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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第一章 武技競戦
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21. 武技競戦 本予選②

◇魔法公学校:医療棟



 魔法公学校の建物はゴシック様式のものが多いが、ここ通称「医療棟」は言わば真っ白な箱。特に目立つ特徴もなく、言うならば()()()で内部も機能的な建築である。学校内でも一風変わった建物となっている。


 そもそも医療棟は魔法公学校敷地内にはあるが、所属は魔法公学校の隣にあるノール・セトレ魔法大学の別棟であり、正式名称は「ノール・セトレ魔法大学校魔法医学部第2特別医療棟」


 魔法公学校の卒業生のうち、進学する者の大半はノール・セトレ魔法大学に進学する。そのため魔法公学校との結びつきも強い。

 ただし、魔法公学校は独立組織であるがノール・セトレ魔法大学は中央大連合所属の組織であり、管轄が異なることは注意しておくべきところである。


 この医療棟は公学校側としての主な役割は大怪我した学生をすぐに集中治療するための建物。大学側ではそのデータの収集と医学部生の研修をするための建物となっている。若者しかも庶民から大貴族、大士族の魔法的に幅広い層の資料が得られるので大学側から無償でサービスを提供している。



 レイは医療棟のある病室のドアをノックした。


「……どうぞ」


 学校にはあまりない横にスライドするドアで「失礼します……」と言ってからレイはドアを開けた。


 病室にはベッドのリクライニング機能で少し上体を上げている隆伊。その横の席にアリスと(まい)が座っていた。あともう一人、レイの知らない白衣の男がいた。


「ああ、潤女(うるめ)(レイ)くん……だったよね? 学生会に入ったことは聞いているよ。こんな姿で見苦しいだろうけど……ああっと僕は、一度あったことあると思うんだけど覚えているかな? 2年Dクラス岌鬼(ぎゅうき)隆伊(たかよし)、これからよろしくね」


 隆伊はベッドに横たわったままレイに声をかけた。


「覚えています。こちらこそよろしくおねがいします」


「潤女くんが僕のこと助けてくれたんだよね? 本当にありがとう。いまこうして僕がみんなとも話せているのは偏に潤女くんのおかげだ。本当は頭を下げたいんだけど、全身まだ動かせなくて……この非礼は赦してほしい。また改めて何かお礼をしたいと思っているんだ」


 隆伊は未だ満身創痍に変わりないのだが、それでもどうにか頭を下げようとするのをすぐ隣に座っていた白衣の男に止められていた。


「いえ……そんな」


 隆伊の仰々しい態度に逆にレイは恐縮してしまう。


「情けない話だけどあの時僕は意識を失っていて……潤女くんには怪我はなかったかい?」


「はい。すぐに会長が駆けつけてくれて僕は大丈夫でした」


 とは言うが、レイも腕と背中を打撲、頭に裂傷とあまり馬鹿にはできない怪我をしてはいたのだが、言う必要もないかと言わずにおいた。これも街に出てきてから身につけたスキルである。「嘘も方便」みたいなものだ。


