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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第三章 魔法校戦
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6. 誤算の始まり

◇東部アクリージョン改聖教


 第四使徒モート=トーディウス=ネメシスがステッキをカツンと床に付いてから、不気味に口を開いた。


「魔法公学校のことですが、例の魔法陣は確かに回収致しました。もちろん! そこにいた研究者(迷える子羊)たちもみな等しく『命からの解放』へと導きました」


 ネメシスは声高らかに報告した。


「あと……二人ほど、学生会でしたでしょうか。その場で救済してあげることは力及ばず……叶いませんでした」


「その二人というのは」


 隣りに座っていた、第二使徒であるハクライが訊ねた。


「一人は、魔眼保有者の雷魔術師、もうひとりは強力な封印魔法を持つ学生でした。おそらく、()()にある『イクス=フィガローテ』と『アーサー=ゴールドベリル』でしょう。今度お会いしたときには是非、慈悲を以て救済してあげましょう。彼らはまだ若い。『求死』の概念を……」


「ネメシス。報告が終了したならば口を噤め」


 ハクライはネメシスの()()()を遮る。ネメシスも「これは失礼」と素直に引き下がる。


「傀儡人形は期待通りの性能を発揮したということでいいか」


 ネメシスは言葉ではなく、首肯で答えた。


「……この資料は研究班からだ。回収した魔法陣は、班の想定を大きく上回る精度と速度で解析されていた。公学校には非常に優秀な研究者がいるとのことだ。ネメシス心当たりはあるか」


 資料はカールスを用いて記述されているため、盲目のハクライでも魔法的に内容を読み取れる。


「……ああ! そう言えば子羊の中に一人、【灼弾】を使う者がいましたねぇ。とても綺麗な魔法でしたから、少し感動してしまいました。どちらにせよ研究者は全て『求死』しましたから」


 これがこの会議に於ける最初の誤認だった。

 ハクライはネメシスの返答を確認してから、言葉を続けた。


「次にだが、『合成魔獣』の実験を中止する」


「はァ?」


 声を上げたのは第八使徒の愾剞(がいき)だったが、他の使徒も怪訝な目でハクライを見た。


 ここでは序列により座る席が決められている。従って、第二使徒のハクライと第八使徒の愾剞はおよそ長机の対角線の位置。

 愾剞は隆々な漢で、顔に刻まれた刀傷にそれより深い眉間の皺はそれだけで威圧感、恐怖感を煽るものだが、皮肉なことにハクライは盲目であり、そもそもハクライは愾剞の方に意識を向けていない。


「我は八咫燕(やたつばめ)愬彌(さくや)と邂逅した。その際に『合成魔獣を放棄せねば改聖教に敵対行動を取る……』」


「おいおいおいおい! 第二使徒様よォ? 少し脅されたからってそんな条件飲み込む気じゃねぇよなァ??」


「改聖教はこの条件を飲む。いま奴と敵対している余裕はない」


 ハクライは即答する。


「はァァァァァ???? テメェは腰抜けか?」


 それに対し愾剞は声を荒げた。背負っていた巨きな剣を振りかざし、机に突き刺した。切れ味が悪いのか、机はへし折れる形になる。


「ああ、もうやーね」


 ハクライの()()に座る女が壊された机にふれる。すると机は霊魂が宿ったかのように大剣を避けながら、元の形に修復した。


「愾剞。貴殿が不満ならば我に決闘を即座に申し出ろ。貴殿は貴重な戦闘力だ。命は取らない」

 

 ハクライは相変わらず前を向いたまま、一切低位の使徒の方には意識を向けない。

 決闘というのは改聖教の「使徒」と「使徒」の争いを解決するための手段に一つに用いられる。よくあるのは低位の使徒が序列に不満を持ち、高位の使徒に決闘を申し込むというもの。実際、ハクライはこれによって第二使徒の位置まで上り詰めた。


「ハッ! 腰抜けがァァァァァ!!」


 愾剞とハクライは大男と少年。傍から見れば「野蛮な暴漢」と「不憫な子供」の構図だが、ここでは違う。

 愾剞は机に乗り上げ、禍々しい魔力を纏う。およそ室内で使うような規模の魔法ではない――が。


「愾剞。魔法を解け」


 その時にはハクライの二刀は愾剞の首元を両側から睨んでいた。ハクライの前ではどんなに強力で特殊な魔法でも、この瞬間移動【フリューネイト】の前では、発動する前に頸を落とされる。


