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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第二章 夏休み

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4. 七里家訪問

「レイにぃ、レイにぃ! 見て見て!」


 レイが七里家に滞在して一週間が経った。


 家ではカインの弟たちに引っ張りだこで、レイも満更でもなさそうだ。

 その仲の良さはカインから見ても兄弟のようだった。


(――弟がもうひとりできた気分だぜ……)

 


 その夜。


「そういやレイ。夏休みの宿題はどんなもんだ?」


 カインが教材片手に居間に入る。

 そこにはレイとエリ、そしてマリがいた。


「うん。もう終わらせちゃったよ」

「は……うそだろ……」


 カインは持っていた教材を思わず落としてしまう。


「入院中暇だったしね」


「し、しかも休み前にだと!?」


 カインは一歩、二歩、自分の友人から身を引いていく。


「あ、じゃ! 写していいか?」


「ダメに決まってるだろッ!」


 エリの相手をしていた姉のマリがカインの頭に手刀を落とす。


「カイン、そもそも夏課題持ってきてないんだよ。部屋に置いてきたんだ」


「そうだよな……終わったのに持ってくる必要もないもんな……」


 カインは大げさに落胆する。

 しかし、カインは勉強ができないわけではない。得意不得意の差は著しいが、平均すれば学年の上位40%の成績である。



「そういや、レイ。専門はもう決めたのか?」


 魔法公学校では一年次の秋頃から専門科目の授業が開講される。

 

 それまでは共通科目として、主に古典数学、魔法数理学、魔法史学、魔法倫理学の基礎分野を座学で学ぶ。

 この共通科目で基礎力をつけ、興味を持った専門科目、つまり上位の魔法学を一年次の秋から学び始める。

 

 たった半年の授業だけで専門科目を学ぶのは時期尚早な気がするが、第3クラスの学生の半数は二学年に進級せずに自主退学する。そしてその大半の目的この専門科目を受講して、何かしらの公認資格を取ることにある。

 

 魔法公学校の授業レベルは一般に高水準とされていて、共通科目一年、専門科目半年分の単位だけでも取れるような資格も存在するくらいだ。



「やっぱ魔法物理学とか、魔法陣学とかか?」


「いいや、僕は古典学を主に取ろうと思うよ。魔法陣師になるのに魔法陣学の単位は必要条件じゃないし、魔法物理学は今年は取らないかな。魔法数理学の進度的に魔法物理学をいますぐにとっても内容のレベルは推し量れるし」


 

 嫌味っぽく言うレイの学術レベルは、既に魔法公学校の卒業水準の域に達している。


 魔法数理学や魔法物理学の四年生の試験を仮に受けても、首席は解らないが、上位には食い込めるだろう。


 ただ、他の魔法学のレベルはさして高くないが。


 せいぜい同学年が受ける試験で首席を取れるほどでしかない。

 しかし、()()()()というのは、魔法公学校が文系科目を重く見ていないからだ。



 これは学生によって文化が異なることが所以で、例えば魔法史学で扱うのは歴史であるが、歴史も国、文化圏によって、捉え方は違うのはもちろん、事実としていることでさえ、相違点が認められたりする。

 それは魔法倫理学も然りで、魔法公学校は「ある基準」に則って授業を展開するが、それが「正しい」とは決して明言しない。

 実際、教諭間でも歴史などの解釈は異なっている。



 しかし、理系科目は大きくスタンスが異なり、取り扱う現象や事象を扱うには全て定量的であらねばならない。

 1に1を足せば2であって、季節や場所によって3とか5になったりしてはならない。


 従って、国、文化がことなれど、完成された魔法科学に相違点はないし、あってもならない。

 それが科学というものなのだから。

 


 それに魔法は古典学の時代は「神の御業」やら「奇跡の力」やら『異能』などと不確かな呼ばれ方をしていたが、いまでは「魔法」「魔術」として、言い換えれば「方法」「技術」として見做され、滅多に『異能』と本来の名前で呼ぶものなどいない。


 ()()()()()()は科学の仕業であり、それにより魔法は魔法として大きな発展を遂げた。

 だから魔法学校である以上、魔法科学を重視しているのは当然といえば当然なのだ。



「それに僕は魔法が使えないからね」



 カインもこれを言われてしまえば反論することはできない。

 一人の朋友として、負い目や、憐愍などを感じているわけではないはずなのだが、一人の朋友として、「魔法が使えない」という意味的、心理的な言葉の重みも充分に解っていた。


「そういうカインは何を取るんだい?」


「うーむ。俺はあんま勉強好きじゃないから、実習を取るぜ」


「あ、そういえば実習科目っていうのもあるんだよね」


 専門科目には座学以外に実習科目というものもあり、上位の魔法学を学ぶ代わりに実習を選択することもできる(もちろん、実習科目は専門科目の一つなので、上位の魔法学を取っても実習科目は当然選択できる)


