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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第二章 夏休み
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17. 英と藹

◇月の里 月下霊峰


「じゃ、(まい)。始めようか」


「はい。姉さん」


 英は両手を前に出し、魔力を前方に集中させる。



 《月魔法 月面反光》



 流れる川が静かに凍てついてくように、金剛石の透明さを持つ、薄い魔法障壁が展開される。


 正面から見れば長方形に見えるが、実際は少しだけ丸み帯びていて、球冠状である。



 魔法障壁は魔法盾(武器魔法、魔法の武器化)とは異なる理念魔法であり、高位の魔法だ。

 もちろん、難易度も武器魔法をしのぎ、その一因に魔法の距離がある。



 魔法障壁は術者から離れた位置で展開される魔法。魔法は一般に高エネルギーであるから、それを空間に留めておくには相当の魔法的な支配力と精神力が必要だ。



 次に、魔法障壁は可視化される。これは武器魔法も同様であるが、意味合いは大きく異なる。


 魔法障壁はまず、適切な厚薄があり、薄すぎても厚すぎてもよいとはされない。



 例えば薄すぎると、単純に脆く攻撃が貫徹してしまう。


 逆に分厚すぎると、それだけで制御が困難になるし、魔法障壁はそもそも厚さに対して対数函数的な効果を期待するものなので、無闇に分厚くしてもデメリットの方が大きく、防御力を上げたいのならその分、数を張ればいい話だ。



 分厚さに比例しないのは些か直感的ではないが、あくまで魔法学的だと一蹴されべきである。



 さらに、魔法障壁には、自身の魔素(カラー)が色として表面に現れてしまう(可視化される)


 例えば魔素が水属性ならば青系統の色に、風属性ならば緑系統の色に。


 ここで定義されるのが魔法障壁の純度で、魔法障壁は自身の魔素(の色)が薄ければ薄いほど、純度が高く、効果も高いとされる。


 その理由も至って単純で、魔法障壁は基礎魔法に分類される魔法で、本来属性は保たない。しかし、魔素が表面化しているとうことは、その分だけ魔力が属性魔法に消費されていることになる。


 水属性魔法師の魔法障壁が湿っぽかったり、炎属性魔法師の魔法障壁が妙に熱いのはそれが理由。


 しかし、武器魔法は属性を帯びている場合と、帯びていない場合ではそれぞれに利点があり、どちらが好まれるなどはない。


 具現化される武器の大きさ、つまり魔法障壁で言うところの分厚さも、使いやすいサイズに調整されるだけで、これも特定の比率、密度がベストというのは決まっていない。



 これらが可視化される上で、異なる点だ。


 

 次に、魔法障壁を展開する理由。


 それは単に魔法攻撃に最も効果的な防御力を有するからだ。魔法の相性を除いて、攻撃魔法を打ち消すには、それと同等クラスの魔法を放たなければならないのは解りやすい。


 だが、それでは魔力量で優れる相手に勝ち目はない。殺傷力及び爆発力の高い魔法を手を抜いて避けるのはリスクがある。



 ここで活躍するのが、魔法障壁だ。



 障壁魔法は理論上最も効率よく魔法攻撃を軽減させられる手段である。効率がいいというのは少ない魔力で多くの魔法を防げるという意味だ。魔法維持に精神力が必要なのは変わらないが、魔力の消費は大して多くはない(だからこそ開発された魔法だが)



 また、戦場でも魔法障壁が使えるか使えないかで大きく生存確率が変化する。



 魔法戦争では膠着状態を打破するために、しばしば大規模魔法による掃討作戦が採られることがある。たとえ優れた攻撃魔法を持っていようとも、大量殺戮を目的とした爆発力のある魔法には正しい対抗手段とはなりえない。



 運良く結界の魔具(ギア)を所持していればいいが、なければ己の防護魔法及び防御魔法に頼るほかなく、大規模と称するくらいだから、本来、完全な防御を目的としていない(=攻撃が当たらないことを前提としている)基礎魔法では簡単に破れてしまう。



 しかし、純粋に防御を目的とした魔法は大規模魔法には存外強い。大規模魔法はあくまで大量殺戮が目的。敵軍の鏖殺までは目的としない。したがって、個人にとっては大規模魔法は局所的な攻撃とはならず、圧倒的な魔法力の差があれど、緻密な防御手段があれば生き延びることはできる。 




 遠くに離れた(あい)が左手の人差し指を英の魔法障壁に向ける。

 

