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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第三章 魔法校戦
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1. 誤算の始まり

 夏休みが明け、魔法公学校にも嘗ての日常が舞い戻ってきていた。


 学生も各々、満ち溢れた顔をしたものもいれば、休み前と相変わらずのものも。各者各様であるが、特に低学年の背丈の変化は如実であろうか。


 かくいうレイも確かに身長は伸びていたが、目下のライバルであるカインも負けじと伸びていたので嬉しさ半分、悔しさ半分といったところだった。



「専門科目の希望用紙は今週までだから忘れずに出すように。解散」


「おい、レイ」


「ああ、うん。解ってるよ」


 隣りに座っていたカインに声をかけられ、レイはすぐに作業を取りやめる。


 そして諸連絡を済ませた海内部(あまない)が、教室を後にする。


 二人は教材などをささっと片付けて、席を立ち、教室を出るわけではなく、教室の前方に向かった。



「あ、ニーナ。ちょっといいか?」


 カインはやや遠慮気味の言葉と裏腹に、雰囲気はやや昂ぶっていた。


「……ふぇ、う、うん」


 ニーナは一瞬、呆けてしまっていたが、二人の顔を見てそそくさと支度を急ぐ。


「あ、ついでにカエデも」


「ついでって何よ!」


「あはは冗談だよ」


 カインは敢えてカエデの癇に障りつつ、支度を急かした。




「ニーナは専門科目決めた?」


「……え? ううん、まだ……」


「そっか! じゃあちょうどいいぜ!」


 

 カインは歩くニーナの前に躍り出て、三人は歩みを止める。



「実習取らないか? オレたちはみんな取るんだよ」


「で、でも私は……魔法が暴走しちゃうから………取れないよ」


 ニーナはうつむきながらやんわりとカインの申し入れを断る。

 

 実習科目は学生にとって安全地帯である学校を出、学外で活動する科目。別に積極的に戦闘に赴くわけではないが、万が一にも備え、ある程度の自衛力は必要だ。

 そのところは魔力量などの魔法力で言えばニーナは申し分ないが、彼女は魔法を「道具」乃至「武器」として扱うのはめっぽう苦手としていた。


 更には魔法の無意識発動もあって、周囲の人間を傷つけてしまう虞もある。



「ははは! それなら問題ないぜ。なんせこのレイがなんとかしてくれる!」


「え!? 僕?」


 レイは思わず自分自身を指差してしまう。それもそのはずだ。レイはカインからは、四人で一緒に同じ科目を取りたいね、という話だけしてあって、まさか選択肢の上に鎮座する障碍物取り除く案を練っておいてくれなどとは一切言われていない。


 虚を突かれたレイだが、虚を突いたカインはふふんと鼻を鳴らしている。


「あんた……誘うだけ誘っておいて後は人任せって……」


「いいや。レイならなんとかしてくれるとオレは勝手に思ってる!」


「そういう後先考えない行動は周りを傷つけるわよ。精神的にも身体的にも」


「うぐっ!」


 カエデは呆れるように諌めつつ、ちらとレイを一瞥したのだ。


 このまま特に解決案がなければ、実際的にニーナは一人だけ別の授業を受けることになるだけではなく、カインの好意的な申し出を断ったという前歴がニーナについて回ってしまう。


