10. 魔法校戦 二日目 「気配」
◇魔法公学校 学生寮第8棟
レイは刀や、魔道具、銃を装備し、いつも着ている深緑色のローブを纏って、学生会の腕章をその上から身につけた。
すでにヴェーランを装着していて、一度鏡を見て自分に「よし!」と気合を入れた。
朝も早いので、静かにドアを開閉した。
出場校に変更はあったが、進行に変化はなく、レイの出場は予定通り明日(三日目)である。魔法校戦での学生会としての仕事は競技服の確認及び選手の誘導である。競技服は魔道具であり、魔道具の構造は本質的に魔法陣と変わらないので、陣文字を読解できるレイに最も適性のある仕事と言えよう。
極力足音を消して寝静まった学生寮を出た。日は昇ったばかりの時刻で白を燃やしたような灰白色の空が広がっていた。
レイは朝方のやや冷たい空気を吸い込んで、寮を背後に歩き出した。
その途中で、ランニングしているヴァンローシャーを見つけた。
「ロー! おはよう。早いね」
「お、レイじゃないか。レイこそ……って、そっか仕事があるもんな」
ヴァンローシャーは走るのを中断する。
「毎日走ってるの?」
「ああ。騎士になるためにはいつ何時でも主の許に駆けつけるようにならなくちゃならんからな」
ヴァンローシャーはぽんっと封印された剣の鞘を叩いた。
「そっか。じゃあ、会場の方まで一緒に走らないかい?」
「お、競争か? いいぜ! よっしゃ!」
レイは普通に並走するつもりで言ったのだが、ヴァンローシャーはすでにやる気満々と言ったところだった。レイにも断る理由がなかったので、競争に応じる。
「準備はいいか? スタート!!」
二人は同時に駆け出した。
学生寮から会場までは道なりに行けばおよそ一キロくらいある。いずれ学生はショートカットする方法を知るのだが、それでも八〇〇メートル程度あるだろう。
「レイ、やるじゃないか」
「ローこそ」
二人共、基礎付与加速魔法は行使していない。ヴァンローシャーにとって暗黙のルールのつもりだったのだろうが、レイはそもそも使えないので、行使しようがしまいが、レイはそのルールを破ることはできない。
レイは残り三分の二といったところで、ギアを上げた。ヴァンローシャーも当然のようにレイに合わせる。
今度はヴァンローシャーがペースを上げた。レイは更に速いペースに遷移する。
後半はこのように互いにどんどん加速していって、残り四〇〇メートルくらいはもはやランニングではなく、スプリントだった。
「ゴール!」
二人は同時に会場に着いた。会場というのは総合訓練場のことである。
「レイ、本当に、やるじゃないか」
ヴァンローシャーは肩で呼吸している。
「ローこそ。毎日走ってるだけあるよ」
一方のレイの呼吸はすでに整っていた。ヴァンローシャーはそれを見て少し怖気がした。基礎付与加速術式を使えば走り方が変化するので、見ただけで使っていたかがわかる。だが、レイにその徴候はなかった。
つまり、レイは純粋な体力で競争していた。
魔法技能は超一流だと考えていたが、まさか基礎体力まで超一流だとは予想していなかった。
「それじゃ、僕はもう行かなきゃだから、楽しかったよ。また一緒に走ろう」
「ああ……。学生会の仕事頑張れよ」
ヴァンローシャーは去るレイの背中を見ながら、もっと自分を追い込まねばならないなと考えた。
◇学生会室
「みんなおはよう! 今日からいよいよ本番だね」
集まるべき学生が集まってから、アーサーは開口した。
「昨日伝えた通り、競技の進行に変化なし。持ち場変更もなし。とりあえず予定通りで行くよ。あ、巡羅する先生が予定より増えるらしいけど、まぁ、それは僕たちには関係のないことだし。まぁ、なんかあったら通信で連絡するからヴェーランは常に装着しておいて。あと周辺の動向だけど、いまのところは情報は何も入ってきてない。でも、何か起こす気なら、昨日の外部生の入場のときに紛れ込んでるだろうね。だから、すでに外敵は侵入を達成していると考えて動くように」
アーサーは一度全体を見回してから、
