物理的な問題ではない。まだ、ヴァンローシャーにこれを言語化、把握することはできない。



 ――読んでいるな。

 ライはそう感じた。レイはヴァンローシャーの攻撃を先読みしている。おそらくヴァンローシャーも違和感に気づいていることだろう。レイの剣捌き自体は大きく変わったところはない。やや、鈍っているようにさえ見える。

 だが、代わりにレイの視線、体捌き、間合い、立ち回りが変わった。レイはヴァンローシャーより一手先に行動している。初動を見て先に動くことはヴァンローシャー相手にはできない。ヴァンローシャーの速さがそれを許さないからだ。

 しかし、レイはそれをいま実現している。非常に絶妙なタイミングで、ヴァンローシャーがその時間に取れるすべての選択肢を潰せる動きをしている。それは勘というものではない。論理であるとライは見た。


 レイの前に広がっているのは計算の空間だ。思考が介在できない完備な数理空間。

 現象次元のもっとも直感的な空間で見た事実を数値化して、数理に対し、エクスクルーシブな空間に書き起こす。星星の運行速度よりずっと速く、ずっと多い数が刻々とまるで独立しているかのように切り替わる。

 衝突して増えて、分割して減って、折りたたまれて、回転するように変換され、刻まれた無限小を指先でなぞる。いや、なぞるという表現はふさわしくない。なぞる時間なんてないのだから。


 ライは冷や汗をかいた。レイの計算能力、処理能力は異常だ。彼の頭脳は魔法演算機すら凌ぐのではないか。

 人は千角形という概念を理解はできるが、想像はできないと言う。だが、レイの場合、理解もできるし、想像も容易くないのではないか。

 あれは……、あれは本当に人間なのだろうか……。


「しかし……」


 それも結局は博奕だ。相手の初動を見て対応するのではない。動きを読むというのは相手がこれから取る動きを予想して、その未来に対して、いま動いている。おそらくレイの圧倒的な思考力と頭の回転の速さでその確率を限りなく1に近づけているのだろうが、1ではない。いずれ破綻が訪れる。


 ライは彼らしくもなくほくそ笑んだ。



 レイははっきりと見ている。その青く輝く瞳の先端と深奥を結ぶ直線を。

 レイの特殊能力の一つ【感知】は魔法的でない。レイは物体が反射する光を観測せずとも、その物体をまるで直接見たかのように感知することができる。魔法探索と異なり、物体の透視はできないが、感知能力範囲内にそれの物理的な綻びがあれば、内側を見ることができる。この感知能力の最大の利点は魔法の干渉を全く受けないところだ。阻害系魔術を悉皆無視することができる。

 それはもちろんこの能力が魔術の範疇に属していないからだ。


 だが、代わりに索敵範囲は魔法に比べてずっと狭い。それにその距離感覚も一様ではなく、自身の正面ほど距離が詰まっているように感じていた。この理由はレイ自身にもずっとわかっていなかったが、たったいまそれを理解した。


 ――この感知能力は未来を見ることができる。


 距離感覚が等方的でなかったのはこれが所以だった。意識的に感知を使うと時間がずれる。魔法数理学では、未来は現在で観測できない事象だ。現在を観測し、現在が確定する。それは未来に影響しない。未来は確定できない。これは公理だ。

 だが、レイの感知能力に限らずすべての特殊能力はこの理の外にある。

 従って、レイの観測する世界では「未来は観測できない」という事実は事実でなくなる。


 そして、魔法数理学の公理が破綻した世界では「未来を観測できる」という結論を否定する材料はなくなる。とはいえ、これは演繹的証明ではない。いまレイの身に起こっている帰納的推論に過ぎない。それに、未来が最初から確定していて、それを観測できるのか、未来は確率的に浮遊しているが、現在において未来を観測することで未来が(現在において)確定するのか、それともただ単に未来は確定しておらず、確定することもできず、レイのまぐれがシーケンシャルに続いているのかは、レイの感覚だけでは判然としない。


 だが、いまレイが未来を見ているのは事実だ。一秒にも満たないであろうそれはしかし、一秒では生産できない莫大な価値を示す。


 ヴァンローシャーは大きな掴みきれぬ違和感を払拭できずにいる。気がつけば自分が劣勢だ。技術も力も負けていないはずだ。むしろレイには疲労が見え始めていて、自分が凌いでいるはず。であるのに、なぜ自分が圧されているのか。なぜ、自分が防御に徹しているのか。なぜ、自分の攻撃は攻撃に繋がる前に断ち切られるのか。少しずつフラストレーションが溜まっていく。太刀筋がぶれていく。



 ――ここまでだな。

 ライは手を挙げた。すると呼応するように壹臣も手を挙げる。これは引き分けを要請する意味を持つ。

 武技競戦は元々勝敗に重きが置かれていない。一定の時間が経過しても勝敗がつかない場合、両大将の合意を持って引き分け、事実上、両者敗北という形を取ることができる。


「「そこまで!」」


 競技服の安全装置が作動する。これにより両者の動きを拘束することができる。


「両大将合意のもと、引き分けの宣言がなされた」


 ヴァンローシャーは審判を強く睨む。


 ――引き分け? 引き分けだ? ふざけやがって!!


