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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第三章 魔法校戦
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9. 特異能力者の邂逅

 開会式が終わり、競技は明日から始まる。

 それまで、学生は交流を兼ねた自由時間が与えられていて、外部の学生も学生寮などの一部を除いた魔法公学校内を自由に行動できる。


 黒騎ライもそのうちの一人で、興味の赴くまま公学校内を散策していた。


「これが、魔法公学校か……」


「気に入りましたか?」


「はぁ……。ロー、敬語はよせ」


「あ……ごめん、つい」


 ライの背後から現れたローと呼ばれた男子学生は硬かった表情を崩し、自身の整えられていた灰白色の髪を少し乱した。


「ローも別に私についてこなくていいのに」


「いえ……いや、そういうわけにもいかないじゃん」


 ローさながら忠犬のようにライに循行していた。


「ところでどこに向かってるの?」


「ああ、それはもうじきわかるよ。私の腕を摑んでいるといい。……変な意味じゃない。ローがついて行きたいというから……」


 ローはライの右腕を言われたとおりに摑んだ。


「うぇぇぇぇ??」


「すごいね、これは」


 光の世界から出現したような、見上げるほど高い城のような建造物。先まではそこには見えなかったはずだ。



◇魔法公学校 本館



 魔法公学校の本館はほとんどの学生は寄り付かない。むしろ多くの学生は本館が一体どこにあるのかすら知らない。

 本館には特殊な結界魔法が施されていて、定義された領域内に立ち入らねば本館の姿を拝むことはかなわないのだが、結界に認識阻害の精神系に作用する術式が組み込まれていて、元より関係者以外の立ち入りを拒んでいるのだろう。

 かと言って、ライのように結界の作用を受けない者もいるので、こうして本館に辿り着けてしまう学生も稀に現れる。


「結界か?」


 ローは自分の歩いてきたであろう方角を振り返る。


「そうだね。この学校全体にも強大で安定性の高い防護結界が張られていたけど、これも素晴らしいね。これほど大きくて存在感のある建物をすっかり隠してしまう認識を阻害する術式に、結界自体にも全くゆらぎがない。境界を超えるときも外界とすごい滑らかに接続されていた。この学校には優れた魔法技術があることの証左だよ」


 ライは黒の目を輝かせて隣のローと呼んでいる男子学生に語る。


「たしかに、俺は全然わからんかったもん。ここにこんなバカでかい建物があったなんて」


「どうだろう、ロー。この建物は入っても怒られないだろうか」


「え、入る気なのか? 俺はやめといたほうが良いと思うけど」


 立入禁止とされたエリアに魔法公学校本館は記載されていなかった。尤も、二人はこの建物が本館であるとは判っていないのだが。


「結界というものは内界に術者とかいたり、魔法陣とか魔具があったりするものなんだ。私は是非この結界を支える術式を見てみたい」


「……相変わらず物好きだよな。でも、俺は怒られると思うよ。だからこうやって結界で隠されてるんでしょ」


「いいや。逆だと思うよ。もし本当に入ってほしくないのなら不可侵の結界を展開するべきだよ。単に認識阻害の結界を張ってるあたり、立入禁止ではないと思うんだ。むしろ、看破したからこそ、入る権利を得たと考えてもいいかもしれない」


「そうかな……ッて! ちょっと待ってください」


 ローが腕組をしてライの言ったことを脳内で反芻している間にライは本館を形だけ叩扉してから立ち入った。



「こ、これは想像以上だ……」


 

 ライを待ち受けた景色は彼の想像を大きく超えるものだった。一言で言えば荘厳。下にはレッドカーペットが敷かれていて、床のタイルは鏡面のように磨かれている。

 宙にシャンデリアが吊られているように見えるが、よく見れば吊りさげるためのチェーンもコードもない。そもそも天井が気の遠くなるほど高くにあり、吊り下げることなど現実的でない。


