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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第二章 夏休み
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15. 特訓

                    ◇



「言ってしまえば私は完全に学校の方にレイの魔力については丸投げしたのですよ。私は知っていますからね、知りたいものを知ることが出来ないやるせなさは」


 結局、雀兎はレイが生まれつき魔力欠陥があったのかは知らなかった。逆に生まれつきであれ、後天的であれ、魔力がないことには変わりないし、今となれば些細な違いでしかないとシャルルも気づいた。


 なぜなら、レイはもう、魔力を得ることはできないのだから。



 雀兎は静かにカップに口をつけ、茶を一口啜った。



「……そろそろレイも気がつくと思いますし……。この森で過ごしすぎた弊害にも」


「弊害?」


「ええ。例えば人間に対する最強の実力手段は魔法ですよね。それと同様に、魔法に対して最強の実力手段。レイはそれを保っている――言うなれば《無機魔術》という手段」


 無機魔術、と。奇しくも雀兎は藹と同じ呼び方をした。


「無機魔術……とな?」


「ええ。彼はこの高濃度の森の魔力濃度に当てられすぎたせいか、魔力耐性が異常な高さを示すようになりました。それと同時に、魔法を打ち消す能力も無意識下で開眼させていました。そもそもレイは魔力を保たないはずだから、魔力耐性が上昇する理由は解らないのですが、さらに魔力を打ち消す方向の力を持つのはそれはそれは……おおっと。ちょっと取り乱しましたね」


 雀兎は話すスピードが漸次的に速くなり、口が悪魔のようににやけていた。これがどう見ても人にしか見えない雀兎が魔物たる所以なのか、とシャルルは邪推したりしたが、少なくとも雀兎はレイに対し害為すものではないことは確信していた。



「シャルル学長。彼、レイはこの魔法世界に大いなる変革を与える存在となります。無機魔術は人類史約800年に記述されていない未知で、新です。とうとう絶対的になった魔術を覆す革命の能力だ――。


 私は彼が選ぶ未来を見たい。私は彼が進む将来を見てみたい」


 雀兎の双眸の奥には億兆の星が燦然と輝いている。


「だから、その時まで、レイのことをよろしくおねがいします」


 雀兎は座ったままで恭しく頭を下げた。



 雀兎の「見たい」「見てみたい」この欲は一体、彼の魔物ととしての本能を由来とするものなのか。それともレイの保護者として、親としての愛を由来とするものなのか。

 


 当然、シャルルには判断つかないし、本人も判然とはしていない。



 でも、確かに雀兎という魔物は、単なる魔物ではない、ということはシャルルはよく解った。



 そもそも人型の魔物。言葉を持つ魔物など、確認されたことがなかったのだから。




◇月の里 零月家



 レイは無機魔術を()()してから、およそ一週間。彼の動きは完全に別人のものとなり、いまでは苒が直接相手をするほどになっていた。



「行きます」



 レイは地を強く蹴る。いま繰り出される神速は武技競戦の決勝で見せた、英を圧倒したそれよりも疾い。


 無機魔術を自覚してから、彼の身体能力は格段に上昇した。もはや武技に於いて、彼に勝てるものはいないだろう。

 特殊能力の【感知】も安定していて、それに応じて視力が上がっている。



 彼は絶好調だった。



 だが、それでも彼には近接戦闘以外の選択肢はない。


 魔法戦闘に於いて、近接の手段しか持ち得ないのは大きなディスアドバンテージだ。無機魔術で魔法を消すことはできるが、まだ意のままに操ることはできず、結局近づく距離が長くなるだけ攻撃を被る可能性が増えるのは変わりない。