「うん。問題なさそうだね。よし、じゃあ張り切っていこう!」
レイは学生会室を出て、持ち場である会場の方へ向かった。その途中で、レイは歩みを止め、『感知』能力を拡張する。『感知』は常時発動しているが、こうして意識することによって能力の範囲を広げられるようになっていた。
と、言っても索敵魔法には遠く及ばず、索敵魔法【猫の目】よりも範囲は狭い。
「「誰だ!」」
レイは茂みの中に人がいることを感知した。目標は位置的に直視できないはずが、レイの『感知』はそれを可能とする。色覚の情報は得られないが、容貌は正確に把握できる。
『感知』での距離感覚と実際の距離にまだ齟齬があるが、それでも見えない位置にあるものを、まるで全方向から見ることができる魔法ではない能力はやはり強力である。
――何か纏ってるな。痩躯で、身長は155〜165センチくらい。性別は……男だな。
しかし、これだけでは特定できない。いまのプロファイルを持つ人間は多く知っている。そもそもレイが知らない人物である方が人数的には可能性が高い。
「こちらは魔法公学校学生会だ。いまから三つ数えるまでに姿を現さなければ、規則に則り、貴方を拘束させてもらう」
外部生の可能性も考慮して「魔法公学校」と明言した。
これがかくれんぼしていたとか平和的理由なら問題ない――が、そうではなさそうだ。
自身に敵対行動を採ってくる場合は一体どういった人物であるか。
アクリージョンなどの犯罪組織の工作員あるいは学生(=テロリスト)
自分の魔法校戦出場を妨げんとする学生。
単に学生会やレイに私怨のある学生……。
レイは三つ数えた。その間にグローブを手にはめていた。
茂みに隠れた人物はついぞレイに前に姿を現さなかった。その時点で、レイは対象をテロリストと断定した。レイはヴェーランの音声送信機能をオンにする。
「テロリストと思われる人物を学生寮から会場に至る林道付近で一名確認。これより学生会会則第5条に則り、を実力で拘束します」
『……え、ちょっとレイくん?』
チャンネルを学生会本部に合わせていたので、本部に残っていたアーサーが困惑を声にしたが、レイは誤って音声受信をオフにした。しかし、送信は切れていなかったので、レイの音声及び位置情報は本部に送信されている。
レイの黒に限りなく近い碧眼がより青に近づく。
「チッ!」
茂みに隠れたテロリストはレイが茂みに突入してきた時点で逃げ出した。
「「待て!」」
レイは刀ではなく、銃に手をかけた。あれから何度か試行錯誤をしたが、麻酔弾、麻痺弾は完成しなかった。
代わりに目標に到達したときに破裂し、激しい痛みで動きを奪う破裂弾、これを完成させていた。
懐から、レイの左手がそこにはくの字に曲がった鈍色の筒。走りながら、銃口をテロリストに向ける。林と雖もここは普段学生も通路として使っている林だ。レイからテロリストの間に目立った障碍物はない。
人差し指を引き金に、次の瞬間、銃は炸裂した。
弾速は計算上では音速よりやや速い。魔法兆候もないため、このように後ろも見ていない人間が避けられる道理はない。
発砲音は抑えられていた。学内でも何回か実験をしたかったがために、消音のシステムをレイは開発していた。もちろん、無音というわけには行かないが、近くで犬に吠えられる、それ以下の音圧である。
弾丸はテロリストの右脚、大腿部で破裂した。テロリストは脚をもつれさせ、一度膝をついたようにも見えたが、反撃はしてこず、道を外れ、逃走に徹した。
レイもより鬱蒼とする林へ迷わず入る。テロリストはレイからの追撃を恐れて林道を逃げるのをやめたのだろうが、元森人のレイにとって、森、林はテリトリーである。二人の距離はより縮まって、レイは二発目を射出した。破裂弾は強烈な痛みを与えるが、致命傷にはなることはない。
今度は逆脚で破裂する。テロリストは前につんのめり、木の根に引っかかったか、いよいよ転倒した――が、今度はテロリストが魔法を行使した。
レイは一度立ち止まる。
