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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第三章 魔法校戦

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4. 帝剣

 ヴァーメイルは「生」も「死」も、「勝利」も「敗北」も判然としないまま、意識は滅んでいった。敗北から終焉までに、簡単な二択問題の答えを確認させる余裕を与えられなかったのだ。



 しかし、彼の身体は意識とは乖離した次元で、まだ完全な死に至ってはいなかった。



 古典生物学的(=医術)には、彼の組織の大半は潰滅していて、即死の診断がされるであろうが、魔法医学の立場から見れば、魔子がいまだ循環し、現象次元での身体活動が停止してからの時間経過はまだ短いため、(かなり低い確率には変わりないが)恢復の可能性が残っている。


 即ちヴァーメイルは臨死体験を進行しているということだった。


 彼は超自然のレベルに於いて、覚醒した。



――私は…………?


 白堊のいかなる光を受け付けない「空間」に、ヴァーメイルは「浮かんでいる」


――ここは…………?


 ヴァーメイルは不思議と冴え渡っていた。この「空間」が世界のどこに当たるのかは全く推測がつかないのは、この「空間」がこの世界から隔離されているものだと覚った。

 意識を体とする彼は、未だ自身の容器が如何様であったかを思い出せていない。この「空間」が譫妄に近いものなのか、何らかの魔法効果なのか、将又夢を見ているだけなのか、それらの複雑なことは考えられないが、誰でも真っ先に思う疑問だけを浮かべては解消していった。


――そうだ。私は大帝国の王子。


――名はヴァーメイル。


――ここは遺跡……?


――なぜ私は遺跡に?


――ああ、そうだ。




『爺! スター遺跡だ! そこには必ず私の求めるものがある!』

 

 腰に剣を差し、赤髪を揺らし、ぐん、と城内を歩む。


『それはどのような……』


『うるさい! 私に口答えをするな! 兎に角付いてこい!』


 これは彼の追憶だ。



 スター遺跡に潜ったのは、なにか特別な理由があるわけではなかった。単に、彼の気まぐれ。直感である。

 だが、その気まぐれは殆ど確信と彼の中で位置づけられていた。

 

 この遺跡には必ずなにか、彼を昂揚させるものがあると。


 結果的に、眠っていたドラゴンを叩き起こし、彼は確かに昂揚した――が。



――ちがう。私が望んだものは魔物などではない!



 いくら、ドラゴンとは言え、魔物に変わりなく、人間と同じように魔法学的な制約を受ける。

 かのヴァーメイルがそのような世界の理の内側にあるものに、態々心躍らせ、足を弾ませるはずがない。



――おい! あるんだろう! 出てこい


 ヴァーメイルはすっかり自我を取り戻した。この超意識の世界で。


――私の前に姿を現せ!


 宛ら、妄執に憑かれたままの亡霊のようだ。だが――。



    「『「ならば、喊べ。我を喚べ」』」



 その「声」はヴァーメイルのものでは決してなかった。便宜的に「声」としたが、それが声であったのかは懐疑的だ。もちろん、セバスティアンのものでもなく、しかし、ヴァーメイルはその声に異様な親しみ――まるで共鳴のような――を覚えた。

 すぐに、彼が求めていた、彼が求められていたものであると把握したのだ。


 だからこそ、彼は「世界を超越した力」に対し、一寸の躊躇を見せなかった。



「「「エクスカリバー!! 私の剣となれ!!」」」

 


 ヴァーメイルはその声の主を「エクスカリバー」と呼んだ。



    「『「傲慢な……だからこそ爾が相応しい」』」



 ヴァーメイルの右手に忽ち【エクスカリバー】が与えられる。彼は確と握りしめる。



「「な、なんッ! ぐッ! う、あああああああ゛」」


 

 同時に、右腕を冒す強烈な「痛み」に呻吟する。

 それも須臾の間のことで、見やれば黒の模様が右腕に刻まれていた。呪禁にでも使われそうな文字列、だが、ヴァーメイルは恐怖を微塵も覚えなかった。



「ああ、これだ! これこそが私の求めていたものだ!!」


 

 寧ろ、昂ぶっていた――!


 

「「王……いや、【()()エクスカリバー】我が覇道を妨ぐもの全てを排除せよ!!」」



 ヴァーメイルは帝剣を高々と振り上げた!!



