表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第二章 夏休み
56/84

9. 動向

 それはセトレール鉄道の東宮行の急行列車で起きた。



 (まい)(ぜん)は学校での作業が残っていたため、レイたちの二本あとの列車に乗った。蓮歌(はすか)は特に用はなかったのだが、英と帰りたい一心に、英を学校で待っていたため、やはり同じ車両に乗っている。



 時刻的には最終列車の一つ前。東宮には深夜に到着する列車。


「わざわざ待っていなくても良かったのに」


「いーや! まいと一緒に帰りたかったんだもん!」


 蓮歌は席に座るなり、まるでネコがじゃれつくように英にべったりである。学校ではあからさまに英とくっついてはいられなかったから、その反動に近いものがいまやってきたのだろう。


 一方の英は嬉しそうにも、逆に鬱陶しそうにもしておらず、全く気に留めていない様子だ。


「おい、蓮歌。はしたねェ真似はすんな。オメェは一応、玖零院(くれいいん)の……」


「はー! うるさいんですけどー! あたしがまいとベタつこうが、苒には関係ないじゃないですかー! それともなんですか? 嫉妬ですか? 妹に劣情抱いているんですか? そういうの良くないと思いまーす!」


 蓮歌はネコのような態度から一変、冷たい声で苒に文句を言う。


「蓮歌。あまり調子に乗るなよ? しばくぞ?」


「きゃーお兄さんこわ~い! まいぃ……あの人あたしを襲う気よ!」


 蓮歌はちょうど苒のシワの寄った眉間を指差しながら、身体をすぼめて英にくっつきながら非難した。

 苒はかなりイライラしていたが、実際には手を出すことはない。別に英が守っているとかではなくて、単にその気がない。


「はぁ。オメェと話すとめんどくせェ」


「あ、それより苒。あいつをなんで家に招いたのよ」


 蓮歌は思い出したように言う。


「あいつ? 潤女のことか?」


「あたし、どうしてもあいつのこと信用できないのよね」


「お前、あいつとまともに話したことないだろーが。憶測だけで物を語るな」


 これは苒にレイを庇う意図があったわけではない。単に、憶測、思い込み、そして偏見だけで物事を判断するなと()()していた。


「まいはどうなの? あいつ」


「……特に何も」


 これは英の本音だった。ただ、答えに僅かに遅れたのはやはり武技競戦のことだ。英は未だにあの結果には納得していない。

 彼女には意外と頑固なところがあるのかもしれない。


「あたしは絶対怪しいと思うんだよねー」


 蓮歌は腕を組んで思考に耽る。そしてその根拠を二人に語り始めた。


  

                 ◇



「まい、購買に行ってくるが何か欲しいものはあるか?」


「特に無いです」


「あ、じゃ、あたしはねぇ……」


「オメェは自分で買いに行けェ!」


「はーい! シスコン! このシスコン!」


 苒のドアノブを握る力は異様に強くなっていたが、何も言わずにブースを出た。

 その瞬間――。



「「キャァァァァァ!!!」」


 別の車両からだろう、衰弱した悲鳴が廊下を駆け抜ける。

 

 ブースは完全防音になっているから、いまブース内にいる乗客には聞こえることはない。

 偶然にも苒がドアを開いた時に聞こえただけ。


 だからと言って彼は放っといて購買に行く男でもない。すぐに、駆け出し、英と蓮歌もすぐに席を立って、後を追った。




――列車のとある一室。



 この部屋は苒たちが使っていた「ブース」などとは違い、「ルーム」だった。中にはただ座席があるだけではなく、ベッドや机などが完備されており、まさにホテルの一室のようであった。


 その重厚なドアがノックされる。


「どなたかね?」

 

 中年の男性の声がそのノックに応対した。


「客室乗務員のものです。こちらはハンス=シュミットさんのお部屋で間違いないでしょうか?」


「ああ、そうだ。それで何のようだ」


 ハンスの声はふてぶてしく、どこか排他的であった。もしかしたら焦りもあったのかもしれない。


「それはドアを開けさせてもらってからお話します」


 その部屋は施錠でき、ハンスはやはり鍵を閉めていた。だが、外からドアノブを回す力の方が強かったか、破壊音とともにドアが開き一人の客室乗務員を名乗る男が侵入する。


 ハンスもすぐに異変に気が付き、ナイフを突き出す。


「き、貴様! 何者だ! 乗務員ではないな!」


「ええ。まぁ。でも、もう解ってるんじゃねぇか? ここに俺様が何をしに来たかって。なぁ、()()()


