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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第一章 武技競戦
31/84

20. 武技競戦 本予選①

 校内戦5日目。今日は1学年と2学年の本予選、明日は3学年と4学年の本予選が総合訓練場で行われる。

 この本予選で勝ち残ると最終日の決勝予選に出場でき、同時に魔法校戦出場の権利を得る。

 

 そのため、武技競戦は本予選から熾烈を極める。それは選手だけでなく観戦も熱くなるということだ。


 そして本予選から第2クラストップのAクラス、第1クラスのS2クラスの学生も出場するのでアトラクション気分で観戦に来る学生も少なくない。会場は学生の観戦でごった返す。

 

 本予選初日は午前中に1学年の体術と剣術。午後に2学年の体術、剣術という順番で執り行われる。

 観客席も一階、二階、三階と設けられていて、学長であるシャルルも本予選から正式に観戦に来る。


 一般学生に観戦の義務はないが、大多数の学生はクラス問わずに来る。そのためクラス間でのいざこざも起きやすく、学生会と実行委員がそれぞれの階に二人以上は監督にあたっている。

 そして今日は例年に比べて学生の出席率が高かった。


 それは第3クラスの学生が3人も本予選に出場するからだ。

 学年が上がると第3クラスの学生が武技競戦の本予選に出ることはままあるのだが、1学年で出場する学生はごく稀なのである。それが同時に3人も。


 とは言え、体術部門に出場するカエデは名門伊那家出身。しかもカエデの魔力量(マヴェル)は第2クラスの学生とも遜色ないレベルである。


 剣術の隆遠も学生会の隆伊と同じく岌鬼家。隆遠はカエデほどの魔力量はないが、代わりに基礎体力、基礎魔法がとても優れている。戦闘面では第2クラスにも引けを取らない実力の持ち主。

 これは典型的な岌鬼家もとい中級の東部士族の特徴で、魔法より武技を得意とし――武技ならば普通の魔法攻撃より魔力の消費量が少ない――魔力量、魔力容量は低いが基礎体力が並外れて高いというものである。

 

 ちなみにだが、学生会に所属している隆遠の兄、隆伊は岌鬼家には珍しく魔法の才能を持ち合わせていて、結果第2クラスDクラスにクラス分けされた。もし魔法訓練を入学前に積んでいればCクラスもしかするとBクラスも狙えていたかも知れない、それほどの才能である。


 だからどちらの家も第2クラスに多い中流貴族並の士族であるから、家名から判断すれば出場できるのは当然ではあるのだが―――。


 しかし逆に今まで1学年の本予選に出場できた第3クラスの学生はそういう名門出身の学生しかいない。

 それは無理もないことで庶民出身の学生の殆どは予備校には通っていなかったし、通っていても戦闘訓練は士族、貴族並には積めていない。学校の授業でも第3クラスはまだ戦闘訓練はまともに始まっていない。


 だが、今年は完全に庶民の潤女(うるめ)(レイ)が出場する。


 特に今年の新入生には零月家の息女、零月(まい)がいたのにも関わらず、学術首席は彼女ではなく、彼。しかもその得点は歴代トップ。入学式が終わって一ヶ月あまり経つがこの噂は未だに学校中に跋扈している。


 それに去年もDクラスの隆伊が学術首席を取っているということもあり、学校全体が敏感になっていたのだ。


 したがってレイを見る目も二つに分かれる。


 上位のクラスはレイが惨敗することを望んで、下位のクラスはレイが勝ち抜くのを望んで。

 だから今年は第3クラスの学生の観戦が多かった。



「おっ! イクス。見回りご苦労さま」


 アーサーは会場の階段を登りかけた日陰になる場所の壁に凭れかかっていた。イクスを確認してから壁から背を離す。

 服装もいつもとは異なり、たしかに学校の制服を着てはいるが、その上から金の刺繍がところどころに施された白色のローブを着ていた。この貴公子は日陰にいるのにも関わらず眩い。


 服装がいつもと違う理由は単純でローブの下に装備している剣を目立たないようにするためである。アーサーは学生会会長という立場もあり、さらに学内ではめったに武器を携帯しないので、「いつもと違う」ということを一般学生に覚られたくないのである。


「ああ。零月と交代した」


 そして、イクスも背中に槍のような柄に身幅の広い竜の牙のような刃のついた、所謂「グレイヴ」と呼ばれる代物を装備していた。

 逆にイクスは学内でも割と武器を持ち歩いていることが多い。体格が大きいためか長い得物を好んで装備している。


――と、昨日から学生会は全員武器を携帯している。


 現代の戦闘に用いられる攻撃魔法の殆どは遠隔、つまり距離を取って行使するもので近接戦闘に向いていない。もちろん近接戦闘用の魔法は存在するが、どんな魔法師でも術式を展開するまでには時間を要し、不意打ちであれば命取りになりかねない。それよりも武器に魔法付与(エンチャント)したほうが魔力の消費も抑えられるし、展開速度も圧倒的に速い。