前方におどろおどろしい黒い影が揺曳した。超自然系統の魔法であろうが、どういった魔法かは皆目検討はつかない。
テロリストとテロリストの術式が展開された場所は【紫影】の射程圏外だった。レイは左手に紫影を纏わせる。
「――ッ!?」
感知能力で確かにテロリストを捕捉し、他に不審物はなかったはずのに、突如として、犬――魔獣――の姿が黒い影が出現する。
姿を現した魔獣は牙を剥き出しにし、吠えることもせずまっすぐにレイに向かう。
レイは照準を魔獣に合わせ、破裂弾を射出する。
瞬く間もなく、魔獣の首元で弾は破裂した。
しかし、魔獣は痛覚を奪われているようだった。衝撃に煽られるだけで、痛みに悶える仕草は見せず、再びレイに飛びかかろうとする。その瞬間に魔獣に紫影が駆け巡った。
紫影は射程が短いことが欠点であった。射程圏外だとうまく操れず、距離は足りていても命中しないということが多々あり、そこで紫影の帯電する性質を利用し、銃を照準器として応用する方法を思いついたのだ。
魔獣は跳び上がったまま動きを失い、地に堕ちる。レイはすぐさま魔獣の容態を確認しようとしたが、前方から三体の別の魔獣が放たれていた。
レイは同じ要領で魔獣を無力化する。魔獣が無力化された位置は、レイの紫影の射程圏外である。だからこそ、紫影の照準器として弾丸を使ったのだ。
一方、テロリストはその間に『感知』から逃れていて、レイも見えない敵の深追いをやめた。
レイはヴェーランで報告する。この時初めて音声受信がオフになっていたことに気がついた。
「潤女です。目標を取り逃がしました」
『潤女! なに無視してんのよ!!』
『レイくん? 怪我はないかい。いまさっき苒を向かわせたよ』
アリスの怒号と、アーサーの安否確認が同時に飛んできた。
「すみません。受信を切ってました。僕は無事です」
レイは魔獣に触れた――瞬間、崩壊し、塵芥となった。気づけば他三体も土のような灰となっていた。
これはレイの紫影の効果ではない。レイの魔法を打ち消す無機魔術は自身の魔法の制御能が優れていない魔獣にとっては最悪の能力だが、かと言って、嘗ては生物だったものなので、残存する生物としての機能は停止せず、暫くは生命として存在できるはずである。
「有機物生成魔法……」
レイは灰を掬ってそう呟いた。普通なら、炭を魔法で操っていたと考える方が自然で、有機物生成魔法などという不可能魔法の可能性から考えるのは不自然である。
だが、レイは有機物生成魔法は不可能ではないと知っている。
「おい。潤女」
「すみません。取り逃がしま……イテッ」
「テメェ。深追いしてんじゃねぇよ。テメェの持ち場は会場内の誘導だろうがァ」
苒の口調はいつにもまして悪い。
「とっとと会場に行けェ。この場は俺が収拾をつける」
「わかりました」
「あとで反省会だなァ……」
「え……」
「オラ! 早く行け」
「はい!」
レイは手に掴んでいた文字通りの死灰をローブの内側でこっそりと容器に入れ、会場の方へ駆けていった。
会場に着く頃、すでに選手と思われる学生が疎らに開場するのを待っていた。
その中に学内で一番親しい学生がレイの視界に入った。
「カインどうしたの?」
「おう、レイ。いやぁ、武技競戦の予選出場者は観戦できるからさ、せっかくだから見とこうかなって」
「そっか。それはいいね。カエデも来てるの?」
「どうだろうな。あいつは来そうだけど、来なさそうでもあるからな」
結局、何も答えになっていないが、レイも内心、同意見だった。
「僕はもう行かなきゃならないから。観戦は普通にそこの入り口から入ればいいよ」
「おう! 仕事頑張ってな」
時間も迫っていたので、レイは手をひらひら振るだけで、裏口の方へ駆け出した。
最近、いい感じのペースで投稿できていると思っているので、維持していきたいですね(フラグじゃないです)
あと最近全然確認してなかったのですが、ブックマーク、評価、いいねありがとうございます。知らない間にまた増えてて感激です。
これからもよろしくおねがいします。




