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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第三章 魔法校戦
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2. 誤算の始まり

 それは伝説としては大袈裟で、俄に信じられるものではなかった。



◇スター遺跡 最深部


 シャレル・ト・ルエル敬大帝国第一王子である、ヴァーメイルはたしかに息吹の魔物(ドラゴン)を討った。


 だが、瓦礫に埋もれ致死量の出血を起こしているのもヴァーメイルである。


 これは彼が弱かったからではない。ただ知らなかっただけなのだ。


 人間が伝えてきた伝説は存外深遠で、魔法の世界は存外宏遠なことに。



 ヴァーメイルは失われていく血の気持ち悪い感覚に、冷えた羽毛に緩やかに包まれているような意識に陥った。


 

――私は負けたのか……?


 

 ヴァーメイルの身体の器官は秩序を失って、見るに堪えない姿だが、それすらも自身では把握できない。


 不思議であった。身体の感覚は漸次的に失っていくのに、思考はますますクリアになってきていた。

 いいや、身体の感覚に脳のキャパシティを割かなくて良いから――と筆舌するのが正しいのかも知れない。



――私は……負けたのか………。




 ヴァーメイルは痙攣する上瞼を僅かに残った体力を総動員して、釣り上げた。外界に晒された眼にはすでに王(子)の煌めきはなくて、ヴァーメイルは闇を見つめ続ける。



――私は……死ぬ…………のだろうか……。



 もう煩わしい羽虫一疋たりとも殺せぬのだろうと覚る。ヴァーメイルはいまの自身について、どう形容すべきなのだろうと、言葉を探し始めた。

 

 息を吸いながら、錆びていく鉄屑。


 水を求め、渇きに咽ぶ名川。

 

 しかし、ヴァーメイルに言葉選びの才能は与えられていなかった。

 文の類は全て執事であるセバスティアンに任せっきりだったのが、いまさら悔やまれた。


 

 ヴァーメイルそのふやけたような眼を僅かに動かした。



「セ……セバス……ティ……?」



 しかし、ヴァーメイルの視界は一寸の光も逃さぬような闇に飲み込まれていた。それもそのはずで、ヴァーメイルはいま、光を通さない遺跡の瓦礫に埋もれている――圧し潰されている。


 息吹の魔物の呵々大笑も、赤黒色の鱗も、紅蓮の熱量も、セバスティアンの亡骸のどれも確認できない。



――嗚呼、私は戦死するのか。それも蛮勇か。



 ヴァーメイルは闇色の瞳を閉じた。



 一方、セバスティアンもヴァーメイルと同じような境地に招き入れられていた。


 息吹の魔物にまるで脆い玩具のように踏み潰され、どんな名医が見ても回復の見立てもとい、「即死」と判断するような死地に至っていた。



――王子……お逃げ、ください…………。



 それが()の言葉にならない遺言のようなものだった。



 残された息吹の魔物はピクリとも動きそうにない魔物もどきを見、呆れるように咆哮する。

 

 しかし、天地を揺るがすには充分で、漏れ出す黒煙はまさに世界に常闇の帳たらんとしていた。


 

 ドラゴンは人間ほどではないが、知性を持っている。


 ドラゴンは数百年を生き、その記憶を持っている。


 その数百年で数え切れないほどの魔物を屠り、喰らい、弄玩してきた。だが、やはりどれをとっても魔物もどき(人間)は格別だった。



 ()()()()()は斬り裂けば、酔うような赤の飛沫を上げる。

 ()()()()()は喰らえば、甘美が口から溢れ出そうになる。

 ()()()()()は弄玩すれば、さまざまな愉快な反応を魅せる。



 徒党を組んでいれば一層いい。適当に目についた一つを取り上げて見せしめに紅の花でも咲かせば、絶望、厭悪、悲痛、恐怖、悲喜交交入り混じり、実に甘美だ。

 不思議な鳴き声をしていると思っていたが、このときばかりはどの魔物もどきも同じように鳴くのが実に趣深い。



 それに魔物もどきは半端に知恵があって、魔物より弱い気配、肉体をしているくせに、魔物ばらよりも戦闘が得意だ。

 魔物のように見境いなく無策無謀に突っ込んでくるだけではなく、どうも力を温存したり、敢えて別方向から攻撃を仕掛けて、連携を取ろうとしている。


 そんな小細工をしようとも勝つことなど、不可能なのに必死で策を巡らす醜く愚かしい魔物もどきは本当に初いらしく哀れだ。



 負傷した同族を治療する――――どうせすぐにまた引き裂くというのに。

 無駄に磨かれた鉄の塊で皮膚を引っ掻いてくる――――そんなもの魔物の牙より脆い。

 したり顔で見たこともない攻撃をしてくる――――あまりに微弱すぎて痒みすら起こらない。

 同族の亡骸を抱えて撤退していく――――どうして逃げられると思ったのだろう!