「そうか……よかった」


 ここで隆伊はホッと息をついた。



「で、隆伊。話す余裕くらいはあるんでしょ?」


 二人の挨拶が一通り終わったと見越してアリスが口を開いた。


「ああ、大丈夫だよ」


「じゃあ何があったのか説明しなさい」


 アリスはどこか苛々気味だが、その理由はこの場にいる、少なくとも隆伊には解っていた。


「うん。アリスには相当心配を掛けちゃったね。ごめんね」


 と、隆伊はその理由を包み隠さず言い放ってしまう。


「……はぁ? 誰があんたなんか!」


 アリスは立ち上がってまで激昂する。

 しかしその前に一瞬怯んだのをレイは見逃さなかった。赤面の理由も怒りより照れなのだろうなと、レイは薄々アリスの本質に気が付き始める。


――素直じゃないなぁ……


「私は病人だからだって容赦しないわよ!」


「アリス、病院では静かにしようね」


 レイから見て一番奥に座っていた白衣の男がアリスに優しく注意する。


「兄さん! でも!」


「それより学生会のお仕事があるんじゃないの?」


「――うぅ……はぁ。で、隆伊。何があったの」


 アリスは白衣を着ている「兄さん」に宥められ、席に座り直し渋々事情聴取を再開した。


「うん。まずあの日は零月……(ぜん)先輩に引っ張られながら少し見回りのルートから外れていたんだ。その時に偵察用の魔道具(ギア)を偶々発見して、見回りルートに戻る途中で会室に運ぼうかと思って向かったんだけど、途中で女子学生の悲鳴が聞こえて、駆けつけたら白装束の………」


「なんでその時こっちに連絡しなかったのよ!!」


 アリスは話を遮りつつ質問というより詰問を隆伊にぶつける。


「勿論、会則5条に則って宣言しなきゃならないからヴェーランで通信しようと思ったけど隔絶系の結界のせいでできなかったんだ」


 隆伊はアリスに向けて宥めるように両手を挙げながら答えた。隆伊はアリスからの反応を待つが何も言ってこない。


「あ、あの……続けていいですか?」


「とっとと報告しなさいよ。それぐらいしか今のあんたは役に立たないんだから!」


「アリス。怪我人には優しくしなさい」


 また「兄さん」が優しく声かける。兄妹の割には少し距離があるなとレイは思う。兄妹というより教諭と学生というような雰囲気だ。


「ああ、それで女子学生の安全を確保しながら対処してたんだけど、魔物から攻撃を受けた拍子に魔道具を落としちゃって……」


「で、敵に回収されてしまったと」


「あ、う、うん。ごめんなさい…………それでその時、白装束の魔術師が名乗ったんだけど、改聖教第2使徒ハクライって」


 病室の空気が凍りついた。今までずっと黙っていた英でさえ顔色が一瞬変わった。

 今回の事件には東部アクリージョン中枢、改聖教が係っているとは考えてはいたが、その幹部にあたる「使徒」が絡んでいるとは誰も考えていなかった。しかも序列2位の第2使徒までが。