「あめぇんだよ!」

 

 結果は火を見るより明らかだ。だが、『決闘』というものは基本的に()()()()()()()続けるもの。端から殺意のないハクライに対して愾剞は恐れるものはなにもないと判断した。

 後方に闇属性の術式が展開される。


「……ガッ……」


 しかし、次の瞬間には愾剞は口から泡を噴き出すことになる。ハクライの雷魔法が彼の意識をショートさせたのだ。展開途中の術式も破綻し煙と消える。


「話を戻す」


 愾剞が地に膝を屈したのと同時にハクライは元いた席に座っていた。この瞬間移動にいい思い出のある使徒はこの場にいない。いくら使徒と言えど、この速さに対応できる者はいない。


「我らには絶対の使命がある。この現状に於いて、八咫燕と積極的に敵対することは良策ではない。よって合成魔獣の研究中止を決定した」


 ハクライは一度間を置く。先のように反発が出ていないことを確認するためだ。


「だが、貴殿らが懸念するように、我らは世界のために八咫燕を除かねばならない。故に八咫燕の特徴を教え伝えておく」


 ハクライは愬彌の背格好や話し方、特定に必要な情報を事細かに説明する。もちろん、色や顔の造形などはハクライには判らないが、それでも背格好などを把握しているあたり、彼にもなにか相手の外形を知る術を得ているのだろう。


「……魔法だが、【時空間魔法】及び、現象界の物理法則を捻じ曲げる魔法を扱う」


「時空間魔法?」


「ある種の伝説として八咫燕は【時空間魔法】を操ると言われていたが、事実であると我は認めた」


 時空間魔法は不可能魔法の一つで、その中でも最も不可能性の高い魔法だ。時空間魔法の定義は名の通り、『時』と『空間』という()()()()()の中を移動、及び変質させる魔法で、時間遡行(任意の時間への移動能)、不連続な空間の連続化(互いに距離のある空間を繋ぎ合わせる、空間と空間を入れ替える、空間を移植するet cetra)が含まれる。


「八咫燕は我より速く、いや、早く魔法を発動できる」


「それってハクライちゃんのよりも速いってことよねぇ〜」


「我のどの魔法よりも速いという認識が正しい」


 言い換えればハクライの魔法に追いつけない他の使徒が愬彌の魔法に追いつけることはあり得ないということだ。


「次に、公学校の学生会についてだが、ネメシス。標的は洗脳できたのか」


「いいえ。それがですね、途中まで誘き出せたのですが……急に向こう側から索敵魔法を行使してきたとのことで……おそらく敢えて術式にかかったふりをして逆にこちらを炙り出そうとしたのでしょう」


「……ブレア=ルアータルト。学生会で最も洗脳に適したと考えたが……見当違いだったか」


「どうやら彼女は公学校随一の忍術使いのようです。まさかこちらの術式が看破されているわけではないでしょうが……」


「催眠術式に耐性があった」


「ええ。そうと判断しました」


 実際は異なる。ブレアは確かに忍術に長けているため、幻術の知識も多いが、あのときは誘導する魔法系の幻術にかかってしまっていた。


 逆にその幻術にかからなかったのは偶然、隣にいたレイだ。レイがブレアの不審に気が付き、魔法が破られていたのだ。


「ただ、ブレアさんはこの作戦にとって()()が使えなくなったときの代替品。()()がいまのところちゃんと稼働しているので、作戦に支障は出ないでしょう」


「実働部隊はネメシス、貴殿の直属だ。貴殿がそう曰うのならば問題はない。この作戦は必ず成功させねばならない」


「ええ」


「ところで、蒐々鬼。彼奴は使えるのか?」


「いやー、それがあいつ目を離すと本能のまま動き回りやがって、一昨日くらいまで一緒にいたんですが、いまは行方不明ですよ。あ、戦力としては問題ないっすよ」


 蒐々鬼は飄々と言ってのける。


「蒐々鬼。貴殿には別件で彼奴の回収を命じる」


「へいへい」


 こうして会合は終わったが、改聖教は魔法陣のこと、幻術のことでレイを二回も見逃していた。それにレイは魔法的にも改聖教の完全な盲点に重なっていた。


 机に置かれた、学生会の資料に「潤女レイ」という名は乗っていなかった。

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