 ハンスというのは西部では最も使われてきた偽名の一つ。逆に使われすぎて今ではあまり使われないのだが。

 しかし、最高級のクラスに乗車しているだけあって、衣裳の素材は見ただけでも解るような高品質の革。恰幅もよく、柔らかい目をしているが、その目はたしかに濁っていた。


「か、金か? 宝石か? 魔剣か? な、なにが欲しい!」


「おお、その全てと()()()()()。お前さんの命だよ」


 今度はラチェットと呼ばれた男は冷や汗をかく。それは彼の()()だった。

 そして本名が割れているということは、つまり――――。


「な、なにッ……き、貴様!?」


 客室乗務員の格好の男はハンスが一人も護衛を従えていないことに違和感を覚えたが、標的及びクライアントの素性を探ろうとするのは()()()()だ。


 ただ、目的を果たすためだけに動く。目的を果たすためだけにしか動かない。


 乗務員は鏃のような小さな刃物を取り出し、空を斬る。


 途端、緊張した糸が切れるような高音。幾重のも糸がハンスの頭部に絡みつき――客室は爆発する真紅に染まった。


「いっちょあがり」


 血に塗れた乗務員は頬についた血液を白の手袋で拭い、不敵に笑む。

 首から上を文字通り消失した身体から、身ぐるみを剥がし、必要なものだけを選択し、静かに客室を出る。


 死体の回収は求められていないのだろう、火を放ったり、魔法で消し飛ばしたりはしなかった。



「穢ねぇ……ベトベトだぜ」


 仕事を終えた男は無警戒のままルームを出た。


「「キャァァァァァ!!!」」


 しかし、そこに偶然にも通りかかった女性客が、男の姿を見て悲鳴を上げてしまう。


「うるせぇなァ」


 だが、男も焦った様子は見せない。ゆっくり近づいていくだけ。

 それに対して腰を抜かした女性は後ずさって壁に背を埋める。


「こ、ころさないで!」


 男はすぐには答えなかった。懐から紙を出し、女性をその濁った眼で一瞥したかと思うと、紙をしまって踵を返す。


「ンあ? ああ、殺さねぇよ。お前は()()()にはないからな」


 女性客はガタガタ震えながらも、男に殺意がないことに安堵する――。


 が、男の歩みが止まった――。


「あぁ、でも見られたからにはヤっといたほうがいいのか?」


 男は白々しく、物色したナイフを逆手に持った。流れる動作でやはり首元を狙う――。


「おおっと!」


 男は後ろに跳躍した。男が立っていた場所に二本のクナイが突き刺さる。


「オメェ、なにもんだ?」


 駆けつけた苒が女性客の前に躍り出た。


「おおっと! 待ってくれ! 俺様は無駄な争いを好まねぇんだ!」


「なにもんだと訊いている」


 男は一歩後ろに下がるが、苒は逆に一歩前に出た。


「俺様は改聖教第五使徒蒐々鬼(しゅうしゅうき)だ。名の通り、俺は蒐集癖があってな、別に他の殺しにしか興味のない使徒さんたちとは違うってことは知っておいてくれよ!」


 その名を聞いて、苒の眼は僅かに見開いた。

 蒐々鬼は返り血さえ拭えばただの乗務員にしか見えない。中肉中背の男だ。


 苒は直接使徒に遭うのはこれが初めてだ。勝手に使徒はどこか狂った見た目をしていると思っていたから、少し拍子抜けではある。


「今回も殺したのは西からの脱獄凶悪犯。俺がヤりたくてヤったわけじゃねぇ。これは仕事だ。あ、ところでお前さんは?」


零月(れいづき)(ぜん)。零月家の長男だ。零月の名の許に大人しく拘束されろ」


「ほぉ……あんたがぁ……。でも、そんな事言われてもなぁ……。俺様が捕まるわけないじゃん。あ、暴力とかダメだよ。車内は魔法禁止だからね! それにさ、俺様とお前さんが戦うのは互いに良くないだろ? お前さんとしても余計に死体は数えたくないだろうし、俺様もターゲット以外は殺したくないんだよ……」


 苒は改聖教に個人的に悔恨を持っている。静かであるが、腸が煮えくり返る思いだった。


 この気さくに話してくる男をすぐにでも塵に変えたいほどに。


 だが、彼は零月家の長男。冷静さも同時に保っている。


「だからさっ! な?」


「解った。これ以上列車に危害を加えないのなら、俺たちもお前のことは追わない」


 苒は蒐々鬼の要求を呑む。


「え? ちょっと苒?」


「おお! 良かったよ、話のわかるやつで! ちょっと待て。パートナーもいまここに呼ぶからさ」


 蒐々鬼は指笛を吹こうとするが――。


「お、噂をすればなんとやらだ」


 苒たちの後ろ側の扉が開く。


「おい! ミッション完了だ。ずらかる……って何食ってんだお前」


 現れたのは苒より一回りも二回りも大きい醜男。その男には列車の天井は低すぎて、身体を前に曲げ、後頭部を天井に擦りながら歩いてくる。


 不健康そうな紫の肌で、口の周りが赤に染まっていた。大きすぎる四白眼が恐ろしげにぎょろりと向く。

 その容貌は人間と言うには禍々しすぎだ。



(――改聖教は一か百かしかいねェのかァ?)



