32. 武技競戦 決勝予選③
そんな口喧嘩を他所に決勝予選は恙無く進行していた。
そしてこれまでで一等盛大な歓声が上がる。
武技競戦 決勝予選 剣術部門 一学年準々決勝 第1試合。
対戦カードは第3クラス四組のレイと第1クラスS2クラスの女子学生、名前はヒメナ。
ヒメナという名前は世界東部、西部でも有り得そうだが、亜麻色の髪に碧眼であることから世界西部出身であろう。
二人は訓練場の真ん中までやってきて一度向かい合う。
「とうとうレイの出番だな」
カインは嬉々として二人、カエデ、ニーナに話しかけた。
二人は言葉を返す代わりに小さく首肯した。
「やってしまえ。レイ!」
カインが不安などなく、嬉々としているのには理由があった。
それはレイに下された陸道右門は決勝予選での英に亜ぐ優勝候補であったからだ。
右門が槍を使うこともあるが、それ以前に実力がS2クラスでも抜きん出ていたのだ。
そのことは今日の予選を見てもわかることだった。
カインはその二試合を全て目で追えたわけではなかったが、パワー、スピード、テクニック、そして覇気に於いて右門を上回る選手は明らかにはいなかった。
レイと同じくシードであるヒメナについては解らないが、ここでヒメナを倒せれば、苦戦はしても、レイが勝ち残るとカインは思っていた。
そのカインの考察は正しく、向かい合った二人で気圧されていたのはヒメナの方であった。
一見、ただの気の抜けたような、庶民の男子だが、秘められた実力はおそらく自らを上回るもの。
ヒメナは魔術を使えないことがここまでじれったいことだと始めて知ったのだ。
ただそれは相手も同じ。割り切るほかない。
しかし、困ったのはレイの緩い雰囲気だ。
例えば同じクラスのそれこそ右門ならば、いわゆる「強者の風格」というものが滲み出ている。
それに逆撫でられるようにヒメナも闘気を呼び起こせるのだが、レイにはそれがない。
ヒメナは性格的にも強気な方ではなかった。魔法も積極的に攻撃するものより、防御、カウンター向きのものを得意としていた。
さらにヒメナも第1クラスとしての矜持もある。
これらのファクターの相乗効果により、ヒメナは試合開始前から精神的に追い詰められていた。
一方のレイは招集場所で完全に場馴れはしたが、ヒメナのものすごい緊張感に当てられ、一層気を引き締めていた――傍からそう見えないのは彼元来の稚さだろうが。
こうしてメンタル面でも完全に優位を保っていたレイが試合開始後に劣勢になることはなかった。
試合が始まるとすぐにレイの攻勢、優勢となった。
レイの動きは緩急が大きい。さらに剣術もアクロバティックなものが多く、フィールドを必要以上に大きく使うので、単純に動きが追いづらい。
さらに体力も意外とあるため、長期戦に持ち込んだところで意味はない。
しかし、ヒメナは長期戦を狙っていた。レイが体力があることは知らないが、アクロバティックな、言い換えれば無駄な動きと速さがある剣術にはいつか疲労が返ってくると。
ヒメナはそこを突くつもりであった。
彼女の性格でもそのように、彼女は魔法攻撃に自信はないが、魔法防御には誰にも負けないほどの自信を持っていた。
それは魔術だけでない。だから長期戦に持ち込めば勝機があると思っていた。
レイの飛燕のような速さには追いつけないが、疲労がその俊足を引っ張れば、時の行司もヒメナに軍配を上げるだろう。
だが、レイの動き、剣速、太刀筋が鈍ることなどなかった。
逆に太刀筋は只管に厳しくなり、数度、鋒が競技服を掠めている。
「クッ……!」
ただ、防御に徹してしまうのはこの場合は戦略ミスである。
レイには【感知】という魔法に分類されない特異能力がある。感覚的な狭範囲の視覚拡張で、それによって鋭く正確な剣捌きを可能とする。
そして長期戦となればレイは視覚と【感知】によって相手の動きの癖を正確に把握していく。
だから、
「「そこまで!!」」
『隙きがなさそう』という言葉の隙きを突くまでには充分な時間が、レイに与えられてしまうのだ。
「え………勝った」
三人の中で結果を一番始めに気がついたのはカエデで、呆気にとられていた。
「す、すごい」
ニーナは珍しく興奮していて、カエデの方に抱きついた。
「勝ったのか? おい、やったな! 準決勝ベスト4だ!」
カインはその場で飛び跳ねていて、まさに三者三様。
「すげぇよ。あいつ俺の隣人なんだぜ?」
カインは二人にわけのわからない自慢を始める。
「あいつはあんたなんかが隣人で恥ずかしいだろうね」
「んだと!」
「ふ、ふたりとも喧嘩は良くない……」
ニーナが真面目に仲裁するが、そもそもこのようなことで喧嘩する二人ではないし、仮に喧嘩してもカインはカエデに勝ち目がないことは歯がゆいほど知っていた。