 これは実際に学校外に出てフィールドワークなどをする、活動的な授業。



 例えば魔法公学校に運ばれてくる食材を作っている地域に訪問したり、古代遺跡や魔法研究施設を見学するなど、内容は多岐にわたる。


 特に普段の授業と異なるのが、学外ではグループワークが多く、常に教諭の監視下にないことだ。

 

 そのため、ある程度(=自衛ができるほど)の実力はなくてはならないのと、いろいろな地域を訪れる以上、ある程度の知識は付ける必要はある。


海部内(あまない)先生に聞いたら、生活態度ちゃんとしてれば、俺の実力なら取れるらしいってな。あと、カエデも取るらしいぜ。あいつも勉強は似合わねぇもんな」


 カインは第3クラスであるが、武技もそうだが魔法も第3クラスではトップクラス。

 入学試験でもそうだったように、下手すれば第2クラスに配属されていた可能性のある学生だ。


 カエデも士族出身ということもあり、武技も魔法もカインを凌いでいる。第3クラスにいる理由は伊那家の指示であるだけで、実力は申し分ない。



「いいじゃん、ニーナは?」


「ニーナも誘ったけど、なんか魔法の無意識発動? があるらしいから、取らないって」


「ああ、豊穣祭の時のか……」


「たぶん、レイも申し込めば選択できると思うぜ。なんてったって武技競戦準優勝してるし、学生会だしな!」


「うーん。どうだろうな。魔法と武技は全く違うものだからなぁ。カエデにも釘打たれたんだ。いくら武技が強いからって下手に魔法戦闘に加わるなって」


 カエデが武技競戦で懸念したこと。大会での順位と実際の戦闘力のギャップ。

 事実、レイも医療棟の裏で襲撃にあって、約二週間も入院することにもなったのだ。


 武技競戦で準優勝したからといって、魔法戦闘が主流のいま、レイの実力は褒められるほどではない。



「まぁ、俺もそれは同意見だけど、そもそも実習は演習じゃないから戦闘メインじゃないし、別に自己防衛とか出来ればいいんでねぇの?」


「ま、カインはレイ君と一緒に授業受けたいだけだよね」


 いつの間にかにエリを寝かしつけていたマリが口を挟む。


「う、うるせぇやい! そういうマリは何選択だったんだ?」


「私は魔法演習を中心に取ったわね。だってそのために第2クラスで入学したんだもん」


 カインがぎりぎり第2クラスに届かなかったからも推察できるが、七里家は決して魔力量が少ないわけではない。

 ケイリもミリも魔法公学校に入学したとするならば、F〜Eクラス相当、マリは実際にDクラスで入学している。


「お、俺もいま試験受ければ第2クラスに入れたし〜」


「だから一年待ったらって言ったんじゃない。うちは代々遅咲きなんだから」


 魔法公学校は十二歳から入学できるが、敢えて一年、二年待って魔力量や魔法技能が成熟してから入学する学生も少なくない。

 十二歳では魔力容量は成長しきっているとされている。ただ、魔力量は鍛錬次第で成長可能であるし、それに成長しきるのが十二歳であるから、その最大の魔力容量で魔法の訓練は積めていない。