 ならば、どうしてシャンデリアは空中に固定されているのか。


「すごいね。この建物はありとあらゆるものが魔法仕掛けになっている」


 ライの言う通り、本館には汎ゆるところに魔法が掛けられている。しかもそれも高度で緻密な魔法が多く、ライは侵入を選択した甲斐あったと既に満足していた。


「え、進むんですか」


「ああ。こんなすごい建物なんだ。散策し甲斐があるよ」


 ライはレッドカーペットを威風堂々胸高鳴らせ進んでいく。まるで一国の王のようだ。


 そのまま躊躇うことなく、ずかずかと進み、奥の大部屋まで迷わず進んだ。ライはその大部屋を開こうとしたが、僅かに早く扉が開く。それは魔法によるものではない。


 ローは思わずライの手前に素早く立つ。


 扉の向こう側から現れたのは、二人より一回り小さい男子学生だった。


――人の気配が全くしなかった……。


 ローは警戒心を殆ど、いや、全く隠せていない。ライも警戒しなかったわけではないが、ローが縄張りを警邏する獣のようなオーラを出していたので、溜息をつきながら、ローの肩に手を置いた。


「ん、あれ? 外部生……ですか?」


「あ、ああ。ちょっと迷い込んじまって」


「ここは迷い込んでたどり着けるよな場所じゃないと思うけど……」


 やや怪訝そうにしている男子学生は、深緑のローブを纏って、ライと同じく黒い髪をして、黒い目を持っていた。ただ、ライのは烏の羽のような黒だが、目の前の男子は青みを少し帯びた黒だった。


「あ、あはははは。ここに入っちゃまずかったかな?」


「ん? いや、そんなことないと思いますよ。あ、僕は潤女レイ。この魔法公学校の一年です」


「俺は光燈国の国立魔法学校から来たヴァン・ローシャーだ。で、こっちが黒騎ライ。俺たちも一年だからよろしく」


「よろしく」


 ライもローシャーに並んでレイに挨拶をした。


「こちらこそよろしく。僕のことはレイで良いよ。君たちはなんて呼べばいいかな。ヴァンと、ライでいい?」


「あ、俺のことはローでよろしく。こいつにもローって呼ばせてるし」


「うん。わかったよ、ロー」


「レイ。こいつの本名はレップヴァン・ヴァン・ヴァンローシャーだ」


 ライは唐突に友の名前をレイに伝えた。


「お、おい。言うなよそれ」


「ああ、だからヴァンって呼ばれたくなかったのか……。どのヴァンかわかんないもんね」


「そ、そういうわけでもねぇんだが……。ところでレイはどの競技に参加するんだ?」


 ヴァンローシャーはレイが選手として選抜されていない可能性を失念していたが、偶然にもレイは選手であった。


「僕は剣術に参加するよ」


「お、マジか! 俺たちも剣術だぜ。じゃあ、当たるかもしれねぇな。そんときはよろしく頼むぜ」


「うん、こちらこそ」


「ところで、レイ。いま出てきた部屋には何があるんだ?」


 ライは半開きになっている扉の向こうを覗おうとしている。


「ここは図書館だよ。本館の図書館は蔵書数が多いから、よく使うんだ」


「入ってもいいかな?」


「問題ないと思うよ。でも、ここにある本はこの部屋から持ち出せないから注意して」


「それは、魔法が掛けられているってことか」


「え、そうだよ」


 レイはライが出した答えに不自然さを覚えたが、気に留めることを止めた。


「いいね!」


 ライは気がつけばヴァンローシャーの隣からレイの隣にいて、後ろから二人を見ていたヴァンローシャーはどことなく二人が似ていると感じた。


            