                ◇




 ドラゴンは地上に姿を現した。ドラゴンにはもう、遺跡に()()されたままでいる理由も必要性もない。

 なぜなら人間と同等レベルの魔法が行使できるからだ。それに歓喜し、ドラゴンは天高く炎を吐いた。


 まるで、天への報復のような。ただこれだけで、遺跡辺りの村は灼け滅んだ。


 飛翔しながら、ドラゴンは下界を見下ろし、息吹を吐きながら哄笑する。


 灼ける村を見、人間の世界というものは酷く脆弱なものなのだと識った。


 いままではただ遺跡に踏み入った愚かな人間しか食えなかった。だが、これからは、自分から好きなときに大量に人間を虐げることができる。ドラゴンはこれから訪れる無限の甘美に脳が溶けてしまいそうな悦楽を覚える。


 潰された左の二つの眼を魔法で修復した。治癒術式ではない、魔法で眼のようなものを創成した。

 ドラゴンは方向を変えた――ちょうど「王都」のある方へ。


 魔法の翼で毒気のない大気を叩いて、飛び上がる。両方の眼は確と王都を捉えた。空中で急旋回し、超高速で飛竜した!



 【エンチャントエンブレム】



 王剣魔法が展開される。

 ドラゴンの飛ぶ先に光剣の要塞が構築される。それは世界最強の生物、竜にとって目障り他ならない。

 ドラゴンは体内で魔力を練り上げる。



「「「グゴガァァァァァァァァ!!」」」



 光の要塞に、息吹が照射された。無造作ではなく、確かに収斂されて。

 

 空間を破壊する衝撃波が爆発する。それは軈て地上の大地震に繋がり、毀れる光は致死の矢となる。だがしかし、要塞は陥落しなかった。


 これにはドラゴンは怪訝に思い、要塞から距離を取り、腕に魔法剣を展開する。


 逆に光の要塞、否、王城は自ら中心に吸い込まれるように収束した。



「息吹の魔物よ。もう一度、手合わせを願おうか」



 エクスローンを纏ったヴァーメイルが光とともに宙に顕現する。ヴァーメイルはドラゴンの真正面に威風堂々立って(浮いて)魅せた。

 ヴァーメイルは王宮剣術の構えを取るが、ドラゴンは更に距離を取るばかりだった。

 それも致し方ない。ドラゴンの眼に映っている()()はもはや人間ではない。況してや魔物でもない。


 例えるならば世界の王、例えるならば神に相当する。おそらくドラゴンが魔物だから、自然に生きる物であるから、敏感に異様さを捉えられている。ヴァーメイルの放つ異相はただ畏れていればいいような代物ではない。崇拝を強いてくるような異相だ。


 ヴァーメイルは剣を高く振り上げた。刹那、ドラゴンは逆の方向へ飛び出した!