 特に実力が拮抗する魔法師同士の戦闘では最終的に武器の有無が勝敗を決すると言われている。

 単純に手数が増えるし、魔力の消費も抑えられる。


 だから近接戦闘でなくても魔法戦闘では武器を手にとったまま闘うことが多い。

 そしてこれが世界東部の士族が魔法を得意としなくても魔法師と渡り合える所以である。



「イクス『零月』だと判別つかないよ? 二人いるんだから」


 と言うが、実際は判断は付いている。イクスがここに来たのはアーサーの指示であるから。


「じゃあ、生意気な方だ」


「ははは。そうか。まあ生意気()()()のはイクスのほうだけどね」


 イクスの眉が僅かに動いたが、それには何も答えない。


「それより岌鬼(ぎゅうき)はどうなんだ」


「だいぶ安定してきたって。ほんとよかったよ。ハイル先輩にも看てもらっているし」


「そうか―――。聞いた話だが今年は1年、第3クラスの出場が多いらしいな」


「そうだよ。三人が出場予定だよ。一人は体術で伊那家のご子女。もうひとりが剣術で隆伊の弟の隆遠くん。そして我らが学生会の潤女レイ君」


 二人は会話を続けているが目は互いに合っていない。彼らの視界は会場の光景に一致している。


「あの新入りもでるのか? 別に士族でもないだろ」


「それを言うなら君だってそうじゃない……おおっと、学長がおはせられた。行ってくるよ」


 そう言ってイクスにその場を任せ、アーサーは階段を下っていった。



           ◇   ◇   ◇   ◇



「おっ! レイ、気合入っているな!」


 カインは腕を固定していた包帯は取ってしまっていたがギプスはまだつけたままである。


「ああ、これね。まあ、そんなところだよ。準備できたし行こうか」


 レイは腰に刀を差していた。いつもは短刀をローブの裏に隠し持っているだけなのだが、今日に限っては得意の長い方の刀も装備している。壁に掛けてある深緑のローブを取って上から羽織り、部屋を出た。


「でも、レイ。本番でそれは使えないぞ?」


「あはは。そんな事は解っているよ。気合を入れるという意味でね」


 学内での武器の携帯は護身用として許可されているが、携帯している学生はあまりいない。

 また、武技競戦では学校から支給される武具のみが装備可能である。


――という意味でカインは尋ねたのだが、その後に本当の理由を覚った。



「―――最初はDクラスのやつで、普通に考えれば2回戦3回戦でBクラス、4回戦でAクラスで最後にS2クラスか」


 本予選(剣術)はS2クラスから第3クラスまで計48人でしのぎを削る。第1〜5ブロックは6人でのトーナメントで、第6ブロックだけ18人となっている。


 シード権がない選手は第1〜5ブロックでは3勝、第6ブロックでは5勝でブロック優勝となり、最終日の本戦に出場できる。第6ブロックだけとても不利なようには見えるが、その分出場する選手のクラスもBクラス以下が中心となっている。


「ひょっとすれば三組のやつと戦う可能性もあるんだな。まあこいつはAクラスに勝たなきゃならんのか」


 「三組のやつ」というのは隆遠のことである。レイと同じく本予選に出場する第3クラスの学生。彼らが戦うとしたら4回戦である。


「どっちにしろ、僕も勝ち進めばAクラスか、Aクラスを打倒した隆遠と戦わなきゃならないからね」


「――ん? 知り合いなのか? まあ岌鬼(ぎゅうき)家は第3クラスじゃ有名だもんな。確か学生会にもいるよな」


「うん。兄弟だからね。それより伊那ぁ……じゃなくて、カエデの応援に行こうか」


「それよりレイも災難だな」


「ん? 何が?」


 歩きながらカインはレイの左耳を瞥見する。そこに取り付けられているものは、一般学生には見慣れないそれは音信通話魔法器、通称ヴェーランである。

 片手に収まるほどのサイズで魔道具(ギア)に分類される道具。故に魔法の使えないレイでも扱うことは可能なのである。


「いやぁ、学生会入ったばっかなのに学校が閉鎖しちまって。大変なんだろ?」


「まあね。でも殆どは先輩方が対処するから僕が学生会としてやることは少ないんだよ。それに僕は魔法が使えないから実力部には配属されていないし……」


「へぇー。」


 沈黙が帳を下ろす。


 二人にはあまり訪れない沈黙の時間。二人とも学生会について話したいことはままあるのだろう。だが、環境の差異に慣れない二人はどのような切り口で話したい話をすればよいか、間合いが解っていなかった。