 ふわりと黒蝶がレイの動線上に舞う。一見、妖麗な黒の翅は臆病にも近づくだけで、照れ隠しといっても打ち消せない、それは爆裂する。


 さらには環状に舞う黒蝶は互いに連鎖するのだ。波状の黒の爆炎は何人たりとも寄せ付けない。


 それにはレイも退くしかない。現象化した魔法は無機魔術を使っても打ち消せないのだから。



「うゑ――!?」


 しかし、退いた先に逸れた蝶が一匹――。



「「ぐわぁぁぁあ!!」」



 レイの背後でくるりと爆ぜ、苒の足元に吹き飛ばされた。


「おぉい。なァに避けてんだよォ」


「――ッ、そんなの攻撃なんだから、避けるに決まってるでしょッ!」


 ここ数日で、レイの苒に対する態度も大きく変わったように見える。敬語は流石に剥がさないが、ヴェールの中身に果たして、訪問前までの敬意があるのかは怪しい。しかし、訪問前までより、親しみがあるのはたしかだろう。

 

「その攻撃を発動させない訓練をしてんだろォがよォ!!」


 レイは既に魔法への対抗手段を持っている(自覚している)

 あとは意のままに操れるかどうか。



 無機魔術を思うがままに操れるか、そうでないかには雲泥の差がある。もし、レイが名実ともに無機魔術「師」となった時、既に彼に勝てるような魔術師はいなくなるのだろうと、苒は確信していた。


 その魔術師の母集団にはしっかり藹を含むのだ。

 

 だからこそ、苒はこうして直々に特訓に付き合っているのかもしれない。

 ただ、この訓練が本当に無機魔術師の爆誕に繋がっているのかは不明だが。そこは如何にも苒らしいか。



「それを失敗したから避けたんです!」


「失敗してんじゃねェよォ……。とっとと魔法打ち消して俺に一本入れやがれ!」


 レイは珍しく苛々と湧き上がり……。


(ならやってやる!)


「うらァ!!」


 不意打ちまがいの奇襲を苒に仕掛ける。二人の距離は既に一足の間合い。

 紫影は相変わらず気まぐれだが、無機魔術の防護魔術は常時発動できている。


 つまり、近接なら魔法発動を無理やり停止できる――――が。



「うへ!?」


 レイが掴んだ苒の人影は影でしかなかった。全て黒蝶の集合体で、確認しておくと、苒がいま展開させている黒蝶は衝撃に呼応して子供の笑い声のように容赦なく爆裂する。


 


「ぬぬぬぬぬ」


 レイは少しの間意識を飛ばした。しかし五体満足でいられるのは無機魔術の防護のおかげだ。無機魔術の防護は物理的な攻撃には全く作用しないが、魔法攻撃には極めて強かった。だからこそ苒はそこに付け込んで威力を調整していない。


「オメェはやっぱ詰めが甘ェな。魔法発動の兆候が掴めねェんだから無闇矢鱈に突っ込むなバカヤロウ」


 レイは魔法の代わりとして《無機魔術》と《感知》の二つの非魔法的能力を持つが、その二つとも魔法発動の兆候、魔法及び魔力の気配は全く感知できないし、レイ自身もそれはできない。


「さっきは避けるなとか言ってたじゃないですか!」


「だから無機魔術を発動させて魔法を全部消せって言ってんだァ……。 何回言わせるつもりだァ?」


「それができていれば苦労しないんですよ!」



 苒が求めるのは無機魔術のもう一つの武器――――《紫影》。


 いまは本当に気まぐれな能力で、レイの意思と関係なく発動することもあれば、たまには素直に発動し、そしていまのように鹿十する。

 発動条件がレイ自身も掴めていないが、蓮歌と戦ったときは確かに自分の意思で発動したのだ。



「だからァ、こうして俺の貴重な時間を割いてやってんだろォ?」


 苒は呆れるように溜息をついた。その溜息までもが「面倒くせェ」と愚痴ていそうな。



 レイは引きちぎるように地を握った。

 

 彼にはすでに感謝の気持ちが羅や紗よりも稀薄なものとなっていた。もはや、休みが明けるまでに一発殴ってやると復讐心にも似た感情を抱くほどには。

 

 それはレイらしくはないが、如何にも年頃の男子らしいことだ。



「ほら、立て。とっととかかってこい!」


「うらぁぁぁ!!」


 それから彼は日が暮れるまで黒蝶に吹き飛ばされ続けるのだった。

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