16. 白い着物の男
呂ノ國の豊穣祭が行われているところより、しばらく歩いたところにある山。標高は決して高くはない。その山道を一人の男が歩いている。背後には貧相な武装をした山賊が数人つけていた。
「おい! そこのお前ェ。ちょっと待ちなァ?」
男は複数人の山賊のうちの一人に声をかけられ足止めを食らう。
「いい着物着てんじゃねぇかァ?」
男が着ていた着物は汚れ一つなく、木々に覆われた薄暗い山道でも目立つほどの白さであった。普段着用ではあるが、質はとても良いことが素人目にもわかるほどであった。雨が降っているわけではないが、真っ赤な蛇の目傘を差していた。
「だからどうした」
男は振り返らずに答える。その姿は山賊には虚勢を張っているように見えてしまった。
「ここは俺たちの縄張りだァ! 命惜くば身ぐるみ置いていきなァ!!」
叫んだ山賊の男は抜刀し、刃をギラリと光らせる。他の山賊も脅すように次々と抜刀し、血で少し錆びついた刃をチラつかせる。
しかし男は彼奴らに一切の興味を示さず、立ち去ろうと足を踏み出す。
「おい? てめェ! 逃げられると思うなよォ?」
他の山賊数人が不敵な笑みを浮かべ男の進む先からも現れる。
白い着物の男はそれでも無視を続けようと思い足を踏み出すが、考え直し叫んだ山賊の方に振り返る。
刹那、白い着物男から急に押し寄せてきた不気味な雰囲気に山賊たちは本能的にたじろぐ。
「おい、お前らは山賊だな? ここらで大きい方なのか?」
低く、冷徹な声が穏やかに山賊たちの耳を刺激する。山賊らは一切恐怖の感情を見せてこない人間も初めてであり、少し身構える。
「ん…? ああ!! ここらじゃ『村潰しの山蜘蛛党』って恐れられてるぜェ?」
山賊たちは嗤笑し、徐々に白い着物男を取り囲んでいく。だが、近づけば近づくほど不気味さも増し、無自覚の冷や汗をかかきはじめる。
「そうか……。それで? お前はその首領なのか?」
白い着物の男は今度はやや高圧的に訊ねる。その顔は蛇の目傘の影に隠れてよく見えない。
「ああ? ちげぇが、ここら一体は俺が任せられているなぁ? それがどうしたァ! とっとと身ぐるみ置いてェ……」
言葉を遮るように白い着物の男を中心として「風」が山を駆け巡る。山に潜んでいた鳥、猛禽でさえも逃げるように飛び立ち、啼鳥が山を奮わす。地の草花は萎れ、周囲の木々からは緑葉が枯れ落ち、仄暗い山道に陽光が差した。山から急に生命が失われたように感じられた。
野生本能の強い動植物だけが異様なそれを感じたわけではなく、特にこの山を拠点に跋扈していた山賊たちも異様な光景に焦りが生まれ始める。
薄々勘付き始めたのだろう、いま、「相手にしている相手」が、「相手にしてはいけない相手」だと。
「いちいち声を大きくしなければまともに対話もできないのか、己は? もう一つ質問がある。お前はお前らの首領の居場所は知っているのか?」
いつもならばこんな質問など無視して、文字通り切り捨てているところではあるが、山賊はどういうわけか答えてしまっている。
「ああ! だからそれがどうしたって言うんだ!!」
しかしそれでも威勢を保とうと、大声を出す山賊。だが……
「そうか。ならば案内してもらおうか」
その刹那。四方八方から血飛沫が、一人残された山賊に雨のように降りかかる。
山賊には血塗れの自身を見てからも状況を理解するまでに時間を要した。絶望を理解したと同時にがくりと血の池に膝をつく。
他の山賊、その残骸が辺りには見当たらない。強いて言えば赤い液体のみである。
「…な、な、な、なに、なにぃを、なにをぉ…したぁ……」
先程までの威勢は言わずもがな、虚勢さえ保てるはずもなく、赤い池に嘔吐し、嗚咽する。不随意に身体が震えている。