 ドラゴンの知性は動物的本能を意識的に無視できるほどには高く、人間の行動の意味を理解するほどは高くはないところであった。


 だからなのか、ドラゴンには魔物もどきが本当に死に至っているのかいないのか、判別する方法も、判別しようとする発想も持ち合わせてはいなかった。


 それも当然のことで、まさか脆く柔らかい小さき魔物もどきが、圧し潰して死なないことがあるとは思うまい。




「……………………………ぅ」




 血色の団長――通称ブラッディ・ナイト


 これは帝国史上最強と謳われた大帝騎士団騎士団長の二つ名である。


 その正体は大方察さられるが、いまのシャレル・ト・ルエル敬大帝国の第一王子、ヴァーメイルのバトラーであるセバスティアンのことである。


 大帝騎士団の団長の鎧冑は元来純白色で、昼に見れば陽光を散乱し、夜中に見れば闇が曇りなき白色を際立たせるので、いつ何時見ても眩いのだ。


 しかし、血色の団長は異なっていた。


 この二つ名に特に捻りはなく、当時の団長の鎧冑は元来の純白色を忘れ、落とせぬ黒血色に染まり、嘗ての純白色など騎士団でさえ記憶の彼方の色だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()



  《土属性魔法大地の意思(イヴロゴ)



――ドラゴンの背後で静かに術式が展開される。セバスティアンの身体は土の中に埋もれていく。



 セバスティアンは温厚な性格だ。彼が得意とする鉄壁魔法も防御に特化していて、「ブラッディ」なぞという物騒な修飾語は似つかわしくない。


 だが、たった今、ドラゴンの背後でむくりと狂気を纏い立ち上がったのも、紛うことなきセバスティアンである。

 その過程は墓から黄泉帰った亡霊さながら、しかしその意趣は魔物にはわかるまい。



――怒髪天を衝くかの如く、髪は逆立ち、足が生えた悪霊のようにゆらりゆらりとドラゴンに忍び寄る。


 

 土属性魔法【大地の意思】はセバスティアンの固有魔法である。発動条件は()()()()()()()()()()()


 これは凡そ魔法の無意識発動ではあるが、術者が無意識状態で魔法が発動するように予め構築しているので「超意識発動」と分類することもある。


 つまり、意図的に発動しているということだ。



 イヴロゴの概要は、まず、強力な――人体の許容レベルを超えるような――超高速の自己治癒魔法が強制的に発動し、どのような致命傷でも忽ち修復してしまう。


 その際に、回復力が比較的速いとされる土属性の魔子(マース)は殆ど使い果たされてしまうが、問題はない。


 土属性魔子が使い果たされると同時に、セバスティアン内の魔素(カラー)が切り替わるように構築されているのだ。


 

 ブラッディ・ナイトの魔素に。



 そもそも、大帝騎士団の団長が単なる「土属性魔法が得意な魔術師」なはずがないのだ。極論だが、自然系統魔法を究めることなど、凡人(だれ)にでもできることなのだ。

 大帝騎士団団長がそんな誰でもなれる、粗末な存在であってはならない。


 世界最大の国家の威厳を示す騎士団だ。ならばその団長も世界で最強の、双なき存在でなければならない。


 だからこそ、セバスティアンも土属性魔法の()()などで収まる器ではなかった。



――セバスティアンの右手からすらりと伸びるのは赤血色の剣。



 《赤血の盟約・刃》



 血盟の剣は二翼の峙つ巨龍を斬り上げる――!



 ドラゴンが振り向いた頃にはもう遅い。血色の斬撃は胴を割り開き、更には赤の渦がドラゴンを取り巻いた。


 これはブラッディ・ナイトの再誕の祝ぎの剣舞だ!