「………まあ、辛くなったらいつでも戻ってこいよ」


「……え? ああ、うん。ありがとう!」


 カインはニカッと笑う。レイもそれを見て安心する。



        ◇ ◇ ◇ ◇



 二人は会場に入場すると既に数試合は終わっていることもあってエキサイトした空気になっていた。

 昨日学生会による学校閉鎖が行われ、懸念であった「一般学生の不安を煽ってしまう」というのも杞憂であったかと眼前の熱気を感じてレイは安堵する。


「カイン。カエデってどのくらいのレベルなんだっけ。クラスで言うと」


「ああ、俺もよく知らねぇがCクラス、Bクラスぐらいじゃなかったか? 伊那家もそこら辺のレベルの士族だし」


「じゃあ初戦は安心して見られるかな」


 カエデの一回戦相手はDクラスの学生。二回戦からBクラス以上の学生と当たる可能性が出てくる。


「おっ! 入ってきたな」


 先に入場したのはカエデ。白色の競技服(セルソン)を着てその場で軽く動いて身体を温めている。

 そして後から入ってきたDクラスの男子学生。


「なんかDクラスのやつの方が萎縮してないか?」


「……う、うん。そう見えるね」


 二人とも遠目だが男子学生がひどく緊張していることは手にとるように解った。

 原因はおそらく第3クラスに負けてしまうのではないかというプレッシャー。しかも相手は女子である。



 とはいえ、現代では戦闘に於ける性差は認められないのだが。


 魔法が未発達の時代は生物学的に男性の方が運動に於いて優位性があることは認められていた。従って旧時代の戦争において(戦闘に魔法が使われる以前)は女性が戦場に赴くことはなかった。


 しかし、魔法が発達するに従いその性差は埋められていった。魔法に於いて生物学的性差は認められなかったのだ。

 魔法はその個体の能力殆ど全てを司り、老いを無視すれば使えば使うほどその力は増していく。


 それは魔法を使っていない状態にも言えることで、普段から魔法を発動していると付随して運動機能も魔法の次元で成長していくのだ。

 

 これはこの武技競戦で上位クラスが有利とされる理由の一つでもある。


 これらを総じると「生物学的な性差」は魔法によって無視し得る、もはや誤差とも取られてしまうほど些末なものとなる。


 だが戦闘において男性優位という史実は世界的に確かに残ってはいて、そういう考えは古臭いが男女問わず深く根付いているのも確かである。


 そのため魔法戦争でも女性はめったに徴用されていない。それに単に志願者が少ない。


 流石に男尊女卑という考えは古すぎるとされているが、男が女を守るという図式は現代に於いてもおかしいと思われることではない。


 だからDクラスの学生が女子に負けることへの恐怖を抱いていたとしても皆理解できるところではある。



「そんな気にしなくてもいいのにな。カエデは見た目は女子で肩書は第3クラスだけど、中身は俺らより屈強な男で上位クラスだからな」


「ま、まあね」


 レイは苦笑した。本人の前では言えないなと思いながら。


 本予選からは放送で選手の名前が読み上げられ、予選では割愛された試合前の正式な儀礼も行われる。

 

 「儀礼」は予選では互いに礼くらいしかなかったが、本予選では世界東部の礼法に則って執り行われる。



「「はじめッ!!!」」


 合図とともに場は緊張に、会場は声援に包まれる。


「流石に本予選だな。いきなり突っ込んでいったりはしないな」


 両者とも牽制をしあい、間合いを計りながら隙きを窺い合っている。


「まあ、二人とも予選は勝ち抜いているからね」


「なんか、こういうのって先に動いたほうが負けみたいな感じがするよな」


「動くよ……!」


 先に仕掛けたのはDクラスの学生であった。レイにもカインにも焦燥に駆られ動いたように見え、それは離れていたカエデの眼にも同じように映っていた。


 こちらに伸びてきた腕をカエデは躱さず、掴み取り身体を切り替えしてそのまま背負い投げる。相手の背中が思い切り地面に叩きつけられ、有効判定。

 

 そのまま抑え込もうとするが、流石にDクラスの学生もそれは許さず、うつ伏せになる。ルール上、うつ伏せ状態での抑え込みは有効ではなく、たいてい今のように仕切り直しとなる。


「有効3!」


 会場がざわめいた。


 第3クラスをよく思わない学生からは野次や批判が、その逆の学生からは歓喜の声が。


「ちッ! なんだよ有効3って」


 カインは前者と同じく不満に思っていたようだ。


「あれは一本だろ。審判どこに目をつけてんだよ」


 ただ貪欲な不満であった。苛立ちからか貧乏ゆすりをし始める。


「まあ、カエデのことだからこの後一本取ってくるよ」


「それもそうだな!」


 そして試合もレイの言ったとおりに動き、再開の合図とともにカエデが猛攻をしかけ相手をノックダウン。

 Dクラスの学生が少し不憫に見えてきてしまう試合であった。


「ちょっと実力差が大きすぎたなぁ……ふわぁぁ……」


 カインは欠伸しながら呟いた。


「カエデにとって本番は次からだからね……」


 その時、レイの左耳に反応があった。


「カイン、ちょっと席を外すね」


「え? あ、ああ……。仕事か?」


 レイは言葉ではなく首肯で返した……。

 


次話(といっても今回の話の文字数が1万文字を超えてしまったから次回に持ち越しただけ)もほとんど完成しているので投稿は早いと思います(希望的観測)

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