                   ◇



「すごいなここは。全部、魔法で動いている。一体、どこからそんな魔力が供給されてるんだ」


「それは僕も知らないな。でも、ライは本当に魔法が好きなんだね」


「レイも大概じゃないか。私も本国で誰にも負けないくらい魔法学は勉強したと思っていたが、君には全く及ばない」


「そんなことないよ。僕も同年代でここまで魔法の話ができる人にあったことなかったし。特にライの魔法解析のアプローチには驚かされたばかりだよ」


 二人は完全に魔法学について意気投合していた。ライはその部屋に展開されている魔法をその場でいとも簡単に解析し、一体、どういった術式が定義されているのか読み解いてしまっていた。


「あ、ちょっと待ってね」


 レイは懐からヴェーラン(=音信通話魔法器)を取り出し、装着した。


「……はい。わかりました」


 三十秒ほどの事務的な連絡を済ませてから、ヴェーランは装着したままで通話を終了した。


「なんかあったのか?」


「あ、ううん。外部生の招集時間だから、早く会場に来いって指示があっただけ。ここは外からの音が遮断されてるから、万人の大時計の鐘の音が届かないから気づかなかった……あ、君たちも行かないと。ついてきて」


「え、そんな時間か、もう」


「本当だ。つい、長居をしてしまっていたな」


 ライは懐中時計を取り出していた。


 レイ、ヴァンローシャー、ライの順で本館を出た。ライは扉を締めつつ、睨むように本館のシャンデリアの向こう側に視線を送った。



――そう、ライだけには見えていた。



 扉が完全に閉まってから、ライが見たもの――――シャルルは空中に姿を現した。彼は些か驚いていた。



 三人は招集時間になってはいるものの、歩いて会場――総合訓練場――に向かっていた。


「その、レイは学生会ってやつなのか?」


「へぇ、よく知ってたね。僕は学生会に所属してるよ」


「いやいや、魔法公学校の学生会って言ったら有名だぜ。とんでもねぇ魔法師ばっか輩出してるって。その代表格に零月靄とか、たしか今年は零月英がいるんだよな」


「そうだね。零月さんは僕より早くから学生会に属しているし、そのお兄さんも現役の学生会だよ」


「へへぇ、一回、手合わせ願いたいもんだぜ」


「ロー。お前じゃ相手にならないと思うぞ」


 隣りにいたライが呆れたように言う。


「そんなことないって。なんてたって俺は将来、大帝騎士団長になる漢だからな」


「大帝騎士団長? ああ、もしかしてローの母国って」


「あ、違うぜ。俺はたしかに留学生だが、生まれは世界西部の貧しい小国だ。一応、中央大連合内にある国だけどな」


「そうなんだ。どうして大帝騎士団長になりたいと思ったんだい?」


「だって、かっこいいじゃねぇか。大帝騎士団長なんて。響きが」


「レイは何かなりたいものとかあるのか?」


 ライが聞いた。


「僕? うーん、まだ何も決めてないけど……医者、とかに興味があるな……」


「おいおい、渋いな、おい。もっとでっかくいこうぜ」


 自称、未来の大帝騎士団長が言う。


「ライは何かあるのかい?」


「え、私か……。私は……ないな。そういうものを考えたことがなかった。聞いておいてなんだが」


「まだ一年だし、ローとか具体的に決まってる人のほうが珍しかもしれないね。ほら、ついたよ。二人はここから入ってって。僕は別だから」


「わかった」


「今日はありがとうな! また試合で会おうぜ!」


「こちらこそ!」


 そう言って、レイは総合訓練場の裏の方へ走っていった。



◇外部生 宿舎


「潤女レイ。同い年なのに非常に優秀な生徒だったな」


「そうですね……」


「潤女家。聞いたことがない家名だったが、もしかすると偽名かもしれないな。私みたいに」


 宿舎内部は魔法の使用は原則禁止で、宿舎全体に魔法を感知する術式が施されている。であるが、この部屋には()()()()の結界が下ろされいて、二人の話し声はおろか、形姿も外界からは認識できない。