白い着物の男は傘を閉じる。漆黒の髪の影から垣間見えた、飛び散った血より紅い眸が跪く男を視線で貫く。不気味なことに白い着物には一滴の血もついていなかった。
「お前以外は別に必要ないだろう。目障りで耳障りなやつは消させてもらった」
非情に淡々と言い放つ。
「な、なんなんだよ、お前はぁ〜。俺たちはまだ何もしていないだろぉ〜」
残ってしまった山賊は怏々と言うが、戦意はなく、手に持っていた鉄剣を握っておく握力さえなかった。
「だからどうした。俺がお前らごときの命をどうしようが俺の勝手だろう?」
「――――っ」
明らかな暴論であるが、山賊は言葉を返せない。
「ほら、とっとと立て。お前らのアジトまで案内しろ」
山賊の男は首を激しく縦に振り肯んじるが、立つことが叶わない。体に力が入らず、自分自身の体ではなくなってしまったような感覚が山賊を襲う。
「う、うう。た、立てねぇ…立てねぇ…よぉ…」
歯をガタガタ言わせ、涙さえ干上がる絶望に包まれる。このとき山賊には走馬灯のように今までの悪行が脳に次々と浮かんでゆく。
「そうか。ならお前のことを覗けばいいだけだ」
山賊の男にはその「覗く」が「除く」のように思われ、無理やり魔法を行使しして半強制的に立つ。ただ立つだけで異常な魔力量を消費している。
「い、行きましょうか…」
「はぁ……。実に醜いな」
白い着物の男のそんな一言でも山賊の魔子は乱れ、もはや正気は保てていなかった。
山賊の足取りは、蹌々とぎこちなく、ただまっすぐ歩くこともできない。いつ殺し…消してくるか解らない、そんな相手を無防備な背後に追従させ、視界には存在しない靄が立ち込めた。
◇
「こ、ここです……」
山賊の男は山の中腹にある洞窟の入り口まで「恐怖」を連れてきた。
「ああ、ご苦労だったな」
白い着物男はその洞窟の中へ歩いていった。案内した山賊の男は歩くために浪費した魔力が枯渇し、さらに恐怖からの急な解放も伴い、その場で倒れ込むように気絶した。魔力も恢復することなく、やがて体から熱は失われた。
「ああ?帰ってきたのかぁ?」
洞窟の奥から図太い声が聞こえてくる。
「お前が…あーなんだ。村潰しの、あー。なんだ、山蟻だったか?」
「山蜘蛛だぁ! なんだァおんどれはァ? 殺されたいのかァ?」
山賊のボスと思われる男は持っていた棍棒を振りかぶり、盗品であろう、上質な椅子から立ち上がる。かなり大柄な男ではあるが、身長は白い着物男のほうが大きかった。
「はぁ…。山賊というものはいちいち声を荒げないと心臓でも止まってしまう生き物なのか? どの世界でも同じだな」
白い着物の男は呆れるようにつぶやく。山賊は激昂するが、縛りつけてくるような、片目だけ開いているその男の眼が、紅いことにも気がついていた。魔眼の可能性も考慮し、派手に振りかぶった棍棒を構え直した。
「てんめェ!なめてェやがるなァ? だが、俺様も寛容な男だァ。ここでェ謝っておけば嬲らずに一発であの世に送ってやるゥ。がははははははッ!」
山賊の首領の哄笑に同調し、周りの山賊も嗤う。白い着物男にはとても不快に感じられ、顔を少し顰めた。
「宝はここに全部あるのか?」
その質問に答えるまで間があった。山賊のボスの顔は引き攣る。
「「ああァ? てめェ……ふざけるなよォォォ!!」」
怒髪天を衝く山賊の叫び声は洞窟を轟かし、棍棒を思い切り振り切る。亀裂が洞窟を襲い、砂埃が舞う。
白い着物男に詰め寄り、棍棒をもう一度振りかぶった。
「てめェ、どこの村のもんだァ? 明日にでも潰してやるからよォ! あ、もちろんその村をだぜェ?」
山賊の首領はゲラゲラと大声で嗤笑し、周りにいた山賊もつられて嗤う。
((―大幻術、無限皆那))
