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第八世界の無機魔術師  作者: 菟月 衒輝
第一章 武技競戦

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18. 学生会その1

 翌朝。レイは再び、今度は腕章をつけて学生会室を訪れた。


「失礼します」


「…おお! やあ潤女くん。待っていたよ!!」


 会長の席は扉の真正面にある。そのため一番早くに扉の動きを確認できたアーサーは既に席を立ち、包容力のある温かな笑顔でレイを迎えることができた。


 その会長席の前には長机が一つあり、他の執行が疎らに並んで座っていた。会議室のような雰囲気の部屋だが、応接間が続き部屋となっている。


「本当はゆっくり歓迎会でも開きたいんだけど、どこぞの宗教団体が暴れてるっぽいからね……ちょっと忙しんだ。まあ取り敢えず、ここにいるだけでも紹介しちゃおうか!」


 『どこぞの宗教団体』とは東部アクリージョンのことで、まだ隆伊は目が覚めていないため、実際にはもっとおっかないものが侵入していることはこの時のアーサーは知らない。


「まず、君と同じ1年生の零月(れいづき)(まい)ちゃん。学生会風紀部だよ」


 英は扉に一番近い席に姿勢を正して座っていた。特に何かをしているわけではなく、紹介されるとレイに会釈した。


「会長。巡回に行ってきます」


 そう言って英は席を立つ。


「ああ。わざわざ寄ってもらって悪かったね」


 英はアーサーにも軽く会釈をし、退室していった。

 澹泊な態度で、新人のレイにも特別な興味を示さない。歳の割には静かすぎて、大人びていた。


 魔法を扱うものほど成長が速いという説は存在するが強ち間違いではないのかもしれない。


「ま、まあ。彼女少し近寄り難い雰囲気あるけど、いい子だから。そして、次は…アリス。アリス=グラントワーズ。2年生。そこの金髪の音信通話魔法器(ヴェーラン)つけて話している子ね。アリスも英ちゃんと同じ風紀部だよ」


 アリスは一度レイの方を向き挨拶の代わりに笑顔を送る。

 しかし、通話に戻るとどうやら口論になっているらしく、レイは遠慮気味に会釈を返した。


「アリスは少し怒りっぽいからね。気にしなくて大丈夫だよ」


 その時、殺意の籠もった羽ペンが弾丸のように会長席の方へ飛んでいく。アーサーはその羽根の部分を人差し指と中指で挟むようにキャッチした。


「アリス。物は投げちゃだめだよ……」


 アリスは何か言いたげであったが、通話を他所にはできないようで、態度で表した。


「ああ、あと隆伊(たかよし)、君が助けてくれた子ね。彼も2年生で専門委員管轄部だ。次に、3年生……」


 アーサーは「あれれ」といった表情で、呆れたようにため息を吐いた。といってもこれは演技ではあるが。


「誰もいないな。今日は3年生誰も任務に充ててないけど、朝来てくれって言ったのに……。まあ3年生は変わり者しかいないから実際あってみたときにしよう! 最後に4年生。まずは僕、アーサー=ゴールドベリル。学生会会長だ!」


 舞台主役がカーテンコールでやるようなお辞儀を優雅にする。動作は自然なもので違和感もない。それは見栄えではない。アーサーに染み付いた上品さが淑やかな香水のように薫ったのだ。


「そして、忍術使って必死に気配を潜めてるブレア=ルアータルト」


 しかしアーサーはその「ブレア」の方には視線を送らなかった。アーサーが注目したのはレイの視線の向き。


 そしてその視線は学生会室を一瞬彷徨い、「目標」を捉えた。


 捕捉された「目標」は応接間の壁に身を潜めていた。応接間は学生会室の外からは死角になるが、一歩でもはいると全貌が見えるようになる。


 その応接間で忍術にある「魔糸術」で魔力を隠し、同じく忍術の「隠遁術」で己の気配(音、姿、臭いなど)を消していた。


 さらにその忍術の完成度は非常に高く、並みの生徒はおろか学生会であれ見破るのは難しい。実際、アーサーもこの忍術を見破ったのではなくて、事前にブレアに忍術を使って学生会室に忍んでいるよう言いつけてあった。