 【赤血の盟約】は血液を操る魔法。客体は血液であれば何でもよく、自身のはもちろん他人の血液も、さらヒトに限定する必要もない。

 とはいえ、血液には魔子が少なからず溶解しているため、自身以外の魔子を含む血液(=他人の血液)を操る際には魔法的な抵抗が発生するので、相手の体内に流れる血液までは操るの困難を極める。

 

 だが、切創を与えてやって、流血させれば話は変わり、循環という魔力的拘束を受けるサイクルから逸脱するので操作対象となる――それでも魔法的抵抗はあるので、やはり自分のそれよりかは操るのは簡単ではないが。


 ただこの場合の魔法的抵抗は、魔力量に由来せず、魔法の技術力に由来する。


 言い換えるなら、魔法を効果的に効率的に扱える者(=魔法師、ヒト)ほど強力となり、逆に魔術という魔力を効果的に消費する手段を持たないもの(=魔物、動物)ほど脆弱となる。



 だからこそ、セバスティアンのたった一振りの斬撃でさえ、ドラゴンには致命打になり得る。


 

 二対、四の目は全て下をぎょろりと向いた。



 轢殺したはずの羽虫の一疋が見えぬ背後で黄泉還り、命を奪う剣を振るった。これには息吹の魔物と言えども、蹌踉し、体勢を崩す。


――しかし割裂したはずの胴には傷一つない。


 ドラゴンはほぼ反射的に飛び上がり、死の息吹を照射する。赤黒色の毒煙はおよそ人には回避不可能な領域を須臾の間に焼き払う。



 が、漂う毒煙を無視するように赤血の斬撃がドラゴン目掛けて、飛翔する。



 どれもドラゴンの組織で最も薄い、両翼を掠めるが切創は現れない。体表に纏っている気嵐の炎は引き裂けているようで、たしかに皮膚にまで及び鱗にまで届いているのだが、それが異常なまでに強固なのだ。


 セバスティアンは狡い影のように、刹那に距離を取り、再び血の斬撃を飛ばす。


 それに対してドラゴンは厄災の炎を照射するが、斬撃はどれも息吹を突破し、体表に老耄の血を塗布する。



「…………キキキキキッ」



 ドラゴンにとって初めて聞く鳴き声だった。もっとも多くの人間も聞いたことのない不気味な嗤い声だ。


 ブラッディ・ナイトは自身の血液をまるで()()()()()()吐き出す。

 そして、口角をゆっくりと吊り上げるのだ。



 グァアアアアアアア!!!!!



 ドラゴンにはその表情の変化の意味は解らない。単に、殺したはずの煩わしい芥虫が生きていることに憤慨を覚えるのだ。



 ごう、とドラゴンは聳える牙を剥き出しに、死の厄災を放つ!



 空を飛んだまま、ただ炎を吐く――まるで馬鹿の一つ覚えのように思えるが、その一つ一つが軽く一つの村町を潰滅に追いやる超火力である。


 なのに、セバスティアンの血の斬撃はそれをも意を介さないように毒煙の中を駆けてやってくる。


 不気味なことに、塵芥のように小さい術者の方も、全てを蒸発させるはずの炎の中で、狂気の笑みを浮かべたまま突っ立っている。

 そしてまた、穢らわしい生血(のり)を飛ばしてくる。


 ドラゴンは至って無傷なのだが、こびりついた血液は炎の熱によっても蒸発せず、このように羽虫同然の魔物もどきもずっと生焼けのままで――突然――両翼を大きく拡げ、体表の炎は層をなし、一つ咆哮する。




 グュォアアアアアアアアアア!!!!




 全ての生物の本能を恐怖に陥れる咆哮とともに、ドラゴンは宙で飛燕し、セバスティアン目掛け飛来する!


