表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第二章 夏休み
55/84

8. カイン出生の秘密

「俺も驚いたよ。マリが帰ってきたかと思って、玄関に出たら、まさかあの零月家のご子女がいらっしゃられたんだからな」


 マリが帰宅する数時間前に(あい)が里を訪れていて、既に事情は解っていた。

 

「七里家って……」


「ああそうだ。俺たちはもともと漆裏(しちり)と書いて、零月家の分家の一つだった」


 ケイリは初めて猪口に口をあてがった。


「ま、いまじゃ分家からは外されているがな。ただ、この里が零月家の直轄地であるのは変わっちゃいねぇ」


 七里家は里から離れた山の上にある。しかし、その里も全て七里の苗字を共有している。

 ケイリは分家から外されたとはいっているが、実は零月家は七里家を分家の一つと看做している。ただし、他の分家ほどの権限と責任は与えていないが。


「こうしてこの家だけ里から離れているのもカインのためってことですか」


「そうだ。もともとは里の方に住んでいたが、カインのきれいな金髪はどう考えても浮くからな」


 だからケイリとミリ、マリは髪を染めていて、ナイン、ノイン、エリは黒髪のままなのだ。

 染髪は時間が経つにつれて薄れていく。理由を知らないナインたちが継続的に染髪できる適当な理由もない。


「問題の先延ばしにしか見えないだろう? 賢いレイから見れば。でも俺たちはこれしか思いつかなかった」


 ケイリは寂しそうに酒に広がる波紋を眺める。


「いずれカインは気がつく。最期まで勇敢に戦った上級魔法の使い手を父に持ち、この世を去った後でも子を守る魔法を付与した天才魔術師を母に持つ。カインはたしかにその二人の遺伝を引き継いだ。あいつは天才的な魔法師になる素質がある……」


 ケイリは一言一言紡ぐように語っていく。


「いまは零月の封印魔法があるから、カインの魔力量は抑えられている。だが、それもいつか、あいつの制限された状態での魔力量が基準を超えれば同時に封印も解け、本来の実力になる」


 その時が来ればカインの魔力量はBクラス相当になると予測されている。


「その封印魔法はいまの零月家当主代理、零月藹にもかつてかけられていたものを応用したものだ。彼女のは莫大な魔力量を抑えるためのものだったが、カインにかけてもらったものは訓練用、いわば競技服(セルソン)に似た代物だ」


 だから決してカインの成長を阻害したり、縛るためのものではない。


「マリが言うにはカインの風魔法はカーシュのものと似ているらしい。独特の優しさがある。顔立ちは特にリンに似ているらしい。特に目の色が。カーシュのは完全な碧眼だったらしいが、カインはリンの優しい琥珀を帯びた黒目だと……」


 ケイリはカーシュのこともリンのことも我が子のように優しく呼びながら、ゆっくり語る。


「でもな。俺は本当は真っ黒な髪に真っ黒な眼だ。ミリもそうだ。マリもそうだ。名前だってそうだ。俺たちは漆裏の裏の字を預かって、『リ』で終わる名前を代々受けている。でもカインの名を変えるわけにはいかなかった。だから家では『男はインで終わらせ、女はリで終わる。俺は生まれる前に女と間違えられて名付けられた』とか間違った歴史を教えてしまった。あいつに本当の名前の由来すら教えてやれない」


 ケイリは吐き捨てるように、辛酸を嘗めるように語る。


「でも、俺たちは血とか、姿容(すがたかたち)とか、歴史とかどうだっていい。あいつがどこの血筋だって、あいつは俺たちの子供、家族だ…………。でも、でもな、もし、カインが自分の出生に気がついて、もし、ミュー=リュー家に行きたいというならば、俺は止めることができるだろうか。その権利はあるのだろうか」


 ケイリは寂しい悲しさを目の奥に秘めて語る。


「レイ、君が我が家に、そしてカインと友達になったのは運命だと思う。君が偶々魔法が使えなくて、君が偶々学生会に所属するようになって、君が偶々零月家と関わりを持つようになって、君が偶々カインと友だちになった」


 ケイリは一つ一つ確かめるように語る。


「これは偶然と片付けるにはもったいない気がする。たぶん、世界の見えない大きな力が君たち二人を出会わせたんだろう」


 ケイリは久しぶりにレイに目を合わせた。


「俺がいま話したことは秘密にするにはしんどい話かもしれない。でも、いつか、その時になるまで……その時になったら君の口から語ってあげてほしい。その時、カインの傍にいるのはきっと、君だろうから」


 レイもその任を理解していた。


「だいじょうぶですよ。カインはこの家をこの上なく愛しています。もし、カインがミュー=リュー家を継ごうというのなら、僕が()()()()止めます。もし、カインがミュー=リュー家に狙われるようなことがあれば、たとえ()()()()()()()()()()()()、僕が友としてミュー=リュー家を相手にとって戦います」