「――両眼を布で覆っていたし、何より僕では全く捉えられない速さで移動していたから多分本物だと思うよ」


 改聖教、もとい東部アクリージョンは秘密組織ではない。そも、前身は公な組織であった。

 そのためか今でも犯罪組織の割にはオープンな状態で構成員、特に幹部クラスの魔法師は大抵正体が割れている。

 しかし組織の拠点や作戦、計画は一切漏れることはなく、犯罪阻止率は依然低いままであれやこれやと謎が多い。


「で? あんたそんな格上の魔術師を相手にしたの? バカなの?」


 アリスは頬杖を付きながらそれでも強い言葉をかけ続ける。

 ハクライといえば世界最大の国、シャレル・ト・ルエル敬大帝国の要塞をたった一人で壊滅させた魔法師である。


「ああ、いいや、魔道具拾ったらすぐに目の前から消えていったんだ。僕が戦ったのは残った魔物だけ」


「何が『魔物だけ』よ! それで死にかけてるのよ? たまたま結界が破れたから助かっただけなのよ?」


「アリス、ほどほどにしてあげなさい。隆伊くんに非はないよ」


「兄さんは黙ってて。もう学生会でもないんだから」


 アリスが反抗するが、「兄さん」相変わらずの柔和な笑みのままである。


「まあ、そうだけど僕は隆伊くんの医者だからね。アリスの気持ちも解るけど………」


「ああもう! もういいわ。他になんかある?」


 アリスは立ち上がって先に退室しようとする。


「他の人達にも『ごめんなさい。早期回復……」


「あんたの願い事を聞いてるんじゃなくて事件のことよ! 何、あんた怪我人の分際で私を遣おうとしているの?」


 変わらず高圧的なアリスだったが隆伊もこれには慣れているのだろう、逆に怒ることも圧されて怯むこともなく「あははごめん」と軽く流した。


「事件について僕から話せることはこれくらいしかないかな」


「あっそ…………」


 そう言って病室から出るが。


「とっとと身体治して戻ってきなさいよ」


 自動的にドアが閉まり切る前にそう言った。


「隆伊くん。ごめんね。アリスの本心は最後のあの一言だけだから」


「大丈夫です。いつものことなので」


 隆伊は苦笑する。


「岌鬼先輩。いまの学校の状況は聞いていますか?」


 レイが病室に来た目的は一つに隆伊との挨拶、二つに当時の状況について隆伊に訊ねること、三つに現在の学校の状況を隆伊に伝えることであった。これはアーサーの指示でアリスと英も向かっていることは知っていた。


「うん。大方説明してもらったよ。ありがとうね」


「そうですか。それでは僕もこれで失礼しますね」


 となればレイもここに長居する理由はない。隆伊は隠しているようだが、治りきってはいない痛みに僅かに顔が顰んでいたのには気がついていた。


 そう言ってレイは立ち上がり、次いで英も立ち上がった。 


「今日はわざわざ来てもらってありがとうね、二人共」


「いえ。先輩もゆっくり身体を治してください」


「……お大事に」


 英も何も言わぬのは無礼かと思ったのだろう、一言だけ儚げな声でそう言って、レイの後に病室を出た。

 その声一つとってもレイは英とは同学年とは思えなかった。


 医療棟の廊下は静かだった。それはここでは当たり前のことで騒がしい方が不穏である。


 レイと英は同じ空間を共有しているわけだがそこに会話はない。学生会として、しかも同学年の朋友であるからレイは英とは仲良くなりたいと思ってはいるが、彼女の不思議な冷たい雰囲気に自然な会話のための言葉が出てこない。

 この冷たさは彼女が氷属性魔法を得意としているかなのだろうか。その静けさにレイは興味と不気味さを覚えていた。


「あ! 二人共! ちょっといいかい?」


 後ろから呼び止められ、振り向けばアリスのお兄さんが追いかけてきていた。


「時間は……二人共大丈夫かな?」


「はい」「私も問題ないです」


 二人の眼の前に立つ男は痩躯で、座っている時は目立たなかったが、思っていたより背が高かった。髪色は栗色で瞳の色は緑みのある茶色。アリスの金髪緋眼とは似ても似つかなかった。


「僕の自己紹介を済ませておこうかなと思って。多分これからも何かと学生会とはこうして協力することはあると思うし」


 学生会で彼と一番似ているのはアーサーだとレイは思った。学生会の面々はアーサーや隆伊のような穏やかなタイプ、アリスや苒といった気性の荒いタイプ、イクスや英のように寡黙なタイプ、あとは変人と心のなかで分類していた。

 レイはアリス兄を穏やかなタイプと仮決めし、真面目そうな性格は隆伊に似ていると思ったが、もっと深いところは隆伊よりアーサーに似ていると何となく思っていた。


「僕の名前はハイル=ヴァイス=グラントワーズ。籍だとアリスの兄だけど、この見た目通り血はつながっていないんだ」


 ここでようやくレイは合点がいった。ハイルからアリスに対する不思議な距離感。似つかない外見。


「一応僕も2年前……だからちょうど英ちゃんのお兄さん苒くんが入学した年度まで学生会に所属していてね。今はノール・セトレ魔法大学医学部の臨床研修医だ」


 ハイルはそう言って二人に首からかけていた名札を見せた。


『  ノール・セトレ魔法大学魔法医学部魔法医学科臨床研修医

   

      ハイル=ヴァイス=グラントワーズ             』


「一応医術師のライセンスも持っているからこの医療棟だと僕の扱いは普通の医師と同等なんだ。勿論、魔法医学でのオペは僕の判断だけじゃ行えないけど、それ以外なら例えばこうやって隆伊くんの主治医をかって出ることができたんだ」