 魔物としての強い本能が、ドラゴンの矜持を踏み倒して巨躯を飛び立たせた。



 【帝剣魔法シャレツェワル・ロード】


 突如、暗雲が立ち込める。飛翔するドラゴンの移動速度がゼロになる――いや、ドラゴンの時間速度がゼロになったという方が正しいか。


 ――刹那、ドラゴンは地に叩きつけられた。外力によるものというより、超重力を受けたようだった。

 気がつけば額をレッドカーペットに擦り付けさせられている。


 そう、ドラゴンが拘束されている場所はシャレツェワル・ロードにほかならない。



「《面をあげよ》」


 ドラゴンは身体を低くしたまま、頭部だけを持ち上げた。ただの言葉であるのに、詠唱のような圧倒的な強制力を保っていた。


  グルルルル…………。


 ドラゴンは超重力による拘束を解こうとしたが、爪の一本たりとも動かないどころか、重力により、牙爪に罅が入り始めていた。


「貴様に問おう。貴様は我が覇道を阻む者か?」


 正面――といってもおよそ七〇メートル先にある玉座に座っていたのはヴァーメイルだった。


 ドラゴンの爪が一つ、砕けた。悲痛を叫びそうに鳴るが、その鬼哭さえ消されてしまう。


「いいや、我が覇道を阻むものなど、この『世界』には存在し得ない」


 ヴァーメイルの言うことが不思議とドラゴンには理解できていた。ここで初めてドラゴンは魔物もどきの「鳴き声」が鳴き声ではないことを識った。


「お前は、我が忠臣セバスティアンを焚殺した。これは許されるべき行為ではないのは理解しているな」


 ドラゴンは鱗の間から血を流し始めた。しかし、悲痛は叫べない。ただ耐え難い痛みがあるだけだ。


「これは当然死罪に値する」


 ヴァーメイルは玉座から立ち上がり、剣を握りしめ、一歩一歩平伏させられたドラゴンに近づく。そのたびにドラゴンからは血が吹き出した。


「私は超越者である。この世界の理を超えた世界に生きる者だ」


 ドラゴンの体内が沸騰し始める。もとより体温は高いが、その基準値を大きく超えているのだ。


「限りなく全能に近い者だ」


 ドラゴンの鱗が一人でに剥離し、割裂した。


「だが、いくら私でも死人を甦らすことなど不可能だ」


 ヴァーメイルはドラゴンの目交に立ち、剣を高く振り上げる。

 ドラゴンは死を覚ったが、生物の本能に反して、この痛みから逃れられるならば――という()()も過ぎった。 


「これは覆せないことだ」


 ヴァーメイルは剣を縦に振るった。飛沫が舞う――――血ではない、魔子の。



「だが、貴様には価値がある」



 ヴァーメイルはドラゴンの魔法でできた右翼を斬り落としていただけだった。


「貴様の戦闘力、魔法力は抜群である。これを失うのは私も本望ではない。ならば寧ろ、尊い犠牲を払った代償として、貴様を手に入れよう」


 ヴァーメイルはドラゴンの額に鋒を突きつけた。


「王命だ。《私に忠誠を誓い、我が配下となれ》」


 刹那、ドラゴンの巨躯が光とともに壊死した。その崩れた魔物の残骸から、もぞもぞと小さな生き物が這い出した。

 凡そ、人間の子供のようで、背丈は一六〇センチ程度だろうか。背中からは未熟な黒い翼が生え、犬歯が牙のように剥き出していた。


「……アテム。お前はこれからそう名乗れ」


 ヴァーメイルは新たな臣下にそう名付けた。


 アテムは先程と()()()ヴァーメイルに平伏したのだった。



 ヴァーメイルは剣で空間を薙いだ。そして眼下に広がる森を見下げる。


「《大自然よ。私は超越者である。私を崇め奉れ!》」


 ヴァーメイルの()()に呼応して、森は地ならしを起こしながら一層茂った。まるで一輪の大花のように。



「ククッ……。ハッハハハハハハハハハ! アッハッハッハッハッハ!!!! 私は遂にやったぞ! 私はやっとこの世界を超越した!」


 左手で悪魔の笑みを浮かべる顔を抑え、震えながら嗤笑する。


 帝剣を強く握り、天候をも従え、雷の雨を降らす。もはや世界はヴァーメイルの許に下ったのだ。


 帝剣エクスカリバーの【絶対王政】。全てを従える帝剣の特殊能力。


 この特殊能力は魔法の理を逸脱している。



 それが帝剣の力。()()()()()に王の力を与える。かつて、ヨノクニの賢者であった、ヨノ・オ・ジャルハンも保っていたとされる剣。


 帝剣はその時世に一振りだけ現れる。決してその全てが剣の形をしているわけではない。だが、帝剣には全て共通点が存在する。


 第一に、帝剣は帝剣が()()()()(=使用者)をして必ず「王」ならしむ。


 第二に、譲渡・強奪が不可能である。「選ばれし者」を除いて、柄を持つことが許されない。


 第三に、帝剣は使用者をオ・ルーインという呪禁により拘束する。これは文様として体表に現れ、軈て術者をして死に至らしめる。なお、世界東部で帝剣が邪亞吮(カース・かあす)とも呼ばれるのはこれが所以だ。


 第四に、使用者が死に至れば、同時に帝剣も姿を消す。 

 

 史上には、帝剣に選ばれた者は六人いた。そのどれもが三〇歳を超える前にオ・ルーインに蝕まれ命を落とした。

(他人に譲渡ができないため、夭折の宿命からは逃れられない)やはり同時に帝剣も姿を消し、時代を超えて新たな使用者が出現する。

 同時に二人以上の使用者が現れないので、全て同じ帝剣であるのではないか、言い換えるならば、全てジャルハンの「輝世(うつしよ)」であるのではないか、と言われているが、真偽は未だ不明である(というより、確かめる方法がない)



 その絶大な王の力が、いよいよ「王にしてはならない」人間に渡ったのだ。



 これは意味した。たったいま、世界が大きく変わったのだと。

お久しぶりです…………。


大学生活が本格的に始まって、急に勉強が忙しくなった………というわけではなく、普通に時間を浪費して活動していませんでした。


いまは期末テスト期間中ですが、まぁ、なんとかなるでしょうということで久しぶりに活動しました。


こんな感じでぼちぼちひっそり活動していきますのでよしなに…………。

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