 それに人によっては魔力容量の成長が遅く、十二歳を過ぎても成長する場合もある。



 特に七里家は後者であった。



 七里家は総じて魔法の成長が遅い。マリも十四歳でやっと魔力容量が成長しきった。


 魔力量と魔力容量の相関関係は決して高くはないが、常に「魔力容量>魔力量」という関係が成り立つ。

 従って、そもそも魔力容量が大きくなければ、魔力量もそれに応じて打ち止めということだ。



「でも、今年入れなかったらレイたちに会えなかったからな。結果オーライだ」


 カインのプレーンな言葉に、レイは純粋に嬉しかった。 


「ということらしいので、レイ君。どうかこの愚弟のために実習科目も考えてくれるとほしい」


「あはは。解ったよカイン。実習科目申請してみようと思うよ。七里家武術も習っているわけだしね」


 七里家武術は魔法に限らない、全ての「力」を操る攻守一体の武術だ。非魔術師のレイは護身術として七里家武術を学んでいた。



「本当か! だとしたらニーナももう一回誘ってみようか!」


「そうだね。せっかくならいつものみんなでグループ組みたいもんね」


「カインにぃたち何の話しているの?」


 声はナインのものだったが、上からその声は聞こえた。

 というのもケイリの屈強な両肩にナインとノインが座るような形で乗っていたからだ。


「ああ、実習の話だよ。あ、親父。実習科目とっていいよな?」


「「おお! 構わんぞ! マリも取ってたしな!! ただ、怪我……は仕方ないとして死ぬなよ! ガッハッハ!」」


「私のは魔法演習。カインのはそんな物騒じゃないわよ」


「「そうなのか! ま、好きなように生きろ! それが我が家の家訓だからな!!」」


「父さん、それ初めて聞いたよ」



 ケイリはひょいとナインとノインを居間に座らせ、ケイリも胡坐する。



「「それにしても、カインにこんなにいい友達ができたのは本当に良かった」」


「お、親父?」


「「なぁ? カイン」」


 マリは「始まったよ」と面倒くさそうにつぶやいたのがレイに聞こえた。

 カインを見つめるケイリの眼には僅かに涙が潤んでいた。


「じゃ、カイン。父さんの相手よろしく。私はエリを避難させるからさ」


「マリ。それはどういう意味ッ!?」


「「カイン〜〜」」


 ケイリは唐突にカインを抱き寄せる。


「ちょっ! 親父! どうした!」


「ああね、カイン。あんたがいなくて父さんずっと寂しそうにしてたからね。仕方がないわ」


「おい! 何の説明にもなってねぇよ!」


「でも変ね。今週はお酒禁止だったはずだったけど……」


 マリの不穏な呟きに呼応するように、レイの背筋に走る冷たい緊張。



「ケイリさぁん?」



 それは酔っていたケイリの背筋を正すほどの冷たさがあった。


「「み、ミリさん? ど、どうしてそんな昔の呼び方……」」


 ミリは酒壺を片手に居間に現れた。


「今週はお酒ダメって言いましたよね?」


「「……お、俺は素面だぞ? 飲んでなんかいない!」」


 確かにケイリは酒を多少飲んでも顔色は変化しないし、酒特有の匂いも肝臓が強いのか一切させない。


「もしかしてケイリさん。妻の私に嘘を吐くつもりはありませんよね?」


「……え、あ、い、いや。そ、そのさ、酒が、その」


 あの巨漢のケイリがみるみる小さく見えるレイだった。

 それも仕方がない。あの温厚そうなミリの眼はいま、一切笑っていない。

 

 ミリはゆるりと近づき、艶かしくケイリの道着の前襟に手を当てる。


「「ミ、ミリさん? ちょ、酒臭ッ! もしかして、俺の酒呑んだのか!?」


 ケイリはミリが持っていた酒壺を取り上げる。


「「か、空…………」」


 重さを失った酒壺を逆さにして、ケイリは肩を落とす。


「あら、私よりお酒の心配が先ですか……」


「「いや、ちがッ! そうじゃなくてだな! これ強いから……」」


「では、しっかり()()してあげませんとね」


「「お、おいミリ? もう我が家はこれ以上………」」



 マリが柏手を打った。


 途端に、ミリや、ケイリの声が聞こえなくなる。

 すぐにマリの魔法だろうとレイは気がついた。


「あんたたち、とっとと部屋から出て」


「ええ〜どうして? いま来たばっかだよぉ?」


「ナイン。お姉ちゃんの言うことを聞けないわけがないわよね?」


 射て差すようなマリの言葉にナインは硬直する。


「ほら、ナイン、ノイン。マリを怒らせたら誰にも止められねぇんだから……」


 カインが弟二人の背中を押しながら部屋を出る。


 レイはカインの教材を代わりに持って出た。


 マリはエリを抱きかかえながら器用に襖を素早く閉めた。


「母さん。お酒弱いのに飲むから……」


「でも、マリ。あのまま放置してていいのか? 親父殺されちゃわね?」


「いいのよ。多少()()()()()が変わるくらい」


「よ、よくなくね!?」


 カインは閉めた襖の方を見やるが、やはり一音たりとも聞こえてこない。

 マリが魔法で聴覚を支配しているのはカインも気がついているが、逆にそのせいで不気味にもなっていた。


「それに父さん、まぁまぁ丈夫だから。多少のことじゃ壊れないわよ」


「まるで物みたいな言い方だな!」


「それに約束を破ったのは父さんだし…………ほらほら、子供は寝る時間よ。部屋に戻りなさい」



 マリはばつが悪そうにエリを抱えたまま弟たち部屋の方に追いやる。


 カインは少し自分の父親の安否が気になっていたが、レイはすんなり部屋に戻っていった。

 なぜならレイもきまりが悪かったからだ。



 レイはなぜマリが子どもたちを部屋から出させたのか、その理由を知っている。



 推理力とか感知能力によるものではなくて、単にマリの魔法がレイにはあまり効いていなかったからだった。

 これはマリがわざと魔法効果を薄めたとか、魔法の展開に失敗したとかではなく、レイの体質のせいだった。


 レイの異常な、それこそ治癒魔法を拒んでしまうほどの魔法耐性の高さをマリは知らなかった。


(――うう、とんでもないや)


 だからどうしてレイの顔が真っ赤だったのかも、説明がついた。

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