「両者。剣を納めよ」


 その時、ヴァンローシャーの競技服が爆ぜた。剣に刃が宿る!


「終わらせられるか! 勝ち負けがつくまで! 俺は退けない!」


 呼応するようにレイの競技服が機能停止する。レイは紫影で競技服の魔法陣魔術を破壊した!


「レイ! 決着をつけようぜ!」

「望むところ!」


 ヴァンローシャーの剣が火焔を吐く。それは一年生が操るには莫大すぎる火力だった。ともすれば観客席まで燃やし尽くすほどの火力。


 レイは紫影を走らせる。一瞬にして炎は消滅させられる。


 ――なんだいまの雷魔法は。なんで雷魔法が炎魔法を打ち消せるんだ!


 ヴァンローシャーは再び炎を剣に付与しようとしたが、気づけば基礎魔法で付与した刃すら剥がされている。


 ――なぜだ!? さっきの雷魔法か!?


 意識をレイに戻すときにはもう遅い。眼前に迫る剣。いまからでは間に合わない。一瞬の油断。こういう不測の事態のときこそ、斬られてはならないのに。


「そこまでだよ。二人共」


 その低い声と共に夜の帳が下りる。いや、夜になったのではない。視界が封じられたのだ。

ヴァンローシャーは灰の手に呑まれた。それすら未来視していたレイは辛うじて回避したが、灰の手は追っては来なかった。それはレイの戦意がなくなったからだと判断したためだ。


「二人共。ヒートアップしすぎたようだね」


 試合監督をしていたラインロードは穏やかな声で言う。


「潤女くん。暴れ過ぎだよ。君らしくもない。それとヴァンローシャーくんも。二人共、暴れ足りないのなら私が相手をしてやろうか」


 ラインロードはヴァンローシャーを把捉していた魔術を解いた。彼は闇に包まれて始めて冷静さを取り戻した。そしてライのことを思い出す。これは背信行為だ。ライへの謀叛。騎士としてあるべく己が、こんな……ままごとみたいな競技で我を失うなんて。

 その落ち込みぶりが強く反省していると見えたのか、ラインロードは表情を緩めた。


「最後のはいただけないが、二人共、非常に素晴らしい戦いをしていた。それは誇りに思っていい」


 その後、二人は礼をして場を辞去する。ヴァンローシャーの熱はすっかり冷めていたが、レイは違った。紫影は魔法師にはっきり通用することに。もしラインロードの邪魔が入らなければ確実にヴァンローシャーの首を落とせていた。もちろんレイが振っていたのは刃のない剣だが、これが実戦であれば勝てていた。


 それとは別に一つ紫影の弱点を発見した。紫影は現象を操る、たとえばヴァンローシャーが使っていた炎魔術にはめっぽう強いが、ラインロードの灰魔術など、物性を持つ魔法は解除できてもその物質は失われない。だから魔法によって飛ばされ、加速される石の加速度を0にすることはできるが慣性に従った石の動きはそのままになる。

 最後にラインロードが言った言葉。「暴れ足りないのなら私が相手をしてやろうか」という言葉。乗らなかったが、乗る価値は合ったのではないか。もしこの言葉に乗ってラインロードを討ち果たせたのならば、自分はもう……。


「潤女……暴れ過ぎだ」

「……あ、あはは。ごめん。火が付いちゃって」


 ……相手が誰であれ、倒せるのではないか。


 この考えがいかに浅はかか。レイは自分でも承知している。結局、紫影には破壊力も防御力もない。魔法を消すことだけしかできない。だから大規模な魔法を自分から離れた場所で展開されれば、為す術がない。魔法に依って引き起こされてしまった現象には無力だからだ。

 だが、一対一では、相手が紫影の射程の内側にいさえすれば、おそらく自分は負けない。武技なら未来を見ればいい。物性を持つ魔法は感知の対象だ。


 レイの武器は磨きが足りないが確かに揃った。

久しぶりに来たら、UIが変わっていて吃驚しました。

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