「でも、あと一勝で決勝だろ? とんでもないよな、学校の底辺のクラスと頂点のクラスが同じ土俵で真剣勝負するなんて」
「……そうね。単に第1クラスだからとか、第3クラスだからとか……は論議するだけ無駄なのかもね」
しかし、カエデは一つ、レイについて懸念があった。
(――でも、レイは魔法が使えない……)
…………と。
◇
「よし! レイくん。大健闘だ」
アーサーは目を輝かして小さくガッツポーズをした。
「ほぉ。これは決勝まで行くかもしれんのぉ」
シャルル――正確に言えばシャルルの人形、分身――が報告するように呟いた。「報告するように」と感じたのは一番近くにいたアーサーだった。
おそらくシャルルの人形は遠くにいるシャルルとの情報伝達の媒介となっているのであろうが、感情までは再現しないのだろうとアーサーは推察する。
アーサーは何度かシャルルの人形と関わることはあったが、こうして人形が動いているところに居合わせるのは始めてなのである。
挙動はシャルルそのものだが、やはり中身は空っぽなのだろうと。
「それにしてもアーサーさんの、魔力偽装の魔法は素晴らしいですね。いまこうしていても一切偽装されているとは解りませんし」
「褒められるようなものじゃないですよ。僕は眼に記録された魔法を呼び出しているだけですから」
【琥珀屈折魔法:花形】
不特定多数を対称とする放射型領域魔法。この魔法では魔法的認識を錯誤させることが可能で、実際にシャルルの人形は魔力量が小さく、シャルルの魔力を保有していない。
これを魔力を視覚的に感知できる魔眼などを通して見てしまえば、偽物であるとすぐに看破できる。
それを防ぐために「シャルルを視界に入れたもの、全てを対称とし、錯誤させる」魔法をアーサーは人形に付与した。
認識錯誤の魔法は他にもいくつか存在するし、忍術にも存在している。しかし、そのどれも特定の対称にかける術式で、見たもの全てを対称にする魔法はアーサーが呼ぶところの琥珀屈折魔法(=光属性魔法)しか存在しない。
悪事を働いていない人にさえ術にはめてしまうのだから倫理的には問題があるが、実害はないため、内密に魔法付与したのだ。
形式的だが、武技競戦は学長の許に競技が行われていることになっている。
予選は様々な会場で行われるからシャルルは姿を見せないが、本予選以降は総合訓練場で行われるため、シャルルも会場に姿を見せる。
「それでどうですか? 評議会の方は」
「そうですね……。いまのところ何も解らない状況ですね」
アーサーは「不甲斐ないです」と言うように目礼する。
「そうですか。ですが、何も事件が起きないことが重要ですからね。深追いは禁物ですよ」
「ええ。心得ています。爆弾は火をつけなければ爆発しませんもんね」
アーサーの笑顔は相変わらず壊れない。
カルミアはバレぬように頬の裏を噛むのだ。
これが学生会と教師団の立ち位置を表していて、学生会トップは会長のアーサー、教師団トップは副学長のカルミア。その二人を直轄するものが学長のシャルル。
したがってシャルルはどちらにも効力を持つが、カルミアは学生会に何か命令のようなものはできない。
立ち位置的には学生会会長と副学長は同等。
だからこうして学長席に同伴しているのだ。
魔法公学校は「公」と謳う以上、中央連合に強い干渉を受けないようなシステムが必要であった。
学校機関での教諭というものは生徒及び学生に多大な影響を与え、また実行力を有する。
しかし、この影響力というものは教鞭をとる立場であらねばならない以上、排除できる要因ではない。
逆に教諭の学生に対する優位性が保たれねば学校運営に支障をきたすであろう。
だから魔法公学校は学生会制度を設けた。
学校運営に携わっても問題ない力のある学生を選りすぐり、「学生会」を結成させ、学生の権利と安全を保障する。
もちろん一般学生は教諭より下の立場であるが、学生会は一等教諭と同等以上の立場とされる。
したがって教諭が問題を起こせば、学生会は実力を以て積極的に拘束できる。
教諭が問題行動を取らぬとは限らない、一般学生にも正当防衛は認められている。が、過剰防衛は許されない。
たとえば、問題のある教諭を退けてから追い打ちをかけることはできない。
ただ、これだと学生会と教師団に大きな亀裂が生じる可能性がある。だからその両方のトップを学長直轄とし、学長は殆どの学校運営に携われないようにした。
学校の構造としてはかなり歪なものだが、魔法公学校は軍人を養成する機関でもなし。比較的学生が自由な校風は支持されている。
「さて、レイ君。とうとう面白くなってきたね」
剣術の準決勝が始まる。