「んあ? ああ、オレっちにぶつかってきた。うるさかったから、たべた」


 苒が再び厳しく蒐々鬼を睨む。


「そ、そう睨むなよ。もう、もうこれ以上迷惑はかけないからさ。ほら、あいつも食ったから死体も残ってないしな……」


 ここで言い返したのは苒ではなく、蓮歌だった。


「そういう問題じゃないっての! 苒もさっきからなに逃がそうとしてんの! こんなやつらあたしの封印魔法で!」


「おい、蓮歌やめろ」


「は! 【監茨棘(かんしきょく)】」


 黒の鋭い棘が無数にある茨が、使徒二人に蛇のとぐろを巻くように絡みつく。そのまま茨で絞るように封印魔法を完成させた。


「は! 最初っからこうすりゃいいんだ」


 蓮歌は腰に手を当て、胸を張った。

 

 苒は一瞬だけ蓮歌を睨みつけ、黒蝶を纏う。


「蓮歌。帰ったら説教だ」


「は? 怒られんのはあんたでッ……!?」


 途端、蒐々鬼に巻き付いていた茨は枯死した。


「急に魔法打ってくるとかマナーがなってねぇな」


「な! どうして!」


「ああ、これくさか……」


 大男も内側から金属のように硬いはずの茨を貪っている。


「バカ。食うなそんなもん」


 蒐々鬼は化け物のような巨漢を叱るが――。


「「オレっち、にくがくいたかったァァァァ!!!」」


 大男は醜穢な声を上げる。それは轟音となり、車内の壁や床にひびをつくる。


「うるせぇバカ! ところで零月の方よ。これでお互い様ってことでいいよなァ?」


 苒は蒐々鬼を睨んだまま、目線で外に出るように促す。


「やっぱ、話が通じるやつはいいね。ほら、バカ行くぞ」


 蒐々鬼は出口を強引に開け、走行中の列車から飛び降りた。


「あ、おい。おいていくな……!」


 一方の大男は天井を引き剥がすように破り、そこからよじ登って姿を消した。

 


 残ったのは苒たち三人と、大男がこぼした血液に、屋根の残骸。


「おい! 苒! なんでこんな安々逃してんだよ!」


「バカかお前は。この状況であの二人を本気で捕まえられると思ってんのか?」


「当たり前だ! お前があたしの魔法をフォローしていたら逃さなかった! お前こそ解っているのか? 零月と聞いてあの男は『逃して』などと巫山戯たことを! なめられてたんだぞ!」


 苒の上から降る冷酷な視線をはねのけ、蓮歌は突っかかる。


「は! 腑抜けめ。これで()()()……」


 苒が蓮歌の胸ぐらを掴む。


「いい加減にしろォ。ここで戦えば何人の人間を巻き込むことになる。それにはお前も入ってんだぞォ? 実力過信しているようだから言ってやる。お前はあの挟まれた状況で、俺か英のどっちかがいなかったら、殺されていたァ!」


「「あたしはそんなに弱くない!!」」


 蓮歌は逆上し、殴ろうとするが、先に苒に壁に叩きつけられて、黒蝶で拘束された。


「一つだけ言っておく。()()()()()。もしあの場であの二人を拘束出来たのなら、お前よりも早く英が封印魔法を行使しているんだよ」


 黒蝶で壁に拘束された蓮歌だが、この苒の言葉を聞くとピタリと動きがやんだ。


「英が『拘束は不可能』と判断していたのに、お前は暴走し、挙げ句迷惑をかけた。お前はお前が思うより無力だ」


 蓮歌の目が潤む。そして再び黒蝶を振り払おうとする。


「現にこの程度の拘束も解けないのだからな」


「――ッ!!」


 苒は蔑みの目を向けながら、動きが完全に止んでから黒蝶を解いた。


 蓮歌は無気力に床に座り込んだ。肩を小刻みに揺らしうつむいている。


 苒は殺害があった客室のドアノブに手をかけた。


「「うう……バカ苒!!!」」


 蓮歌は急に立ち上がって逃げるように別の車両に駆けていった。


「兄さん。少しやりすぎです」


「ああ……。英。あいつのことは頼む」


 苒は頭を抑えながら、蓮歌のことを英に丸投げしてその客室に入っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