「いやー、アーサー。これはオレの忍術効いてないよ……」


 忍術を解いて応接間の方から、ニヤけているアーサーの許へ歩む。

 ()()()人物は小柄で中性的な顔つき、アーサーと同じく学校の制服を着ていた。しかしアーサーの目立つ琥珀色の髪とは対象的にネイビーグレーの短髪で、忍術を使うから寡黙な人柄かと思いきや、気さくな雰囲気のある、なんともとらえどころのない生徒だった。

 これがブレア=ルアータルトである。


「僕の言った通りだろう? 彼の感知能力はこの学校随一だ」


 レイはアーサーの発言に驚愕の表情を隠せなかった。

 いまブレアの忍術を見破ったのは「感知能力」ではないが、実際には「感知能力」を得ていた。


 それは入学式のときに魔獣を無意識的に感知したときに始まり、昨日ニーナを探すときに初めて意識的に発動させた。


 しかしレイ自身、まだその能力は完璧には扱えてはおらず、自分の剣の届く範囲ならば正確に感知可能にはなってはいた――そのため正確な剣捌きを可能としている――が、それ以上範囲を広げるにはまだ不安定な能力で、この能力は秘密にしていた。


 能力に自覚したのは武技競戦前で、それまでは「気配に少し敏感な体質」としか思っていなかった。

 しかし次第に「なんとなく」ではなく、「はっきり」と目に映らないものも把握できるようになっていて感知対象は()()()()()()()()()


 レイはそこで様々な探知魔法についての文献を漁ったが、自身の能力に合致するものは検索されず、未だに修練の仕方、発動条件が解っていない。

 特に大きく違うのは先述の通り、対象が生物に限らないところである。


 索敵魔法などを含む探知魔法は自身の魔力を用いて微弱な魔子波動(マースウェーブ)、《超魔子波動(エクスウェーブ)》を一様に探知する範囲に広げる。その超魔子波動が他の有機魔子と干渉し術者が感知する、そういう仕組の魔法。


 勿論術者はそのようなことを意識しているわけではないが、この理屈があるため探知魔法では無機物質(ここでは魔子マースが循環していない物質のこと、つまり非生物を差す)を感知できない。


 しかし、レイの「感知能力」は非生物も感知できているのである。つまり探知魔法ではない何か。何もかもが不明な能力。


 また発動できた時の感覚はデジャヴュに近く、もしかすると精神的な作用が必要なのでは、とレイは推察していた。


「それにアーサー。キミの言ったとおり、彼のは『索敵』ではなかったね。『索敵』ならオレが気づけないハズがない」


「……あれ? 言ってなかったっけ? 潤女、いや、レイ君は魔法が使()()()()んだよ」


「……………!? 魔法が使えない?? なんだいそりゃ!!」


 アーサーの「魔法が使えない」の「使えない」の部分を的確に読み取ったブレアは興味津々の眼光を高出力で照射しながらレイに接近していく。


「ちょっといいかい?」


 許可を貰う前にブレアはレイの髪を掻き漁り始める。


「…え? ちょっ! なんですくゎぁぁ」


 レイは頬をつままれて変な声が出る。更に首、肩、腕、手、胸、背中、腰を舐め回すようにブレアの両手は大移動をする。


「な、なにを…ちょっ! くすぐったいです! や、やめッ…! ふわぁあ!」


「ヘンな声を出すな! オレがヘンなことをしているみたいじゃないか!」


「実際、変なことをしているじゃないですか!!」


 しかしブレアの手は止まらず、腰から下に今度は手が伸び、最終的にレイの履いていたブーツを脱がし足裏までチェックが入った。


「ふーん。やっぱり普通の子だよなぁ……」


 ()()を調べ終えたブレアは急に思索にふける。一方のレイは床で蹲っていた。


「こら! ブレア! だめじゃないか新人いじめちゃ!」


 と形式だけ叱ってはいるのだが、アーサーは一度も止めには入っていない。しかも僅かに笑っている。


「ちょっと調べただけさ。あ、()()の所在は調べてねぇな! わっはっは!」


 すでに通話を終えて、一部始終を傍観に徹していたアリスだが、ブレアの下の方のネタには寛容にはいられなかったのだろう、机上にあった学生名簿でブレアの脳天を手斧で薪を割るように穿つ。