その時、薄暗い洞窟の中で紅い光が炯々として山賊たちを貫いた。山賊らはその眼に魅入られ、魔力が瞬間的に消費される。身体から抜けていくように小さな青い炎が揺らめいた。抜け殻の身体はすぐさま生命活動を停止してしまう。
緋色の眸で転がる亡骸に一瞥をくれることもなく、眼を閉じた……。
『大幻術、無限皆那』。そもそも幻術は大別すると『精神的幻術』と『投影的幻術』がある。前者は幻を「思い込ませる」ことにより術をかけ、後者は幻を実際に「見せる」ことにより術をかける。魔法で分類するならば互いに対極の魔法ではあるが――前者は超自然系統魔法、後者は自然系統魔法でそもそも系統から異なる――どちらも同じ幻術と看做される。
普通の魔法とは異なり、現実の事象に直接干渉することはない。確かに幻術によって二次的に干渉すること――例えば被術者が幻術によって魔法を行使するなど――はあるが、幻術の魔法効果には含まれない。
魔術の定義から外れそうではあるが、どちらも外界に属する被術者の視界、または他の感覚に干渉するため、幻術も魔術に分類される。(確かに旧定義では外れていたので、「魔術」ではなく「幻術」と呼ばれているのだが)
従って『無限皆那』のように幻術のみによって相手を即死させる、つまり外界に直接干渉するようものはない。
しかし「大幻術」と呼ばれる――この世界には術式は存在していない――幻術はそれを可能とする。
『無限皆那』は相手の魔子に直接幻術をかける。それにより、被術者は気がつくことなく魔力をすべて消費してしまう。ちなみにこの術のあとに青い炎が上がるのは消費された魔子が持っていたエネルギーが炎に変換されたものであるが、自然に起こるわけではなく、白い着物の男の拘りである。
この世界の「幻術」と「大幻術」の大きな違いは、幻術をかける対象が生物に限定するか否か、である。
「どこの村の人間かと訊かれても、もうその村は存在していないからな。一つだけ教えておいてやろう。俺はこの世界の人間ではない……といってももう聞こえてないか」
白い着物の男、世界で最も危険で凶悪な魔法師、八咫燕愬彌は自虐的に笑い、山賊が簒奪した宝のある宝庫の方へ向かった……
「やはりチンピラどもが蒐めるようなものにアレがあるはずもないか…。 まあ解ってはいたことだが」
一通り盗品を漁った愬彌は、そのうちの一つだけを持ち出し洞窟を出た。蛇の目傘を降り注ぐ陽光に差し、懐にしまっていた狐のお面を頭の横につける。
盗品の中にあった銀剣士――世界東部で警察のような役割を担う下級役人――の狼煙を上げる。
「…さて」
愬彌は文字通りその場から一瞬で消えた。
# # # #
豊穣祭の人混みに転移した。狐のお面でもつけて祭りを楽しむ一人間に扮する。
と、その直後、軽い衝撃が背中に伝わった。後ろを見やれば少年が倒れている。隣の少年も俺を見て萎縮しているようだ。
袖で隠れてはいるが左腕を怪我しているな。倒れた少年の方は懐に魔石を忍ばせているのはどういうわけなのだろうか。そのようなことはどうでもいいか。
(―こいつらももう直に散ってしまう命だ)
ただ…ひとつ幸いなのはこいつらの魔力は殆ど使い物にならないレベルだ。充分な時を生きられはしないが、おそらく『世界の絶望』を知る前に消えられるだろう……。
一度傘を閉じ、そんな儚い命に手を差し伸べてやる。
手を取った少年は前方不注意を謝る。先の野郎どもとは違い、礼儀がなっているな。
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…………遭遇。
PV2500ありがとうございます!
とうとう10万字突破しました!!
これからもよろしくおねがいします!
なんだかんだ続いている豊穣祭は次回で終わらせます。多分……