 そして、宿舎の魔法感知の術式はライの結界を察知していなかった。


「そうかもしれないですね」


「ローはどう思った? レイについて」


「……はっきり言って、底が見えない男……ですかね。学生会に一年で抜擢されているわけですから、魔法師としては非常に優秀なのでしょう。それに、俺はレイの魔力を全く測定できませんでした。忍術などに非常に長けているのでしょう」


「そうだね。レイは魔力量を隠すのがうまかった。魔法的なゆらぎがまったくなかった。まるであの結界、いやそれ以上だ。魔力量をゼロと欺ける術が存在していたことにも驚きだし、その術式さえ表面に全く現れていない。もしかしたらあの結界もレイが作成者だったのかもしれない」


「ライ様もレイの魔力を感知できなかったのですか?」


「…………そのライ”様”ってのやめないか?」


「ならば、殿()()と」


「それはやめろ。むしろ、私はたとえ誰に聞かれていなくても敬語も取っ払ってもらいたいほどなんだが」


「それはできないです。本当は常に使わなければならないのですから」


 ヴァンローシャーはこの一点においては強情だった。


「はぁ……。もういい。で、お前の目から見て、レイは危険だと思うか?」


「それはなんとも言えませんが、ただこちらのことを全く勘繰ろうとしては来なかったあたり、特別警戒する必要はないと思います。むしろ、他の学生会の方が気をつけた方がいいと俺は思います」


「同意見だ。私もレイとは友好な関係を築きたいと考えているし、仮にレイが偽名だとしても、勘繰られたくないのはお互い様だ」


 ライはヴァンローシャーの意見を引き出していた間に考えた。もし、レイが敵であったと考えた時、自分たちは本館に誘導されたということになる。が、それはありえないことだった。ライは『すべての術式の構造(情報)を直接視る能力(=セシャト・ソフィア)』を有している。


 現代の魔法学では魔子の流れによって術式を確立し、魔術の本質は魔力の集合体にあるとされる。これは間違っているわけではないが、ライに言わせると不充分であったのだ。



 魔法の本質はより原始的な場所にある。



 ライはその原始的な術式を直接視ることができる。ライが結界を見破れたのは魔法表面に現れた、人間の分解能、閾値を大きく下回る無視できるほど小さい微小ゆらぎを察知したわけではなく、原始的な術式を直視したからだ。


 原始的な術式を視ることによって、ライは魔法を構造式として脳内にインプットできる。その構造式を視ることによって、その魔法の効果、定義を確認することができる。


 読み取った情報を自身にフィードバックすることによって、ついにはその魔法効果を無効化できる。ライはこの魔法的なフィードバック制御が抜きん出て優れていた。つまり、幻術や精神に直接作用するような術式はライには通じないのだ。術式を視てから、無効化するまでにかかる時間はそれこそ無に等しい。術式が作用する前に無効化できるし、あえて作用してから無効化することすら可能である。


 この能力を知っている者はライの他に数人しかいない。ライに親しい人でも、術式耐性が特別に強いという認識を植え付けている。


 が、ライはレイの魔力量を全く覚れなかった。これは彼にとって初めての経験だった。どれだけ魔力を隠匿しても、隠匿する術式を読み取れる。また魔眼保有者と同様に、魔力を直接視認できるが、やはりレイには一切の魔力が宿っていないように見えた。


 だから、ライは少しだけ思考する必要があった。もしかすると自分の能力が通用しない術式の可能性を。だとするとそれはもはや魔術ではない……。


「……同類、なのか」


「何か仰りましたか?」


「ああ、いや、なんでもない」


 ライが気の迷いだと切り捨てた短絡的な結論はある意味正解だった。種類は違うが、ライもレイも魔法以外の特異な能力を有している。それぞれ『セシャト・ソフィア』、『無機魔術』であり、そのどちらもが、対魔法最強と言ってもいい能力だった。



――レイ、君の正体は一体、なんなんだ?



 結局、ライは結論を出せずに思考を停止することにした。

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