 そもそも魔法の無意識発動は本人の意識魔法的な技術でどうこうできる代物ではない。だが、ニーナほど気弱な性格では自分自身に責任を感じてしまうかもしれない。


 別にこれくらいのことで絶交になるとか考えてはいないが、専門科目を受けるたびにニーナに気を負ってほしくはない。



「……実は、対応策がないことはないんだ」


 と、レイが言えたのは予めニーナのための対応策を考えていたのではなくて、偶然的にその手段を手に入れていたからに過ぎない。



「ほ、ほらな!!」



 カインは慌てて胸を張るが、なぜお前が胸を張るとカエデは非難の眼差しを照射した。ただ、すぐにその視線をレイの方に切り替える。



「まだ不安定なところも多いんだけど……ん?」


 と、レイは開口したが、ローブの内側でなにかの振動を察知する。


「ちょ、ちょっとごめん」


 懐から取り出したのは音信魔法通話器《ヴェーラン》だった。


「学生会か?」


 カインの質問にレイは首肯した。そして幾つか言葉を無機物に押し込めて、最後に「了解しました。すぐに向かいます」と言って、通話終了した。


「ごめん、みんな。仕事があるから、僕は行かなきゃ」


「お、おいさっきの話は……」


 カインは縋るようにレイを見る。このたった数分の会話でカインのテンション、立ち位置は乱高下すること極まりない。


「うん。それは海内部先生に申し出るときにみんなにも説明するよ。それじゃ」


 そうとだけ言って、レイは疾風の如く駆けていった。


「レイの言ってた解決案ってなんなんだろうな」


「あんた。この夏休みで無神経に磨きでもかけたの?」



◇学生会室



「よし、とりあえず揃うべき人は揃ったね。ちょっと緊急事態なんだ」


 アーサーは「緊急」という言葉を使っている割には平静である。


「帝立第一魔法学校が魔法校戦を棄権したんだ」



 さらっと言われた事実に、学生会は各々険しい顔をした。しかし魔法世界の国際情勢に疎いレイには「棄権」がどのようなことを暗示するのかは推定できていない。


 ここで補足しておくと、帝立第一魔法学校は世界西部最大の国家、シャレル・ト・ルエル敬大帝国内の魔法学校で唯一、魔法校戦に参加している学校だ。逆に言えば、シャレル・ト・ルエル敬大帝国は広大な領域にある数多くの魔法学校のうち、たった一校しか「世界中の魔法学校が参加する学生たちによる(平和的な)競技会」に参加させていないということである。


 その、一校すら参加しないと言うのだ。



「理由は?」


 苒が睨むようにアーサーを見る。


「……国事」


「国事だぁ? 去年はそんなことはなかっただろ」


「はッ。これだから東蛮人は」


 二人の話にやや離れたところから、割って入ったのはフィリカであった。壁に凭れ掛かり、腕を組んでいる。


 彼女はやはり紅蓮とも赤血とも取れる紅の髪が特徴的で、苒と同じく学年は三年。Aクラスではあるが、Aランク魔術師でもある実力者。


「フィリカ。差別的発言は控えようね」


 苒が眉間に皺を寄せたのを見計らうよりも早く、アーサーはフィリカを窘めた。それに対し、フィリカは特に口答えもせず、ただ少しだけ肩を竦めた。



「とりあえず言えるのは魔法公学校の自治制と独立性に対する抵抗ではないらしい」



 シャレル・ト・ルエル敬大帝国(以下、帝国)はノール・セトレ自体に否定的な立場を取っている。表向きには独立都市とは言え、中央大連合の支配下に実質的にあるから、という理由だが、その実、ノール・セトレ及び中央大連合が東方への勢力伸長の妨げとなっているからだ。


 この魔法公学校に帝国出身の学生がいないのも、いつでも帝国が魔法公学校に攻め入れられるから、とも言われている。



「でも、聞いた話でしかないんだけど、帝国の第一王子がドラゴンを討伐したらしい……その祭典だと」


 ただ、これにはいくら学生会の面々でもピンとは来ず、国を上げて祝福することなのだろうかと逆に猜疑心を高めるばかりだった。


 アーサーは続けた。


「まあ、これの真偽はどっちでもいいんだけど、帝国が棄権したとなると、他に棄権するような学校が出かねないし、それはうちとしても魔法連盟としても避けたいところなんだ」


 魔法校戦の主催者は魔法連盟であり、たまたま今回の主催地が魔法公学校になったにほかならない。


「まぁ、そのへんは連盟側の仕事だから僕たちの出る幕じゃないんだけど、でも、本番の警備体制は前に伝えたものより一段階引き上げることになった」


 アーサーは敢えてその理由を伏したが、学生会の面々は理由をそれぞれ察していた。



――帝国が何かしかけてくる可能性が排除しきれない。



 明らかに政治的な側面からの行動だが、表向きには近頃、欒かの森での改聖教の不審行為や、セトレール鉄道での殺人事件など、警備体制を引き上げる必要性相当性は奇しくも備わっていた。



「あ、あと隆伊。当日の競技前の装備の確認はレイ君にやってもらうことになったんだ。レイ君にはこの前に正式に魔法陣師の試験をパスしてもらったんだ」


 当事者の隆伊はやや驚いた表情でレイのことを見、レイは少しだけ頭を下げた。



「うええ! すげぇじゃん!」


 と、急に降って湧いたようにレイの背後からブレアは現れて、わしゃわしゃと頭を撫でる。レイは「やめろぉ」と振り払おうとしたり、抵抗を試みたりするが、そも背後を取られ腕を回された時点でレイの負けなのだ。


「だから隆伊には警備の方に回ってもらうけど、いいかい?」



「………はい。了解しました」


 しかし、返答までにかかった間にレイは違和感を感じずを得なかった。

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