 ミュー=リュー家は中央大連合の四大中枢国の一つ、ミュー=リュー家国の国長だ。

 ミュー=リュー家を相手取るということは最悪、四大連合国、及び中央大連合すらを敵に回すということだ。


 中央大連合は30年聖戦で勢いを増した世界西部の超大国、シャレル・ト・ルエル敬大帝国(きょうたいていこく)に対抗するために世界中央部の四つの大国が同盟関係になったことがきっかけの連合。

 いまや世界の中心として、ノール・セトレを護る者として、位置を確立した組織。



 それをいざとなれば友のために相手取ると。


 つまり、レイの言ったことはあまりに無謀で無知で無体で無理なことだった。


 一国の跡継ぎ、血縁問題に他の連合国が参戦するとは確かに限らない。おそらくその可能性は半分を下回るだろう。

 四大連合国は西の脅威への対抗組織で、もともとはこの四国も戦争となれば敵国同士でもあった。内戦で他国の干渉を良しとはしないだろう。


 だとしても、その四大国の一つを相手取って見せるというのは、やはり正気の沙汰でない。

 レイの透き通る碧眼の奥に潜むのは戯言か……。


「レイ……君はそこまでして…………」


 しかし、ケイリはレイの言ったことが嘘、大言壮語とはどうしても思えなかった。

 この子は本当にミュー=リュー家を相手にしてもカインを守るのだろうと、ケイリは確信に近い何かがあった。


 ケイリは占星術の類は使えない。ただ、カインとレイの出会いが運命的だと思っているだけだ。

 ただ、ケイリの直感は当てにならないわけでもない。直感に従って生きるべきだと思っているくらい、彼は直感を信じている。

 そう、表現を改めるなら、「直感という確信」だ。


「でも、そこまでしてくれなくても、零月家がカインの身の保障をさせているんだよ。実際に、当時の零月家ご当主様がミュー=リュー家の家長を()()()()()約束させたらしい」



 藹は他国の貴族内の問題だからと言って、無辜の少年少女、及び孩児を執拗に国外まで追い回し、挙げ句二人を殺害したことを、「魔法差別」や「国家反逆罪」などと正当化させなかった。


 藹は当時は学生会に所属してはいなかったが――まだ首席が学生会に所属するといった伝統はできていなかった――東部最大の士族としては差別に辟易していた。



 彼女にとっては大抵の貴族は取るに足らない小物にしか見えない。

 その小物が彼女にとって小さい権力を振り翳していることがとても醜悪に見えたのだ。



――こんなところに弟妹を送るわけにはいかない。



 当時、苒は三歳、英に至っては殺されかけたカインと同い年なのだ。



 休み明け、藹は学生会に所属し、差別の禁止と校内での全ての攻撃魔法の禁止(以前は初級魔法ならば暴力にならない限り、処罰の対象にはならなかった)を徹底させた。


 結果、たった一人の一年生によって、荒れていた魔法公学校は秩序を取り戻し、多少のいざこざはあれど表立って「差別が正義」という者はいなくなった。


 魔法差別をするならば零月がヒエラルキーの頂点だ。その零月が禁止を命じた以上、差別を正義としても差別をできないという屁理屈に限りなく近い論理もあったのだろう。



 代わりに、学生会が絶大な権力をもつ、不可逆な組織という意識も根付いたのだが。



「さすがにミュー=リュー家とて零月を敵に回せまい。それでは中央大連合としては本末顛倒だしな……」



 零月家は一応、無国籍だが、場所としては效聖國にある。元は以ノ國の士族だったが、以ノ國が效聖國に飲み込まれたことにより、效聖國の領地内にある。


 しかし、飲み込まれたからと言って零月は所有していた土地は效聖國に譲るはずもなく、いまでも「月の里」としてその土地一体を治めている。



 実はこれは效聖國にとっても嬉しいことで、「月の里」は效聖國の最西端にある。つまり軍務上重要な拠点になるが、そこに世界最大の士族がいることは、そこに鉄壁の要塞を十や二十立てるより効果がある。

 

 そして零月家は積極的に他国に侵略には行かないが(行けば世界中が混乱に陥ることをよく知っている)、防衛戦には積極的に参加することが多い。


 零月家は效聖國を含めた周辺諸国と友好的で、侵略を受けたときには兵力を送ることを取引している。

 そして必要に応じて、侵略国を壊滅に追いやることも。



 実際、零月が侵略国だからと壊滅に向かったことはないが、暴走がすぎる国家は幾度か叩いている。

 例えば王国ならば良くて王に不戦協定を結ばせたり平和を誓わせたりする。最悪には王家諸共、王城を塵に変え、不毛な土地と変えてしまう。


 これこそ正義を振り翳すだけで、明らかな(過度な)他国干渉、侵略であるが、零月に楯突けるような国や人間などこの世界にはいない。

 