 ふにゃあ、という声とともにブレアはその場で気絶した。


「わっはっは! じゃありませんよ! 何してるんですか、全く!!」


 顔は真っ赤にしながら、倒れているブレアに向かって言った。


「アリス、多分もう聞こえてない…」


「会長も会長です! なんで止めないのですか! それより私は持ち場に行きます! ちゃんと今度は守ってあげてくださいね!!」


 アリスはヴェーランを一つだけ持ち、ブーツを履いていたレイに何か一言かけてから会室を出ていった。


「あははは。レイ君、大丈夫だったかい?」


「この髪の毛を見てそれが言えますか?」


 ぼさぼさになった髪を手ぐしで整えながら言う。


「まあ、気を取り直して…あ、ブレアの紹介が終わっていなかったのか。ブレアは風紀部……だったんだけど、外されて今は庶務だね…」


「庶務じゃねぇよ! 広報部だわ!」


 のっそり起き上がったブレアが訂正する。その流れでレイの肩に手を回し話しかけるが、その様子は絡み上戸のそれと同じである。


「ひどいんだぜ? オレたちの代にイクス=フィガロ―テっていう元不良の悪漢がいてな、あいつオレが『風紀を乱す』からって風紀部長の職権濫用してオレをクビにしたんだぜ? 信じらんねぇよな? 泣きながら土下座したのに丁度いい椅子だとか言って……あいつには血も涙も通ってねぇんだよ。で、そういうひでぇやつに限って馬鹿みてぇに強いんだよ……。多分、学生会で一番強い。去年の魔法校戦で優勝した苒ぜんもあいつに一回ボコられているからな。お前も気をつけろよ? こんなかわいいカッコで魔法使えないんじゃ、やつの餌食だぜ? 絶対オレもあいつより人気があるから、僻み…妬みから外されたんだ。八つ当たりもいいところだ!」


 ブレアは話に夢中になっているが、レイは背後にそのイクスという人物が迫っていることに気がついていた。

 イクスという人間を実際に見たことはないのだが、ブレアの後ろで天井を穿ちそうな殺気を放ちながら静かに仁王立ちしているところを窺えば、これがイクスであることは簡単にわかった。


「おい、ルアータルト。なに……新人をいびっているんだ?」


 ブレアの背筋が凍る。ぞわぞわっと怖気が走り、きゅうりを見たねこのように飛び上がる。

 次にブレアの眼に映ったものは自分より一回り、二回りも大きい「悪漢」。


 大柄な男で髪は珍しい青と緑を混ぜたような色。レイ、アーサー、ブレアは全員細身で中性的な顔つきであったが、このイクスという男は肉体美の引き締まった逞しいボディと精悍な顔つきをしていた。


「あ、あららら。風紀部長さん、おかえりでしたか…」


 ごまをする手でイクスに話すが、一歩一歩下がりながら窓の方へ近づいていっている。しかし二人の距離は開かない。イクスがそれに合わせて近づいていっているからだ。


「新人いびりは楽しかったか?」


 イクスは両手に高出力の雷属性魔法を待機状態にしていた。


「…あ! あ! いーけないんだ! いけないんだ! 学校で攻撃性のある魔法の無許可行使は処罰の対象ぅ!! 風紀部がそんなことしていいんですかぁ?」


 今度は打って変わって明らかに逆効果な挑発行為。


「風紀部として、新人イビリをした不届き者に会則第6条に則り、魔法行使をする!」


「はっ!! 逃げるが勝ちだわ!! このボケ!!」


 ブレアはすぐさま窓を魔法で開く。


「"電雷撃(ブリッツァー)"」


 しかしイクスの雷魔法のほうが数段速く、ブレアは窓に手をかけることすらなく、その場で仕留められる。


「イクス! また術式速度が速くなったんじゃないか? てっきりブレアを見逃すものかと思ったよ!」


 風景に溶け込んでいたアーサーが煙の出ているブレアを見て感心しながら言う。


 ブレアは魔法に於ける戦闘は長けていない。魔力量も魔力容量も他の学生会のメンバーと比べると才に恵まれていていなかった。第1クラスで入学してはいるが、S2クラスで魔法実技の成績は最下位。