 医師になるためには国にもよるが国際標準では魔法大学の医学部を卒業しなければならない。大抵の医学部は6年間で在籍中の飛び級は基本的にない。その後に然るべき試験をパスしてから初めて研修医に配属される。


 しかしハイルはまだ大学2年生である。それなのに研修医であるのはハイルは魔法公学校在学中に国際医科学会公認医術師試験に合格していたことによる。



 現代の「医学」は「魔法医学」という魔法学の一分野のことを指す。魔法医学では診断や治療は魔法を中心に行われる。魔法医学の発達に伴い世界的に死亡率は大きく下がり人口が急増する要因の一つとなった。

 現在「医師」と呼ばれるものは魔法医学を用いる医者のことを指すのが一般的である。魔法医学では患者との診断より魔法での解析が重視される傾向にある。


 一方、魔法医学乃至魔法学が発展する前の所謂旧世界では古典学の「医術」が中心であった。

 「医術」では魔法を全く用いないわけではないが、そこに重きはなく生物としての自然回復力に依存した治療方法を取る。古典学の生物学や化学と深い関わりがあり、魔法医学とは異なり患者と診断しながら病源を突き止める手法を取る。

 

 治療においては魔法医学では魔道具や治癒魔法が積極的に用いられ、医術ではメスや薬草、漢方薬などが積極的に用いられる。

 軽度の風邪や軽度の怪我などでは魔法医学でも普通の薬を処方することはあるが、重篤な怪我や難病は魔法を用いた治療のほうが医術より成功率は高く、回復も速いとされている。


 また、魔法学の発展により古典化学が衰退したため現在では新薬の開発を行う機関はごく少数となっている。そのため医術は旧来からあまり発展はせず、更に魔道具の発展により魔法を扱えない(治療できるほどの魔力を扱えない)ものでも魔法医学を基に治療が行えるようになったため、世界でも「医術師」の免許を持っている人間はとても珍しい。

 

 ただ医術師の資格があると魔法医学の試験を通過しなくても研修医になれる。それは医術の方が魔法医学より多くの知識を必要とし、魔法医学の治療プロセスなどの特有のものを除けば包含関係にあたる。したがってハイルのように医術師の免許を持っていると医学部は飛び級に近い形で6年が1年に短縮(魔法医学特有の知識をつけるための期間)され、魔法医学の試験を同じように突破し臨床研修医となれる。

 


「それで……君が零月英さんで、そして君が潤女玲くんだね?」


 ハイルは終始変わらぬ柔和な笑みで確認した。二人はそれぞれ返事をして応える。


「できればあまりここに来ることは無いほうが嬉しいんだけどとりあえず二人共よろしくね」


 その後3人は少しだけ話してハイルは再び病室の方へ、レイと英は総合訓練場に向かった。





「……う…潤女、レイ。そろそろ体術が終わる……けど……」


 帰る途中、先に声を発したのは意外にも英であった。レイのことをどう呼べばいいのか迷ったのかフルネームで呼び捨てにし、儚げで透き通る声もどこか辿々しかった。


「……え!?」


 魔法公学校は至るところからノール・セトレにある「万人の大時計」を視界に収めることができるのだが、ここ医療棟付近ではすぐ隣にある林などで遮られ見ることが叶わない。


 英はそれを察して自分の懐中時計をレイに見せてやった。銀無垢の懐中時計で、文字盤に桃色の花びらが3片描かれていた。


 時刻は10時を過ぎたところ。招集はすでに始まっている。


「うわ! やばい! 行かないと!」


「報告は私からしておくから……」


「ごめん。よろしく!」


 レイは急いで総合訓練場に駆けていった。

ちょっとここ最近、バイトとカクヨムでの活動が中心となってしまっていたため、書き上げていたものの投稿がすんごく遅くなってしまいました。


この小説、来月で1周年なんですが、まだ1章って……。


一応、小説自体はレイが大人になる(小説の時間であと10年弱くらい)まで続く予定です。

がんばります…………。

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