 星ひとつ破壊できそうな地鳴りとともに、遺跡は咽び泣き始めた。


 だが、ドラゴンは破壊活動を停止しない。セバスティアンの影を乱暴に引き裂いて、距離が開けば翼で大気を殴り飛ばし、蛮勇な前肢を用いて壁ごと圧し潰す。


 鉤爪に掴まれた遺跡の壁は無抵抗のまま剥がされ、一人の人間の方へ殺す勢いで投げ飛ばされる。



 眠る地母神を起こす勢いの轟音とともに、遺跡中には亀裂が逃げるように奔り、嘗ての姿をどんどん忘れていく。



 だが、その間にもドラゴンには穢れが塗りたくられていて、セバスティアンも遺跡中を蚤のように跳び廻る。


 従ってドラゴンはまたセバスティアンの幻影を引き裂いた。




 手応えのなさに、また振り返る。


 狂気の笑みはまた穢れを飛ばし、翼に付着する。


 そのたびに血管が千切れそうになり、衝動的に哮り叫ぶ。


 炎を照射するが、汚い血が翼に付着するだけで、煩い蚤は静かにこちらに笑みを浮かべている。


 だから、ドラゴンは距離を詰めようとしたのだが――。




 《赤血の盟約・剛》



 セバスティアンの口角が一層、吊り上がる――それは悪魔のように。


 その小さな表情の変化を読み取れるほど、ドラゴンの知能は発達していない。読み取れても、表情の裏を読み取れるほどの知能は有さない。



 だからこそ、両翼を勇敢に拡げ、ターゲットはセバスティアンのまま、突進しようとするが――。



 ガァァァァアアアア!!


 

 ドラゴンの翼は結晶のように硬化する。それに気づかぬまま、膂力が相まって左の翼が砕け散る。

 片翼を失い、バランスを崩したドラゴンは地面にも嫌われ、情けなくも転倒する。企鵞のように腹ばいとなり、奇しくもセバスティアンに屈服したような構図。



――悪魔の笑みが吊り上がる。


 セバスティアンは血の剣を両手に持った。目交に倒れているのは二対の眼。


 初めて人間と同じ目線になったドラゴンの眼が最後に映したのは、尖すぎる鋒だった。




 グギァァァァアアアアアアア!!




 しかと……セバスティアンの血の剣はドラゴンの四つの目のうちの左の二つの目を貫いた。

 

 間欠泉のように血飛沫と断末魔が上がる。ドラゴンには逆鱗という弱点があるなどと言い伝えられているが、眼球の方が鱗よりかはよっぽど柔らかいだろう。


 いまのセバスティアンにそのような思考が働いているとは思えないが、元団長としての戦の血は本能にまで浸透しているのだろう。だからこそ無意識状態でも魔法を使えているのだ。


 


 《赤血の盟約・契》




 竜の血涙はセバスティアンの剣に吸収されていく。これがセバスティアンの固有魔法【赤血の盟約】の真髄だ。一次止血による恒常性よりも早く作用し、やがて身体をして壊死せしむ凶悪な魔法。


 そして、その血を用いてまた敵を斬る。剣を形成し、死の切創を与える。理論上、戦場に敵がいる限り魔力切れを起こさない魔法。


 厄介なのはこれだけではない。自身の血液はより効率的に行使できるのだ。血液循環についても意図的に干渉でき、結果的に身体能力の向上に、魔力回復速度が大幅に上がる。


 セバスティアンには土属性と血盟の魔子が流れているため、魔力量が人より劣るはずなのだが、これらによって殆ど無視できるほど補完できている。


 確かにこの間、土属性魔子は枯渇していて血盟の魔子を優先的に回復するので、土属性魔法は扱えないが、それも土を血に代えて魔法を行使すればよいことであり、得手の鉄壁魔法も血液硬化によって再現できる。


 液相にも固相にもなり得る血液は寧ろ土属性魔法より柔軟性があるのだ。



 セバスティアンは二刀で、今度はドラゴンの右翼を斬りつけた!

お久しぶりです。近況報告です。


3月初旬に大学受験の合格発表がありました。その前後で精神が安定せず、筆を擱いていました。

というのは言い訳で、単に自堕落な生活を送っていたのですね。


あと、2月はやりもしない受験勉強の名目で悉く小説という文化から距離を置いていたので、いざ書き始めても筆が進まなかったのです。


最近になってようやくやる気とスピードを取り戻してきたので、今日から本気出しますということで、六千文字。


あと、気づいた人はいないと思ってるんですけど、粗筋で2章が完結していないことになってますが、完結してないんですねこれが。どっかのタイミングで投稿しておきます。


あ、大学の方は無事第一志望に合格できました。


ということですので、合格祝いも兼ねてブクマなどよろしければ…………。


以上、近況報告のようなものでした。

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