 しかし戦闘になれば学生会レベルの強さを誇る。隠密行動が得意というのもあるが、そもそもの運動神経が抜群なのである。

 魔法師は自身の運動能力を基礎魔法で底上げする。ただ、基礎魔法には強化限界も存在する。過剰強化すると肉体が耐えられなくなったり、逆に身体をうまく扱えなくなることがあるのだ。


 つまり最終的には素材の運動能力が左右する。

 ブレアはその運動能力が異常なまでに高い。レイと同じく魔法強化なしでも魔法強化している人間のそれと遜色ない、それどころか優るレベルなのだ。


 また忍術自体にも運動能力を上げる術が存在し、純粋な「速さ」だけで見るとブレアが学校一といっても過言ではないはずだ。


 だから今のブレアとイクスの距離ならばたとえ雷属性魔法でも避けられたはずなのだ。しかしイクスの魔法はブレアを()()()()仕留めた。


 逆にこれは「運動能力がいくら高くても圧倒的な魔法の前には通用しない」と言っているようなものだった。


「それよりこいつが新人か?」


 イクスは翡翠色の眼で身長的なものもあるが―見下すようにレイを見る。

 その眼には瞳孔を囲うように満月の縁が浮かんでいた。魔眼である。


「イクス! 失礼だろ」


 アーサーは宥めるように諭した。 


 「魔眼」はどんなものであれ、個人差はあるが相手の魔力を視覚的に把握できる。

 それは待機された魔法、展開された魔術にも適用され、魔法戦闘ではかなり大きいアドバンテージとなる。


 つまり、イクスはいまレイを品定めしたことになる。


「当然のことだろう。ここでは()()()()()()()()()とされる。隆伊たかよしもそうだ。あいつの戦闘力は決して低くはないが、圧倒的な魔法力の差があると一昨日のように無様な目に遭う。学生会は他の学生を守らねばならない。それには学校でも群を抜く魔法力が不可欠だ。だが、なんだこいつは……。隆伊よりも………」


「フィガロ―テ! 少し落ち着け」


 顰め面のイクスとは対象的にアーサーは平生の表情を保っている。


「――――。言い過ぎた…」


「ちょっとレイ君。席を外すよ。イクス少し付き合ってくれ」


 アーサーはイクスを連れ、学生会室から退室した。



「まあ、イクスが懸念を抱くのも無理はない。僕も君の立場なら同じことを言うだろう。でも、安心してくれ。風紀部は勿論、実力部には配属させるつもりはない」


「……? しかし、アーサー。それではなぜ学生会に引き入れたんだ?」


「ああ、レイ君はまず今年の学術首席なんだ。これが大義名分で、更に彼は魔法陣を解析、創造できる。つまり盗られてしまったけれど、この間のような魔道具(ギア)の解析も一番信頼できる学生会の中で行える。それに第3クラスとの連携も取りやすくなるし……」


 イクスがアーサーの言葉の続きを手で制止した。


「それなら別に学生会に引き入れるまでもなかったろう? 学生会は専門委員と最も異なり、特殊なのは実力的に、且つ実力的な学校の問題を解決できることだ。そんなことなら新しい専門委員でも新設して配属させればいい」


「…まあ、僕もそれが最善策だと思うんだけどね。でもこれはシャルル学長の命なんだよ…。僕も学生会には学内外でどうあっても危険が付いて回るから魔法を使えないレイ君にはリスクが大きすぎるって進言したけれども、シャルル学長は『それでも』と。僕も本当の意図は解らない。学生会には学長命令は効力を持たないけれど、学生会長はあるからね」


