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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第一章 武技競戦

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24. 武技競戦 本予選 剣術決勝


◇欒かの森


 若い男が薄暗い林道を歩いていた。雨も振っていないのに蛇の目傘を差していて、汚れのない白い着物は男の艷やかな黒髪を際立たせる。冷ややかな妖しさと魅惑の色気を持っている男だ。

 

 この男を見れば誰でも役者とかにしか見えないだろう。それは魔法師が見ても同じで、この男からは強い魔力は感じられない。

 忍術の達人という可能性はあるが、それにしてはこの男自体の色気が強すぎる。忍術を使うならば変装もセットだ。

 


 まさか何十年も数え切れないほどの命を葬って来た男には見えまい。


 まさかこの男が最凶の魔術師『八咫燕(やたつばめ)愬彌(さくや)』とは思うまい。



 愬彌の名は庶民にすら禁忌として知られているが、どのような容貌なのかは一切開示されていない。寧ろ彼の容貌を知っている人間が少なすぎるのだ。


 更に禁忌であるから間違っても「八咫燕を見た!」なんていう命知らずな人間はいない。冗談にもならないからだ。


 だから愬彌の容貌は一人ひとりで思い浮かべているものが異なる。

 ただ、普通の人間ならば、大量殺人犯は醜悪な姿をしていると想像するだろう。まさか酔うほどの色気を持った人間だとは考えまい。




 紅の瞳が開いた。そして不敵に笑む。



「見つけた」



 その場に言葉だけが残り、男は煙のように消えた。




                       ◇




「ぐッ……!」


 槍の先端がレイの眼前を薙ぎ払った。髪が数本散る。


 決勝は大接戦で、自前の速さで立ち位置を変えながら隙きを狙うレイと、槍のリーチと技のキレで対応し、ぐっと待つ右門。

 試合が始まって数分経つが、勝負は完全に互角でどちらが勝つか誰にも解らなかった。




(さすがに第1クラスだ……強い)

(むっ。屈強な漢よ……)


 

 一閃、甲高い金属音が響く。



 レイはこの試合三度目となる「神速の剣」を魅せた。

 さらに追撃の一閃。


 が、右門はそのどちらも見切る。



(魔法無しでこの速さ。誠に信じ難い)



「破ッッ!!」


 右門が一喝する。空間を引き破るような迫力があり、レイはその場で一度怯んだ。

 その隙きを右門は上段から薙ぎ払う。


 レイは刀で受けるが、その爆発力に堪えきれず、後方へ思い切り吹き飛ばされる。


「うぐっ……!!」



 訓練場の壁に激突した。壁はマットのような軟質なものではなく、石材である。もろにぶつかれば反作用で返ってくる撃力は防護魔法を発動していないレイには馬鹿にならない。


 ルール上、このような武器以外での衝撃では勝敗はつかない。しかし、隙きが大きくなり、痛みが後を追い続けてくることも事実。

 さらに悪いことにレイは気を失いかけた。


 それを右門が見逃すはずもない。



(――ま、まずい!)



 レイは堪え、気絶はしなかったが、目の焦点があったときには槍の穂先が手前1m。

 この距離では避けられるはずもない。


 レイは刀を横に構え、槍の下側に添わせ突きの方向を僅かにずらす。

 右門もそれは予想した動きですぐに薙ぎ払いに派生するが、レイにはその隙きだけで十分だった。

 

 小柄な体躯を活かして転がるように窮地を脱し、跳躍して距離を取る。


 本予選の戦う場が予選よりも広いのも助けとなった。


 

 しかしレイのピンチは変わらない。背中に鈍痛が走っている。興奮状態であるから痛みはある程度軽減されているのだろうが、それでもレイの動きを鈍くするのには十分な刺激だった。


 レイは刀を構えるが、左に少し蹌踉けた。


 その隙きも右門は絶対に見逃すはずがない。すぐさま距離を詰め、斬り上げる。


 そのときに巻き込んだ砂が巻き上がり、高波のようにレイを飲み込んでいく。



(――どこだ!?)


 それは右門の言葉だった。


 砂埃でレイが隠れる、それは完全にレイを見失うことを意味していた。普通ならば砂埃程度で相手を見失うことなど右門にとってはありえないことだ。どちらかというと相手への目くらましのつもりでやったのだから。



 しかし、レイを捉えるには視覚、聴覚、嗅覚、(触覚)のいずれかでなければならない。それを右門は知らなかった。



 普通の人間(魔法師)ならば感覚器官を用いずとも魔子波動(マースウェーブ)を感知すれば「気配」として察知することができる。この前提は本来は揺るぎないもので絶対的である……はずなのだ。



(忍術……いや、そんなはずは……)



 だから右門は当然、魔力探知を試みていた。索敵魔法のように自身から魔力を放出はしないため、競技服のセンサーにはかからない。あくまで漏れ出した魔子(マース)を探知するからだ。

 相手が忍術使いでもこの距離では焼け石に水だ。



 だから右門に距離を取るという選択肢を選べなかったのだ。




 一方、レイは完全に右門の位置を把握していた。これはただ眼がいいとかそういう話ではなくて、レイの気まぐれの能力がこの土壇場で発動したのだ。

 有機物(ここでは有機魔子を含む物質を指す)だけでなく無機物さえも感知できるレイ特有の能力。


 しかも半径10mほどの範囲が感知の対象でそれはいままでで一番の広さであった。その範囲には観客席を含んでいて、その分、レイが把握する情報量も膨大なものとなる。


 が、レイの極めて優秀な情報処理能力の前にそれは問題にもならなかった。


 従って、砂埃が舞っている、この寸刻はレイに勝機がある。



 

 一閃。砂埃を切り裂いた。




 レイは敢えて真正面から右門に斬りかかる。それはそれで右門にとっては予想外だったが、頭を攻めから守りに転換していたので、狼狽えるようなことはしない。これを見切れば自分の勝利だと確信していたからだ。


 見切れれば、だ。


 

「ぐッ……!?」



 槍の柄ごと刀で斬られる……ように見えるほどに速い剣だった。

 右門を睨む刃は自分の身を守る槍より内側に来ていた。



 レイは刀を振り切った。


 右門は掌底打ちを食らったように後方に飛ばされるが、地に背中をつけるようなことはしない。根性で立ち続けた。

 これは陸道として、零月家の分家としての矜持なのかもしれない。

 たとえ負けたとしても無様は晒さない。


 

 しかし、無慈悲にも右門の競技服は「敗北」を示した。



「「「そこまで!!」」」



 会場は唖然としていた。とうとう庶民が第1クラスを破ってしまった。庶民という庇護の対象が守護者である第1クラスの学生を負かした。世界東部の最大の士族の分家の子息が庶民に屈した。


 この事態を言語化すれば多岐にわたるだろう。しかしこれは柵のある貴族、士族にとっては学校の行事だから、と済ませられる話でもない。




「うッ……」



 ここに来て激痛がレイに襲いかかった。その場で千鳥足になり、バランスを崩す。変な汗をかいていた。

 それを右門が受け止めた。傍からは右門がレイの肩を叩いて激励しているようにしか見えないのは右門の気遣いであった。



「大丈夫でござるか? お主の勝ちだ。そして拙者の負けだ。見事な剣でござった」


 口調こそ柔和であったが、顔は悔しさに染め上げられていた。


「……あ、ありがとう…………」



 そうして武技競戦本予選の一学年の部は幕を閉じた。

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