初冬
静かに笑う友人がいた。
まるで私が何を言うか知っていたかのように話を聞き、頷き、少しはにかむように笑う。そんな友人がいた。-
外は雨が降っている。ドアベルを鳴らし店に入る客が濡れた衣服を寒そうに振るう。
顔をあげたその男はゆっくりと店内を見渡し、カウンターの隅でその様子を何気なく眺めていた私に目を止めた。
軽く会釈をし、大きな歩幅でゆっくりと歩き、少し離れたカウンターの席に着いた。若い顔立ちに人懐っこい笑い皺がある、いや、ひょっとしたら若くはないのかもしれない。
バーテンに何かを注文した。しかし、彼の注文が届く前に後ろを通ったウエイトレスの持つトレイからショットグラスを拾い上げ、こちらに向いて微かに笑う。と、ウエイトレスが来て私に言った、
「あちらのお客様からです」。
彼は私の反応を待たずにショットグラスを飲み干すと、空のグラスを上げ微笑んだ。
目の前に置かれたバーボンのショットグラス。自分ではまず選ばない。彼の真似をして喉に流す、後頭部に鳥肌が立ち身震いがした。意識が身体を離れ地球を3周半飛び異世界を通って戻るまで2秒かかった。
それまで飲んでいたビールをチェイサーにして口をすすぎ我に返ると悪戯っぽく微笑んだ彼が言う、
「今日は記念日なんだ」。
それから彼とは毎週会い、話し、笑い、酔った。
いくつかあるお気に入りの店にお互いを誘い、料理や飲み物を愉しみ、移る季節を共に過ごした。
よく食べ歩いて、私は少し体重が増えたが彼は変わらない、若さなのだろうと思っていた。
出会って1年。よく食べ、よく飲み、たくさんの話をした。とても充実していた。彼は痩せた。
しばらくした雨の日、雪になりそうな寒い夜に彼は言った。もうすぐお別れだと。
-今でもカウンターからドアを眺めていると、彼がやって来て微笑む気がする。