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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第二章 夏休み
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おまけ1

◇月の里 零月家


 レイは零月家に来てから、一つ、不可思議に魅入られていた。


 

「………な!?」


 

 レイは零月の広い邸にいくつでもあるような廊下の角を曲がった刹那、「それ」を見失った。


 眼前に揺蕩った気嵐は、くすくすと幼き少年を笑うようにレイには思えた。



 レイは首を傾げて思考した。



(感知にも引っかからないや…………)



 見失った「それ」は零月家の使用人である阿靈(ありょう)だった。


 阿靈はレイが月の里を訪れて初めて言葉を交わした相手だ。レイの知る限り、霧魔法、つまり水属性魔法を得意とする術者。


 あたりを霧に包んで瞬時に移動したり、先のように姿を完全に消し去ることができる魔法。


 一体全体どういう原理なのか、レイにはさっぱり解らなかった。



「……それで、ここがどこなんだろう?」


 レイは阿靈を追うのに夢中で、自分が居る場所が完全に分からなくなっていた。


 零月家の邸は広い上に、造りが迷路のように入り組んでいて、邸の奥に進めば奥に進むほどそれは顕著となっている。


「な!」


 

 とりあえず来たほうに引き返そうとした時、阿靈が目の前の廊下を横切った。



(なんで今度は後ろにいるんだ!?)



 レイは再び阿靈を追う。


 阿靈の歩き方に不自然さはない。一つ上げるならば、音だ。阿靈は足音も衣擦れの音もさせない。まさか、阿靈は字のごとく幽霊の類なのだろうかとレイは彼女の足元を見たが、足がないということはなかった。


 それによく考えれば、隠遁術を使えば音なんていくらでも誤魔化せる。レイに対して忍術の魔糸術は意味をなさないが、物質的に作用する隠遁術は魔子を持たないレイにも効果を持つ。


 しばらく歩いて、阿靈はとある部屋に入っていった。


 邸には珍しく、襖ではなく木戸の建付けの部屋。

 レイの感知能力は透視能力は兼ねないので、締め切られた部屋の内部を擬似的に覗くことは叶わないが、小さそうな部屋だということだけは解った。


 レイは部屋の前までやってきて、迷うこともなく引き戸を開ける。


 思えば人様の家の一室を無許可に開くという行為は失礼なことなのだが、いまのレイはそこまで思い至らなかった。


「……なんだ? この部屋、やけに湿気が……」


 レイの脳内には先からずっと阿靈の霧魔法が専ら占有していて、すぐにこの()()から出るべきであることに思い至れなかった。



「ん? 阿靈……はあ!? あんたなんでこんなとこにいんのよ!」


 それはレイにとって聞いたこのある声だったが、晴れた霧(湯気)の向こうには見たことのない姿でレイを睨んでいた。


「…………ふたつ……ううぇ!?」



 思わぬ光景と状況に、レイの脳内はパニックに陥る。ほぼ反射的に腰を抜かしたように尻もちをついてしまった。

 思えば、()()を見たのはレイの人生に於いて初めてのことだったのだ。


「……どうしたの?」


 更に湯気の発生源の浴室からもうひとり、聞き覚えのある声が聞こえた。


「まいは出てきちゃだめ! この変態はあたしが葬っておくから!」


 蓮歌はすぐさま英を浴室に押し込んだ。


 その間、レイの目は見開いていた。それは目交の二人の一糸まとわぬ柔肌を焼き付けるため――ではなく、単に驚いただけだった。

 

 が、それを「被害者」側から見て、「あ、驚いただけね」なんて解釈されるはずもなく。



「お、お前そんなまじまじと……! て、天誅ゥ!!!」


 普段は絶対使わないような熟語を発するくらいには蓮歌の方も慌てていて、秘部は手拭いで隠しつつも、加減などできるはずなく、脱衣所を破壊する勢いで茨魔法を展開した。



「……! ご、ごめんなさい! 間違えただけなんです!!!」


 レイは両手両足をひっくり返った虫のように動かし動かし、逃げるように脱衣所から飛び出した。


 茨はコンマ数秒前までレイの居た床を突き破る。


「くそッ! 両手が空いていれば仕留められたのに! あいつ……絶対に赦さない!!!」


「……どうしたの?」


「あ、まい! あいつよ、潤女! あいつが覗きに来たのよ」


「……そう」


 英は心底どうでもよさそうに答えた。

 茨に砕かれた脱衣所を一瞥した後、籠に入っていた着物を取り出す。


「そうって……まいも怒っていいのよ!」


「別に……見られても減るものではないからどうでもいいわ」


「……減るでしょ! いろいろと!」


「……阿靈」


 蓮歌の訴える声を無視するように英は使用人の名を呼んだ。


「はい、こちらに」


「え? 阿靈、いたの?」


「蓮歌。そもそもここは意図して来れる場所ではないのは知っているでしょう?」


 気がつけば、英は未だ手拭い一枚の蓮歌を他所に、着替えを終えていた。


「ちょ! 阿靈! どういうことなの!」


「……蓮歌様。申し訳ないのですが、お答えしかねます。妾は夕餉の支度をせねばなりませんのでこれにて」


 阿靈は恭しく礼をして、霧に包まれていくように姿を消し去る。


「お、おい! 阿靈!!」


「蓮歌。早く着替えなさい」


「え!? ちょっと、まいまで!?」


 この後、レイには言い知れないような羞恥心に覆われて寝不足になるという細やかな天罰が下り、犯人の英の姉である(あい)は自室でくすくす子供っぽく笑うのであった。

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