5. 七里家訪問
◇
レイは朝早くに目が醒めた。
この日に何か意味があったのではなくて、単に日が昇ったのが早かっただけだ。
「しまったな……早くに起きすぎたよ……」
隣を見ればカインとナインが熟睡していた。
二人とも寝相が悪く、殴り合っているような形になっていた。
「眠ってても兄弟だなぁ……」
レイは七里家に来てからずっと違和感に付き纏われていた。
それがとうとう言葉にも現れていたことにも自覚していた。
「ダメだ。僕が考えて良いことじゃない」
既に眠気を取り逃していたレイは逃げるように、しかし、静かに部屋を出た。
「蒼い…………」
レイは学校からいつも携帯している刀とは別に、英からもらった刀も持ってきていた。
それをレイは抜刀し、天に掲げる。
「やっぱ、変色するんだよな……」
以前は紅く、さらにその前は黒かった。
英から貰った刀。
まだ何も斬ったことはないが、刀身の色が抜く度に変化することが不思議だった。
それを縦に一振り。
空気を斬る音が聞こえる。
「いい音だな」
レイはこの音を気に入っていた。空気を斬るのに、優しい音。
静かなのに、そこにはしっかり音が残る。
「あれ? レイ君。何してるの」
「あ、マリさん。おはようございます。素振りしていました」
道着を着たマリが廊下を歩いて来た。
朝の鍛錬が終わった後だろうか、少し汗をかいている。
「へぇ。熱心だね……って、その刀どうしたの!?」
口調こそ変わらぬが、細いマリの眼が見開かれた。
何か心当たりがあるのか、マリは裸足のまま外に出た。
「ああ、もらいものです。この刀を振る時の音が心地いいんですよ」
「もらいもの……? これを? 誰から?」
マリにしては大袈裟なリアクションだった。
「え、えっと、学校の友だちから……」
マリはレイの刀を触らないように、注意深く観察した。
「それ、宝刀よ」
「ほうとう?」
レイはその言葉に思い至るものがなかった。
「つまり、宝ってことよ。見るだけでもいくら取られるか解ったもんじゃないわ! うちの家を家財ごと全部売り払っても買えるかどうか…………」
さすがにこのたとえはマリが盛っているが、わざとではなく、文字通り、プライスレスであることには変わりなかった。
そう例えてしまうほどの価値はたしかにあるのかもしれない。
「そ、そんなに高価なものなんですか……」
急に手元が重くなったように感じた。
一体どうして、とんでもない代物を面白がって振り回していたのか。
「その刀身、時間帯で色が変わるでしょ?」
「え? 確かに色変わるなって思ってたんですが……」
「その刀はね、時鋼っていう超絶高価な代物を使っているのよ!」
レイはその素材の名前に聞き覚えがなかった。
東部の良質な刀は「玉鋼」から作られるとは知っていたが。
「時鋼はね、玉鋼と希少な魔石を融合させたものなのよ。加工がとにかく難しくて、超一流の魔法鍛冶職人じゃないと刀なんて鍛えられないわ」
固唾を呑んだ。手に持つそれがひたすらに重くなっていく。
玉鋼は製造が難しいと聞いたことがあるし、魔石の加工も相当な技術がいる事は知っている。
魔法による加工は簡単なのに、魔石の加工は難易度が高いのがレイには不思議で以前にも文献を漁ったことがあるのだ。
「これ、お金にするといくらになりますかね……」
「わたしには価格はつけられないわ……」
マリは「値段をつけることも恐ろしい」と言って、一歩レイ、というよりその刀から離れた。
レイも恐ろしくなってきて、とても慎重に丁重に鞘に刀身を収めた。
「僕はなんて恐ろしいものを振り回していたんだ……」
陽の光が黒の鞘に反射して「月の家紋」が薄っすらと浮かび上がったのをマリは見逃さなかった。
「……カインは学校ではどんな感じ?」
「カインですか? みんなに好かれていますよ。ただ、少し喧嘩っ早いですけど」
カインの人間関係ははっきりしていた。
好きか嫌いか。
基本的にカインは別け隔てなく人と接することを心がけている(貴族に対する若干のステレオタイプは否定できないが)
だから実際に「人」と関わってから好きか嫌いかのどちらかに区別している。
しかし、その好き嫌いはかなり極端だった。
「そうか。学校は楽しそう?」
「しょっちゅう、いざこざを起こしますけど、いつも楽しそうです」
マリは「そうか」と言って安堵する。
なぜ本人に直接聞かないのだろう、と思ったが無視できない恥ずかしさがあるのだろうなと勝手に解釈した。
マリとカインは同じ空間を共有していれば会話は必ずするし、仲もいいほうだろう。
それでも互いに訊きたくても訊けないことはあるものだ。
それはレイとカインの間でも言えることだった。
「そういえばカインがやたら魔法公学校に詳しいのって、マリさんからの情報なんですかね」
「え? うーん。どうだろ。わたしも学生の時は帰省する度に公学校のことは家族に話してたけど……それかな」
学生の時と言ったが、「魔法公学校の学生の時」という意味である。
「カイン、時々学校のことにやけに詳しい時があって」
「そうか」
マリは嬉しそうな表情をした。
やはりそれでもレイは不思議に思うことがあった。
七里一家は喜怒哀楽をはっきり表に出し、思ったことは明言する。
互いに多少の秘密とかはあるだろうが、感謝も謝罪も言葉に表して伝えるし、喜びや怒りの感情も包み隠そうとしない。
しかし、マリだけは違う。
マリは家族と比較して言葉数が少ないし、喜怒哀楽は表に明らかには見せない。
歓喜は自制するし、憤慨は噛み殺す。
レイに血縁の家族はいない。だから家族であっても性格が真反対になるようなことが、普通に起こりうることなのかは解らない。
なのにレイの心に引っかかったのはマリがカインの話をする時、どこか後ろめたそうにしていたからだった。
その理由は知らない。もしかしたら気のせいなのかもしれない。
「レイ君。どうかこれからもカインとは仲良くしてやってくれないか」
「ええ。それはもちろん。彼は僕の最初の親友ですから」
七里家訪問編、七里家だけに7話で終わらせたかったんですけど、ちょっと文字数の調整に難ありということでたぶん8話構成になると思います。