 その指先には高濃度の魔力弾が魔子の渦を巻いて待機している。



「英、撃つよ〜」


 藹の言い方はとても軽々しく言うが、彼女がいまから放つ魔法は裏腹に、まるで見開かれた黄色の目を持つ大鷹のように、重厚なものだ。



「いつでも……」


 藹が人差し指で魔力弾を突く。取り巻いていた螺旋の渦が爆風とともに弾を吐き出す。


 弾はまるで裏切られたかのように悔恨に近い悲鳴を上げ、騒ぐ閃光を散らし、魔法障壁啄んだ。破裂した爆発音が山の鼓膜を破る。



 英は避けることも逃げることもせず、魔法障壁を以て、真正面から受け止める。



 この極めて薄い魔法障壁が、貫通を許さないのは些か信じがたい光景であるが、それは英にとっても同じだ――。



「――クッ……!」



 啄む嘴は悪魔の口角のように鋭く、魔法の翼は最後にもう一つ音を鳴らした。それに呼応して弾は更に運動量を増した。


 藹が後出しで魔法を強化した素振りはない。つまり、この魔法はもともと段階的に強力になる術式だったのだ。


 

(――ッ! 破られる……)



 いよいよ魔法障壁の表面が、石を投げられた水面のように揺らいだ。それと同時に、英の魔法障壁も万華鏡のように形態が円形に変化し、藹の魔法をゆっくり消していく。



「んー。流石に跳ね返せないか……」



 空中から経過を見守っていた藹が、英の許に降り立つ。

 

 英の魔法障壁、《月面反光》は魔法障壁にしては薄すぎる術式で、普通の術者から見れば単なる補助的な魔法にしか見えない。(実際、魔力の検知をできるだけ避けるために、あえて薄い障壁魔法を張るケースは存在する)


 だからこそ、それを障壁とは思わないし、安直に破ろうとする。



 しかし、この月面反光は、一般に防御を目的とする魔法障壁とは性質が大きく異なり、反撃と絶対的な防御を目的とする、言うなれば不可破の障壁。

 


 簡単な魔法なら跳ね返すし(=反撃)、強力な魔法なら先のように形態変化させ、魔法を改変し自滅させる(=絶対防御)


 この時、反撃であれ防御であれ、相手の攻撃魔法のエネルギーを利用するため、魔法で押し負けたり、強行突破されたりすることは、ほぼあり得ないと言っていい(そもそも英の魔力量に対して、それでも押し勝つような魔法師は滅多にいないが)



「私がこの魔法を扱いきるには未熟すぎます」


「いやいや、まいの魔法の支配力は月魔法を使うには充分なほどだよ」


 藹は英の頭を撫でてやる。二人の容貌はとても似通っているが、漂う雰囲気は大きく異なる。

 太陽のような、おおらかな暖かさのある姉に、氷に鎖された遠い月のような妹。


 如何にも陰陽互根らしく、それは二人が触れ合う時に如実に感じられる。



「……姉さん。一つ訊いていいですか?」


 藹は撫でる手を離し、英に目で先を促した。


「どうして姉さんが家を()()()()のですか?」


 英は彼女にとって当然の質問をした。


 月魔法の習得、それは零月家の当主になるための必要条件。つまり、藹は英に零月家の後継をさせようとしている。補足しておくと苒も月魔法の訓練は全く行っていないし、そも彼は黒蝶があるため月魔法は扱えない。


「うーん、継ぎたくないからだよ」


 継ぎたくないと一言に言うが、零月家は代々長兄及び長女が家督を継いできた。それは例外なく、もはや定められてはいない掟といっても過言でないものだ。



 例えば苒のように自身の魔素(カラー)が強すぎて月魔法を習得出来ない場合は継げないが、歴代でもそのようなケースは苒が初めてで、そもそも彼も後継者の序列で言えば二位で、やはり一位は藹だ。



「ですが、相応しいのは姉さんだと思います。それは兄さんも同じ意見だと思います」



 そしてこれは彼女にとって当然納得のいかないことでもあった。

 

 英は自分でも藹には魔法に於いて全然劣っていると考えている。



 魔力量、魔力容量は較べるまでもなく藹の方が大きく、魔法特殊性に於いても『豪華絢爛』という全属性最強と言ってもいい魔法を扱える。


 一方、英は自然系統魔法の主要五属性を全て扱える、世界でもとても珍しい七色の魔法使い(アルカンシエル)である。それに加え、習得中ではあるが月魔法に武器魔法を得意とし、魔力量も高いため、藹とはまた違って、手数が非常に多いタイプの魔法師。

 魔法を扱う技術も高く、魔力容量も大きいため、瞬間火力も出せるし、緻密な封印魔法も扱える。



 それでも藹の豪華絢爛の前には有効となる魔法は存在しない。豪華絢爛は一方的に魔法を禁止し、基礎魔法をも剥がされてしまう。もちろん、非常に優れた魔法支配力があれば魔法の展開は可能だが、それでも手元から魔法が放たれれば、支配権を奪われてしまうだろう。


