29. 望まれぬ訪問②
愬彌が去ってから小一時間ほど、シャルルはまさに戦地に赴く兵士のように座り尽くしていた。
部屋から愬彌が確かにいなくなっていたのは判ってはいた。愬彌は常に忍術で本来の魔力量を隠蔽しているが、強力な魔眼を持つシャルルの前では意味をなさない。
愬彌もそれには気がついている。忍術で見かけの魔力量を偽ってはいるが、欺こうとしているわけではない。
忍術を使っているのはおそらく愬彌の癖。
なぜなら隠密行動するにも、単に魔力量を相手に見誤らせることも、愬彌であれば忍術の完全な上位互換となる術式を持っている。
それをシャルルはよく知っていた。
効果こそ同じであれ、忍術とは全く異質の術式。からくり知れども破られることはない術式。使い方次第で必殺となりうる術式。
その気になれば自分に覚られずにこの学校の学生及び教師さえも全滅させることができるほどの脅威を孕んでいる。
おそらくシャルル以外に対抗魔法を持っているものは学内にはいない。
そしてその対抗魔法がこの『隠し部屋』に使われた術式だった。
この隠し部屋はシャルルの意識と同期できる。"隠し"部屋とは言うが、この部屋の真髄は隠蔽することにあらず、開示するところにある。
この隠し部屋では全ての情報が、シャルルが上位者となるように開示される。
魔法構造の根幹は二つある。
一つはシャルル以外が隠し部屋内部で手に入れた情報は自動的にシャルルにも開示される。
つまり、相手が手に入れた情報はその時点でシャルルも確認できるため、常にシャルルの方が多くの情報を得ることになる。
二つには隠し部屋内部に保存(登録)されている情報は全てシャルルが希望の通りに開示される。
だからシャルルは巻き上がった資料から特定の資料を瞬時に取り出せた。
更にこの二つ目が愬彌がレイの本当の情報にたどり着くことができなかったことに起因している。
隠し部屋にはレイが『魔力量がゼロであり、世界北部の大神秘の森出身である。武技競戦本予選では第3クラスながら勝ち抜き、注目の学生である』という情報が意図的に登録されていないのだ。
愬彌は魔法公学校に現れる時は必ず隠し部屋に訪れる。そして愬彌相手に虚言や虚偽は通用しない。
それは愬彌は嘘を見抜く術式及び能力を持っているわけではなくて、相手の持つ情報を非制限に確認することができるからだ。
そのことについてもシャルルはよく知っていた。
だから隠し部屋からレイの情報を一部消しておくことで、愬彌が知り得ないようにしたのだ。
愬彌がレイの真実について知るためには、隠し部屋内でその情報を得なければならない――が、その隠し部屋に保存されている情報でない以上、知ることはかなわない。
さらにシャルルは自身に術をかけ、レイの情報を一時的に消去していた。
「隠し部屋では全ての情報が術者が上位となるように情報開示される」
――シャルルが知らない情報を愬彌が知ることはできない。
こうして二重に愬彌から情報を守るシステムを構築していた。
そして実際にそのシステムは功を奏していた。
「愬彌……」
シャルルは始めてここで弛緩する。
杖を一振りし、散らかった資料などを元の位置に戻す。
「お前は一体…………」
……と、自然と呟いてしまった言葉には二重の意味があった。