 中央大連合は東国に対抗する組織では断じてない。東国最大の国はそれこそ效聖國で、最大の脅威は零月家だ。

 だが、效聖國も零月家も刺激しない限り、動かないし、侵略行為には消極的で、そのための戦争を好まない。


 それは世界西部を中心に起きた30年聖戦のときからだ。

 もしあの最悪の戦争に效聖國が利益を求めて積極的に参入すれば、おそらくいまもまだ戦争は集結していないだろう。

 それを效聖國と零月家は解っていたため、いまでも不戦を掲げている。


 また、中央大連合が発足したのは零月家や效聖國にとっても都合が良かった。もし、あのまま戦争が続けば世界中央部も西の超大国の手に落ち、いよいよ零月家や效聖國も動かざるを得なくなっただろう。


 だからこそ、中央大連合が発案されたとき、零月は呂ノ國と光燈国に働きかけをしたのだ。


 中央大連合は単に四つの中枢国のもとに発足したのではなく、裏に零月家が隠れていたのだ。



 その零月との絆を破ってまで、自家の面子を守りに走れば零月だけでなく他の中枢三国も非難するだろう。



 たかが無垢な子供一人を殺害するために、自国諸共破滅することはミュー=リュー家も望んでいないはずだし、それでは元も子もない。



 ケイリはうつむき加減だったのをやめ、微笑みを見せた。


「それにレイ。そういうセリフは最愛の女性に送るものだよ」



 たしかに「世界を敵に回しても」なぞ、朋友に送る言葉としては少々重いかもしれない。

 それにレイとカインは出会ってから半年程度しかたっていない。その半年の長さがケイリの思う半年よりは長いのだろうが、ケイリには「世界を敵に回しても」なんて、それこそ家族にしか使えない。そんなセリフを与えられるような友人は今までいたことがなかった。



「そ、そうですか」


 レイは仄かに赤面する。彼はまだ恋を知らない。ただ、照れくさいという感情はよく知っていた。「世界を敵に回しても」というセリフは実際にレイが()()()()()()()()()()()()でもあるのだから。



 陽の光が赤くなった顔に差し始めた。夜が明けたのだ。



「おおっと! しまった。つい、話し込みすぎてしまった。今日出発するのに大丈夫か?」


「少しだけ仮眠を取るので大丈夫です」


「そうか、悪いな。おかげで俺も話しておきたいことは全て話せた。ありがとう」


 そうしてレイは自分の友の壮絶で大切な過去を握って、陽光を背に浴びながら階下に潜っていった。



                     ◇



「それでは短い間、お世話になりました」


 レイは鞄に入り切らなかったお土産を両手に、七里家の玄関の外でお辞儀する。


「もう少し長くいても良かったのに」


「「はっは! 強くなれ! 達者でな!!」」


「レイ。また学校でな!」


 レイは学生会であるから、カインより早くに学校に戻る必要がある。そのときには英たちと一緒に登校することになっているから、行きに七里家には寄れないのだ。


「うん。みなさんもお元気で」


 レイはもう一度お辞儀をしてから、踵を返した。



「ほら、行ってきなよ」


 門に凭れかかっていたマリがナインの背中を押した。


「れ、レイにぃ」


「ん?」


「こ、これ。ノインとエリとで探して作った……。お守り」


 ナインは紐の輪をレイに手渡した。

 それは言わばネックレスというもので、クローバーがガラスに閉じ込められていた。


「四つ葉のクローバー!? すごい! ありがとう!」


 レイはナインとその奥に隠れていたノインとエリにも目を向けた。


「また、来てね」


「うん。また来るよ。約束だ」


 レイは貰ったネックレスを首から下げて、また歩み始めた。



「偉かったね。最後まで泣かなくて」


 マリは駆けて戻ってきた弟妹三人の頭を撫でる。


「うん。泣いちゃうとレイにぃが……進みづらくなっちゃうから……」


 三人はマリの道着を強く握りしめていた。


「彼も罪な男だね」


 マリは一度、横にいるカインに目を向けて、少しだけ嬉しそうな顔をした。


「な、なんだよ。マリ……」


「いいや……頭なでてほしいのかなって」


「ンなわけあるか!!」


 カインはマリの手を振り払い、家の方に戻っていく。

 


(――あの学校も変わったんだな)



 マリはいまの魔法公学校を知らない。

 

 あの日、あれ以来、マリは一度も訪れていない。

 あの日、あれ以来、マリは一度も笑っていない。


 この日、今日まで、マリは一度もカインのことを直視できていない。



(――先輩。カインはもう大丈夫です。)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