「――――」


「まあ、もう彼も執行なんだし今更喚いても致し方ないことだよ」


「………そうだな。巡回に行ってくる」


 イクスは納得してはいない表情であったが、折り合いはついたようでアーサーに背を向け廊下を歩いていった。


「イクスも優しくなったね……」


 アーサーは沁々と独り言ちた。




「やあ! すまないね。イクスが駄々こねるから」


「おい! アーサー! オレとこのちびっころ同じ巡回に配属させてくれよ!」


 ブレアはレイの頭をわしゃわしゃ撫でている。

 レイは「厭」と、まるでアーサーに「それだけはやめてくれ」と懇願するような表情を全面的に見せる。

 それを見た学生会長は嗜虐的に笑むのだ。


「うん。いいよ。本当は巡回に配属させようとは思ってなかったけどブレアにそこまでやる気があるのも珍しい。二人で行ってくるといい! 親交も兼ねて!」


 アーサーは会長席に座りながら満面の笑みで、二人にそう告げた。


「え! ちょっ! 会ッ……!」


「ほらほら、行くぞ! そろそろ時間だから!」


 ブレアは抗うレイを軽々と担ぎ、学生会室から出ようとする。


「ブレア! ついでに学生会についても教えておいておくれ」


「りょーかーい!」


 学生会室にはアーサーのみが残った。魔法公学校では行事の度に学生同士でいざこざが起きやすく、それを鎮めるのが学生会の務め。平常時は風紀部が担う役割であるが、このような行事では学生会総動員で務める。

 武技競戦中は、学生の学校の出入りも一時的に多く、悪意を持った侵入者が現れることもごくまれにある。


 現に、初日に魔物の侵入を許しているし、先日の入学式には魔獣の侵入――実際、侵入であったのかは定かではないが――も許してしまっている。

 従って今回は学校内部だけでなく、その周辺も警備対象に含んでいるためいつでも本部(学生会室)に連絡できるような体制を敷いているのだ。




「そう距離を取るなよ……」


 ブレアとレイには人二人分――レイが突如襲われてもギリギリ回避できる距離――だけスペースがあってどちらも同じ腕章をつけていた。

 ブレアが近づけばレイは離れ、その距離は常に一定を保っている。


「あ、そういえばキミのヴェーラン、オレが預かっているんだった!」


 思いついたような素振りを見せ、制服の懐から2つのヴェーランを取り出した。


「ほら、これは携帯義務があるんだ! これを取るにはオレに近づかねばならない!」


「……投げ渡してください。必ず受け取るので…」


「おいおい…だめじゃないか。これは学校の大切な備品なんだ。そんなぞんざいに……」


 レイはブレアが完全にスキを見せたところを最速の動きで距離を詰め、ブレアの手からヴェーランを一つ掴み取る。


「一年坊…隙きのある相手に攻める時、最大の隙きは己にあるんだよ?」


 冷ややかな声がレイの耳を刺激し、背中を一筋の寒気が通過する。気がつけばレイは腕の中でしっかりホールドされていた。


「ははは。捕まえた! 無理だよ〜オレの方がキミより全然速いんだから」


 レイは胴体を腕ごと捕まえられてしまい、身体を捩って抵抗するがブレアはびくともしない。その華奢な身体からは想像できないような力がブレアにはあった。


 レイは簡単に餌に食いつきまんまと引っかかってしまったのだ。イクスに仕留められたこともあってレイはブレアを軽んじていたところもあったが修正しなければならない。腐っても学生会だ。


 レイはとうとう諦め脱力する―――素振りを見せる。その時、レイの肩が感じた感触に違和感を覚えた。


「――――!?」


「んふふ。約得だな! このやろう!」


 それに気がついたのか定かではないがブレアはニヤけながら、レイを放さぬまま歩みを始める。

 一方、何かを覚ったレイは恐る恐るブレアに訊ねる。


「…あの、先輩。もしかして……女性…ですか?」


「ああん? 見たらわかるだろ。失礼なやつだな!」


 実際ブレアは男子のような立ち振舞い、顔つきも中性的で、制服も男子用を着用している。たしかに声は低くはないが、その話し方はあらっぽい男子のものだ。「ブレア」という名前も中性的な名前で判断材料にはならない。

 しかし小柄であり、肩幅も狭い。女子と言われれば女子のようにも見える。


 レイは抱えられたまま俯き、自分の顔が下から上へ赤くなっていっていることを自覚する。

 この羞恥はノール・セトレに来てから覚えたものであった。


 その時、急にブレアはレイの肩に手を回しながら降ろし、顔を覗き込んだ。



「ははーん。キミ、オレを男だと勘違いしてたな……ひどく赤面しているぞぉ〜まるで勇者みたいだ!」


「――――」


 レイはどんどん顔が赤くなるばかりで、言い返すこともできない。結果、顔に手を当てますますブレアの嗜虐心を擽る。


「本当はキミが飛びつきたくなるような大きさはあるんだけど普段はサラシを巻いているからねぇ〜。いやぁキミの肩は実に敏感なようだ! これは『かわいい』後輩が入ったと雑談のネタにできるぜ」