 いざ、英が藹と殺し合いをおっ始めても、流石に基礎魔法を奪われることはないだろうが、英は中距離から遠距離の魔法を得意とするため、藹に対する攻撃魔法を保たない。



 他には性格面でも、生来の風格も、言わばリーダー、牽引者向きと言える。



 さらに英は無自覚に自身を過小評価する癖がある。だからこそ、より二人の間にある差を埋められぬものと感じてしまうのだ。


 だからこそ、彼女にとって当然たる質問になった。



「まい。この月魔法の月面反光はどういう魔法だっけ?」


「え、反射と絶対防御……ですか?」


「そう。それが月魔法のあり方で、零月家のあり方なのよ。零月家の当主は代々絶対的。だって、もし、わたしが零月じゃなかったとしたら、誰がこの家を継ぐことになるの?」


「……それは兄さんですが、兄さんは月魔法が習得できないので……」


「そう、零月英。あなたになるわ」


 藹は敢えて英のことをフルネームで呼び捨てた。


「いい? 零月家の当主は絶対的存在。誰が()()相応しいとかはない。それに月魔法の特性はやはりその絶対的な防御力と、自身の魔力に頼らない攻撃力、反撃力にある。それがこの魔法の真髄」



 零月家も元は魔力には恵まれない士族であった。それでも世界東部最強を誇った所以は『月魔法』にある。


 全く少ない魔力消費によって、大規模魔法さえも撥ね退けてしまう。相手の膨大な魔力量を逆手に取れるので、嘗ては特に忍術を積極的に採用していたからか(零月家に関わらず、東部は魔術ではなく忍術が発展していた)魔法師殺しの東蛮人、東の殺人魔族(モータル・テリー)と恐れられていた。


 いまでは零月家も西部貴族並にオープンとなり、遺伝的にも優れた魔法的能力も示すようになったため、とうとう世界でも豪傑として名を轟かせるほどの大士族と成り上がった。


「でも、わたしの豪華絢爛は絶対的な支配力と、自身の魔力に多いに頼る破壊力。……月、と言うには少し明るすぎるのよ」


 だが、藹が見る零月家というのは嘗ての、昔の零月だ。藹のような圧倒的な魔力を以て相手を制圧する、言わば西部的な大魔法師は零月に相応しいとは考えていない。


 英も魔力量は大きいが、藹のそれとは比較にはならない。



「零月は月であるべきだとわたしは思う。わたしみたいに調子に乗っているような、西部的な人間じゃだめなのよ。それにわたしは月魔法必要じゃないし」



 英は何か屁理屈に言いくるめられている気がしたが、それ以上は特に質問をしなかった。


 そもそも彼女にとって、当主が誰になるかなぞどうでもいいことであった。英は満月にかかる靄を払いたかっただけに過ぎない。



「だから、まい。あなたが次期当主になりなさい――――フッ、()()()()()()()()()()()()()()()()()、絶対的な当主に」


 藹は嗜虐的に、嘲弄するように言った。


「姉さん!」


 英の瞳孔が僅かに開いた。それはもちろん陽が急に雲に翳ったわけではない。


 零月家当主は世襲制。親から子に家督権が移動していく。


 つまり、()当主というのは。



「まい。覚悟をしかと持て。お前は我が家の継嗣について拒絶しなかった。もう一度言うが、零月家の当主は絶対的であれ。前代のようなぼんくらの当主とは決別しろ。わたしがこの家の当主代理を務めるのも、あと五、六年程度だ」


 確かに、言うことは零月家として尤もなことだが、そもそも藹が本来家督を継ぐべきで、それを拒否した張本人に言われるのは少し癪に障った気がした英だった。


 それにこの傲慢さも零月家の当主に向いているだろうと続けて英は皮肉な事を思った。



「ま、いますぐに継ぐわけじゃないんだ。だけど、その時のためにいまから覚悟を持っておけということだ。よし。今日の訓練はおしまい! わたしは少しやることがあるから、先に帰っていてくれ」


 藹はパチンと開手を打った。


「今日は早いですね」


 太陽の方も地平線に紅を落とすには早い時間。いつもは陽が傾くまで練習をするので、およそ二時間程度早いのだ。


「ああ。ちょっと、霊峰のここより上の参道の一部に()()が発生しているらしいんだよ……。少し面倒だけど、里で一番魔力耐性が強いのは残念ながらわたしだからね」


「そうですか……」


「じゃ、気をつけて帰りなさ〜い」


 英は藹が山の奥に消えていくのを見届けてから、踵を返した……………。




 山には霧が立ち込めた……………。



「――――――うッ……」



 独りの姉は妹の魔力が完全に感知できなくなるまで待ってから、木に倒れるように凭れかかった。



「――ゴホッ! ぅ、ゴホッ…………」


 鋭く噎せて、膝を折り、黒の地面に赤を吐いた。こうして藹が跪くところなど、それこそ藹以外の人間は見たことがない。


「チッ……」


 藹の着物は嫉妬されるほどの純白色だ。汚衊しないように左手で口元を拭う。

 黒赤色で鉄の味がする粘稠のある液体。皮膚に付いても酷く馴染むので、藹は思わず呆れてしまう。



「まい……」



 赤血は流れ、どろどろと広がっていく。



「あと、数年……お前が当主になって……」


 姉は遠い空を眺める。




「わたしを討ちに来い」




 それは妹への、わがままで一方的で、命令に近い、姉の懇願だった。

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