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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第三章 魔法校戦
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7.

◇医療棟


「人……ってのは魔法師っていう認識でいいんだよね?」


 ハイルはレイにカップを差し出した。レイは「ありがとうございます」と言って手にとった。


「はい。魔法師一人の動きを止められて、そして、後遺症が残らないような量を知りたいんです」


「……うーん、難しいね。医術にも魔法医学にも『麻酔』って言って、手術のときに患者さんを眠らせるものがあってね、魔法でやるのは簡単なんだけど。薬物で麻酔するのは調整が難しいんだ。それにレイくんが望むような筋肉に注射して眠らせるとなると、もっと難しくなってくる。普通は吸入するからね」


 レイはハイルからの答えを聞いて唸った。レイには医術の知識がない。特に医術でも別枠ともされる麻酔科学は完全な畑違い。


「ところで、レイくんの目的を聞いてもいいかな?」


「え、あ、すみません」


 レイはハイルに訊ねた理由を開示することを失念していた。


「今度、実習の講義を取ることになって、万が一、学外で戦闘に及んだときに相手を無力化できる武器がほしいなと思いまして。一応、僕は学生会でもあるので」


「ああ、そういうことだったのか。レイくんの質問の意図を理解したよ。うーん。でも、やっぱり難しいと思うよ。たとえば完全に昏睡させてしまう、とかなら毒成分の濃度と量を極端にあげてしまえばいいけど……」


「後遺症が免れない……」


「うん。そもそも人間、特に魔法師を薬物で眠らせるのは魔法以外の手段を取るとなると簡単じゃないんだ。魔法師は身体に魔子(マース)が循環しているから、医術的な麻酔を施しても、魔法的なフィードバックが無理やり身体を起こしてしまうことがあるんだ。だからこそ、いまでは手術直前に魔法で眠らせる方法が採られているんだ」


 このフィードバック制御は確定的に機能するわけではない。魔力量、制御機構、ダイナミックモデル、また先天性なものに依存するところがある。だが、多くの戦闘魔法師はこのフィードバック制御が優れていると言われている。


「あ、でも、たしか学校にハウリの木があったよね。この時期のハウリは毒性が強くて、食べると身体が麻痺することがあるんだけど、その毒素を抽出して濃縮すれば、皮膚についただけで感覚麻痺はおこせるよ。即効性はあるけど、ほんの一時的な作用で後遺症も残りにくいし。ただ、扱うときには充分に注意しなきゃいけないけど。間違って吸引したら、最悪死に至るからね」


「そ、そんな危ないものがどうして学校に生ってるんですか」


「さぁ。僕が入学した頃からあると思うけど、でも、学校のハウリは毒性がだいぶ弱い品種だとも聞いたよ。学校のは違うけど、実際、全く毒性のない一季性の品種も存在しているらしいし」


 レイはハイルから聞いた話を一旦、全て脳内に保存した。


「ただ、そういった薬物を利用するには正しい知識と技術が必要になるから、僕はあまりおすすめできないけど……」


「その辺は大丈夫です。自然の毒には大体耐性を持ってるので。僕、もともと森人(ヴァルダ―)でしたから」


「え、ああ、そうなんだ。森人なんて珍しいね」


 ハイルは森人を見たのはこれが初めてだった。と、同時に色々と彼の中で納得がいっていた。レイは他の学生とは異質すぎる。

 ハイルはすでに魔法公学校の学生ではないが、その情報は主に医療棟にいるので流れてくるのだ。それにレイが怪我を負ったときも、医術が扱えるハイルが基本的に治療することになっているから、特にレイのことは聞き及んでいたのだ。


 それからレイはカップを空にしてから、医療棟を後にした。



◇総合訓練場


「うん。ここで選手の装備の確認をするんだ。確認が終わったら、そのまま向こうの方に誘導してあげて」


 隆伊(たかよし)は魔法校戦について、業務内容の引き継ぎを行っていた。昨今の侵入事件を鑑み、学生会の配置が変わったのだ。そもそも装備品は魔具や魔法陣に詳しいレイの方がはじめから適役で、レイも隆伊の方も役割の入れ替えは納得していた。


「これで以上ですか?」


「うん。これで一通り説明は終えたかな。たぶん、本番も不測の事態がなければ今日話したことが頭に入っていれば充分だと思うし、何かあったらヴェーランとかで僕とか他の先輩方に尋ねてもらって」


「了解です」


 隆伊は小一時間説明したが、その間レイは特に何も録していなかった。別にいま話した引き継ぎ事項は秘匿事項などではなく、紙面として残っても何も問題はない。だからこそ隆伊は「紙に書いとかなくても平気?」と一度、訊ねかけたが、思えばレイの記憶力及び情報処理能力は人間離れしているのだ。

 おそらく、いまこの場で引き継ぎ事項について抜き打ちテストみたいなことをしても、レイは完璧に答えられるし、寧ろ隆伊が言ったことを最初から最後まで全部唱えられるかもしれない――というのは言い過ぎか。


 だが、それほど隆伊――だけではない、学生会の面々――はレイの頭脳については疑っていない。実際、学生会に入った当時、他の学生から本当に優秀なのかテストされているのだ。隆伊はその場には居合わせられなかったが、「全員を黙らせた」という結果だけは聞いていた。


「ところで、潤女くん。今日のこととは全然関係のないことなんだけど、いいかな」


 隆伊はやや戸惑ったような物言いで、レイは黙ったまま先を促した。


「たしか、潤女くんはこういう魔法陣とかを解析したり、自分で作ったりできるんだよね」


「公式の資格は有してないですけど、作れますね」


「そうか。なら、たとえば封印とか呪術の類の魔法陣も解析できたりするかい?」


 レイは未だに隆伊の質問の意図を理解していない。


「時間をかければ解析できないということは……」


 と、言いかけてレイの口の動きは止まった。四次元構造を持つ魔法陣。改聖教の襲撃を受けて失ったものだが、果たして失わなかったとして完全に解析できただろうか。


「……ものによります。ただ、一般的な封印とか呪術に使われるような魔法陣は実際に解いたことがあるので、解けるとは思いますよ。あ、もちろん自分の魔法陣を解いただけで、犯罪につながるようなことはしてないです」


 封印はたまに国家機密を保存するための金庫代わりにも使われることがある。


「そうか……。いいや。気になったから聞いてみただけで、何か解いてほしいものを持っているわけじゃないんだけどね」


 隆伊は総合訓練場の鍵を締めた。


「……いや、いつか解いてほしいものができるかもしれない。その時はよろしく頼むよ」


「……? わかりました。その時はまた僕に聞いてください」


 隆伊の平生とは異なる態度は妙にレイに引っかかったが、その根っこにあるものはレイに推し量れるようなものではなかった。



 そうして、魔法校戦の準備は粛々と進められていった。

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