 くすくす笑いながらブレアは話す。


「ちょっ!」


 レイは紅い顔のままブレアの方を見上げた。そこに浮かぶサディスティックな表情はアーサーを想起させる。

 嗚呼、二人は似た者同士だったのか、とレイは今頃理解する。


「先輩。そっちがその気なら僕もイクス先輩に……」


 ブレアの顔色が水をかけたように真っ青になる。


「そ、それだけは勘弁! こ、この話はオレたちの胸の中にしまっとこう! まあ、キミは胸の外を触ったんだけどもね! はははは!」


「やっぱ相談しようかなぁ〜」


「早まるでない! 新人よ! ああ! それより学生会について説明しないといけないんだったな!」


 ブレアは自分から話題を切り替えた。そしてこの時点でレイはブレアに対し敬語を使うのを止めようと思い立った。


「まず、学生会は一般学生と違って攻撃性のある魔法を校内で自己防衛以外にも行使することが……って言ってもキミには関係ないのか…。じゃあ、まあ、たしかキミはね新設の会計部に属するはずだよ。まあ、新設だからオレも何をするところなのかは知らねぇんだけど」


 続くブレアの説明はあまり要領を得ていなかった、というより周囲に目が行っていて全然集中していなかったという方が大きい。

 その度合もだんだんと酷くなっていく。


「んで、学生会の任務はぁ、えっとぉ。ああ、なんだ、まず風紀か。学生同士のいざこざを見っけたら、度合いによるけど割って入る。あと、ここ最近のだと博打とか学生としてのなんだ、そのなんていうんだ……」


「あの、どこに向かっているの…?」


「ふぇ?…………ッ!!」


 ブレアは目が冷めたように急に身体を身構えた。

 つられてレイもローブの裏に忍ばせていた短刀の柄に手をかける。

 レイはブレアに肩を回されたままであったので、知らぬ間に人気のない、巡回ルートではない場所に出ていた。


「…何がありま…あった?」


 二人の表情は真剣なものになっていた。


「ああ。知らん間に術に掛けられていた。幻術か、精神魔法か、黒魔術か。魔法の正体はわからんがオレを出し抜くとは相当できるやつだな。とりあえず広範囲で索敵するからオレの身を護ってくれ。ていうかなんで敬語じゃなくなったんだ」


「護るから敵を探してく……」


 ブレアは「慣れないなら敬語でいいじゃん」と言いながら、内心実は喜んでいたところもあった。

 が、心を一度入れ替え目を閉じ、索敵に全ての集中を注いだ。


 ――索敵魔法 《鷹の目》 《猫の目》――


 『鷹の目』は広範囲で魔力を探知することが()()()。魔法戦争でも敵兵の数を知るためによく使われる魔法で、索敵対象にも気づかれにくい索敵である。


 『猫の目』は『鷹の目』よりは狭い範囲を、魔法師にもよるが、魔力とその方向、属性を探知する。『鷹の目』と大きく異なるのは索敵対象に気づかれてもいいということ。『猫の目』の方が魔法出力が大きいため、『鷹の目』で探知できなかった魔力も探知でき、より正確な探知を把握できるが却って対象にも気が付かれやすく、逆に場所を探知されてしまう可能性もある。


 どちらの魔法も同時に発動させることはない、というより索敵魔法は広範囲で一様に魔力を微量に消費させるものでどちらか一方を発動させるだけで魔力量的にも、集中力的にも精一杯なのである。


 それを同時発動を可能とできる魔力の扱いと、胆力はさすが学生会と言ったところだ。 


 レイは狭い範囲(今のレイが意識的に発動できる限界)で「感知」を行いながら、周囲を警戒する。


「……。索敵にはかからないな」


 ブレアは集中状態を解く。強く握りしめられて拳の中には『悔しさ』があるのだろうとレイは思った。


「……魔法としてはかなり高精度のものだし、オレの索敵にかからないってことは相当な忍術使いかもしれない。オレの索敵は『(アンチ)・索敵』は通用しねぇからな。まあ、そのくらいのやつじゃないと学校内で未だにこそこそなんてできねぇか」


 ブレアはヴェーランを装着する。


「とりあえず巡回ルートに戻ろう」


 二人は元のルートに引き返していった。


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